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経営学

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2012年8月18日

世界に飛び出し大ホテルの総支配人になった日本人

今日、メールをチェックしたら、僕がウズベキスタンに勤務していた時、タシケントのホテルでマネジャー(ホテリエ)をしていた江上さんが、ヨルダンのケンピンスキー・ホテル総支配人に任命されたという挨拶が来ていた。まだ40歳前後、これまでイスラエルの死海のほとりのケンピンスキー・ホテルでマネジャーをしていたのが、今度は念願の総支配人に昇進したのだ。

そのメールによれば、「1990年3月高校を卒業後、19歳で大阪ヒルトンにバーポーターとして入社し、10カ国、12ホテル (大阪-ヒルトン、ロンドン-ランガムヒルトン、デュッセルドルフ-ヒルトン、イスタンブル-ヒルトン、ロンドン-インターコンチネンタル、ジェッダ-ヒルトン、バンコク-ヒルトン、タシケント-メリディアン、ドバイ-メトロポリタン、バーレーン-インターコンチネンタル、横浜-インターコンチネンタル、アンマン・死海-ケンピンスキー)にて、Hotelierとして勤務して」きたとある。よくもまあ、海千山千の白人、ウズベク人、アラブ人、そしてユダヤ人にもまれながら。

彼は言う。「日本で生まれ育ちながら、最初の勤務先が外資系ホテルであったことは、その後私の経歴が海外中心となる足掛かりとなり、そして、『世界規模で展開するホテルの総支配人になる』という目標を定めるきっかけとなりました。以来、今日に至るまで、揺るぎない目標のもと邁進・・言い換えるなら、『猛進』して参りましたが、ようやくこの度、その目標に到達した次第でございます。又、ヨーロピアンサービスを売りにするホテル会社で達成できました事、Kempinski1号店ができた1897年以来、アジア人日本人の総支配人誕生が初めてである事は夢の達成に花を添えてくれました」
こちらまで嬉しくなる。夢を持つことは大事。夢を持てば実現するというわけではないが。

だから江上さんは更に言う。「外国で生活をし仕事をする、時には学校に通う必要性を感じ、その為には国を越えて移動する事を余儀なくされました。又、外国では同じ所で同じ仕事を長い間する事はあまり好ましい事とは取られない場合が多く、2、3年に一度は異動が付きものの19年間でした。毎回動く際には日本人という事がプラスに動く国も多少ありましたが、まだまだ西からみれば東から来た人と扱われる事も多くありました。就労ビザや社会人が夜間大学、大学院で学ぶ環境が整っている国等も限られていたのも事実です」
やっぱり夢は、ただじゃ実現しない。

「21世紀を迎えた今日でも、いまだ、ワールドワイドで展開するホテルにおいて、日本人総支配人の登用はごくわずかなケースであり、この点については、アジア・中東のなかでも、非常に遅れているというのが現状でございます。日本のホテル業界に少しでも貢献したい、日本人のHotelierが世界で活躍できるための基盤を築きたい、その信念とともに歩み始めた道のりでしたが、多くの出会いと経験を重ね、それが大きな糧となりましたことに、心から感謝をいたしております」

日本人は真面目すぎて、すこしばかり不正をしたい上司には邪魔になるし、外国人を使いこなせる日本人は少ないから、ホテルのように真剣勝負のところでは、なかなか登用されない。その壁を破った江上さん、就職に悩む日本人青年の希望の星ではありませんか。

さあ、ヨルダン(紅海)に観光、ビジネスに行くのだったら、アカバのケンピンスキー・ホテルで江上さんの世話になろう。

Kempinski Hotel Aqaba Red Sea

http://www.kempinski.com/aqaba/

(これは広告ではありませんので念のため)

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