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経済学

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2016年6月 6日

金融政策の限界と 財政再出動 への傾斜

(これは5月25日に「まぐまぐ」社から発行したメルマガ「文明の万華鏡」からの抜粋です)

この頃しきりに、「資本主義の限界」が云々される。資本主義でなければ、がちがちの配給制の社会主義経済か、ロボットが欲しいものを何でも作ってくれる共産主義の楽園か、いずれかの可能性しかないだろうが、両方ともちょっと・・・という感じで、できれば人間の自然な欲をうまく使って社会全体の水準を押し上げていく、現在の資本主義の継続を願いたい。そのためには、せめて年間1.5%程度の成長がないと、企業は投資意欲を失い、それによって資本主義は機能しなくなる。

19世紀の産業革命は、モノづくりの力を100倍以上に引き上げ、先進国のGDPも同じくらい引き上げたが、それは同時に「作り過ぎ」、「売れ残り」のデフレの危険性と背中合わせ。19世紀末英国等は20年以上のデフレに悩まされたし、1970年代以降の米国、その他先進国も「作り過ぎ」、「売れ残り」という点では、恒常的なデフレの状況にある。2000年代は、中国での需要が急増したことで、先進国経済は救われたが(その代わり生産が中国に流出したために、先進国は不況に悩まされることになった)、中国も、ブラジルも構造的な脆さをさらけ出し、インドも改革を進めかねている現状では、先進国はいよいよ限界に直面しているのである。

1970年代の不況(米国での「スタグフレーション」)に際しては、先進国は財政支出の拡大でこれを乗り切ろうとした。日本、西独は米国に「お前は世界経済の機関車役を務めろ」とか言われて、財政支出拡大に努めさせられたのである。しかし財政赤字=ケインズ政策は諸方で問題をもたらしたため、フリードマン達のマネタリスト論がもてはやされて、各国中央銀行は景気刺激の役割まで一人で背負い込むこととなったのである。

EU、日本は、マイナス金利を採用してまで、経済のテコ入れをはかろうとしている。しかし、マイナス金利にも限界がある。そこで世界では今、新たな景気刺激策を求めて議論が盛んである。バーナンキ前連銀総裁は自分のブログで、「ヘリコプター・マネー」論を説き、財政支出拡大に必要なカネを中央銀行が政府の口座に「振り込む」(もったいぶった英語の名称をつけているが、何のことはない。要するに増税することなしに、国債も増発することなしに、中央銀行がただ紙幣を増発して財政支出増を賄うという話しである)べしと説く。金子晋右という学者は、2011年の著書「世界大不況と環境危機―日本再生と百億人の未来」で、「毎年数十兆円の政府紙幣を発行し、将来はこれを金券に代えて低所得層に配分し、エコ商品のみを買わせることで、内需拡大とエコ推進の一石二鳥を狙う。そして依存を許さないよう、受益者にはボランティア活動を義務付ける。」構想を披歴している。

僕は、紙幣増刷(インフレになるだろうと言う人がいるが、個人の貯金や企業の自己留保となってかなりが日銀に戻ってくるので、インフレにはならない)、あるいは国債の増発で、日本で不足している「需要」を作り出し、それによって生産も刺激して投資を増加させる政策が必要だと思う。「日本ではGDPの2年分もの国債が累積している、孫の世代からこれ以上借金することはできない」と言われるが、別に孫の世代から借金しているわけではない。日本では個人の金融資産だけでも1700兆円強あり、企業の内部留保は300兆円強ある。双方合わせると、2000兆円ほどの資金が「死蔵」されていることになる。この死蔵分の一部に見合う額の紙幣を刷って財政支出を増やしたり、国債を発行して死蔵資金を吸い上げ、公共投資や介護・保育要員の賃上げに充当し、それによって投資、消費を掻き立てて何か不都合があるのだろうか? 

確かにEUでは、財政赤字はデフォルトにつながり得る。外国から資金を大量に借りているからである。しかし日本、米国ではそうならない。双方とも国内のカネ(米国はドルを増刷し、日本は国債を増発して国内の余剰資金を活用する)をただ「回している」だけだからだ。

だから、国債増発を一概に悪と決めつけるのではなく、あといくら発行すればGDPは望ましい成長率に達し(これこそを数値目標にすればいい)、得た資金を何に使えば最も効果的かということを議論するべきなのである。財務省は、国債増発を忌み嫌う。自分達によるコントロールがきかなくなることを恐れているのだ。しかし、毎年の予算増額のシーリングを閣議決定して政治家がそれ以上手を出せないようにし、その中で各省案件を査定していけば、財務省の力は失われないのでないか?

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