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政治学

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2014年11月22日

新著ご紹介   ワルの外交

寒さが増して参りました。如何お過ごしでしょうか?
今般、「ワルの外交」を草思社から刊行しましたので、ご案内申し上げます。
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同書のまえがき、そして目次は次の通りです。書店に既に並んでおりますので、是非手に取ってご覧いただければ幸甚です。「ワルの外交」の「ワル」とは、「悪」とは違って、本来は善人である者が相手の出方をよく見透かし、自分の利益を守るために賢く振る舞うことを意味しています。


「まえがき」

今の世界はさながら大乱。今これを書いている二〇一四年夏だけでもウクライナ争乱、イスラエルのガザ侵攻、イスラム過激派ISISのイラク進攻、南シナ海・東シナ海での中国を巻き込んだ境界紛争、そしてアメリカ国内の黒人暴動と同時進行、テレビ・ニュースも全部をカバーしきれない。この危なくなった世の中で、アメリカが日本の防衛にどこまで力を入れてくれるかは、その時になってみないとわからない、という状況なのだ。

この世界をどう考えるか。日本はもう、日米同盟などかなぐり捨てて、軍事大国にならねばやっていけないのだろうか。いや、そこまでものごとは悪化していない。そしてもし、日本が戦前のような国に戻ったら、また中国、ロシア、韓国とだけでなくアメリカとも対立し、今度は本当に袋叩き、皆殺しの目に会ってしまう。

そうならないよう、この本は二つのことを提案する。一つは、日本人はもっと「ワル」になって、巧妙・老獪な広報・宣伝合戦を展開していこう、ということ、そしてもう一つは、この世界を動かすものは高邁な理念とか理想より赤裸々な利益であることを肝に銘じて、高邁な理念のウラに隠れた真実の動きを見極められるようになろう、ということである。
これは、日本の政府に提言したものではない。口はばったいが、普通の日本人に提言したものである。というのは、韓国や中国と歴史問題で口論するにしても、慰安婦は強制連行されたのかどうか、あるいは南京で虐殺されたのは三十万人なのか一万人なのかというような議論は、日本国内ではよくしておく必要があるけれど、これをアメリカとか西欧とかの第三国でやると、「慰安婦」、「虐殺」という言葉が先に立って、日本に不利になる。第三国で広報をやるのだったら、もっと別のやり方があるだろう、それはどんなやり方か、というのが一つ。

そしてもう一つは、国際情勢の中で日本が置かれた真の状況を見極めるノウハウを持っていないと、戦前、満州事変をきっかけに過度の国家主義に傾き、壊滅的な戦争を招いた過ちをまた冒す、国際情勢の真相、歩留まりを見極めるには何に気をつけたらいいか、ということである。ワルの外交、ワルの視点とでも言おうか。

この四十五年、ソ連・ロシア、西欧、米国、あるいは中国、アジアと日本を行き来する生活を繰り返しつつ、数多くの歴史ドラマをその渦中、またはそのすぐ側からつぶさに見てきた。「絶対に起らない」と皆が言っていたことがいくつ起きてきたことか。ベルリンの壁崩壊、ドイツ再統一、ソ連の崩壊、そしてウクライナ争乱と、「国家」は僕の目の前でその相対性をさらけ出し、融けていった。僕が無批判に信じ込んでいた「自由」とか「民主主義」といった価値観も、アメリカが「イラクは大量破壊兵器を作っている」という偽情報をかざして武力で攻め入った時、その輝きを失った。なんのことはない。自由、民主主義を享受できるのは、強く、豊かな者だけなのである。この経験が、世界を見るには「ワルの目」が必要であることを教えてくれた。

そして一九九〇年代初頭、混乱と激動のロシアの中で、北方領土問題の解決をめざして広報活動を担当したことは、理屈ではなく人間の心の機微をつきながらこちらの考えをわかってもらう、人間的なアプローチ=「ワルの外交」を習得させてくれた。

 われわれは周囲をよく見て、危険性や可能性を正確、機敏に判断、行動していく能力を磨かないといけない。世界のなかで、駅の通路を歩いていて最も他人とぶつかるのは日本人である。そして、自由とか民主主義とかいう言葉は、ヨーロッパやアメリカから輸入したまま、硬い青っぽい言葉のまま空虚な議論を重ねてきた感がある。大阪人ではないが、「自由? それはなんぼのもんでっか?」と尋ねてみる必要がある。「ワルの政治学」というわけだ。

この「ワル」は「悪」とは違う。善を実現するため悪と戦う、そのための手段が「ワル」なのだ。これまで、外務省を初めとする諸方面の先輩方から多くの教えを受けてきた。その中には「ワル」の四十八手もあれば、善も理想もある。素晴らしい人々がいた。この本は、それらの人々が実行していたことの、ほんの大海の一滴である。

目次

はじめに

一・ワルの外交四十八手
  
ものごとは理念より利益で動かす
自分で触り、自分で動かす
自分の頭で考える
政治家のウソ、官僚のゴマカシ
ニュースになっていないものが国際情勢を作る
物事の核心を見る
「毅然として」より「しれっとして」
「相手の真意は何か?」よりも、相手をその気にさせる
議論のエチケット
「陳情」は逆効果
アメリカを味方につける
交渉の方針を公開で議論すれば相手に筒抜け
キレずにいなして足をすくう
ニッコリ笑って相手を斬る
カラ脅し、そしてポーカー・ゲーム
大国をふりまわす食言外交
逆境を利用する「合気道外交」

二・魔界の外交
  仮想が真実・真実は仮想
  真実より「ストーリー」
  広報は臨機応変に
  プロパガンダと広報の違い
  パーセプションの活用
  心理の虚をつく
  相手をおだてて、その気にさせる
  大きなウソほど人は信ずる
  イメージ戦の堕落

三・井戸の中から外に出る―世界の見方

  
日本を囲む世界は「ワル」
  外交はバランスを作る技
  外交は流水----自分も相手も常に変わる
  「戦略」と「戦術」
  「大きいか小さいか、強いか弱いか」が世界の基準
  ものごとは決まり通りに――それは世界の非常識
  「国家の主権」の相対性
  「国際法で身を守る」の限界
  政治や外交は一人でできるものではない 
  アメリカも大統領一人では決められない
  「外交」の半分は「内交」
「独裁」の相対性


四・「国家」とはナンボのものか?
  「国は崇高」?
  国家形態は古来さまざま
  現代の「国家」のモデルは近代西欧

  近代国家は「戦争マシーン」
  西欧では国も人間も自立が基本
  「票をカネで」の行き着くところ=福祉国家・赤字国家
  ならば国家はいらないものか?
  「民主主義」は本当に「民主的」なのか?
  政権交替と競争
  「民主主義」――選挙はガス抜き
  「民主主義」――利権の交通整理
  代議制民主主義への不満 
  「第四の権力=マスコミ」の聖と俗

  「国民国家」は時代遅れ? ――世界国家、メガ国家
  「超国家=EU」という神話
  国際政治の表と裏-NGOの力
  常備軍から傭兵企業へ?
  
五・世界大乱--今の世界の本質
  弱肉強食時代の再来か
  戦争の目的は金銀小麦の奪取から「市場」獲得へ
  戦後の世界――米国主導のグローバル市場
  ソ連帝国の崩壊
  中国の台頭と植民地主義時代の終焉

  「紙のおカネ」の賞味期限
  失われたバランス――モノとカネ
  資本主義の鬼子=格差
  工業化ができる国とできない国
  日本の身の処し方
  百年に一度のイノベーション時代
  米中の狭間に立つ日本の安全保障
  国際ビジネス、外交のできる人材育成を
  英語ができるようになるには
  外交や国際化は「何くそ」の精神で

  戦争責任――気持ちと頭を整理して

  前を向いて

あとがき

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