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政治学

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2014年8月 7日

向かい風が強まる安倍外交

(これは、5日付日本語版"Newsweek"誌に投稿した記事を転載したものです。これを書いたあと変わったことは、日ロ関係が少なくとも一時停滞することが明らかになった一方では、日中関係が前向きに動き出す兆候が出てきたということです。まあ、これが日本外交にとっての王道だろうと思います)
 

 安倍外交は、対中・対韓関係の悪化という、民主党時代からのハンディ―を負いながらも、それを対ロシア、対北朝鮮関係の推進で補い、ASEAN、インド、豪州、トルコ、そしてNATOなど扇の要をきちんと抑えて、グローバルな外交を展開してきた。それは皮肉なことに、中国が拡張主義を露わにして、周辺国に恐怖心、米国に警戒心を与えたことに助けられた面も大きい。

しかしウクライナ情勢で、日米の対ロ関係ベクトルは逆方向を向き、対北朝鮮関係でも米韓は日本の独走ぶりに心配を始めているようだ。安倍政権にしてみれば、対ロ関係を進めることで北方領土問題解決を進めるばかりか、ロシアを中国に対するバランス要因として確保し、北朝鮮との交渉を進めることで拉致問題の進展をはかるばかりか、関係を深化させる一方の中国と韓国に対して北朝鮮をバランス要因として確保するという奇手、いわばコロンブスの卵を立てたつもりでいたのに、それを割られてしまいかねない按配なのである。仕方ない。米国の支持がなければ、日本の独力では尖閣を守りにくい。対北朝鮮方面の努力は続けるとしても、対ロの方はしばらく踊り場で待機だ。そうこうするうち、この両国の国内情勢も思わぬ変化を遂げるかもしれないし。

安倍外交は機敏、かつこれまでのタブーに果敢に挑むところがあって、これが良い結果をもたらしてきた。2月7日には北方領土返還要求全国大会に出席したその足でロシアに向かい、ソチのオリンピック開会式に滑り込んだ。そして南シナ海でベトナムと中国の境界争いが嵩ずると、5月末にはシンガポールの「シャングリラ」会合に駆けつけて、ASEAN諸国から大きな喝采を得た。さらに6月には、韓国の従軍慰安婦問題に関する1993年河野官房長官談話の検証結果報告書を公表、談話作成のため韓国側と行った文言調整の詳しい経緯を初めて明らかにした。

この報告書を読んで明らかなのは、日本側は、慰安婦の全てが強制連行によるものというわけではない、との立場を堅持し、韓国側も最終的にはこれを呑んで、河野談話の発表に至ったということである。「河野談話は慰安婦の強制連行を認めている」という、従来の通念はこれによって正された。同時に、この談話の作成にいわば加担していたことを明らかにされてしまった韓国政府は、日本に対しては慰安婦問題でこれから強いことを言いにくい状況に陥ったし、国内世論からも批判を受ける立場となってしまったのである。日本政府は、韓国政府がこのような立場に陥らないよう、当時の経緯についてあえて沈黙を守り、韓国側からのバッシングを甘受してきたのだが、今回はタブーを破って真相を白日の下にさらけ出したことが、日本の立場を良くしたのである。これも、いわばコロンブスの卵的な外交である。

だが安倍外交も、向かい風が段々きつくなってきた。7月17日ウクライナを訪問した岸田外相は、100億円の円借款供与を見せ玉にして、ウクライナ情勢の平和的解決を呼びかけ、それによって米国にもロシアにも好印象を与えようとしたのだろうが、相手と時期が悪かった。海千のポロシェンコ大統領から対ロ制裁の強化を要請されたばかりか、こともあろうにまだキエフ滞在中、マレーシア航空機撃墜事件が起き、狙った効果をあげることはできなかったのである。

対ロという独自外交の一角に水が入った一方で、安倍政権の国内支持基盤にも翳りが出てきた。集団的自衛権の問題で、中間層の一部が少なくとも一時的に離れたし、8月に予定される内閣改造後は、自民党内の安倍批判も遠慮がなくなってくるだろう。安倍政権の当事者にとってみれば気が気でないだろうし、世界への関与を抑制すると公言する一方で、日本には対ロ制裁で服従だけ迫ってくるかに見える米国について、ぼやいてもみたくなるだろう。

しかし、来年9月は終戦70周年。ここが安倍外交にとって正念場になる。今から動き出さないと、中国、韓国、ロシアばかりか、米国とさえ、第2次世界大戦をめぐっての気持ちの捩じれが表面化してしまうだろう。これを防ぐためにはまず、安倍総理の持論である「戦後レジームからの脱却」の意味をはっきりさせなければならない。これがサンフランシスコ平和条約を否定し米国にも戦争責任を問おうとするものなのか――同条約第11条は、「日本は極東軍事裁判、及び日本内外で行われた連合諸国による戦争犯罪裁判の判決(複数形)を受け入れる」との趣旨を謳っている――、それとも日本の「対等性」を確保する方向で日米同盟を堅持、強化していくことを意味しているのか。

安倍総理は後者の方を考えていて、それ故に「集団的自衛権」も解禁しようとしているのだろうが、米国内には「戦後レジームからの脱却」という言葉に国家主義的匂いを嗅ぎ取って、警戒心を捨てない向きもある。そして中国や韓国は、そのような米国内の懸念を掻き立てようとしているのである。

来年の9月2日は、日本の降伏文書署名から70年。中国、韓国はこれを反日の方向で大々的に祝うだろう。そして同時期に自民党総裁選が行われる。安倍総理を取り巻く保守的政治家とマスコミが、中韓に対抗して靖国参拝等を総理に求めるならば、彼らは「贔屓の引き倒し」を地で行くことになろう。靖国参拝、そして慰安婦や南京虐殺問題での細部の議論に入り込めば入り込むほど世界は日本に反感を持ち、安倍総理の立場が悪くなるからである。
それよりも、日本は来年秋の東アジア首脳会議で、不戦の誓いを新たにするとともに、アジアでの武力行使による政治問題解決を禁ずるための国際会議開催を提案する等、前向きな対応を取っていってはどうだろう。

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