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2018年8月 2日

ペレアスとトリスタン

今日、オーケストラ・アンサンブル金沢の東京公演で、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」のコンサート形式演奏を聴きに行った。これは、このオーケストラの設立30周年、新しい芸術監督兼指揮者ミンコフスキの初の公演、歌手のすべてがフランス系と来ては、力が入ってないはずがないと思い、映画を見に行く予定を急きょ変更して行ったのだ。当日券は随分高かったけれど、結果は大満足。まあ、ドビュッシーの音楽の微妙な息づかい、テンポの揺れを堪能できたかというと、そこはまだこれからのような気が少しするが。

で、このオペラ、じれったいのだ。今日経の朝刊裏面で林真理子が「愉楽にて」という小説を連載しているのだが、これと同じ。ペレアスとメリザンドが好き合っているのに、何も起こらない。林真理子の小説では1月に1度くらいクライマックスがあるのだが、ペレアスでは最後まで何も起きない。プラトニック・ラヴだけ。

そして今回気がついたけど、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」と同じで、オペラ全段にわたって感情のカタルシスがない(トリスタンでは第2幕に素晴らしい愛の場があるけれど)。音楽的にはドミナントがなかなか現れない。トリスタンではイゾルデの死の最後で、音楽はやっとドミナントになって天に昇って行くのだが、ペレアスとメリザンドもどうもそうなっているようだ。そしてそこに至るまでの和声は、ドミソの世界ではない。彼が独自に編み出した「ドビュッシー音階」なのである。これこそ天才の技。

トリスタンが初演されたのは1865年。ドビュッシーがこれを聴いたのは1889年。ペレアス作曲に着手したのは1893年。となると、ドビュッシーはトリスタンを意識し、トリスタンへのフランス音楽界からの回答のつもりでペレアスを作曲したに違いない。

と思ってググったら、やはりそうだった。ドビュッシー当時、西欧の音楽界は、トリスタン・ショックからまだ抜けておらず、彼もトリスタンに大いに入れ込んでいたそうだ。トリスタンはドミソ音階から離脱した独自の和声で、12音音楽に連なっていくものなのだ。

いや、それにしても面白かった。日本では、地方のオーケストラでも一流。オーケストラ・アンサンブル金沢とか水戸室内管弦楽団とか。

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