Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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街角での雑想

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2009年12月 2日

戦前、大衆社会が戦争に暗転するまでたった10年

この頃の社会を見ていると、いろいろな人が言うように、どうも昭和の戦前、日本が華やかな大衆消費社会から戦時統制社会へと短期で転げ落ちていった前例がどうも思い浮かぶ。生活が苦しくなって、自分よりいい暮らしをしている者達は皆引きずり降ろし、金持ちの特権を支えてきたと思われる、あらゆる権威も踏みにじる。
そうこうするうちに、自分達自身の生活と治安と安全を支えてきたもの――今で言うなら例えば日米安保関係――まで、上層階級だけのための用心棒みたいなものだと錯覚して、窓から放り捨ててしまう。

これですっきりしたと思っていると、ある日突然町内会の締め付けが強くなり、「お上のお達し」が毎日ポストに入ってくる。例えば朝は皆6:30までに起きて近所の学校のラジオ体操に参加しろだの、愛国運動のための募金に参加しろだの。相手にしないと「あの人は非国民なのよ」と言いふらされる。
それだけならまだしも、ある日突然法律が変わって、自分が一片の招集令状で軍隊に狩りだされることになる。新婚早々の妻がこれに泣いて抵抗すると、周り中から「非国民」だとなじられる。電話は盗聴され、総理の悪口でも友人に言おうものなら、次の日には警察官が家にやってくる。

日本は、昭和6年9月の満州事変までは近代市民社会建設の道を走っていた。昭和3年には初めての普通選挙が行われたばかりだったし、当時の新聞は新しい消費財やサービスの広告であふれていた。日英同盟は大正9年に廃棄されていたが、ワシントン海軍軍縮条約のおかげで日本にはやや不利ながら、国際情勢は安定していた。
それが満州事変から僅か10年後、今でいえば2019年には、蛇に魅入られたカエルのように、自ら戦争に引き込まれていったのである。
そういう時にはどんな力学が働くものなのか、少し年表を調べてみた。


大正9年(1920年)12月 日英同盟廃棄。

大正11年(1922年) 2月 ワシントン海軍軍縮条約。
     10月 イタリアでファシストがローマに進軍。ムッソリーニが組閣。

大正12年(1923年) 関東大震災

大正14年(1925年) 普通選挙法。

昭和2年(1927年) 昭和恐慌(蔵相が渡辺銀行破綻と失言したため、取り付け騒ぎ)

昭和3年(1928年)2月 第1回普通選挙。

昭和4年(1929年)10月 ウォール街株価大暴落――世界大恐慌

昭和5年(1930年)1月 日本、金輸出を解禁し、旧平価で金本位制に復帰。
      1割、円高になる⇒経済二番底。
    11月 浜口首相、狙撃される。

昭和6年(1931年) 満州事変
       (日本は既に、GNPの3%を満州への投資がもたらす効果に負っていた)

昭和7年(1932年)2月 井上蔵相暗殺。
             3月 団琢磨、暗殺。
            3.27 国際連盟脱退。
           5.15 犬養首相暗殺。
        12.26 農村恐慌対策決定。

昭和10年(1935年) 相沢事件(相沢中佐が永田陸軍軍務局長を斬殺。統制派と皇道派の対立)

昭和11年(1936年)1月 ロンドン軍縮会議脱退。
              2月 2,26事件。
             11.25 日独防共協定。

昭和12年(1937年)7.7 日華事変。盧溝橋。
  (内閣は拡大を防ごうとするも、7,29には満州で邦人が180余名殺され、上海でも戦闘。止まらない)

         11.6 日独伊防共協定。
  
昭和13年(1938年)4月 国家総動員法。
             7.30 産業報国会連盟創立。
 
昭和14年(1939年) 5月 ノモンハン事件。
             7.26 米は日米通商条約廃棄を通告。
            8.28 独ソ不可侵条約調印で、平沼内閣総辞職。
                  「欧州の情勢は奇奇怪怪なり」
           9.1 第二次世界大戦勃発。
         10.18 賃金統制令、物価統制令。
  
昭和15年(1940年)1月、日本側、日米通商条約更新に努めるも、米側応ぜず、失効。
             9.27 日独伊三国同盟。
           10.12 大政翼賛会発足。
   
昭和16年(1941年) 4.1 生活必需物資統制令。米の配給制始まる。
              4.13 日ソ中立条約締結。
            7.26 米、英、加、ポルトガル、仏が日本の資産を凍結。  
          7.28 日本軍、南部仏印に進駐。
       11.26 御前会議、ハル・ノートを最後通牒と認める。
     12.1 御前会議、対米・英・蘭開戦を決定。
   12.6 ルーズヴェルト大統領、天皇に親書。
 12.8 真珠湾攻撃。太平洋戦争。

(またこうなりませんように。でも、いくら近代的になったと言っても、「ジャパン・クール」だとかはしゃいでみても、他人の自由を踏みにじって恥じない全体主義はすぐにでも戻ってくる。そして誰が決定権を持ち、誰が責任を負うのかよくわからない不透明な体制の中、陸軍と海軍は対立し、それぞれは内部にも対立を抱え、それでも法外な予算は請求し、国内の政治を優先して国際情勢には疎かったために、日本は破滅したのだ。みんな一片の招集令状で戦争に駆り出され、いとも簡単に殺されてしまった。残酷に。そしてマスコミと世論はこれを止めるより、煽ったのだ。その点も、今の構図は変わらない。)

コメント

投稿者: 広本公朗 | 2009年12月 9日 11:57

河東さん

はじめまして。
付加価値技術研究所関淑子さんとの交信を通じて、こちらのblogの存在を教えていただきました。
東京財団でのレポートをはじめ、こちらに書かれている雑想もとても興味深く拝読しました。
私のblogは趣味的なものですが(笑)、知人のエッセイがとても面白く知り合いの400人程度に月に2,3回BCC配信しております。
その機会に、こちらのblogを紹介し、今回の記事を転載させていただいてもよろしいでしょうか。
また、河東さんのアドレスを教えていただければ、今後のこちらの配信リストに加えさせていただきます。(興味を持っていただけるかどうかわかりませんが)。
よろしくお願い申し上げます。

投稿者: shun-chan | 2009年12月 9日 18:10

「費用対効果が全て」と言ってもいい民間企業にいる私にとって、仕事を通じて関わりのあった官僚の方々のコスト意識が低いことは常々感じるところではあります。
ただ、そもそも、官僚の方々には、費用対効果に血眼になるよりも、もっと大きなビジョン・方向性に向かってお仕事をしていただきたいわけであって、事業仕分けにおける、仕分け人からの「極めて狭い視点からの指摘」などにたじたじにならず、大きなビジョンを語って、仕分け人を返り討ちにしていただきたかったところですが・・・・。

それにしても、私が聴く限り、「ノーベル賞受賞者の方々が語っている内容」と「事業仕分けにおいて官僚の方々が語っている内容」には、
それほど大きな違いがあるとは思えず、官僚の方々が語ると「攻撃の的」になるのに、同じことをノーベル賞受賞者が語ると「深い見識」に
なる不思議はいったいなんなのだと感じながら、いつまで経っても成長しないマスコミのあり方に疑問を持ちつつ、そうは言いながらも、そうするしかマスコミに生きる道はないのだという確信を抱きながら、マスコミの世界にいたひとりとして、いまの「悲劇につながるにおいに満ちた喜劇」を眺めております。

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