Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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街角での雑想

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2021年12月 5日

日本経済は本当に萎びてきたのか?

(これは11月24日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第115号所載の記事です)

 藻谷浩介氏が2010年、「デフレの正体 経済は「人口の波」で動く」を出して以来、日本では彼の「労働人口が減るから日本経済は縮小する」論が染み付いて離れない。しかしこの20年ほどで新しい住宅の質は見違えるほど良くなったし、アメリカに行って見てもヨーロッパに行って見ても、公共交通機関の便利さ、清潔さ、グルメ世界の多様さとおいしさ、店でのサービス等々、多くの点で後れてきたのは彼らの方なのだ。途上国へのODA供与額は最近世界4位に落ちたが、それでも年間約160億ドル分を供与している。中でも途上国のインフラ建設に使われる長期・低利の資金=円借款の供与額は今でも年間1兆円内外で(これは以前出した融資がどんどん返済されてくるのを、また貸し出しに回しているので)、途上国に重宝されている。

それでも日本のGDPは円ベースでもドル・ベースでも伸びないので、そのうちドイツに抜かれて世界4位になりかねない。そこでいろいろ考えてみた。中国経済は置いておいて、まず米欧のことを考える。英国では1986年、ビッグバンと称して金融規制を大幅に緩和、金融業がGDPの約10%をかせぐまでになった。米国でも1990年代後半、金融規制緩和が目立った。銀行と証券会社の壁を取り払い、銀行に資産の10倍以上のレバレッジをかけた投資(投機)行為を認めるなどの措置で、マネー・サプライをこの頃急増させた。米欧は金融緩和でGDPを水膨れさせているのではないか?

そこで統計を見てみた。各国、言葉の定義、算出方法が違うので、一応の目安にしかならないが、2020年、米国では金融・保険業がGDPの6.8%を稼ぎ出している。日本は2019年で、金融・保険業はGDPの4.1%を稼ぎ出していて、比率では米国と大差はないように見える。しかし米国は、GDPが日本の約4倍あるから、絶対額では120兆円弱ものハンパない差になる。日本はまだ製造業の国で、2019年でもGDPの約20%をこれに依存する(内閣府 2019年度国民経済計算)。一方米国は2020年で約11%(それでも絶対額では日本を135兆円上回っているのだが)。

製造業、農林漁業、鉱業は、富のベースを作り出す。金融、運輸、その他サービス業はそのベースに乗って、富を膨らませていく存在だ。「だから日本経済は堅実で、今のまま回していけば、わりと高い今の生活水準を維持できるのだ。伸びないが、海外での投資が収益を上げているし、人口が減少するのだからGDPが伸びなくても構わない」と思いたくなるのだが、国防予算、社会保障、介護要員の給与等々、歳出のニーズはどんどん広がっている。製造業、金融業、なんでもいいからもっと大きくなってもらわないと困る。

米国のGDPは2018年、2.9%の成長を示したが、貢献度が一番大きかったのはprofessional and business services部門の0.71%。これはコンサルとか会計士とかだろう。金融・保険部門はこの年、0.0%の伸びしか示していないが、このprofessional and business servicesは金融・保険部門の出店みたいなものではないか?

しかし米国では、製造業も2018年、GDP成長0.46%分を寄与している(US Bureau of Economic Analysis)。これは第2位の貢献度で、10兆円弱に相当する。日本の製造業生産額がこの数年足踏みしているのに比べると、ダンチなのだ。Professional and business servicesは日本ではカネを取りにくい部門なのだが、製造業は米国にならってもっと活力を持てるのではないか?

以上、米国が金融規制緩和と通貨増発で濡れ手に粟の利益を上げたのは事実だが、それだけでGDPが増えたとは言えない。製造業を刷新し伸ばしていくことも、彼らの経済に貢献したということだ。

一方、近年円が過小評価されていることは、ドル・ベースでの日本の存在感をどんどん下げている。日本では京都のちょっとしたホテルでも1泊1万円かからないが、欧米なら軽く300ドルを超える。Economist誌の「ビッグマック指数」を使って測定すると、円は実は1ドル=69円の購買力を持っている。日本のGDPをこのレートのドルで表示すると、今より67%も大きくなる、ということだ。これに海外に直接投資してある約280兆円分の工場等が毎年生み出す付加価値(日本にはライセンス料等の形で年間約20兆円還流してくるが、残りは海外で使われる)を足したもの、つまり8.7兆ドル程度が、日本経済の本当の実力ということになる。これだと一人当たり所得は年間約7200ドル。今の世界で24位から、4位に「昇進」する。

それなのに、「縮む」感が抜けないのは、我々自身が自縄自縛のところがある。値上げするとみんな買わなくなるから値上げできない。そうするともうからないから投資は増えず、賃金も上がらない。みんなで、経済を小さくしている。どこかでこの魔のサイクルを断ち切らないといけないということで、安倍政権は異次元緩和など、インフレ期待をかきたて、企業の投資意欲を掻き立てようとした。

今は所得補填が主流。僕もこれに賛成だ。所得補填と言っても一人10万円というような1回限りのばらまきではなく、企業の業績に合わせてボーナスをもっと上積みする制度を定式化すること、あるいは介護など老後の備えの個人負担分をもっと減らし、国民の消費性向を上げることを意味する。

「縮む。縮む」と思うから、ケチになってますます縮む。自縄自縛の小国化はやめたらいい。世界の中でも日本は、経済成長を実現できる歴史的・社会的な要因を豊富に持っているのだから。


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