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街角での雑想

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2016年7月 2日

日本人演奏家の西洋音楽がいい意味で違うところ

この頃、日本人のクラシック音楽演奏家、オーケストラの水準がめっきり上がり、「本場」から来た演奏家と違わないようになっている。それどころか、「本場」のオーケストラがやってきても、少々名が売れているくらいでは切符が売れない。人気のある日本人演奏家を協奏曲の独奏者として付け合せないと、切符が売れない――と興業事務所の人が言っていた。

さもありなん。テレビのヴァラエティーじゃないが、日本人の若者は、ものごとは自分で参加、自ら手掛ける時代なので、クラシックも同じ、というわけ。仲間が舞台に出てこないとつまらない。

以前、日本人のピアニストやヴァイオリニストと言うと、「技巧は優れていても、(西洋の)心がない」と言われるのが相場だったし、僕もそう思っていたのだが、この頃はもう違う。日本人でもクラシック音楽の心をちゃんとつかんで、堂々と弾く。

そして年を取ってきたせいか、僕も日本人が弾くものの方がリラックスして聴けるようになった。ブラームスなど粘っこいものはそうでもないだろうが、ベートーベンのようにちょっと騒がしい音楽は(ゲーテだって、ベートーベンのピアノを聞かされて、閉口したらしい)、日本人に弾いてもらった方があくが抜けていていい。すっきりしている。

「本場の」ピアニストはどうも音をつぶして、濁った金属質の倍音だらけの音を響かせる。固い石、または金属で作った感じの音楽。そこにいくと日本人のは柔らかい白木で作った音楽。余計な倍音が入っていない感じ。

ピアニストなら清水和音、仲道郁代、指揮なら小澤征爾と水戸室内管弦楽団のコンビとか。別にクラシックをマスターしたからどうだというわけでもないが、明治維新以来、吸収してきた西洋の音楽をここまで自分のものにしたのは、やはりすごいことだ。

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