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街角での雑想

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2015年1月10日

清朝第2代皇帝は石川五右衛門だったのだ

海老蔵が成田屋や松嶋屋のスターとともに新春歌舞伎をやるというので、新橋演舞場に出かけていった。
出し物は「石川五右衛門」。そんな曲、歌舞伎にあったかしらんと思いながら。

面白かったネ。これはマンガ家の樹林伸が海老蔵と組んで作った新作で(脚本は川崎哲男と松岡亮)、今日のは2作目なのだそうだ。石川五右衛門と言えば山門での「絶景かな」と釜茹でなのだが、この新作は奇想天外な筋立てで、釜茹ではなし。もともと五右衛門は豊臣秀吉の隠し子で、秀吉と茶茶の間にできた子、鶴松は実は五右衛門が茶茶と通じて成した、秀吉の孫。

その茶茶は、美貌を聞きつけた満州女真族の族長「ワンハン」(王汗?)が放った刺客に鶴松を殺された上、はるばると満州まで拉致されてしまう。
茶茶の後を追う五右衛門は、女真族の別の族長ヌルハチと義兄弟関係を結び、「ワンハン」が放った刺客にヌルハチが殺された後は、その軍を率いてワンハンを征伐(その前にアムール川=黒龍江の主、黒竜を退治している)、勢いをかって明朝征伐に乗り出すのだ。そして終幕で、万里の長城から「絶景かな」とやるのだから、笑ってしまう。中国人はこれを見てかっかするか、それともあまりのばからしさに口をあんぐり開けたままか。ここらあたりから、無茶苦茶という言葉ができたのかも(間に「茶茶」が入っている)。

このバロック的不条理さ。江戸末期、鶴屋南北にも似ているが、そのおどろおどろしい怨念の世界に比べていかにもからりと、あっけらかん。展開がもたつかず、テンポがいいので飽きさせない。

歌舞伎と京劇がごった煮になったようなところもあって、今のようなアジアの時代にはこうなるんだなと思わせる。義太夫の三味線に、胡弓の切々たるメロディーがからむ。活劇の場では中華風のドラと太鼓が、ごく自然に歌舞伎に入り込んでいる。

そして海老蔵の声の艶がいいんだな。開演前、係りの女性が「携帯電話をお切りください」とか絶叫していたけど、僕たちのいる高い3階ではかすかにしか聞こえなかった。それが歌舞伎役者たちの声ときたら・・・オペラなんだよな。歌舞伎とか京劇とかいうのは。

そして海老蔵は「でっかい」。舞台を圧する存在感、オーラを出すネ。

新橋演舞場の観客はおとなしい。「成田屋!」とか大向こうからかけ声がかからないから、役者たちもやりにくかろう。せっかく見栄をきっても、ずっこける感じ。観客は拍手なんかしているんだから。

これ、昼夜、3時間づつ、同じ出し物をやるんだよな。合計6時間。大変な肉体運動。サッカー、テニスを上回る。こういう時、歌舞伎の俳優たちはどうしてるんだろう。夜の公演がはねると六本木あたりに繰り出して、また喧嘩でもやっているのか? ストレスが激しいと、綱渡りのスリルで発散したくなるからね。

ところで釜茹でと言えば、かのロシアのプーチン大統領を思い出す。アメリカに捕えられ、下から制裁の薪でとろとろ煮られる。「ああ、いい湯だ」などと悪態をついている間に・・・

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