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論文

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2007年6月 2日

ロシア人、ロシア国家の根底にあるもの

(昨年12月のことになりますが、東京財団で「ロシア―――ユーラシアにおけるその地位とその国家の特質」と題する報告を行いました。それをやっと活字にしましたので、ここに掲載しておきます。
ロシアの歴史を振り返り、それがロシア人のメンタリティー、国家としての特質に如何なる影響を与えているかについて、試論を述べたものです。
我々はソ連の共産主義についてはちゃんとした総括もせずにもう忘れてしまいましたし、最近では石油価格に支えられたロシアの表面上の繁栄に徒に目を奪われています。ロシアの歴史を振り返れば、この国がこれから発展していくに当たり片付けなければならない問題の大きさがわかると思います)

                                            2006.12.19
                                     Japan-World Trends代表
                                                河東哲夫
Ⅰ・ロシアの内外政・経済の現状

.「ロシア」イメージの分裂
(1)外国におけるロシアのイメージは分裂している。価値観、行動様式をかなり共通にしている人たちをくくるとロシアは、①エリート、②権力に預かっていない知的な中産階級、③大衆、に大きく分類できる。どの階層のロシアを考えるかで、イメージは非常に変わってくる。ロシアにおいては、国家と大衆の間の断絶が大きいので、パワー・エリートのロシアと大衆のロシアとは大きく異なる。

(2)ロシアの変化が激しく速いために、外国におけるロシア理解が追いつかない。日本においては今でも、ソ連時代の買い物行列や、九十年代の大混乱と窮迫のイメージが残り、これがロシア軽視を生み出している。現在のロシアは西側なみの消費生活に追いついているのに、である。

2.ロシアは欧州部が中心 
地図を見ればわかるように、ロシアは欧州部からウラルまでは多数の都市、経済センターが分布しているが、その他はシベリア鉄道沿いに工業都市が点在しているだけの構造を持っている。その南縁部は概ね農業が盛んな地帯であり、北米大陸であればカナダを思わせるものがある。

3.ロシアの現状―内政
(1)国家体制回復
   エリツィン時代は、「民営化」「民主化」の言葉で形容されている。彼の時代は共産党から国の資産とその運営権限を取り上げることが最大の課題であり、そのため企業の民営化は拙速で内実を欠き、民主化は三権分立や秩序ある政党政治を欠いた、混乱とも言えるものであった。1996年の大統領選挙後は、国債を担保に外債を大量に発行し、偽りの繁栄を演出したものの、これも98年8月にはルーブルの大暴落、債務帳消し・返済繰り延べをもって終わった。そして1999年の12月エリツィンは、国民を窮乏と混乱に陥れたことをわびて、政権をプーチンに禅譲したのである。

(2)プーチンは、99年9月から激化した第二次チェチェン戦争で毅然とした対応を示したことから国民の人気が急沸騰し、僅か4ヶ月で大統領代行に就任したのである。その後現在に至るまで高い支持率を得ているが、その背景には社会・経済の安定、生活の改善、治安の改善、国際的威信の回復を切に望む国民の気持ちがある。その点、フランス革命後の混乱が続く中で登場したナポレオンに相似したところがある。但し、プーチンがナポレオンと異なる大きな点は、後者が有していた「自由、平等、博愛」等強烈な前向きのイデオロギーを、前者が欠いているということである

1991年8月のクーデター失敗から同12月のソ連崩壊に至るまでは、ロシアでも「民主主義」「市場経済」という前向きのイデオロギーがマスコミで支配的だった。エリツィンはこのイデオロギーを看板にしてデマゴーグ的に権力を奪取したのである。しかしながら翌92年1月、エリツィン新政権が改革措置の第一歩として価格の自由化を宣言したことがハイパー・インフレを呼び、それが「市場経済」への期待を一気に失墜させた。また93年に本格化した企業の民営化は、国民の目には自分達の資産が一部の金持ちに安売りされているように見え、こうして「民主主義」「市場経済」は混乱と不公平の同義語だとして、大衆の信用を失ったままなのである。

(3)プーチン政権はそれでも一期目は、企業活動のための新しい法律を整備した。しかし二期目はプーチンが重用する諜報機関出身者特有のシニカルで強権的な政治が目立ち、議会は翼賛化、知事は公選制から大統領による実質的な任命制に逆戻りした。エリツィン時代にできた民放テレビ局や石油企業は次々に実質的に国有化された。野党勢力が弱化するのと歩を一にして、官僚の汚職が激化した。

(4)ソ連が崩壊した後、ロシア人は国家、民族のアイデンティティー、存在意義を未だ見つけられずにいる。製造業が脆弱であるため、その経済は自律的発展を可能とするものではない。
しかるにロシアはこの数年の原油高に支えられて、表面上は繁栄に沸き、外交面でも時には米国に盾突く形で独自のイニシャティブを強化しつつある。ソ連が崩壊して以来15年にもわたって、ロシアの識者が言う「アメリカ一極主義」の下でNATO拡大やユーゴ爆撃を呑まされてきた、ロシア人の鬱屈した思いが今、「エネルギー大国」のスローガンの下に発散され始めている。

(5)ロシアの大衆にとっては、国が大国であることよりも、生活が良くなることの方が重要である。この点で最近心配なのは、原油価格でこの数年給料が倍増、三倍増してきた一部大都市住民は、これからも同様のペースで所得が増大することを期待するようになったこと、また原油好況から何も利益を得ていない大衆クラスが、不公平感を強めていることである。
   ソ連崩壊後の大混乱の時代、大衆は政府を見限り、自立精神を学んだとも言われているが、世論調査を見ても、国民が指導者にかける期待度は西側よりはるかに幅広い分野にわたり、かつ高い。従って2007年12月の総選挙、2008年3月の大統領選挙を前にして原油価格が急落し、それがロシア経済に打撃を与えると、社会から大きな不満が吹き上げる可能性もある。

4.ロシアの現状―――経済
(1)ロシアのGDPは2003年から2006年にかけて倍増し、カナダに迫る100兆円強に達した。大都市では西側消費財が華やかな店で売られ、大衆消費社会の到来を告げている。
しかし、企業の多くはソ連時代からの大企業で、民営化されたとは言っても、独占体質、官僚的体質が相変わらず強く、財務データも隠蔽されているところが多い。しかも、軍需と石油関連がGDPの大半を占めていたと思われるソ連時代の体制から、世界での競争に耐えられる耐久消費財を生産できる体制に移行したとはとても言えない。ロシアの資本は収益率の高いエネルギー部門に回るか外国に逃避し、収益率が低く外国との競争も激しい製造業部門には向かっていない。つまり、ロシアは自律的に付加価値を増大させることができる経済を未だ築いていないのである。

(2)ロシアの経済、財政は石油等天然資源の輸出に大きく依存している(輸出額の約70%が石油・天然ガス)。国家歳入中、法人税と個人所得税は合わせても約7%を占めるのみであり、歳入の多くを付加価値税、輸出税、天然資源採掘税などエネルギー関連に依存している。
  しかしエネルギー資源の埋蔵量は群を抜いている。原油では世界で7位、天然ガスでは世界埋蔵量の27%を占め第一位、ウランでも世界埋蔵量の6%を有している。

(3)ロシアの経済は多くの問題を抱える。原油価格上昇スピードが鈍るとともに、GDPの成長率も鈍化している。他方、月賦制度の普及が消費の過熱をもたらし、輸入が急増している。長期資本の海外への流出が止まらず、2006年第三四半期には120億ドルに達している。他方、短期資本は海外で借り入れており、消費者金融の原資借り入れも含め、短期資本借入額は2000億ドルを超えた。原油価格が急落してルーブルが暴落すると、右返済負担は急増することになる。

(4)以上に鑑みると、ロシアが自力で近代資本主義に脱皮できるかについては疑問が残る。その理由はいくつかあるが、「所有権」に対するロシア人の恣意的な姿勢が大きな障害になっていることは確かである。この点については、後で詳しく触れたい。

5.ロシアの現状――外交
(1)エリツィン時代のロシア外交は当初は向米であったが、この路線から次第に後退し、「米国一極支配」への警戒を強めていった。その中で旧ソ連諸国、中国、インドなどが重点国とされたが、ソ連崩壊後経済力、軍事力が大幅に後退した中では、政治力も大きく後退したままだった。

(2)今でも、ロシアが外国で使うことのできる手段は限られている。それは石油・天然ガスの共同開発、共同軍事演習、廉価な兵器の販売、そしてウランの濃縮等である。但し、国連安保理常任理事国の地位を有していることは、相手国が米国と紛争中の場合などにはカードとして大きな意味を有する。
核ミサイルは現在でも弾頭4,000弱を有すると見られ、老朽化が急速に進んでいるとは言っても、念頭に置くべき要素である。西欧はロシアのエネルギー資源に大きく依存しているが、米国にはロシアの石油、天然ガスは殆んど輸出されていない。

(3)旧ソ連諸国とロシアの関係は経済面で深いものを持っているが、政治面ではロシアの対旧ソ連諸国外交は一進一退を繰り返している気味がある。旧ソ連諸国は一度獲得した独立は手放したがらず、またロシアとの関係を緊張させたり改善させたりすることを内政上の政治カードとして使っている面も見られる。
中近東、イランとの外交は90年代に比べれば活発化しているが、ソ連時代に比べて米国の意向をはるかに多く斟酌せざるを得ない。インドとは、双方とも中国を念頭においてつきあっているものと思われるが、経済的な相互依存性に欠ける点が限界となっている。

(4)中国とは、米国に対するバランスを取るために、緊密な関係を築き、国境問題も解決した(但し実際の線引きが未だに行われていない)。しかし人口が希薄なシベリア、極東に中国人が進出してくることに対する恐怖感はロシア人に強い。中国は東シベリアの石油、天然ガスに大きな関心を有しているが、高値で安定して引き取る能力は日本に劣り、またロシア自身、買い手としての中国に過度に依存したくない節が見られる。

(5)日本とロシアの経済関係は近年急速に進展しているが、領土問題が解決されていないこと、日本は米国の同盟国であることから、日本との政治関係には多くを望んでいない。ASEAN諸国に至っては、兵器の輸出対象程度にしか見ていない。

Ⅱ・ユーラシア大陸におけるロシア

1.ユーラシアに広がる「ゼロサム地帯」(1)ユーラシア大陸の諸国は、開発の度合いに差がある。開発の度合いに正確に見合っているわけではないが、価値観、社会のあり方にも大きな差がある。
   まず、産業革命を経ているかどうかで、人間の価値観、ビヘービアには大きな差が生ずる。社会全体の富の額が増えない「ゼロサム」の社会では、利害の対立は武力対立を生みがちであるが、付加価値を自ら作り出すことのできる産業革命後の「プラスサム」の社会では、利害の対立も解決しやすくなる。

   また、歴史上の実例を見ると、農地の個人所有、長子相続の原則が支配的だった国では、産業革命が行われている例が多い。資本の蓄積を行いやすいからである。英国、日本がその実例である。他方ロシアの農村のうちかなりの部分は、農地の集団所有制の下にあった(但し自分の家の周囲の菜園は個人所有)。村での集会で、各農家の数年間にわたる耕地を配分する「ミール」制度である。

(2)農民の大多数が自営か小作(あるいは農奴)かも、社会の性質を規定する大きな要素である。後者の場合、政府・エリートと国民の間の距離が広がり、国のガバナビリティを妨げる。現代のロシアでは、エリートは国家全体、国民全体のことを考えないことが多く、他方大衆はエリートを嫌っている。ロシアでは19世紀後半まで農奴制が続き、革命後は集団農園に農民が縛り付けられ搾取されたことが、今でも精神的な爪あとを残している。

(3)宗教が既得権を守るのか、崩すのかも、社会のあり方を決める大きな要因である。西欧では新教が新興ブルジョワを政治的にも支えるものとなったが、ロシア正教教会は皇帝に服属する既得権勢力であった。

(4)地域共同体と改革
  都市化以前の社会では、地縁、血縁によって小さな富を分け合いながら生活することが多い。ウズベキスタンなどにおける地域での付き合いは濃密なものがある。経済が遅れているから地縁、血縁が濃密なのか、濃密すぎる共同体社会が改革を阻むのか、判然としないが、ロシアの場合、都市化がかなり進んでおり、地域共同体が改革を阻むといった事情は主流ではない。

(5)ユーラシア大陸では、第1次大戦後オスマン・トルコ帝国が崩壊した余波が未だ残っている(現在の中近東情勢がまさにそれである)上に、ソ連という帝国的な存在が崩壊したことが事態を更に複雑にしている。米国が「不安定の弧」と名づける地域はまさに、双方の地域にまたがっている。

2.ロシアは近代文明に脱皮できるのか?
では、上記の諸要因の中にあるロシアは、近代文明に脱皮できるのか、論じてみたい。
(1)ロシア人の大多数は人種的にはヨーロッパに近いが、彼らの行動原理、価値観は大きく異なる。西欧的な合理主義、個人主義、市民社会の価値観を有する者は、ごく一部の知識階級に限られる。但し、その一部の知識階級の水準は非常に高く、日本のエリートを上回るであろう。

(2)しかしロシア人の多数が欧米の市民社会的な価値観を身につけるのは、いつのことになるかわからない。それには、次のような歴史的・地理的背景がある。
 ●ロシアは、西欧の伝統からは隔絶している。ロシアはビザンチン帝国の強大な皇帝権力、モンゴルの汗や遊牧民族の権威主義的政治を十分吸収しながら成立してきた。西欧では西ローマ帝国が崩壊し、その行政機構を継承したカトリック教会も西欧各国君主によって弱化されたことが、権力の分散を生み、それが経済発展を促進したのだろう。しかし西欧でルネサンス、宗教改革が起き、後の合理主義、個人主義の精神的基盤が準備された時、ロシアはモンゴルに支配されていた。
 
●17世紀、西欧の植民地主義にならってロシア人がウラル山脈を東へ越えた時、そこに居住していたのは黄色人種であった。ロシア人は彼らを力で抑え、19世紀になってやっと太平洋岸にまで至った。ロシアは実質的には植民地帝国だったのであり、今でもこの広い領土を一つにまとめておくためには強権的な政治が必要悪とされている。 

●上部の者が個人の権利を恣意的に踏みにじることの多かった社会であり、それはあたかも伝統のようになって、現代にも見られる。
 
●個人の所有権は、仲間や下に立つ者達からさえも否定されがちである。共同体的原理の強い農村では、隣人よりも稼ぐ農民は白眼視された。また革命直後、労働者は工場、企業から所有者を追い出し、集団所有化した。これは解雇を避けるための究極的手段であるが、農地を共同体で管理していたことの名残でもあるだろう。

●ロシアは「ゼロサム」の社会である。大衆は、富の大部分を支配する「お上」に取り入ることで、富や便宜を得ようとする。「お上」を信じない一方で、「お上」に何から何まで期待する依存心を持っているのがロシアの大衆である。

(3)従って、ロシアが民主化、市場経済化の過程を曲がりなりにも終えるまでには、更に多くの年月がかかるだろう。我々としては当面そのようなロシアを前提として考え、それが世界では如何なる地位を有し、如何なる役割を果たしていけるのかを考えるのが現実的だろう。

(4)しかしそれは、ロシア人が遺伝的にヨーロッパの白人と異なる、といった類の運命論ではない。人間は歴史や環境によって変わる(米国のロシア人移民二世以降は、全くアメリカ的なマインドとビヘービアを示す。十年前のMIT学長はロシア系だった)。ロシアでは、その歴史や環境がなかなか変わらないだろうということである。
 
Ⅲ・ロシア「国家」の特質
1(1)以上の歴史に鑑みると、ロシアは19世紀、近代国民国家の装置(中央政府が徴兵した兵士によって成る軍隊、警察、諜報)を一応は整えたものの、社会的基盤はブルジョワ市民社会ではなく、中世以来の領主・奴隷制をひきずっていた。
ロシアでは自営農は革命に至るまでほとんど育たなかったし、労働者の数も限られていたから、その軍隊は宮廷貴族の将校と農奴の兵士から成っていただろう。革命後のナポレオンの軍隊が「自由、平等、博愛」を奉じて戦ったのと異なり、ロシア国家は革命で倒れるまで、国家をまとめることができるイデオロギーは「ツァー」しかなかったと言えよう。 
 極論のようになるが、「国家」という概念が国民を結束させるようになったのは、「祖国防衛」を前面に立てて戦った第二次大戦(ソ連では「大祖国戦争」と呼ばれている)の時が初めてではないか。抗日戦を共産党国家正当化のための主要イデオロギーとしている中国と、この点は似ている。

(2)ロシアがウラジオストクを領有したのは、僅か1860年のことである。アヘン戦争後、列強が清を分割し始めたのに乗じて、沿海地方をロシアに割譲させたのである。ロシアは英仏等列強と同様、植民地主義の波に乗っていたかに見える。
しかし、英、仏、独、露の植民地帝国は、それぞれ異なる性格を持っている。産業革命が最も進展していた英国にとって植民地は、市場確保の意味が大きかったし、ドイツにとっても事情は同じだった。ところが1860年のロシアは産業革命以前の社会であり、そのようなロシアにとって植民地、領土とは、拡張する英国に政治的に対抗し、またそこから直接搾取する対象として存在していたのである。
別の言葉で言えば、ロシアの領土はゼロサムの重商主義的原理で統治されていたし、付加価値を生むものがエネルギー資源に限られている現在でも、その性格は強く残っているのである。

(3)ヨーロッパの「国民国家」は領土拡張・植民地獲得競争のため国の資源を総動員し、効率的に使う装置として成立した側面が強いが、社会に中産階級が育って選挙権が拡大されるにつれ、国家は社会保障にも従事することが求められるようになった。国家は「力」とともに福祉をも差配する装置になり、支配階級のためのものから、多数の国民のためのものに、その性格を変えていった。
ところがロシアでは、ソ連時代に社会福祉が完備されたのは事実なるも、付加価値を生み出す生産手段、資材、資金の全ては、労働者の雇用を確保し彼らへの分配を確実にするために国家の手に集約されたことが、後の災禍を招くことになる。

 この計画化経済は、当時グローバルに進行した大衆消費革命、電化革命への対応を致命的に遅らせ、社会をゼロサム的状況に長期にわたって足踏みさせた。その中で、資源の運営を司るエリート党官僚の多くは、自分達の特権を濫用し、国民を軽視したのである。
ソ連崩壊後のロシアにおいても、付加価値を生み出すエネルギー部門は少数者の手に独占され、政府の中にも私腹を肥やすことに余念のない者が多数いる。企業の利益と情報を独占し、外国で豪遊したり、アフリカでサファリに興ずるエリートを見ていると、相変わらず領主・農奴関係のメンタリティーがロシアには残っていると思わざるを得ない。ロシアの国家は、国民のためのものには未だなっておらず、一部エリートが寄生するものにしかなっていない。

(4)多民族国家ロシア 
ロシアは多民族国家である。それはアメリカ、オーストラリアのように移民の結果ではなく、植民地主義的征服の結果である。日本では知られていないが、ウラル山脈以東はかつてはイラン系、トルコ系、モンゴル系等が勢力を争った、全く別の空間であり、ロシア人は17世紀以降、毛皮を求めて、砲火と計略によって東漸していったのである。
  従ってロシアでは少数民族は一つのところに集中して居住していることが多く、こうした国を一つのものとして統治するには、専制主義的力が必要になってくるのである。
  ロシアは、分裂の危険性を持っているだろうか? それは経済情勢の如何に大きくかかっているだろう。国家というものは利権の集合であり、一度配分が確定されると惰性で動く。その惰性を破ろうとする者が多数出るのは、経済・政治がよほど不安定になった時に限る。但し現在でも、タタールスタン共和国への権限配分が政治イシューとなっているし、ヤクート・サハ共和国は苦労してダイヤモンド利権を獲得したが、これも中央との力関係如何では将来どうなるかわからない。民族問題はこうして、紛争要因を不断に作り出している。

(5)旧ソ連諸国をめぐる力学
 ソ連は分裂したが、旧ソ連諸国は相変わらず、政治・経済・文化面でロシアと切っても切り離せない関係にある。ウクライナ、グルジアのようにロシアに対する強い独立度を標榜する諸国でも、工業ではロシアの工場と不即不離の関係にあったり、ロシアへの出稼ぎにGDPのかなりの部分を負っていたりする。
  バルト諸国は以前から西欧文明圏の中にあり、現在ではEU、NATOの一員として、ロシアからの独立を確固たるものとしたが、コーカサス、中央アジア諸国のエリートは未だにロシア語文化、ロシア文明の中にいる。彼らにとってはモスクワは世界の中心であり、最も経済活動のしやすい場所であり、モスクワへの留学、モスクワへの出張は相変わらずステータス・シンボルなのだ。彼らは、ロシアが自分達の利権構造に干渉することは好まないが、自分達の強権的で腐敗した支配構造自体を破壊しようとする西側よりははるかに安心してつきあえる対象と見ている。
 
2・何がロシアを動かしているのか―――政治心理学的分析
(1)パワー・エリートのメンタリティー
  かつてマルクスは、将来の超大国としてアメリカとロシアの名をあげた。確かに国土の大きさ、資源の豊かさ、想像力の奔放さ、種々の面でアメリカ人とロシア人には似たところがある。そしてロシア人はアメリカが好きなのだ。
その自由と「富」(ロシア人がアメリカ人の富について想像するのは、プロテスタント的な北部の勤勉に基づく富ではない。南北戦争前の南部の農園主のような、力を背景とした搾取による富である。そしてそこには、「白人は豊かで当然」という人種意識が隠れている)に憧れているのだ。ソ連時代でも、幸福だった米ソ協調の1940年代に流行ったチャールストンやバンジョー音楽などが、インテリの間では根強い人気を持っていた。

  だからこそ、彼らはアメリカに強烈な競争意識を持っている。自分と同じだと思っているから、アメリカが先に行ってしまうことには我慢がならない、それは今では諦めたとしても、他ならぬアメリカに自分の利益や威信を侵されると、完全に「切れる」のである。ロシアのパワー・エリートも大きく言って2種類あり、一つは欧米的価値観で育ったリベラル(諜報機関と密接な関係を持つ者もいる)、もう一つはロシアの現実を見据え、強権的政治はロシアに不可欠であるとする者達である。

  最近の現象は、この両者が融合し始めたことである。かつてのリベラル達も、ソ連崩壊後、欧米がロシアを蔑み、NATOを旧ソ連領に拡張するのを見たりしているうちに、反米に転化した。そうしなければ、国内における彼らの居場所はなくなっていただろう。最近のアメリカがとみに多民族化し、格差が拡大していることも、彼らのアメリカ軽侮の念を誘っている。アメリカの富に幻想を持っていた者達も、実際のアメリカを見て、その競争社会の厳しさに幻滅して帰って来る。彼らにとっては、特権や独占的な地位に安住して富を貪る者の方が尊敬の念を誘うのである。

  プーチン大統領は、現実主義的な(別の言葉で言えばシニカル)諜報機関出身者を多数、政権に引き込んだ。それによって、エリツィン時代不遇をかこっていた保守的な連中が様々な組織で力を回復させた。これに対抗するべきリベラル達は、すっかりシニカルになった一方では、ソ連崩壊後15年たって初めて、石油価格高騰のおこぼれという富の匂いを嗅がされて、すっかり体制順応派になってしまった。

(2)大衆
 ロシア国民はいくつかの層に分かれる。その中で、月収200-800ドル程度で、政府、組織、他人に雇われている者を「大衆」と名づけ(中流の下に相当する)、その典型的な心情を探ってみたい。
数多く発表されている世論調査の結果は、ねじれてしまった心情を表しているように見える。ソ連計画経済体制が崩壊する中で街頭に放り出された市民の大多数は、「政府には期待しない。自分達でやるしかない」と答える。これこそ市場経済、市民社会の萌芽だと喜んで論評する者もいるし、そうしたロシア人がいることも事実である。

 ところが「自分達でやるしかない」と答えた市民の多くも、プーチン大統領には絶大な信頼感を示し、彼がいなくなることに不安感を表明する。これではまるで、「お上」には不信を表明しながらも皇帝には絶大の帰依を示していたロシア帝国時代の大衆と変わらないではないか、という仮説と、ロシア人は大統領に生活の面倒を見てもらうことを期待しているのではなく、社会の安定と治安の向上、国際的威信の回復を実現してくれたプーチン大統領(KGB的強権と石油価格高騰という僥倖によってではあるが)がいなくなることに不安を表明しているだけで、それは小泉→安倍への移行期における日本人の心理と変わるところはないという仮説、双方が可能である。
おそらく、収入と政治的意識が高い者は後者、そうでない者は「どうせ何もしてくれない政府」には愛想を尽かしてみせる一方で、大統領にだけは「何かくれるのではないか」という期待感を捨てきれないというところではないか。

(3)青年
  青年も一つではない。しかし有名大学の学生を見ると、ソ連崩壊当時とは異なっている。ソ連崩壊は大変なハイパー・インフレーションを伴ったが、権力はリベラル派に握られており、大学生も将来への期待に目を輝かせ、西側のものを貪欲に吸収しようとする姿勢が見えた。
今の学生は現実的、別の言葉で言えばシニカルである。かつての大学生はヴェンチャー意欲に燃える者が多かったが、現在では大企業就職、公務員志向が増えている。安定した豊かな生活を送るには、そうした職業が一番だということになっている。15年前と異なり、欧米・日本に単純な憧れを見せる者は少なくなった。15年前は、北方領土を日本に返還することを支持する青年も多かった。返還は、共産党否定と同義だったのだろう。

  現在の学生は、欧米諸国がロシアの利益を侵害し、ロシアの国際的威信を傷つけることに憤慨している。一時は盛んだった西側への留学も、将来への人脈形成のためには国内有名大学の方が有利であるため、バランスを持った対応をしている。
現在の青年は、風俗的には完全に西側化し、ブログ、携帯電話文化、Youtubeを使ってのビデオ画像の配布など日本以上のところもある。しかしこれはリベラリズム、ウルトラ・ナショナリズム、アパシーのいずれにも転化し得るものである。結局は経済状況、つまり彼らが将来どのようにしたら食べていけるかが、彼らの主義・主張をも大きく左右していくだろう。

(4)宗教
  ロシア正教会はゴルバチョフ時代に弾圧から解放され、共産主義に代わって国をまとめる手段として利用されるようになった。ローマ帝国がキリスト教を国教とした時以来、ギリシャ正教会は国家・皇帝と不即不離のものとして存在し、皇帝が宗教上の最高権威者でもあった。ローマの教会は国家と分離していたが、これは西ローマ帝国が消滅したための止むを得ない選択であり、ローマ教皇は何度か欧州全域への支配確立を狙っては失敗しているのである。
  今ではロシア国家の重要な行事の多くには、ロシア正教会の総主教も出席する。自分を信者だとする者の数は、信仰を隠していた者が多かったソ連時代に比べ、大幅に増えている。
にもかかわらず、ロシア正教会は国民をまとめる大きな勢力とはなりえていない。正教会がソ連国家に従属し、KGBのために働く僧職者もいた過去は忘れられていないし、ソ連崩壊後の混乱時代にタバコの無税輸入権等を利用して金儲けに奔走していた姿も国民には良く思われていない。西欧の新教のように、ブルジョワ社会を背景にした「個人」を対象とした工夫もないので、盛り上がらない。

(5)文化
 かつて19世紀末、「銀の世紀」と呼ばれるロシア文化の興隆期があった。勃興する経済力に支えられていると同時に、体制の停滞から来る倦怠感と不安感に彩られたものでもあった。チェーホフの「桜の園」などがその典型である。
ソ連崩壊前後から、ロシアの文化状況は大混乱に陥った。ソ連時代、大多数の文化人は作家同盟のように、「同盟」と称する分野毎の団体に属し、あたかも公務員のように住居、収入、出版を保証されていた。ソ連崩壊により「同盟」の資産の分捕り競争が始まり、何を創作するかが全く自由と成った半面、何を書けば出版してもらえるか、売れるかの予想がつかなくなった。多くの者は商業主義に走り、共産主義を殊更に批判したり、エログロに走った。音楽、美術のように言語を要しないジャンルの者の多くは海外に移住し、ロシアの文化、スポーツは教師、コーチの面から空洞化することとなった。国内に残った文化人の多くは、収入面では大きな困難を抱えていたし、また社会の変化は急速、かつ大幅で、彼らによる理解と解釈の限度を超えていた。
  
  利権の再配分が一段落し、石油価格高騰に沸く現在のロシアでは、「銀の世紀」を思わせるような文化勃興の兆候が見える。文化に資金を出す者が増えてきたためである。それは篤志家である場合もあれば、マネーロンダリングを狙った不正な目的による場合もある。映画を筆頭に、ロシアの根強い文化力は復活しつつある。 
  しかしロシアの文化もポップ文化の様相が強く、「銀の世紀」のように時代を語り人間を語り国家を語るものは皆無と言える。ロシアの文化は、ロシアを導く力を持っていない。

Ⅳ・総括
1・ロシアはユーラシア大陸において、その重みを回復させつつある。しかしソ連を崩壊させてまで成し遂げるはずだった民主化、市場経済化は道半ばで足踏みしている。現在の好況は、石油価格高騰に負うところ大であり、成長率は次第に低下の傾向にある。この期間に貯えた資本を不動産(中国と同じく、ロシアでも土地に対する私有権が強化された)投資等により更に膨らませ、経済成長を維持していくことができるか、それとも製造業の未発達により経済成長がいつかは止まり、蓄積された資本も再び海外へ流出するか、現時点ではわからない。
  経済が健全なものにならなければ、現在実現しようとしている軍備強化も実現できず、盛り返しつつある国際的な発言力、外交力も再び低下しよう。但し、今後国力が更に向上したとしても、かつての米ソ二極構造は復活しないだろう。中国が台頭したし、中近東諸国、インドも力を強めているからである。従ってロシアは、基本的にはその経済力に応じて伸びたり縮んだりするOne of the playersの地位に止まるだろう。

2・世界は、オスマン・トルコ帝国崩壊、オーストリア・ハンガリー帝国崩壊、そしてソ連崩壊の後始末をしきれていない。ウクライナ、バルカン、コーカサス、中近東、中央アジアと、「不安定の弧」と呼ばれる地域がまさにそれである。このうち、中近東には世界政治の矛盾が集約しており、真剣な解決への努力が必要となっている。他の地域における大国間の勢力争いはグローバルな深刻性を有していないが、テロリズムの温床となる他、人道的観点からは安定化と開発がはかられるべき地域である。
  これら諸国は独立を維持することが望ましいが、他力本願的体質になっていること、ロシアに対する経済的・文化的依存度が高いこと、人権を軽視する強権主義政権であることが、西側による支援を難しくしている。これら地域住民による出稼ぎを容易にする等、現実的な開発・安定化政策が取られなければならない。

コメント

投稿者: 杉本丈児 | 2007年6月 3日 10:45

最近のロシアといえば、プ-チン大統領の強圧的な言動と警備艇に拿捕される日本漁船の記事が目に留まる。
一方、北方領土返還についての記事がほとんど見られないのは、現在の全般的な日露関係の状況を著しているものかどうなのか、私には不明でる。
結局、私にはまだまだよくわからない国としてのロシアであることはまちがいない。
ですので、今回のレポ-トは、何度も読み返た。
やはり、奥が深くてわかりにくい国の一つである。

投稿者: 杉本丈児 | 2007年6月 3日 10:45

最近のロシアといえば、プ-チン大統領の強圧的な言動と警備艇に拿捕される日本漁船の記事が目に留まる。
一方、北方領土返還についての記事がほとんど見られないのは、現在の全般的な日露関係の状況を著しているものかどうなのか、私には不明でる。
結局、私にはまだまだよくわからない国としてのロシアであることはまちがいない。
ですので、今回のレポ-トは、何度も読み返た。
やはり、奥が深くてわかりにくい国の一つである。

投稿者: 杉本丈児 | 2007年6月 3日 10:45

最近のロシアといえば、プ-チン大統領の強圧的な言動と警備艇に拿捕される日本漁船の記事が目に留まる。
一方、北方領土返還についての記事がほとんど見られないのは、現在の全般的な日露関係の状況を著しているものかどうなのか、私には不明でる。
結局、私にはまだまだよくわからない国としてのロシアであることはまちがいない。
ですので、今回のレポ-トは、何度も読み返た。
やはり、奥が深くてわかりにくい国の一つである。

投稿者: 勝又 俊介 | 2007年6月 5日 00:48

浅学の私にとっては、ロシアが「非常に分かりにくい国」であることは間違いないのですが、我々が覗くことができない部分が多いというだけで、社会構造・経済構造・国家が抱えている課題などは、他の主要先進国に比べたら、実はかなり明確かつシンプルになっているのではないかと思っています。ただ、その課題を解くためのプロセスに関しては、市場原理だけでは
到底紐解くことのできない迷宮が待ち構えていることは間違いないはずですし、それが「分かりにくさ」につながっているということなのだと思いますが・・・。
長い年月、ひたすらハイペースの右肩上がり成長を続けていくような経済のあり方は、もうどの国でもありえないはずです。国家に期待できるのは、基本的な社会システムの確立までであって、そこから先は、国家が何を助けてくれるわけでもないでしょう。「好景気・不景気」は、あくまでも、「経済的に好調の企業(人)が多いのか・少ないのか」、その比率の差でしかないとすれば、「公正・平等な競争のできる素地をつくる」ことこそ、国家に求められている経済のフレーム作りの最大のテーマなのだと思います。ロシアにおいて産業の屹立が思うように進まない点を解決するポイントも、そこにあるのではないでしょうか。

昔のガキ大将がそのまま大きくなっちゃって、それでも実家の膨大な資産にモノを言わせて、町では相変わらず我が物顔で闊歩して。ベールに包まれている家だし、あんまり関わらないほうがいいかな・・・・さしずめ、ロシアに対する一般的な印象は(もちろん私も含めて)、そんな感じだったりするのではないでしょうか。
でも、そんな不要な先入観は、どんどん取り払っていきたいものです。

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