Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

論文

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2009年11月28日

中央アジア情勢メモ(09年9月周辺)

2009年10月20日
河東哲夫

1.総論
(1)アフガニスタンでのタリバン伸長は、中央アジア諸国にとって脅威か?
地図を見ればわかるように、アフガニスタンと国境を接する中央アジア諸国はタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの三国。このうちトルクメニスタンは平地でつながっているようだが、タジキスタン・ウズベキスタンとアフガニスタンの間にはアムダリヤまたはその支流のピャンジ川が流れていて、橋の数は限られている(と言うかウズベキスタンに一つ、タジキスタンに一つか二つのみ)。
だから、タジキスタンとウズベキスタンには、アフガニスタンの側から大軍は入ってこられない。夜陰に乗じて渡河するテロリストが脅威になるだけだ。ただ、アフガニスタンの北部はタジク族、ウズベク族、トルクメン族が集住する地域であり、タリバン支配の時代にも中央アジア三国はこれら同族と話ができる状況にあった 。
9月25日のAsia-Plusという通信社によれば、タリバン指導者のオマル師は、「タリバンが政権を取れば、周辺諸国との友好関係を築く。心配する必要はない。但し、外国軍隊がアフガニスタンから撤退することが、安定化の条件だ」と語ったそうだ。
まあ、参考くらいにしかならない話だが、「アフガニスタンをタリバンが取ったら中央アジアにとってはこの世の終わり」、とは思わない方がいいのかもしれない。

(2)まだ始まっていないアフガニスタンへの空輸
「ロシアと中央アジア諸国が米軍、NATO軍に対して、アフガニスタン向け軍事物資を積んだ飛行機の上空通過を認めた」ことは、この半年にわたって喧伝されてきたが、実際の開始は遅れている。9月にはまだ始まらなかったようだ。
パキスタン側からの搬入で当面間に合っているか、手続きがややこしくて米側が厭気がさしているか、いずれかの国で賄賂を渡せ、渡さないの争いになっているためか、それはわからない。

(3)集団安全保障条約機構の強化とウズベキスタンの独自外交
この数カ月の情勢で目立つのは、ロシアが集団安全保障条約機構を強化しようとして、これまでも形式的には存在してきた即応展開軍(同じようなものはNATOが既に作っている)を実質的なものにしようとしているのに対して、ウズベキスタンが強く抵抗していることである。
8月末にはモスクワのCSTO統合参謀本部で即応展開軍初の共同机上訓練が行われたが、9月19~28日にはこれまでロシアに抵抗してEUにすり寄っていたベラルーシで、何とNATOを想定敵とする即応軍共同演習が大規模に行われた。ベラルーシからは自動狙撃師団、ロシア・カザフからは空挺団、計6000名が参加したと報じられている 。
後者にはCSTO加盟国の国防相が招待された他、メドベジェフ大統領もやってきた。(この後10月上旬にもカザフスタンで対テロを想定した共同演習が行われている)。9月中旬にはタジキスタンのドシャンベで、アフガニスタンからタリバンが襲来したことを想定て、ロシア軍とタジキスタン軍が机上演習、射撃演習を行った。
ウズベキスタンはこれらすべてに参加していないどころか、即応展開軍を強化するための合意文書にも署名していない唯一のCSTO加盟国となってしまった。だが他方、キルギス南部のオシュ周辺に即応展開軍の基地を設けるという話は、ウズベキスタンの抵抗が功を奏しているのか、キルギス政府が高い条件をふっかけているのか知らないが、ニュースが消えてしまった。進展していないようだ。
 9月の上旬モスクワで、旧ソ連(バルト諸国を除く)各国の諜報機関の長官達が第10回長官会合で集まった時にも、ウズベキスタンだけが長官代理を送ってきた。

(4)ロシア、トルクメニスタン天然ガスの購入再開の構え
 4月、ロシアはトルクメニスタンからの天然ガス引き取りを停止していたが、9月13日、メドベジェフ大統領がトルクメニスタンを訪問し、ベルディムハメドフ大統領との間でガス引き取り再開につき基本的合意に達したと報道されている。ロシアはトルクメニスタンのガスをウクライナに転売していたのだが、ウクライナが値切る一方でトルクメンはふっかけるものだから、今年は遂にガスプロムは逆ザヤを強いられようとしていたのだ。それも、4月にガス引き取りを停止したことの背景にある。
 従って引き取りを再開するにしても、引き取り価格を改正しないとガスプロムとしてはやっていけない。だから10月になっても、天然ガス引き取り再開はまだ実現していない 。
 トルクメニスタンの天然ガスをめぐる情勢は、これまでの売り手市場から当面買い手市場に変化しつつある。米国で天然ガス産出量がかなり増加していること、不景気で世界的にガス需要が減っていることから、天然ガス市況は軟調に転化したのだ。ガスプロムは、トルクメニスタンからの天然ガス引取り量を大幅に下げようとしている。トルクメニスタンは年末には中国へのパイプラインを完成させて、中国とロシアを競り合わせることをもくろんでいたのだが、ロシアに梯子を外され、今度は自ら値下げに応じざるを得ない羽目になるかもしれない 。
 
(5)黒海・カスピ海運河?
9月11日、ロシアのオレンブルクでカザフスタンとの経済協力会合が開かれた。この席上メドベジェフ大統領はナザルバエフ大統領に対して、カスピ海と黒海のアゾフ海を結ぶ運河の建設案が2010年初頭に完成すると述べた。初耳だ。カザフスタン、トルクメニスタンの石油、LNGを積んだタンカーが黒海に直接出てきやすくなる。
他方、ロシアの黒海艦隊がカスピ海に進出ができるようになると、資源に富むカスピ海底の境界画定等において、ロシアが大きな政治力を発揮できることになる。
既存のヴォルガ・ドン運河でも二つの海の間を往来することができるが、ウィキペディアを見ると、高低差が存在するためにこの運河は閘門式で、5000トンの船しか通せない。もっと大きな運河を作れば、戦略的意味が出てくるということだ。

(6)「CIA特殊部隊の中央アジアへの進出」騒ぎ
9月25日EurasiaNetという通信社が、アフガニスタンのCIA特殊部隊のスポークスマンFred Kublerの発言を報道した。「CIA特殊部隊は、アフガニスタン周辺諸国(イランを除く)が求めるならば、軍の訓練を支援してもいい。CIA特殊部隊は戦闘に従事することさえあり、20世紀トルコで行ったことがある」ということで、ロシアの評論家はすわCIAの中央アジア進出だと騒ぎたてたが、上記は理論的可能性を述べただけの発言で、2,3日でニュースは消えた。

2.ウズベキスタン
(1)9月22日、下院の選挙戦が始まった。以前から複数政党制になっているが、選挙の結果、情勢が大きく変わることは絶対ない。

(2)8月以来、一連の撃ち合い騒ぎがあった。背景が不明のまま静かになっている。
8月9日には内務省のテロ汚職対策局長ハサン・アサドフが、自分の家で射殺された。8月10日には国防省近くで爆発と撃ち合いがあった。8月29日には、タシケントの数カ所で警官と何者かが撃ち合い、「最近の犯罪の犯人が、抵抗して2名射殺されたのだ」との当局者発言が報道された。これらは、最近続いていたイスラム僧襲撃がらみだろうか? ウズベキスタンではイスラム教会は政府に近いのだ。
そして9月6日にはタシケント州の刑務所から囚人が10名、看守を殺したうえ小銃を奪って脱獄した。9月8にはカザフスタンのシュムイケント山岳部で、おそらく彼らを捜索していたヘリコプターが墜落している。
市場などには、23名の「過激派重犯罪人」指名手配ポスターが多量に貼られた。
これら一連の事実の相互関連がわからない。

(3)米国との関係強化が徐々に進行している。しかし2002年~2005年にかけての蜜月とも言い得るような時期とは異なり、米国だけに賭けるというやり方ではない。
8月末にはペトレウス米中央軍司令官がトルクメニスタン、キルギスとともにウズベキスタンも訪問し、カリモフ大統領と今年2度目の会談をした。彼は外務、対外経済、国防関係者とも会い、国防省とは軍人教育、訓練協力についての文書に署名した。

(3)農地を取られて小作に転落する農民が増えているとの報道があった。2002年頃にはソ連時代の集団農園を分解し、自営農を創り始めていたのだが、2008年10月大統領令No.3077で10~15ha以下の土地は集約すべきものとされて以降、知事達がこれを悪用して恣意的な収用を行い、これを賄賂を取っては友人たちに分け与えていると報道されている。

(4)9月からプロダクション・シェアリング方式に基づく資源開発で、外国パートナーへの優遇策が縮小された。一般国民並みに25%の物品税をかけられる他、固定資産税はこれまでの4.1%が30%に引き上げられる由。このためロシアのルークオイルなどは、年間数億ドル余計な費用がかかることになる。但し既存の契約については、署名から10年経つまでは今回の新税法を適用しない。

3.カザフスタン
(1)NATOとも共同軍演習
カザフスタンは全方位外交を標榜し、来年はOSCEの議長国にもなる。
そのためか、前述のようにロシア肝いりのCSTO即応展開軍の共同演習に参加するのとほぼ同時期に、NATOとも「草原の鷲2009」という美しい名の共同演習を行った。カザフスタンは旧ソ連諸国の多くと同じく、NATOとの間でPFP(平和のためのパートナーシップ)という協力関係を結んでいる。PFPの枠内でNATOと共同演習を行うのは、旧ソ連諸国では珍しいことではない。今回「草原の鷲」には英国、米国の軍、カザフスタンからアルマトイの空挺大隊が参加した。

(2)危機の処方箋は計画経済?
ナザルバエフ大統領が9月22日のロシア・イズベスチヤ紙に、「危機の原因と治療法:第5の道」と題する大論文を掲載した。9月の初めにメドベジェフ大統領が発表した「ロシアよ、前進せよ!」と題する改革志向の論文に比べると、ソ連時代の計画経済のDNAを色濃く残したものだ。
この論文の主旨は、①現下の世界的危機は、モノの価値をちゃんと計れる基軸通貨がないことに起因する(注:モノの価値は市場が決める。基軸通貨が決めるわけではない)、②ドル以外の基軸通貨をバスケット制で作ろう、③南米ALBA諸国(反米のベネズエラ等)、湾岸諸国のように、超国家的な発行母体を作り、それによって電子の計算単位を導入しよう、④「第5の道」とは、新しい発想の国際通貨を創設することだ。「民主的な」国際機関が発行することとし、モノの真の価格を反映するものとする(注:要するにカザフスタンの原油価格がいつも一定のレベルに安定しているようにしたいのだろう。そんなことは計画経済でないとできない)、⑤利潤創出、経済の発展の方向をコントロールするべきだ(注:ソ連時代の中央集権・計画経済、非現金決済制に戻れというのだろうか?)

(3)外貨建て個人用国債?
8月には、カザフスタン政府が個人用国債(MOAKAM)を発行する構えである、との報道があった。額面10ドルで、購買日のレートの現地通貨テンゲで購入する。上記ナザルバエフ大統領の論文とは矛盾した、ドル中心の動きだ。だが10月に至っても、発行されたというニュースはない。

(キルギスについては大きな動きは見当たらなかった)

4.タジキスタン
(1)9月初め、パティル・インド大統領が初の公式訪問を行い、ビジネス・フォーラムを開催した。冒頭地図を見ればわかるように、中国と国境紛争を抱えるインドとしては、新疆に接するタジキスタンに地歩を持っていると、中国をけん制できるのだ。だから、インドがタジキスタンに軍事基地を作ろうとしているとのうわさが流れたこともあった。
だがインドは、いくら中国を意識していると言っても、できることに限りがあるから、タジキスタンとの関係もそこそこにしか進むまい。

(2)他方、中国はタジキスタンでの地歩を大いに高めている。8月末には首都ドシャンベとアフガン国境のピャンジ(ここには、米軍が作ったばかりの、ピャンジ川にかかる橋がある)の間のシャル・シャルに中国が4000万ドルで作っていた2kmのトンネルが稼働した 。米軍物資輸送に便利となる(ピャンジとドシャンベの間の道路整備には、日本政府もODAを出している。日中が米国のアフガニスタン作戦に協力したかっこうとなる)。
多分この工事関係だろうが、中国道路建設公司のトラックがロシア兵の乗ったトラックとぶつかり、ロシア兵4名を死なせる事故が起きた。彼らがタジキスタン中部の山岳にあるOknoという、ロシア軍所有のレーダー施設に向かう途中のことだった。このOKNOという大レーダーは人工衛星を追跡する施設という建前になっているが、四川省から発射される中国のミサイルの航跡を監視することもできるだろう。

(3)ロシアは一方、ソ連時代からタジキスタンに駐留している第201師団の地位協定を改定交渉中である。タジク側が年間3億ドルの支払いを求めているとの報道もあったが、タジク側はこれを否定した。中国に対する扱いとは対照的だ。中国はお客さん、ロシアは身内ということなのだろう。

(4)本年、サントゥーダ1という水力発電所が完工したのだが、このおかげで、今年の冬はウズベキスタンからの電力輸入に依存する必要がなくなった。これまでは、費用不払いのためによく厳寒の最中に配電を止められていたのである。

(5)首都ドシャンベの郊外に大規模なアルミ精錬所があり、ここから輸出されるアルミはタジキスタンの外貨の多くを稼ぎ出している。しかし世界不況のあおりで、今年1~7月の輸出額は2.8億ドル、昨年同期より59.3%減になった由。

5.トルクメニスタン
(1)トルクメニスタンではロシアが天然ガス引き取りを停止しているために、政府歳入が激減しているはずなのだが(歳入の80%を依存しているとの報道あり)、その割には経済危機が起きたとか政治情勢が不安定化したとかの報道がない。
ということは、ロシアから何らかの裏の支払いがあるのか、それともこれまでの蓄積でしのいでいるのかだ。

(2)9月には、ウクライナが建てていたAtamurat-Kerkichiのアムール川鉄橋(1414米)が完成した。これでアムール川右岸のエネルギー資源の開発が容易になる。
その右岸ではこれから、中国が天然ガス田の開発を進めることになるのだろうが、9月12日にはトルクメニスタンの中国企業で働くトルクメンの労働者が、過酷な労働条件と中国人との給料格差に騒ぎ、200名逮捕されるという事件があった。中国人は15名入院したというから、彼らも楽じゃない。

(3)9月にはイスラエルが、初代の在トルクメン大使としてReuven Dinel氏を任命した。彼は1992~96年ロシアで、イスラエル初代の「レジデント」(諜報機関のトップ)を務めたそうだ。イスラエルがトルクメニスタンを本格的に相手にするとは思わないが、イランの北を抑えるトルクメニスタンに諜報出身者を大使で送るというのは、それなりの意味がある。                           (了)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/924