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論文

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2008年11月28日

ロシア・CIS情勢

(以下は、日本貿易会にて10月22日に開催された第1522回定例午餐会の講演要旨)

グルジア戦争前後―ロシアをめぐる国際情勢        

1.ロシアの米国に対するスタンス
10月中旬にイタリアのベニスで「ロシアをめぐる国際情勢」と題したゴルバチョフ系の財団が主催するシンポジウムに出席する機会があった。この種のシンポジウムに出席していつも感じることは、ロシア人が米国に対して異常なほどの対抗心を抱いていることである。特に2001年に起こった9.11同時多発テロ以降、NATOの拡大の問題一つとっても、米国に好きなようにやられ、ロシアの面子と安全保障上の利益を完全に米国に無視されているとの思いを抱いているようである。

プーチン大統領(当時)も2007年2月、安全保障政策に関するミュンヘン会議で演説し、NATOの拡大が東西間の「相互信頼」を失わせている、と述べて米国の対外政策を厳しく批判した。こうしたロシアの強硬なスタンスは、当初は2008年3月の大統領選挙に向けた民族主義的な宣伝と思っていたが、大統領選挙が終わってメドベージェフが大統領に就任した後も、ロシアのスタンスは変わっていない。

その背景には、ロシアの被害者意識と、ロシアが、かつてソ連として持っていた大国のステータスに対するノスタルジーがない交ぜになっている気がする。また、大国というものに関する考え方もロシア人とわれわれでは大きく違う。ロシアを除いた西側世界では、米国が強力な指導権を発揮しているが、同時に、日本をはじめ欧州、東アジア地域の国々は安全保障の面、あるいは経済的な部分で米国から多くの利益を得ている。ところが、ロシアはそういった大国の責任や大国が与えるべき利益というものが理解できず、大国になれば自国の通貨をどんどん印刷して、同盟国に押し付けることができると考えているようである。私はそのようなスタンスでは結局、ロシアは再び難しい状況に陥る可能性があるものと思っている。

ベニスのシンポジウムに参加したロシア人は、米国の金融危機について、米国は、多極化時代の中で、覇権を求めたがゆえに崩壊したと指摘していた。しかし、多極化世界の中で、国際通貨、基軸通貨としての役割を担っているのはほかならぬドルであり、米国が安定し、かつドルが強くなければロシアとしても困るわけである。ロシアでは、石油価格が上昇し、足元の経済が成長しているため、石油依存体質をそのままにして、非常に強気に出ているという側面がある。

2.ロシア経済の動向
(1)ぜい弱な経済体質

ロシアの名目GDPは、2000年の20兆円相当から2008年には100兆円とほぼ5倍となり、カナダを抜いて名実ともにG8の仲間入りを果たした。その内容を分析してみると、原油価格は、2000年から2008年にかけて年平均18.8%上昇し、過去8年間で3.4倍になった。また、輸出の増加を背景にルーブルの価値が年平均18%も上昇し、過去8年間で3.2倍となった。したがって、ドルとか円の名目ベースでGDPが5倍になったと言っても、ほとんどが数字上の効果にすぎない。確かに、増加した石油所得を元にサービス産業が発展したことなど、ロシア経済が実質的に成長した面もある。しかし、物づくりの面では、競争力を失いつつある。物づくりを難しくしているのが「オランダ病」である。第1次石油危機当時、北海油田を発見したオランダはその利権の一部を持っていたが、原油輸出の拡大によってオランダ・ギルダーの為替レートが上昇し、オランダ経済は輸出競争力を失ってしまった。このように、天然資源の輸出によって為替レートが上昇して工業品の輸出が減少し、国内製造業の競争力が廃れてしまうことをオランダ病というのだが、ロシアでも全く同じことが起きている。今や、輸入した方が何でも安いという状況で、ガソリンですら米国とほぼ同じ価格でないと買えない。

多くの工業製品が輸出競争力を失い、唯一競争力を保っている石油・天然ガスで得た収入を元にサービス産業を発展させ、ルーブルの価値を維持することによって、表面上、経済のパフォーマンスを取り繕っている。支出面では、経済の発展段階に比較して消費支出が大き過ぎる。投資が先進国並みの2割弱しかなく、中国の投資がGDPの30%~40%程度であることと比較するとはるかに低い。しかも、消費の約45%は輸入に依存している。ロシアは旧ソ連自体にはろくな耐久消費財を作れない経済であったが、その状況が今も続いている。彼らが自分で耐久消費財を作ろうと思っても、ブランドや技術は西側に全部抑えられているし、マーケティング能力やR&D(研究開発)能力の面では西側にはるかに劣っているため、直接外国投資を受け入れるしか選択の余地はないと言えよう。

ただ、ぜい弱な経済とは言われながらも、少なくとも2020年ごろまではそれなりのパフォーマンスで推移するものと思われる。この3月に田畑伸一郎北海道大学教授との共同研究の下で、2020年のロシア経済の見通しを数シナリオ策定した。石油価格が2020年まで上昇し続けることは考えられないので、途中から価格が低下し、ルーブルのレートも下がって国内の輸入代替産業がある程度成長するとのシナリオも、その中にはある。それによると、石油の価格が強含みで推移するという楽観的シナリオでは、ロシアのGDPは9兆3,000億ドルと、現在の日本の5兆ドルの約2倍になる可能性がある。また、石油の価格が弱含みで推移するという悲観的なシナリオでも3兆4,000億ドルに達するとの結果が得られ、現在のカナダのGDPのほぼ3倍で、中国のGDPとほぼ同じになるとみられる。

こうした試算結果に対しては、楽観的すぎるのではないかとの声も強い。確かに、この数値は一定の条件下で計算したものであるので、確定的なものではない。ただ、後述するように、ロシア経済は、現下の金融危機において、1998年8月の金融危機の際のような大崩壊に至っておらず、われわれのシナリオの範囲内に収まっている。この強さの一つの要因として上げられるのは、豊富な外貨準備である。ロシアの外貨準備高は2008年10月現在で約5,000億ドルと世界第3位を占めている。通常、4カ月分の輸入可能な外貨があれば何とかなると言われているが、現状、20カ月分の輸入が可能な外貨準備があるので、抵抗力は相当強い。ただ、外国から巨額の借入金のあるルサール社など一部の企業はこれから危ない状況に陥るおそれもあろう。

(2)物価高と賃金上昇
 経済体質がぜい弱である一つの表れとして、物価が非常に高い。ロシアではほとんどモノを作っておらず、工業製品を輸入に頼っているので、物価が上昇しやすい体質にある。一方、石油の売買代金としてドルが入ってくると、それをルーブルに交換するので、ルーブルが市場にあふれてしまう。そのうちの相当な部分が税金として政府の収入となり、不胎化されるが、税率を上げる前に国際石油価格が急上昇すると、不胎化が間に合わない。その結果、ルーブルのレートが上昇すると同時に、インフレが高進するという非常に異常な経済になっている。2008年のインフレ率は15%に達する見込みである。2020年までについて、もう少し低めのインフレ率が続くとの前提で考えても、ロシアのホテル料金は、現在、中級で1泊300ドル程度、高級で600ドル~800ドル程度であるのが、2020年には1,000ドルから1,700ドルに上昇するものと思われ、ドルの交換レートが今後、さらに下落した場合、2,000~3,000ドルとなる可能性もあり、ロシアへの出張はほぼ不可能になってしまうであろう。

ロシアは、民営化企業やモノづくり企業など民需産業を振興しようとしているが、簡単にはいかないだろう。ロシアは、外資に門戸をあまり開いてこなかったし、日本企業もあまり積極的に進出しなかったので、外資受け入れのチャンスを失ってしまった。今となっては物価が高進し、賃金も大幅に上昇していることから、中国のような低賃金をバックにした輸出主導型の経済発展をめざすにはタイミングを失してしまっているのである。

ロシア経済で中期的に心配なのはインフレの動向である。不胎化しきれないほどの資金が原油の代償として外国からどんどん入ってくるため、それがロシアにインフレを引き起こしている。2007年のインフレ率は12%に達しなかったが、2008年には15%を超える可能性があるといわれている。また、国民の生活実感からするとインフレ率は15%をはるかにしのいでいる。耐久消費財の上昇率はそれほどでもないようだが、タクシー運転手や知人に聞いてみると、食料品や生活必需品などは30~40%上がっているとのことで、低所得者層にとっては生活が大変になっている。今のロシア人は、生活が大変になるとストライキや集会などを自発的に行う。2005年の1月に年金生活者への優遇措置を廃止された時にも、全国の老人が立ち上がってデモや集会を始めた。

目下のインフレが激しいのに、ロシア国内がこれまで大きな騒ぎがなかったのは、賃金が上昇し続けてきたためだ。過去3年間、ロシアの平均賃金は30%の比率で伸びてきたため、インフレがあっても不満は表面化しなかった。しかし、今後はロシアの成長率は低下する可能性が高いといわれており、賃金の伸び率も、インフレ率に追いつかれ追い越される公算が高い。そうなれば給与所得者からの反発が表面化し、社会不安につながる可能性も否定できない。

(3)金融危機とその余波
 ロシアの株価は現状、5月のピーク時に比較して3分の1になっている。株価急落は7月から始まったが、最初のきっかけは7月下旬のプーチン首相の発言であった。ロシアの石炭会社メチェルは外国に原料炭を売っているが、外国で売る値段の方が、国内で売る値段よりも安いのはおかしいという趣旨の発言をプーチンが公の席で行った。この発言は、ロシア政府が私企業の活動に干渉する傾向を強めたものと解釈され、ロシアの株式相場は1日だけで5.6%下落したのである。

 続いて8月8日には、グルジア戦争がぼっ発したが、ここでも南オセチアとアブハジアを一方的に承認し、冷戦の再来も辞さないとするロシアの強硬な姿勢を嫌気した西側企業が株式市場から資本を引き上げた。それに追い討ちをかけたのが、サブプライムローン問題に端を発した米国金融危機である。これによって、ロシアは欧州から資金を借りてくることがほぼ不可能となり、結果、株式市場の時価総額はピーク時から60%低下し、16兆ルーブルとなった。これと併行して、8月から9月にかけ、短期資本を中心に330億ドルの外資がロシアから引き上げた。もっとも、その中にはオフショア経由のロシア人の投資も相当量含まれているものと考えられる。

米国の金融危機は、西側と同様、ロシアの銀行にも多大な影響を与えており、ロシア政府は、経営危機にある複数の銀行に資本注入を発表している。その原資は、外貨準備や国家予算から支出されており、ロシアの外貨準備高は8月には6,000億ドルであったものが10月10日には5,300億ドル程度まで減少し、国家予算からも巨額の資金が支出されている。

 こうした状況にもかかわらず、ロシアのクドリン財務相は財政黒字を維持できるとの見通しを語っている。また、IMFの2008年見通しも若干下方修正されたものの、依然として7%近い成長を予測している。若干心配なことは、今までロシアは欧州の市場で資金を調達してはM&Aを行ったり、消費者ローンにお金を回したり、建設企業が国内でオフィスビルを建てたりしていたのだが、そういった資金を借り換えては返済していたのが、欧州で金づまりが発生したため借り換えができなくなり、返済義務だけが残ったことである。その返済額は、年内に500億ドル、2009年には800~1,600億ドルに上るといわれている。

(4)保守化が進む経済政策
こうした中、ロシアでは、旧ソ連時代の統制経済への回帰の傾向が強く見られるようになってきた。すなわち、セルゲイ・イワノフ副首相は10月17日、①先端技術生産企業・軍需企業の運転資金を政府が優遇融資すること、②軍需企業には5年間にわたり納税延期、分割払いを認めること、③軍需企業、重点分野企業には、政府が数十ルーブルの前払いを行うこと、の3つを打ち出し、クレジットクランチにもかかわらず、先端技術産業と軍需企業に対して政府の資金を優先的に割り振ることを表明した。これでは下手をすると、工業生産の60~70%が軍需生産だといわれていたソ連時代に戻ってしまいかねない。ソ連時代は、少しでも軍需生産にかかわっていれば原材料や資金がもらいやすくなったので、企業は率先して軍需産業に指定されたと言われており、このような事情は今でもあまり変わらないだろうからである。われわれ西側の企業からすれば、相手が軍需企業という肩書きを持っていることは、都合が悪いわけで、合弁や技術協力も行いにくくなるものと思われる。
同じく保守化の一環として企業の再国営化とも言える動きが広まっている。例えば、一番核になっている国営の持株会社ロステクノロジー社のチェメゾフ社長は、KGB時代のプーチン首相の親友で、現在、大統領令の下、約480社のロシア企業を傘下に収めつつある。これは実質的な再国営化である。
 価格統制も進行している。そのきっかけは、2007年9月に発表された米ブッシュ政権によるバイオ燃料重視政策の導入と豪州の干ばつの影響で、穀物価格が急騰したことにある。これが牛肉や牛乳の価格急騰という形でロシアに跳ね返ってきた。ロシアは、90年代に牛が飼料穀物を食べ過ぎるという理由でと殺したため、穀物自体は余っており、世界で2番~3番目の穀物輸出国になっている。ただその反面、牛肉と牛乳は輸入に依存しているため、牛肉や牛乳の国内価格も上がってしまった。

これを受けて、ロシア政府は2007年9月、食料品に対して価格統制を導入した。政府は、主要な食料品の値段を年内10%の価格上昇の範囲内に収めるという契約を食品会社と結び、徹底させることにした。こうした価格統制は、食料品、石炭、化学肥料、航空燃料などを対象に次第に広まりつつある。日本の戦時中もそうであったように、価格統制をいったん始めると、その流れは経済全体に広がるまで止まらないところがあり、ある意味、非常に危険な兆候であるといえる。

 ロシアは、財政に余裕があるうちに、きちんとした経済政策を策定すれば良いのだが、依然として旧ソ連時代の国営企業中心の体制を維持しているため、大きな改革ができないと思われる。クレムリンの経済政策も都度、大きく振れている。この10月1日に経済発展省が策定した2020年に向けての長期経済計画が内閣で採択された。ところが、この計画が採択される直前の9月中旬に、プーチン首相が閣議で発言し、①経済発展省の成長率目標は低すぎるから、もっと高くすべきである、②現状、15%のインフレを1ケタ台にすべきである、③平均賃金は10%以上伸ばすべきである、として、政府の計画を批判したが、高成長とインフレ抑制、賃金上昇の3つを同時に達成すること自体、矛盾した話であり、ここには、指令すれば実現するという、ソ連時代のメンタリティーがうかがえる。

(なおこれより最近のロシア経済の現況については、http://www.akiokawato.com/ja/cat1/post_241.phpを参照ありたい)

(5)民需産業の振興
 日本との直接投資の関係で言うと、ロシア経済の保守化と統制強化の関係で、日本の現地工場の操業に次第に支障が生じてくる可能性がある。例えばロシア政府が、日本の現地工場が製造した車に対して、「今年は値段の引き上げ率を10%以内に抑えろ」と頼んでくることもあり得る。それから部品の現地調達率を高めることが要求され、日本の現地工場がロシア企業からキャブレターを購入したとする。そうするとある日突然、キャブレターの供給が止まり、現地のキャブレター工場に電話をすると、「このキャブレターは、ボルガの工場に回すようにと言われていた」といった返事が返ってくる。日本の現地工場が、苦情を言っても埒(らち)が明かない。結局、クレムリンに出かけていってセーチン副首相あたりと交渉しなければならない、というようなことが、現実に起こる可能性があるわけである。したがって、現地での部品調達率を高める上でのリスクは、完成部品を外国からロシアにそのまま持ち込む際にかけられる関税のコストとよく比較勘案する必要がある。
ロシアは「モノづくりをきちんとしなければならない」と口では言っているようだが、ロシアの現状では民需産業の振興はうまくいかないだろう。同国が重点を置いている分野には、原子力発電、宇宙技術、IT、航空技術などがある。原子力発電について言えば、ロシアでは86年にチェルノブイリ事故が起きて以来、国内では原発は1つも作られてない。それにもかかわらず原発の輸出を始めた。日本ではあまりニュースにならなかったが、2007年、上海に近い江蘇省でチェルノブイリ型のロシア製原発が完成した。ロシアはまた、インドやブルガリアにも原発を造ろうとしており、世界各地で原発建設を受注している。日本が原発技術では世界でダントツの優位を保っているという人もいる。しかし、ロシアは、原発は、最高の技術でなくても現在の技術を輸出できればいいと思っている。現在の技術の下で原発を国内で造ればよいわけだから、日本の技術的な優位性が、どれほどロシアに対して有効かは分からない。

3.グルジア戦争をめぐって
(1)グルジア戦争の背景

 政治面に話を移すと、グルジア軍の南オセチア進攻に端を発したグルジア戦争は発生から2ヵ月半が経過した。ロシアと欧米の思惑が錯そうする中で、当然と思われていたロシアに対する制裁措置も実施されないまま、ほぼ収束の方向に向かいつつある。
 今回のグルジア紛争の背景として基本的に押さえておくべき点は、第1にグルジア戦争は、ロシアと米国の戦争ではなく、グルジアと、南オセチア・アブハジアの間の戦争であることだ。グルジアは多民族国家で、人口の8割を占めるグルジア人を筆頭に、アゼルバイジャン人、アルメニア人、ロシア人等々の多民族で構成されている。そして、グルジアの中の分離派の南オセチア人とアブハジア人は他の民族とは全く違う民族である。彼らは、ロシア帝国時代からグルジアからの独立を求めて抵抗してきたが、都度、グルジアに力で抑えられてきた。今回は、お互いの立場を有利にしようとNATOを引っ張り込んでいたグルジアと、ロシアを味方につけようとした南オセチア・アブハジアの関係が、戦争にまで発展してしまったわけで、いわば、積もりに積もった歴史的な経緯が今回ブレークしたのだといえるであろう。

 第2に、グルジアのサーカシヴィリ大統領の存在である。彼は、感情的にも非常に不安定で、大胆にリスクを取る政治手法の人物であり、彼がいなければ戦争は起こらなかったとの見方もある。サーカシヴィリ大統領は、2003年11月にシェワルナゼ前大統領を辞任に追い込んだバラ革命の後、2004年3月に実施された選挙で大統領に就任した。バラ革命では、米国のNPOが重要な役割を果したといわれている。これらのNPOは米国国務省の政策を体現しておらず、共和党系、民主党系といった強い後ろ盾を持っており、共和党や民主党の考え方を世界に広めることで評価を得て、資金集めを行っている。2003年のバラ革命では、国内の基本的な情勢が政権交代に傾いていたことは確かであるが、米国NPOの活動がサーカシヴィリ政権の登場を大いに助けたところがあるわけで、今回のグルジア戦争でもサーカシヴィリ大統領がそうした動きを期待して戦争を仕掛けたという節が多分に見受けられる。

グルジア戦争は一応収束したが、まだ完全に解決したわけではない。南オセチアとアブハジアには、ロシア軍が駐留したままである。ロシア軍が撤退すれば、グルジア軍による乱暴な行為が行われるおそれもあるが、西側としてはとりあえず、南オセチアとアブハジの2つの地域からのロシア軍の撤退することを求めることになるであろう。

いずれにしても、現状はあたかもグルジア戦争などなかったように推移している。米露関係はと言うと、ロシアに対してさしたる制裁措置は取られておらず、従前と変わらない関係が維持されている。ワシントンでは、ネオコン(新保守主義派)と目される者が多数いるアメリカン・エンタープライズ研究所などがセミナーを開催し、そこでロバート・ケーガン氏などが非常に反ロ的な言葉を使うようになっているが、こうした意見がワシントンの主流になっているわけではない。キッシンジャー元米国務長官も、この数年、米国がロシアの利益を過度に無視し、不必要に辱めてきたことを戒め、ロシアに対するエンゲージメント政策の重要性を説いている。

(2)冷戦再来の可能性
グルジア戦争に際して、ロシアのメドベージェフ大統領が冷戦の再来も辞さないとの強気の発言を行ったが、現実問題としては米ロ双方とも新しい冷戦は望んでいない。ただ、米国がもし、金融危機後の実体経済の窮状を救うために、軍需生産を振興する気になると、その口実としてロシアの脅威を言い立てるのではないだろうか。したがって、その意味でのリスクはまだ残っている。一方、ロシア側には米国に対して新しい冷戦を仕掛けるだけの力はない。ロシア軍の装備は、米軍と比べ数十年も遅れている。精密誘導兵器はあるにはあるが、米国のように遠隔の司令部から集中運用する技術は持たず、また大体数量がない。また、ロシアの戦略核弾頭数はピーク時の6,000発から2,000発に減少しているといわれ、質的にも劣化が進んでいるようで、軍隊の数についても、人口の減少などで徴兵制が限界に達しており、ロシア軍の数を現状の100万人弱から、増強できない状況である。

4.ロシアをめぐる国際情勢
(1)ウクライナ・ロシアの関係

 ロシアをめぐる国際情勢を見ると、ロシアにとってバファー・ゾーンであった東欧諸国とバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)はロシアから完全に離れてしまった。バルト三国を除いた旧ソ連諸国はCIS(「独立国家共同体」)を形成しているが、ロシア以外の諸国――ウクライナ、コーカサス、モルドバ、ベラルーシおよび中央アジア諸国――はロシアに忠実であるわけではない。ロシアが、グルジア戦争でCIS諸国からはっきりした支持を得ることができなかったことは、その端的な表れであろう。

またCISの一部の国を含め、ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンから構成されている組織に、CSTO(集団安全保障条約機構)がある。これはいわばワルシャワ条約機構の小型版で、その目的は、条約加盟国の国家安全保障、ならびにその領土保全で、加盟国に脅威が発生した場合、他の加盟国は、軍事援助を含む必要な援助を提供するというものである。ただ、西側での知名度はほとんどなく、ロシアが早期展開即応軍や中央アジア軍の創設を提案したりしているが、一向に盛り上がらず、殆ど機能していない状況である。

 今一つの話題は、CIS各国が最近、NATO加盟問題などで新聞をにぎわせていることである。ウクライナでは、NATO加盟問題が政争の具に使われている感がある。2008年4月にブカレストで開催されたNATOの首脳会議では、ウクライナ、グルジアが将来、NATOに加盟するためのアクションプラン(行動計画)を12月のNATO外相会議で採択する方向での合意が発表された。しかし、その後グルジア戦争が起きたため、グルジアの早期加盟の可能性は薄らいだし、ウクライナについてもユシチェンコ大統領が2008年9月にワシントンでブッシュ大統領に会った際、ブッシュ大統領からウクライナのNATO加盟に関する言質をとることはできなかったのである。その理由は、ウクライナがNATOに加盟できるだけの基盤が全くないことにある。

すなわち、ウクライナは、歴史的・文化的に東西に分かれていて、東半分はロシア系、西半分は西欧系と見なされている。世論調査をすると、全国民のうちNATO加盟支持者は30%以下にすぎない。ユシチェンコ大統領とティモシェンコ首相は政権争いをしており、ユシチェンコ大統領はNATO加盟を道具にし、ティモシェンコ首相はロシアに近づき、それぞれの基盤を強化しようとしている。ウクライナがロシアから輸入する天然ガスの価格引き下げなど、ロシアとウクライナの間に存在するさまざまな経済利権の絡みには根深いものがある。また、ウクライナには、石炭や鉄鋼などの分野を握る3人の寡占資本家がいる。彼らは非常に大きな政治的影響力を持っていて、ロシアとの関係も強い。

ただ、その一方でロシアに対する警戒感もある。クリミア半島はかつて旧ソ連のフルシチョフ大統領時代にウクライナ共和国に譲渡されたものである。同半島にセヴァストポリという大きな軍港があり、現在でもロシアの黒海艦隊の拠点となっている。セヴァストポリ軍港には、ロシアとウクライナとの間に2017年までの租借契約と地位協定がある。ロシア人も比較的たくさん住んでいて、ロシアの旅券と国籍を持つ人が人口の数パーセントを占めている。ここで最近話題になったのは、ある朝起きてみたらセヴァストポリの市役所の屋根にロシア国旗が翻っていて、ロシア系住民がロシア領への編入を宣言するような事態が起きるのではないかといううわさ話である。
また、最近、ロシアが国籍法を緩和して、ウクライナ人がロシアの旅券を取ることが簡単になった、ウクライナ人がロシア旅券を持っているとロシア人ともいえるので、ロシア軍がロシア人を保護するという名目でウクライナに進攻してくるのではないかと、マスコミが書き立てている。実際問題としては、今回のロシア国籍法の改正はロシア国内に住んでいる人しか対象にならないので、ウクライナの恐怖感はまったく根拠がないわけであるが、今回グルジアにおいては、まさにそのようにしてロシアが進攻してきたわけで、ウクライナが疑心暗鬼になるのも無理からぬことかもしれない。

(2)コーカサス地方―パイプラインの行方
グルジアが位置するコーカサス地方は、大変不安定な地帯だ。ここにアゼルバイジャン、グルジア、アルメニアの3カ国が隣接している。グルジアは米国一辺倒であるが、アゼルバイジャンは米国とロシアを二股にかけて、うまくバランスを取って、しのいでいる。そのアゼルバイジャンで2008年10月15日に実施された大統領選挙では、ロシアの介入が心配されたものの、無事実施され、89%という圧倒的得票率でアリエフ大統領が再選された。アゼルバイジャンにとって最大の課題のひとつは、石油をどうやって輸送するかである。ロシア領を経由するのは、ロシアに依存しすぎることになって困るので、グルジアを通ってトルコに至るBTCパイプライン(バクー、トリビシ、ジェイハン)を最近作ったばかりである。今回の紛争で、使えなくなることが心配されたが、パイプラインは数日間を除いて正常に稼動している。

 アルメニアには、グルジアを通ってロシア産の天然ガスと石油が入ってくるが、これらの輸送がグルジアに妨害されるのではとの懸念を抱いている。この背景には、アルメニアがこれまでロシア一辺倒のスタンスを取ってきたことがある。すなわち、アルメニアは、ナゴルノ・カラバフ地域の領有権をめぐってアゼルバイジャンと争っているので、この問題でロシアの支持を得るにはロシアに付いていた方が得策との算段があったからである。一方のアゼルバイジャンはその面では自主独立である。アルメニアはグルジア経由の石油とガスの輸入に懸念があるため、最近、イランから天然ガスを輸入し始めている。

この地域に絡む主要な国・地域には、ロシアと米国のほかに欧州とトルコがあるが、最近はそれに加えイランが主要国の一つとして登場している。イランは米国と対立しているが、この地域の国々は、石油・天然ガス供給との絡みでイランとの関係を良好にしておきたいと思っている。ちなみに、2008年2月の大統領選挙以来、アルメニアとロシアの関係が少し微妙になってきたようである。例えば最近、ガスプロム社のミレル会長がアルメニアを訪問して、アルメニア向けのガス価格を欧州向け並みに引き上げるとの意向を伝えたそうである。欧州向けの価格となると、1,000立米当たり500ドル強と、従来の価格の約5倍であり、アルメニアの経済にとって大きな負担となると考えられる。

(3)中央アジアの情勢
中央アジアは今のところ、全体として基本的に落ち着いている。ただ、その中で注目されるのは、カザフスタンの経済が踊り場に差し掛かっていることである。同国でも今回の世界的な金融危機でクレジット・クランチが起きたが、西側からお金を借りることができない上、多額の返済金を抱えており、建設が止まっている。

中央アジアに共通していえることだが、基本的な問題として、これまでロシアでの出稼ぎが多かったことが経済を下支えしていた。例えばウズベキスタン人は、国家予算に匹敵する額の出稼ぎ金をロシアから送金していた。タジキスタンも同様に、ロシアへの出稼ぎが多かったが、今回の金融危機でロシアの建設が落ち込むと考えられるので、ウズベキスタンやタジキスタンからの出稼ぎは今後、影響を受けるものと考えられる。

 トルクメニスタンでは、2008年10月中旬、英国のコンサルタント会社が大規模な天然ガス田が発見されたと発表した。同発表によれば、埋蔵量は数兆㎥規模で、生産が始まると年間最高700億㎥程度の採掘が見込まれるという。これは、現在のトルクメンの輸出量に匹敵する。トルクメニスタンは、目下、ロシア経由で天然ガスを輸出しているのだが、現在、中国向けのパイプラインを敷設中で、その他いろいろな国に対して天然ガスの供給を約束している。同大統領が約束した供給量を全部加算すると、トルクメニスタンの現在の天然ガス輸出量の約2倍になるので、どのように対応するのかと思っていた矢先、英国のコンサルタント会社が年間700億㎥の増産を発表したので、帳尻合わせをしたのではないかと疑問を抱く向きもある。

中央アジアの安全保障については、基本的にアフガニスタンが重要な意味を持っている。アフガニスタンは、トルクメスタン、ウズベキスタン、タジキスタンと国境を接しているので、タリバンがアフガニスタンからどんどん北上している状況の下では、アフガニスタンの安定化は中央アジアにとって一層切実な問題になってくる。なお、中央アジア情勢で最も強く念頭に置くべきことは、ロシアがアフガニスタンについて何もできないことだ。ロシアはアフガニスタンに軍を派兵することは、国内の反発もあり、難しいものと思われる。したがって、NATO軍がアフガニスタンで活動していてもロシアは文句を言えないし、中央アジア諸国もNATO軍を支援せざるを得ない立場にあるものと考えられる。アフガニスタンが中央アジアにおける西側のよりどころという非常に奇妙な構図になっている。
以上

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