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北朝鮮

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2018年10月23日

トランプの中距離核戦力全廃条約脱退は核戦争の準備なのか

10月20日、トランプ大統領は、1987年ソ連と結んだ中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)から脱退する意向を表明した。ここで言う中距離とは、550-5500Kmの射程を持つ陸上配備の核ミサイル及び巡航ミサイルのことである。同じく10月19日に国防省は、空母トルーマンがノルウェー近辺の北極海で訓練を行うと発表した。日本ではこれを論じあぐねているようだが、これは米国の同盟諸国が中ロの保有する中距離核兵器に脅されて米国から離反することのないようにする、という1点に意味を持つ。

また中ロ両国周辺の海域は、米国原潜からの中距離核ミサイル発射拠点として、中ロ両国にとって戦略的意味を増してもいこう。米空母が北極海でわざわざ演習するのは、そういう意味を持っている。しかしだからと言って、同海域での通常の航行が危ないものになるということでもないが。
以上のことを、中距離核兵器をめぐる歴史をひもときながら、論じてみたい。

 1979年筆者は西独のボンの大使館で勤務していた。当時、西独外交で最重要の問題に浮上していたのが、「ソ連が中距離核ミサイルSS-20の配備を始めた。これは有事に、西欧のNATO諸国を脅しつけ、米国への軍事協力を控えさせる狙いを持っている。なぜなら米国は、ニューヨークをソ連の核ミサイルに攻撃されるリスクを冒してまで、ボンを守ろうとはしないだろうから。このままでは米欧同盟=NATOがあやうい」という問題であった。

 これについて西独のシュミット首相と、フランスのジスカールデスタン大統領は、米国に、「ソ連のSS-20に同等の中距離核ミサイルを開発して欧州に配備して欲しい」ということを強力に働きかけたのである。シュミットの足元の社会民主党では戦後一貫して反米、反核の機運が強いので、シュミットにとっては政治的な賭けだった(現にこの問題で党内が割れ、指導力を失ったのが一因で、彼は1982年9月辞任に至っている)
 そして米国はPershing-2なるミサイルを開発し、西欧に配備する構えを見せる。と同時に当時のレーガン大統領はゴルバチョフ書記長と、INFの削減交渉を始めるのだ(軍縮はこのように、強い立場から提案しないと進まない)。米ソは当初、ソ連のSS-20を欧州に届かないところに移せばいいだろうと考えた。

ここで珍しく日本の外交官は断固として、「ソ連のINFが日本に届くようなところに転配されては迷惑千万」と米国にねじこんだ。その結果できたのが1987年の「中距離核兵器全廃条約」なのだ。米国はまだ配備を始めたばかりのPershing-2との差し違いの形で、SS-20の全廃をソ連から勝ち取ったのである。そしてこれを今回、トランプが「やめた」と言っているのである。

では、トランプの決定は日本にとって迷惑なものなのか? それがそうでもないのである。それは、ソ連時代は極東になかった中距離核ミサイルが、今では北朝鮮と中国に百基以上も存在するようになったことに起因する。その点を見てみよう。

1987年の合意以降、米ソ双方は中距離核ミサイルをけっこう正直に撤廃した。ところがその後、ロシアが割を食うことが増えたし、今では米国と日本にとっても「中国の中距離核ミサイル」という新たな要因が登場している。1987年の合意見直しは、米ロ双方にとって必要になったのである――双方とも相手を表向きは非難しているが。

細かく言うと、1987年の合意後、ロシア周辺の諸国が――別にロシアを標的にしているわけではないのだが――中距離核ミサイルの開発・配備を始めたのである。それは、米国を狙う長距離核ミサイル開発の途上の成果でもあったし、紛争を抱える隣国を狙ったものでもあった。パキスタン、インド(そしておそらくイスラエルのもの)が後者、そして中国、イラン、北朝鮮のものが前者である。

ロシアはこれらの国と紛争になった場合、米国向けの長距離核ミサイルICBMを使うわけにはいかない。と言うのは、これが発射された瞬間、上空の米国の衛星が探知して、米国はこれを米国向けのものと誤認、対応した行動をとってくるからである。

こうしてロシアは、中国やイランの核ミサイルに対して抑止手段を持たない状況に陥った。中国は準同盟国と言っても、互いに信用はしていない。今でもロシア軍は、極東・シベリア方面での演習では、「国境を越えて押し寄せる大軍」に対して戦術核兵器を使用するシナリオを使っている。これに加えてブッシュ政権のチェイニー副大統領は、東欧諸国に「イランのミサイルを撃ち落とすため」と称してミサイル防御ミサイルMDの配備を始める構えを見せた。これは防御と言いながら、実質的にはかつて廃棄したPershing-2ミサイルの技術を使ったミサイルで、容易にロシアを標的とした中距離核ミサイルとなり得る――とロシアは判断したのである。

「ロシアが秘密裏にINF開発のための実験をしている」と米国が言い始めたのはこの頃、つまり2000年初頭のことである。ロシアはそれを否定しつつ、実は開発にはげみ、その成果は中距離巡航ミサイル「カリーブル」として実った。これは2017年12月、ボルガ河口のロシア軍艦から発射され(1987年のINF全廃条約は「陸上」配備のものしか規制していない。水上から撃てば違反ではない、という理屈)、みごとはるか遠くのシリアに着弾した――とされている。今やロシアは中距離核ミサイルを再び手に入れて、これを極東に配備すれば中国、北朝鮮、韓国、グアム、日本を射程に収めることができるようになったのである。

オバマは軍備、特に核兵器の近代化を止めた。その間ロシアは、中距離核兵器だけでなく、長距離ICBM、潜水艦発射の長距離SLBMの近代化を着々と進めた。だからトランプは大統領に就任早々、核軍備充実を公約のようにして言及し続けてきたのである。今回のINF全廃条約脱退は、ボルトン大統領補佐官等、かつてのチェイニー副大統領のラインを受け継ぐ超保守派の進言によるものと言われる。しかし、これはトランプ自身の信念であると見られ、政策の大元は揺らがないだろう。

ソ連のINFが極東に配備されなかったことで、冷戦時代、ソ連の核の脅威は日本には直接及びにくかった。しかし今の最大の問題は、北朝鮮の核は言うに及ばず、中国保有の中距離核ミサイルなのだと思う。後者は百発を越えるものと推定されていて、台湾武力統合などの有事には、日本の米軍支援を止めるために、日本の戦略拠点、米軍、自衛隊の基地を狙うだろう。こういう時に、「お前が撃つなら、俺も撃つぞ」と言って中国を思いとどまらせることのできる抑止用の核兵器は、今西太平洋の米軍に僅かしかない。かつてはトマホークという核弾頭つき巡航ミサイルが米国原潜等に配備されていたのだが、これはブッシュ時代の決定でオバマ政権が廃棄してしまったままになっている。これでは、日本は米国との同盟を守ることはできず、米国は日本を見捨てて裸のままに放置することになるだろう。

いつまでも国と国の対立とか、核武装とか言っているのは時代錯誤なのだが、周り中がそんなことでやっていて、下らないからやめろと言ってもやめない以上、日本も核抑止力を強化せざるを得ない。それは、北朝鮮、そしてもしかすると統一朝鮮の核に対しても使えるだろう。しかし、日本自身の核武装は難しい。やはり巡航ミサイルを中心とした米国の新型兵器開発・配備に期待するしかあるまい。

しかし、それを日本本土に配備することは世論上無理だし――それは日本の本土が敵国からの核攻撃にさらされるようになることを意味しているので、米国がそんなことをしようとしたら、日本の世論は騒然とし、日米同盟が危機に瀕するだろう――、陸上に配備しなければならないものでもない。今米国が開発中のトマホーク巡航ミサイル新版を海中の潜水艦、あるいはグアムの爆撃機や戦闘機に装備してもらえば十分だ。

米国は費用分担を求めてくるだろう。それは当然のことだ。このままでは日本は、中国の属国になってしまうからだ。しかし日米同盟を守るのは、米国の利益にもなることなのだ。日本や西欧等の同盟国が、中国やロシアの中距離核ミサイルに脅されて次々に同盟関係から「脱退」したら、米国は本当の裸の王様になってしまうだろう。

日本は費用を分担するが、何か見返りに米国から獲得しておくべきだろう。一つには、技術。そしてもう一つは権利。ドイツに昔から米国が置いている「戦術」核弾頭が今でも数十発あるが、これはDual Keyと言って、使う時にはドイツ、米国両国政府の合意が必要になっている。ドイツ政府も、これの使用を積極的に米国に発議できるようになっているのだ。そして米政府はドイツ政府の了解なしには、これを使用できない。このような権利、そして将来的には、日本も核兵器を開発する可能性を開けておくのである。その「可能性」自体が抑止力になる。インドが、核ミサイルを保有していながら米国と核協力協定を結んでいることを念頭に置くべきである。

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