Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2010年6月15日

中央アジア情勢メモ(2010年1~2月周辺)

1~2月周辺の中央アジア情勢をまとめてみた。特に断りないかぎり露語、英語の公開情報に拠るもの。

NIS
(1)ロシア、中国からの軍事的脅威を前より意識?

2月のJames Townニュースレターが掲載したRoger McDermottの分析は面白かった。
「ロシアが1月に公表した新軍事ドクトリンは、NATO拡大を00年のthreatから今回はdangerと形容し、実質的に格下げした。Dangerなら、何も軍事的対応をしないことになる」、「他方、新軍事ドクトリンが言っている核の先制使用は、中国のことも意識しているのでないか。政治軍事分析研究所副所長フラムチヒンによれば(「軍事産業クリエ」誌2月18日)、中国軍は最近の演習で対ロ侵攻を演習した由で、チベット、台湾から中央アジア、ロシアに関心を移しているのではないか」ということである。
他にも、ロシアが対中警戒心を高めてきたのではないかと思わせる発言はいくつかあったのだが、追々紹介していきたい。

(2)ロシア・カザフスタン・ベラルーシ間の関税同盟の顛末
ロシア、カザフスタン、ベラルーシ三国で、この1月に関税同盟を立ち上げたことになっている。法人向けには1月から、個人向けには7月から適用されるのだそうだ。09年12月アルマトイで開かれたNIS非公式首脳会合で出された共同声明では、「ロシア、カザフ、ベラルーシは関税同盟を発展させて、2012年までに統一経済空間(EEP)を作る。WTOに速やかに加入する」と威勢がいい。これら三国を合わせるとGDP2兆ドルくらいになるので、「中国と同じくらいの大きさの市場」ができた、外国は直接投資をするべきだと、新聞も囃したてる。
ところが先回このコラムで予想したとおり、この「関税同盟」は当初からつまずいている。三国の税関が徴収した関税を三国間でどう分配するか未だ決まっていないのと(シュヴァーロフ・ロシア副首相は1月末になっても、「まだ交渉中」と述べている)、ロシアがベラルーシに輸出している原油に輸出税をかける、としている件が問題となっている。日本のあるエネルギー専門家によれば、これまでロシア側石油企業は輸出税を支払わずにベラルーシに原油を搬出、これをベラルーシで精製して高マージンで西欧に輸出しては、利益を山分けしていた由。この利権にロシア政府がメスを入れようとして、騒ぎになっている。

(3)「集団安全保障条約機構」(CSTO)、国際的認知を求めて奮闘
 1月中旬、CSTOのボルジュジャ事務局長は国連本部を訪問、播事務総長と会ったほか、安保理でもスピーチした由。CSTOは、08年にNATO・国連事務局間で交わされた「協力関係確認文書」と同様のものを結ぶべく画策し、この訪問を経て結局3月には右文書を交換するに至った。
またCSTOが現在創設中(ウズベキスタンが反対)の即応展開軍(CORF)は、「加盟国と国連のマンデートの下に、責任地域で行動する」こととされ、6月にはロシアのチェリャビンスク近辺で共同演習を予定している由。CSTO事務局は、CORF関係の法案、協定案を作りつつあり、その中には地位協定も含まれている。Jamestownによれば、CSTO事務局(在モスクワ)には作戦センターが作られて、その長はCSTO参謀次長を兼ねることになっている由。グルジア戦争でロシア軍スポークスマンを務めたNogovitsyn大将が、このポストに就くことで合意が成立している由。

中央アジア(全体)
(1)2月末、米国国務省のアフガニスタン問題担当特使ホルブルックが、グルジア、中央アジアを歴訪した。中央アジアでは、「タリバンは悪くない」ことを各国指導者に伝えたらしいが、食いつきは悪かったと伝えられる。トルクメニスタン訪問も、「日程が合わない」という理由でドタキャンになった。アフガニスタンでの作戦強化にあたり、物資のトランジットなどで世話になっている中央アジア諸国に説明をしにいったのだろう。

(2)1月中旬、カザフスタンのシュムイケントで、中央アジア水使用調整国家間委員会の第54回会合が開かれたが、もの別れに終わった。キルギス、カザフスタンに今回問題はなかったが、タジキスタンが「ウズベキスタンが中央アジア配電ネットワークを離脱したため、これまでタジク電力需要の30%分を賄っていたトルクメニスタンからの電力が来なくなった。そのため、これまでは灌漑にしか用いて来なかったカイラッククム・ダムを発電用に回す」と脅したため、ウズベクと争論になったものらしい。

(3)2月のJamestown分析によると、中国からキルギス南部、ウズベキスタンを通ってウクライナにまで至る鉄道の建設・整備が進んでいるもよう。中国はキルギスの鉱産物輸入を狙って、鉄道建設に20億ドルを融資している由。ウズベキスタンは自己負担で建設中。
ユーラシアでは、各国の鉄道の軌道幅が複雑に異なる。中国は欧州と同じだが、その中間のロシアは欧州より広い。そのためベラルーシと欧州、中国とカザフスタン、あるいはキルギス、ロシアとの国境では、列車の車輪を入れ替える必要がある。車輪のねじを外したあと、車台を持ち上げ、車輪を列車の下から抜き去り、別の幅の車輪をもってきてねじで留めるのである。この間1時間ほどかかる。キルギスはロシアと同じ軌道幅を維持するが、ウズベキスタンは欧州なみの軌道幅に移行中の由。こうすると、ロシア軍がウズベキスタンに入りにくくなる。

(4)ロシア、カザフスタンの不景気で(一時原油価格が暴落したのと、世界金融危機のため西欧で起債ができなくなったことが原因)、中央アジアから両国へ出稼ぎ(建設、ガードマン、小売等)に行っていた者の帰還が増えているもよう。1月のgazeta.kazは、キルギス出稼ぎ者の10~25%、つまり8~20万人、タジキスタン出稼ぎ者の30万人(20%)、ウズベキスタン出稼ぎ者の20%が故国に帰還したものと推測している。野党、あるいはイスラム勢力は、彼らをオルグしようと狙っている。
ロシア、カザフスタンには、「故郷に帰る金もない」か「故郷に錦を飾れないなら残っている」とする者たちが残っている。

アフガニスタン関連
(1)NATOは、ロシアにアフガン政府への軍事支援を期待

   ロシアは、「誰か金持ち国が支払ってくれるなら」という姿勢
 09年年末には、08年のグルジア戦争以来止まっていた「NATO・ロシア協議会」が再開し、両者の間の交流・協力関係が復活した。NATOはそこで早速、ロシアに要望を持ち出す。「かつてソ連が占領していた時代にアフガン政府軍に供与したロシア製兵器が老朽化している。ついては新しいのを供給してやってはくれないか」というのである。NATOがロシアに期待しているのは、AK-47ライフル、榴弾砲、AN-32輸送機(アフガン空軍は既に4機保有)など。
ロシアはこの数年、小火器をアフガン政府に売り、2.2憶ドル分の援助でカブール空港防空装備、通信機、部品等を供与した。そして2009年11月には、Mi-17ヘリコプター4機をアフガン政府に売った。
ロシアはこの数年、モスクワ近郊の施設でNATOと協力して、アフガン政府の麻薬取締要員を訓練してきた。2011年には220人の警察官を訓練する予定である由。

(2)米軍はロシア領空を使っての兵站物資搬入をまだ始めていない2009年後半、「ロシアは米軍機がロシア領空を通過してアフガニスタンに兵器、兵站物資を搬入するのを許可することとした」ということが何度も、ロシア首脳の口から発せられた。だがそのわりには、この空輸はまだ本格的には始まっていない。1回実験的に飛んだだけであるという報道もあったが、米国大使によれば「もう5回も飛んでいる」。他方オゼロフ・ロシア上院議員は、「これはSTART後継条約交渉で、交渉のタマとしてまだとってあるのだ」との趣旨を述べているが、筆者が3月モスクワでロシア側から聴取したところでは、米国が鉄道路での搬入で今のところ満足していること、ロシア側がロシアで一度着陸して税関の検査を受けることを主張しているのが原因であるらしい。

(3)ワハン回廊(中国とアフガニスタンの国境)
 筆者は以前から、中国がアフガニスタンに兵を展開する能力に関心を持ち、その関連で中国とアフガニスタンを細長く結んでいる「ワハン回廊」の状況に関心を持ってきた。1月のJamestownニュースレターは、「ワハン回廊は400kmの長さを持つ。中国は国境警備兵の国境までの通勤のために75kmの道路とサプライ・デポを設置した。携帯電話用アンテナも、09年夏に設置し、光回線も設置した。ブラウン首相は08年から中国に、アフガンに兵力を送ることを求めているが、中国は『国連関連以外では送らない』として拒絶している」と報じている。いずれにしても、ワハン回廊で今すぐ何かが起こるというわけではないようだ。

モンゴル(地政的には中央アジアに類似)で中ロがウランの露骨な奪い合い1月、モンゴルの大型ウラン鉱山、ドルノド鉱床(埋蔵量2万2000トン)の争奪戦に、中国のCNNC Overseas Uraniumが加わった。ロシアのアトムレドメトゾロト社(ARMZ)によるカナダのKhan Resources(この鉱床の利権を持つ)の株式の買付に割り込み、1.5倍の金額で奪い去った由。モンゴルは以前から中ロ、中ソの綱引きの場だが、ここまで露骨にやるとは珍しい。

トルコの揺れ
トルコは2009年5月、学者出身のダウトオールが外相に就任して以来、欧米に対しては強面、他方シリアなど中東諸国、アルメニアとの関係改善など、コロンブスの卵を割るような果敢な外交を展開してきたが、ここにきて内外政とも破綻が目立つ。活発に動けば高転びしやすいのだ。特に2月23日には、元参謀長を含む退役・現役軍人50名以上が逮捕された。1月Taraf紙が軍の「クーデター計画」を報道したことが、きっかけになっている。マスコミは、軍批判キャンペーンを展開している。
これでは外交は二の次にならざるを得ないし、アゼルバイジャンが強硬に反対したために、トルコ・アルメニア外交関係設定もまた遠のいた。中央アジアにおいても、トルコの積極外交はしばしお休みになるだろう。

ウズベキスタン
(1)2009年12月~2010年1月 下院選挙
2009年12月27日に、総選挙が行われた。135の選挙区のうち39で首位得票者の票が50%以上に達しなかったために、1月10日上位2名の決選投票が行われた。
その結果、自民党が前回の41議席を55に伸ばし、人民民主党は28議席が32へ、国民復興民主党も29議席を31へ、公正社会民主党も10議席を19に伸ばした。このうち自民党だけが新しい政党で、その他はソ連時代の共産党から分化してできたもの。自民党も含めて、すべて現政権を支持する政党である。
今回誰も指摘していないが、135の選挙区のうち39もの選挙区で決選投票までいってしまったというのは少し奇異だ。というのは、ロシア、中央アジア、コーカサス諸国における選挙は当局が十分管理しているからで、3分の1弱もの選挙区で圧倒的多数を得た候補者がいなかったというのは、少しおかしいのだ。1月には5もの地方で知事が更迭されたが(公選制ではない)、これは総選挙後の政府大型人事がらみなのか、それとも選挙を十分管理していなかった責任を問われたのか、更に調査を要する。

(2)表向きは好調な経済
世界金融危機のあおりを受けた旧ソ連圏のなかで、ウズベキスタン政府の統計は経済が好調であることを示している。エネルギー資源の生産と輸出が増えているし、乗用車の対ロ輸出も好調だ。2009年、ロシアでウズベキスタン製乗用車Nexiaの販売は48%、小型車Matizの販売は14%増えた由。筆者も乗ったことがあるが、どちらも立派な車だ。Nexiaはモスクワで数年前、ベストセラー・カーになったこともある。
その反面、社会ではカネ不足が著しいようだ。普通のカネ不足とは少し意味が違って、現地通貨スムの紙幣流通量が絞られ過ぎているのではないかということである。近年ウズベク人は給料を現金ではなく、キャッシュカードで使うシステムになっているが、これで支払えるのは大手のスーパーくらいなもので、ここでは値段が高い。さりとて安いマーケットで買い物をしようとしても、キャッシュカードに入っている給料を現金で引き出そうとすると20%の手数料を取られるのだそうだ。
ソ連時代、企業は「非現金決済」と言って、自分のキャッシュフローの中で実際に現金化できるのは賃金支払い用くらいのものでしかなく、利益はほぼすべて監督省庁に吸い上げられていた。このウズベクのキャッシュカードは言ってみれば、非現金決済を個人に及ぼしたようなもの、あるいは強制的な貯蓄奨励制度とでも言えよう。市民は息が詰まるような思いをしているそうだ。スム紙幣が足りないのでドルで間に合わせようとしても、1ドルは公定で約1500スム、ヤミで1900スム程度になっているそうで、とても簡単にスム話ではない。

(3)米ロの間でバランス外交
ウズベクは、ロシア、米国、そのいずれにも過度に偏らない外交を継続している。4月にはタジキスタンで集団安全保障条約機構(CSTO)の反テロ演習「Rubezh-2010」が予定されているが、ウズベクはこれに参加しないもようである。この演習には、ロシア、カザフ、キルギス、タジクから600名参加予定であり、アルメニア空軍も加わる。300kmを行軍して2回山越えをする由。
1月下旬、カリモフ大統領が「2010年の対米関係計画」を承認したというニュースがあった。おそらく主要国について「計画」を作っていることと思うが、当局は対米関係のものだけをわざわざニュースにしたものらしい。これによれば、上半期にはクリントン国務長官の来訪が予想され、ジャクソン・ヴァニク条項撤廃についての協議、94年投資協定批准、投資促進円卓会議、灌漑近代化協力、科学技術協力協定、将校研修、米国による中古兵器の供与などが予定されている。

カザフスタン(1)2月中旬ナザルバエフ大統領が訪ロし、本年中にカザフで「OSCE首脳会議」を開くことでメドベジェフ大統領の同意を取り付けた。カザフスタンは2010年OSCEの議長国なので、その機会にNATO、集団安全保障条約機構、上海協力機構の加盟諸国首脳を一堂に集めた会議をやろうと策している。

(2)バイコヌールと言えば、ソ連時代有名だった宇宙ロケット打ち上げ基地だが、これはカザフスタン領にあって、ロシアが2050年まで租借している建前になっている。最近では事故も多く、打ち上げに失敗したロケットが地上に落ちてその燃料で土地を汚染するような問題が起きている。
2月には、カザフスタンの宇宙公社とロシアの宇宙公社の間の関係が、バイコヌールの扱いをめぐって悪化したとの報道があった。同種報道はこれまでも時々あって、要するにカザフスタン側がロシアから少しでも良い条件を搾り取ろうとしているためだろう。

(3)「中国はそれほどカザフの石油に食い込んでいるわけではない」

2009年末にかけて、中国がカザフスタンのエネルギー部門を牛耳りつつあるという主旨の報道が相次いだ。おそらく、中国に近づくことを自分の利権としようとする者達を牽制したのだろう。2月中旬にはカザフスタン石油ガス公社(カズムナイガス)社長Kabyldinが、さる新聞インタビューで、「中国がそれほどカザフの石油部門に進出しているわけではない。マンギスタウ・ムナイガス社には中国が50%出資しているが、6千名の社員中、中国人は33名のみである。2010年カザフスタンは7800万トンの石油産出を計画しているが、このうちカズムナイガスが28%、24%がシェブロン・エクソン等米国、CNPC等中国は22%、欧州が17%、ロシアが9%である」と発言した。

(4)バクー・ジェイハン・パイプライン使用を止めたシェブル石油
 1月には、テンギス・シェブル石油がバクー・ジェイハン間のパイプラインの使用を停止したとの報道があった。このパイプラインはアゼルバイジャン、カザフスタンの石油をロシア領を通らずに地中海の港に出すため、西側が数年前大騒ぎで完成したものなのだが(映画「007」の中でも題材として出てくる)、2009年にシェブルが使ったのは190万トンだけで、料金も割高だったために停止に至ったのだろう。シェブルはカザフ石油の大半を相変わらずロシア領経由で出しているので、これでかまわないのだ。

キルギス
(1)「バキーエフ体制」へのマスコミでの批判

最近、キルギスについてはネガティブな報道が多い。バキーエフ大統領が独裁的権力を築きつつあり、家族・親族で国の利権を掌握しつつあるというのである。バキーエフ大統領の弟Zhanyshと息子の一人Maratは、秘密警察を握っている。もう1人の息子マクシムは国内の企業活動、投資を全てコントロール下に置けるポストについた。
2009年10月、バキーエフ大統領は痲薬取締庁を廃して内務省に統一したが、その結果麻薬取引をZhanyshが「取り締まる」ことになった。アフガニスタンの麻薬がタジキスタンからキルギス南部のオシュに抜け、そこからアゼルバイジャン、クロアチア、ボスニア、エストニア、ラトビア、ロシアのサマラ、同エカテリンブルク等へ流れているらしい。
そしてマクシムの下で実権をふるったエブゲーニー・グーレビチなる外国人企業家(MGN―Group社長。モスクワ育ちで米国籍)には3月、イタリア官憲が逮捕令状を出して騒ぎになった。ベルルスコーニ首相系電話会社のマネロンを請け負っていたとの報道もあったからである。そのような中、3月初旬、バキーエフ大統領は治療のためと称して密かにドイツへ旅立ったらしい。

(2)ウセノフ首相の苦境
そのような状況で、ウセノフ首相は苦境に立たされている。2月末にはモスクワでキルギス・ロシア定例経済協力委が開かれたが、これに出かけたウセノフは「ロシアの担当大臣に会っただけで、首相にも会えなかった。ロシアが2009年に約束していながら未だに渡してくれない融資についても、いつもらえるのか解決できなかった」と批判された。

(3)ロシアとの関係停滞
キルギスはロシアの圧力も受けて、2008年から09年にかけ、アフガニスタン作戦のため米軍に貸したマナス空軍基地から米軍を追い出すべく努力した。ロシアからは20億ドルの融資の約束ももらってだ。だがキルギスは結局、マナス基地から米軍を追い出すことはしなかった。基地使用料をつりあげ、米国軍人への訴追免除権を取り上げただけで、存続を認めてしまったのだ。2009年10月訪米したサルバエフ外相は、マナスに6000万ドルで第2滑走路を作る件の交渉を再開さえしている。
こうしたなかで、ロシアは約束した20億ドルのうち、まだ3億ドルしか与えていない。残りは、隣国ウズベクが反対しているカンバラト・ダム建設用である。

(4)中国への接近
マクシム・バキーエフ投資庁長官(バキーエフ大統領の息子)は1月に訪中した。代表団を率いての訪問で、これがマクシムの外交デビューとなった。彼は後出のように、カンバラト・ダム建設に参加するよう中国を誘った他、ソ連時代軍需工場だったDastanで太陽電池用部品を作ることも持ちかけた。08年、1.8億ドルの対外債務帳消しの代わりにこの工場の株の48%をロシアに渡そうとして断られたことがある由。またDatka-Kemin間送電線(500kv)建設(3.4億ドル)にも合意した。これでキルギスは、ウズベキスタンが牛耳る中央アジア電力網を使わなくてよくなるという。但し、完成は2011年の予定である。

(5)カンバラト・ダムをめぐるウズベク・ロシア・中国との4つ巴
 キルギスは以前からカンバラト・ダムの建設を策しているが、ウズベキスタンは綿花栽培用の水が減ることを恐れて、これに反対している。ロシアも一時は17億ドルの融資を約束までしたが、ウズベクとの関係悪化をおそれて、最近では黙っている。
 そのような中、上記のように1月、バキーエフ大統領の息子マクシム・バキーエフ投資庁長官が訪中し、カンバラト・ダム建設に中国を誘った。中国には、他国が断った案件が続々と持ち込まれている。1月末にはロシアのシュヴァーロフ第一副首相が、「キルギスとウズベクとの仲を仲裁しに」キルギスを訪問しているが、どのような話をしたかは報道に接していない。

タジキスタン
(1)2月28日総選挙

タジキスタンでは2月28日に総選挙があった。小選挙区、比例併用だが、総得票の5%以上の得票を得られなかった政党は比例からは議席を配分されない。今回、立候補拠託金が前回の2倍の1500ドルになり、共産党は10名しか候補者を立てられなかった。
投票結果はこれまでとあまり変わらず、与党の人民民主党が63議席中52、イスラム復興党、農業党、経済改革党は2議席づつ、共産党が3議席だった。いずれも反政府ではないし、旧社会主義国の場合、議会に実権はないのが普通なので、この国の権力構造に変化はない。なおラフモン大統領の息子ルスタムは、22歳で人民民主党の比例リストに入った。憲法では、25歳以下は立候補できないことになっているのだが。選挙を視察したOSCE、米国大使館の代表は、今回選挙を公正、民主的なものとは認めなかった由。

(2)ログン・ダム建設をめぐるウズベクとの論争

2009年12月、ラフモン大統領は悲願のログン・ダム建設に向けて国民から募金を募る(期待したロシアから金が出ず、遂に募金に踏み切ったもの)キャンペーンを大々的に始めたが、1月には首都ドシャンベの4カ所でログン建設社の株が売りだされ、市長のウバイドラエフがまっ先に購入して見せた。彼は、「1日で4600万ドルは売れるだろう、10年末までにドシャンベだけで4億ドルにはいくだろう」と述べた。同市長は以前から麻薬取引への関与を噂されているうえ、ラフモン大統領に対抗する意図をいつも勘繰られているので、あえて真っ先に購入して見せたのだろう。1日で4600万ドルも集まるのだったら、この国に外国の資金はいらないのではないか?
た。

(3)タジキスタンをイスラエルに近づける試み
ブハラ・ユダヤ人協会は、1月3日テルアビブでのブハラ・ユダヤ人世界大会にタジクのAsrori文科相を招待した。ブハラ・ユダヤ人とはウズベキスタンの古都ブハラ周辺に昔から居住していた人達で、今では米国にも多数居住してウズベキスタンやタジキスタンのためのロビー活動を展開している。ブハラ周辺にはタジク人が多いので、タジキスタンのことも手掛けるのである。
だがAsrori文科相の訪問はアフマディネジャド・イラン大統領のタジク訪問(1月4日)と時期が重なってしまい、ドタキャンとなった。タジキスタンは1990年代内戦の時代からイランと近い関係にあり、今でもイランはタジク国内で多数の援助案件を展開している。人種的、言語的にも、タジク人はイラン人に非常に近いのである。そのイランの大統領が来訪する日に、タジキスタンの大臣がさも当て付けであるかのようにイスラエルを訪問しているのはまずい、という判断が働いたものだろう。
イスラエルは中央アジア諸国でかなりのODAプロジェクトを展開しているのだが、タジキスタンだけが(イランとの関係が強いことのため)イランと大使館を交換しておらず、大統領もイスラエルを訪問していない。

トルクメニスタン
(1)天然ガス輸出収入急減のあおり

トルクメニスタンのロシアへの天然ガス輸出は2009年の4月から年末まで止まっていたが、これが政府財政に響かないはずがない、ヴェルディムハメドフ大統領の内政上の基盤を揺るがさないといいなと思っていたら、2月上旬「フロニカ・トルクメニスタナ」というインターネット情報は、トルクメニスタン政府が09年、70~100億ドルの税収を失い、大統領による注文以外の建設案件が止まっていると報じた。
そうした中、1月中旬には石油ガス大臣、繊維大臣、鉄道大臣が更迭された。首都アシハバードの市長Azat Bilishovも左遷され、建設大臣Durdylyevが市長になった。石油ガス大臣も左遷で、Nedirov次官が大臣代行に就任した。石油ガス大臣の更迭は、ロシアへの輸出が止まったことの責任を取らされたものだろう。
同じく「フロニカ・トルクメニスタナ」によれば、これまで天然ガス分野での実力者と目されてきたタギエフ副首相は、2008年末頃から威勢を失い、ベルディムハメドフ大統領の娘婿で弱冠35才のDovlet Atabaaefがトルクメン燃料庁代表としてあらゆる交渉を率いるようになった由。
なお、ロシアへの天然ガス輸出量が減少した一方、中国へのパイプラインが稼働したことで、2012年には中国が最大の輸入国になるだろうと見られている。

(2)フランスへの接近
2月1日、ベルディムハメドフ大統領は70名をひきつれて、初めての訪仏を行い、6件の経済関係協定に署名した。フランスからは既に、クシュネル外相がタジクを訪れている。

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