Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2024年3月18日

ウクライナ戦線膠着後の世界

(これは、2月末発行したメルマガ「文明の万華鏡」第142号の一部です)

 ウクライナ戦争をめぐっての西側報道はだらしない程、自分で検証せずに付和雷同、一つの方向にぶれる。今は、「米国議会が支援を止めているのでウクライナは劣勢、もしかすると敗北して、ロシアはNATOと直接事を構える」という報道が真っ盛り。ロシアと直接事を構えるのが怖い? しかし(米国とNATO周縁諸国の圧力に負けて)NATOをウクライナに拡大しようとしたのは西側で、そうすればいずれにしてもロシア軍と直接対峙するはずだったはず。

 それにウクライナは、多分簡単には敗北(ドネツ・ルガンスク等、東南部諸州を完全に制圧される、或いはキエフを制圧される)しないだろう。先々週東部のAvdiivkaはロシア軍に渡したが、プーチンにとっては3月17日の大統領選で、国民に示すにはこれで十分。これ以上軍を進めると兵力を益々失い、そうすれば選挙上も不利になる。

 ウクライナ軍は今の線で防御ラインを設け、戦力をクリミア方面に向けると、クリミアは案外陥ちるかもしれない。ロシア本土からクリミアへの補給路は既に、ウクライナ軍の攻撃にさらされているし、クリミアのセヴァストーポリ海軍軍港はウクライナ本土からのミサイル・ドローンの攻撃でもはや使えず、さまよえる黒海艦隊の軍艦は時々ウクライナのドローンやミサイルに撃沈されて、揚陸作戦を行う力を失っている。そして、昨年6月、ウクライナ本土のカホフカ・ダムが爆破で決壊したために、カホフカ人造湖から伸びる運河でクリミアに水を補給することができなくなっている。

 ウクライナのクリミア攻撃がなければ戦線は膠着状況に陥り、停戦協定を結ばなくとも、「停戦状況」が出現する。2014年ロシアは、東ウクライナの一部とクリミアを武力制圧して「ミンスク合意」を結んだ。これは、住民投票を行うことで、東ウクライナの一部のロシアへの併合を法的に固めてしまおうとするものだから、ウクライナ政権はその後履行しなかったし、今回もこのような協定は結ばないだろう。ウクライナ軍は2014年に比べると、比べ物にならないほど強化されている。

だから停戦協定ではなく、「停戦状況」。その中では時々、武力衝突も起きる。2014年以降と状況は基本的に変わらない。ロシアが占拠する地域が少し増えただけだ。

(兵員・兵器増産の限界)

 ロシアはウクライナに比べて兵員が潤沢だと言われるが、それも程度の問題。ロシアは人口減で、兵士の確保は難しくなる一方。年に2回徴兵をするが、それは1年間の訓練をするだけで、ウクライナ戦線には出さないことをプーチンは何度も約束している。戦線に出すのであれば、動員令を出すことになるが、22年9月に動員令を出した際には、五十万を超える青年達が国外に脱出した。戒厳令を出していないから、国民の海外旅行を止めることができない。脱出する者の多くはIT、エンジニアなど自活能力を持った者達で、彼等の脱出はロシア経済にとって大きなダメージとなっている。

 だから当局は、コーカサス地域、あるいはバイカル湖周辺の困窮地域で兵員を高給で募集したり、囚人を戦場に送ったりして凌いでいる。ロシアの兵員にも限度があるのだ。

 そして兵器。2023年の国防予算はウクライナ戦争前の2.6倍。しかも今年はそれを更に70%増やして、GDPの6%相当にする。さぞかし戦車、ミサイルなど大増産でウクライナは吹っ飛ぶと思われるのだが、冬季であるためか、ロシアは大攻勢に出てこない。「大規模ミサイル攻撃」があっても、後が続かない。

考えてみれば、この2年でロシア軍が受けた損害はハンパないのだ。開戦前、全国での戦車配備は3000両程度と言われていたのが、戦争で破壊されたのは少なくとも千両を超える。平時には戦車は百両程度しか生産されていなかったから、補充は容易なことではない。第2次大戦での米国は乗用車などの生産を戦車に切り替えて大増産ができたが、ロシアではその乗用車の生産がもともと外資に依存し、外資のほとんどは撤退している。それに、戦車を初め軍需生産ではエンジニア、労働力の不足が大きなハンディになっていることだろう。

2月5日付のJamestownは次の事実を報じている。
・ショイグ国防相の言う「兵器生産は4倍になった」という件は、インフレを反映した金額ベースの話しだろう。統計局の発表した数字を見ると、大増産とは言えないものが多い。
・例えば、火薬原料にもなる窒化アンモニアの生産は21年が1100万トン、23年は1170万トン。
・一方、「輸送機械」は2017年を100とする指数で22年は95.8、23年は125.5。これは装甲車や戦車のことだろう。増えているが、数字は金額ベースである可能性がある。

(経済の軍事化・ソ連化の中で進む、技術の対中依存)

プーチンは二言目には「ロシアには主権がある。対米依存の欧州、そして日本には主権がない」と言うが、それは政治面・軍事面でのこと。ロシアには経済面で主権があるとは到底言えない状況であることは周知の事実。そこで流石にプーチンもそれに気が付いて、最近では三言目には「経済面での主権も大事だ」と言うようになっている。

筆者は、パンツ一枚のプーチンがおもちゃの機関銃を抱えて、「僕にはチュケンがある」とつぶやくマンガをAIに描かせようと思っている。主権=sovereigntyとは、至高の神から直接授与された権力のことで、モラル的な義務を伴う。プーチンや他のロシアのエリートのように、「何でも自分のやりたいようにできる」のが主権なのではない。
本論に戻ると、ロシアでの事態は深刻。これまでボーイングやエアバスに全面依存(機数の80%という報道がある)してきた国内民間航空は、制裁でリース契約を停止されて大困り。機材は返却せずに使用を続けているが、部品の入手、メンテでは困っている。中国などの助けで凌いではいるものの、国内便の欠航は増えている。
そして、軍需工業でもキーとなる工作機械は、西側・日本のものが入手できなくなったので、中国製のものにほぼ全面依存を始めている。1月23日付のJamestownによれば、数値制御工作機械、その他精密工作機械の中国からの輸入額は、開戦後10倍に急増している。
 
 ソ連の時代、製造業の多くは石油・ガス関連と軍需に向けられ、消費財は工場の片隅で作っていた。ソ連時代のGDPの大きな部分が軍需関連であった。ソ連崩壊後、軍需は崩壊。耐久消費財は西側からの輸入ですませるようになった。

 ウクライナ戦争で、軍需偏重の体質が戻ってきた。既に中央予算の35%が軍需に向けられているとの報道もある。他方、人手不足の中で労働力を確保するため、成長率以上の賃上げがまかり通っており、23年は実質賃金が10%弱も上昇している。国防支出増、賃金増のための通貨供給増加、国内での消費財生産の不足等、事態は1991年ソ連崩壊直後のハイパー・インフレ(2年で6000%)前と似てきた。

(「ウクライナを片付けたプーチンは・・・」式議論の空想性)

 この頃、西側のメディアは、「ウクライナを片付けたロシアは、フィンランドやバルト諸国、つまりNATOを直接狙ってくるだろう」という議論で持ち切っている。NATOは年頭から半年間、Steadfast Defender 24という、この規模では25年ぶりになる軍事演習を展開中。米国を含めた32ヶ国から 90,000名が参加する。

 警戒を絶やさないのはいいことだが、浮足立つのは行き過ぎだ。というのは、ウクライナは簡単には「片付かない」だろうから。そしてロシアはウクライナ方面が静かになっても、兵員や装備の不足で、とてもNATO正面に取りかかる余裕はない。ウクライナ方面が静かになれば、ロシアは国内経済の手当て、そして手薄になったコーカサスや中央アジア方面での地歩回復に迫られる。

ロシアにとってジョージアやウクライナは「自分の勢力圏」という認識があったから、武力攻撃に踏み切った。NATOは自分の勢力圏ではない。バルト三国は元ソ連の一部だったが、当時からロシアよりも先進の地域として、特別扱いを受けていた。これからも、バルト三国がロシアの利益を過度に侵害することがない限り、ロシアはことを荒立てないだろう。

(続く新冷戦)

 というわけで、ウクライナ情勢が鎮静しようがしまいが、西側の対ロ制裁は続くだろう。戦後の冷戦の期間を通じて、西側はココムで先端技術の輸出を規制するなど、恒久的な制裁措置をとっていた。それと同じになる。

 ロシアとの関係は切れるわけではない。制裁対象でない分野では貿易・投資も可能だ。日本は1970年代、「シベリア開発」という旗印の下で、森林資源、石炭の開発、港の近代化などの大規模プロジェクトを手掛けている。

 ロシアの方は、貿易の公営化が進むのではないだろうか。ソ連時代、貿易は金属公団とか化学工業公団とか自動車公団などに集約されていて、日本は商社がその相手をして1件当たり規模の大きい取り引きをしていた。今の商社は投資銀行化していて、製造業などの代理店業務をすることは少ないが、そこはどうなるだろう。

(ゲーム・チェンジャー:ウクライナでレジーム・チェンジの可能性)

 ここまで書いたところで、Avdiivka陥落の際のウクライナ側内情についての報道が相次ぎ、上記の議論とは別の選択肢、つまりウクライナのゼレンスキー政権が交代し、軍の指揮も乱れる場合のことを書いておかねばならなくなった。

まず、Avdiivkaをロシア軍に取られた際のウクライナ軍の対応が稚拙で、Syrsky新司令官が将兵の信を失ってしまったのではないかということから始める。ゼレンスキーが先日、強引に更迭したザルージヌイ前司令官は、Avdiivkaは守り切れないから、早めにウクライナ軍を引いて、その先で守りを固めることを提案していたが、ゼレンスキーはそれでは西側の支援を得られなくなると思ってAvdiivka死守をSyrsky新司令官に強く命令。その足でミュンヘンでの安全保障問題国際フォーラムで見栄を切りに出かけてしまった。

その間、Syrsky司令官は現場に絶対防衛を指示。戦力のある第3旅団(主体はかつての右派系「アゾフ」連隊)をAvdiivkaに送ったが、この旅団は命令に違反して引き返したか捕虜になったかしてしまう。そこでSyrsky司令官は「将兵の生命を守るために」という声明を発して軍の撤退を命じた。これで現場は混乱になり、ウクライナ軍は1000名弱の捕虜を出したと、New York Timesなどは報じている。

これがロシア軍の一気の伸長につながるか。それともロシア軍はそれだけの弾薬と兵士を集積していないか。伸長したロシア軍をウクライナ軍は叩けるか。それともウクライナ軍は崩れて、首都ではクーデターで政権交代が起きるか。

3月17日の大統領選挙を前に、ロシア軍が大きな成果をあげると、プーチンの大勝は間違いない。その後はどうなる? ウクライナが「負けた」と手を上げなければ、戦争は終わらない。ロシア軍はキエフを占領して政権を代えるだけの力は持っていないだろう。結局、膠着状態、対ロ制裁、新冷戦は続く。

(バルト海のNATO内海化とカリーニングラードの運命

 もう一つ、メルマガ完成後にくっつける論点。それは、日経が指摘している「スウェーデンのNATO加盟によるバルト海のNATO内海化」について。

 これは結構危ない話し。と言うのは、ポーランドの北方にあるカリーニングラードがロシアの飛び地だからだ。ここは昔プロシア領で、ケーニヒスベルクだったところ。哲学者カントの居住地。第2次大戦以降、ロシアが占領して自分の領土としている。ドイツは返還を要求していないが、領有権を公に取り下げたわけではない。

 ここは今はロシア系住民が大半だが、経済では周辺のポーランド、ドイツとの関係に大きく依存。往来も自由だった。これがウクライナ戦争での制裁で、切れている。カリーニングラードでは反政府デモが起きたこともあるので、モスクワ当局は敏感になっていることだろう。

 将来、ここの情勢が不安定化して軍を送りたい場合、ロシアは困難に直面する。バルト海の海軍航行の安全は保障されないし、陸路ではこことの間にNATO加盟国リトアニアが存在する。ロシア陸軍が進めるのは、ベラルーシに入った後、北方のリトアニアとポーランドの国境、100キロほどのSuwalki地峡をしゃにむに通り抜けるしかない。戦争は必至。

 ウクライナ戦争は、ロシアの周辺部の至るところに、こうした潜在的紛争地を生んだようだ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/4322