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2023年3月 9日

米国の製造業再生はなるか?

(これは、2月末発行のメルマガ「文明の万華鏡」第130号の一部です)

 2月4日のEconomist誌が、半導体、再生可能エネルギーを中心とする製造業復活へ向けての、バイデン政権の努力(多くは税控除、政府補助金)を批評した。

製造業はリアルな価値を効率的に創造するもので、経済の基礎を成す。また、19世紀産業革命の結果成立した広範な中産階級は、先進諸国の民主主義政治を支えてきた。
米国の場合も、製造業はその経済力、そして国力の基盤を成すもので、世界の政治・経済の安定のためにも非常に重要なものである。

米国の製造業は駄目になったと言われているが、生産額の絶対値が下がったわけではなく、今でも中国に次ぐ世界2位の地位を維持している。それでも、衰退した重厚長大産業の従業員の不満を掬い上げたトランプは、2016年の大統領選挙で勝利している。それもあり、バイデン政権は製造業振興に力を入れているわけだ。

米国での製造業蘇生への条件がいくつか出現している。一つは、中国に流出して、米国向けの製品を組み立ててきた米国の製造業、あるいは日欧の製造業の一部が、米国に還流してくるのではないかということ。中国での賃金水準が上昇した一方、米国では最近の移民など低賃金労働者が増えていることが、その一つの背景にある。

また、かつて賃金・年金等の過度の引き上げを主張して、米国製造業を海外に追いやってしまった労働組合が、多くの州で組合費の強制的徴収を禁じられる等、手を縛られるようになっていることも、製造業復帰の条件をもたらしている。

しかしそれでも、製造業の米国復帰reshoringは思うほどの規模を見せていない。そこでこの2年、民主党はバイデン大統領に尻を叩かれ、米国の製造業を蘇生させるための法案を次々に採択、その総計は2兆ドルに上る、というわけなのだ。

上記Economistの記事は、次の措置を列挙している。

1)昨年7月採択したCHIPS法は、390億ドルをつぎ込んで、半導体の生産と開発を振興しようとしている。8月に採択したInflation Reduction Act(IRA)は、再生可能エネルギー関連の製造業を支援する。10年間で370億ドル相当までの税優遇措置が予定されているが、実際は青天井である。

2)米国製製品を購入する国民には税控除が与えられ、政府系機関の調達では国産品の購入が義務付けられた。さらに議会は2021年、製造業の競争力を高めるためのインフラの建設に、1.2兆ドルの支出を承認した。

これらの措置のおかげで、自動車企業はこの2年間で680億ドル相当のプロジェクトを発表したし、製造業全体では2900億ドルもの投資計画が発表されている。太陽発電のFirst Solar、電池のHanwha、Qcells、Intel、Micron、台湾の半導体製造大手TSMC等である。

しかし、として、Economistは次の問題点を列挙する。

1)20世紀半ば、連邦政府は農村の電化、ハイウェー建設、宇宙競争等にGDPの6%相当の支出を行った。バイデン政府の助成措置(subsidies)はGDPの0,5%相当でしかない。

2)今回その資金は公的部門ではなく民間部門に向かうことが特徴だが、企業への補助金は、政府に対する依存心を生み、過剰生産を常態化させるかもしれない。労働者の待遇を良くするため、高給を払ったり労働者の転職を助ける措置を設ける企業への税控除を認める措置があるが、生産コストを上げてまで税控除を求める企業は少ないかもしれない。補助金を得るためには株主への配当を下げなければならない時には、企業は補助金を求めようとしないかもしれない。

3)そして工場を建てても、エンジニア、労働者がいないかもしれない。例えば半導体製造工場立地のためには、エンジニア、労働者を育成する必要がある。アリゾナ州でIntelやTSMCの工場建設が相次いでいるのは、同州がIntelと提携して州立大の工学部を充実させる等、エンジニア育成体制を整えてきたからである 。

4)米国の産業助成政策は、他の先進国に模倣されつつある。欧州委員会は2月1日、2500億ユーロをかけて再生可能エネルギー部門を支援する計画を発表した。これは、民間の資金が米国のプロジェクトに吸い取られてしまうのを防止するためのものでもある。

5)バイデンの政策についての一番の疑問は、工場での好給の仕事を増やすことで中産階級を蘇生させようという狙い、そのものについてである。米国ではソフトウェアと研究開発がGDPに占める比率が増えていることもあり、2010年以来、中間レベルの(median)米国家計の可処分所得は約20%増加しているのである。そして2015年以来、所得最下位25%の国民の賃金は最も速いテンポで上昇し、格差を減らしている。

これに比べて、製造業は人手をあまり必要としなくなっている。例えば半導体生産面での主役は高価な製造機械であり、500万ドルの設備投資あたり1人の割合で雇用が生まれるに過ぎない。上記IRAはこれからの10年、毎年91万2000の新規雇用を生むだろうが、インフラ、設備面等での投資に年間980億ドルかかる、つまり労働者一人当たり10万ドルの費用がかかる、という試算もある。

以上のように、米国での製造業の活性化は一筋縄ではいかない。それでも、米国の製造業が再活性化するのは米国、そして世界の安定のためには総じていいことだし、産品が日本企業と競合する例も少ないだろう。競合するなら、米国に直接投資すればいい。

 一方日本では、中国やバイデン米国にならって経済への政府の介入や助成措置を強化しようとする動きがあるが、本当に効く分野を見定めてやらないと浪費になるばかりでなく、企業側に依存体質を強めて日本経済没落の過程を速めることとなるだろう。企業への政府の支援が、関係諸省庁の延命策に化けてしまわないよう、見張っていく必要がある。

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