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世界はこう変わる

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2023年1月11日

プーチンのロシア経済自傷行為

(これは、昨年12月5日発行の「ボストーク通信」第1461号に投稿したものです。これからもこの「ボストーク通信」には投稿を続けますので、現下の難しい状況にも鑑み、是非定期ご購読下さい)

 ウクライナ戦争でのロシア制裁は効いていない、とよく言われる。IMFも、今年のロシア経済は8,5%縮小すると言っていたのが(4月)、最近ではマイナス3,4%に予測を変えている。怪我の功名で、対ロシア制裁が原油・天然ガス価格を吊り上げ、ロシアを「富ませて」しまったからだ。EUはタンカーでのロシア原油輸入を止めたが、ウクライナ領を通るパイプライン経由では相変わらず入ってきている(戦争前は輸入量の4分の1程度)。中国、インドはロシア原油の購入を増やしている(買い叩いてはいるものの)。制裁で、ドル決済ができなくなったが、資源を持つ国は強い。資源と何かをルーブルや人民元表示で交換(実質的に物々交換)すれば、困らない。

忍び寄る危機

 しかし、ロシアには大きな経済危機が忍び寄っているのだ。
一つは、他ならぬ原油のことである。ロシアの原油開発はどんどん地下深くに降りていて、探鉱の段階から欧米企業の参与なしには手に負えない。シベリアやサハリンの原油開発・輸出プロジェクトからは、欧米の企業が軒並み撤退した。今のところサハリンを除いて産油量は大きな減少を見せていないが、原油輸出はこれまでロシアの全輸出額の半分弱を占める最大の品目である。今後が不安なところだ。そして、西側の技術なしでは継続が難しいのは、天然ガスも同じである。

 もう一つは、軍事支出の急増で、これまでの財政黒字が赤字に転じていることだ。ウクライナ戦争の戦費で、今年の国防支出は900億ドル相当超に達するものと予想されている(10月6日付Jamestown)。これは当初予算を60%弱上回るものである。このため、当初予算案ではGDPの1.1%相当の財政黒字を見込んでいたが、早や4月、シルアノフ財務相はGDPの2%程度の赤字を見込むという発言をしている。以前なら、石油大国というロシアの信用をバックに、外国で起債して赤字を埋めることができたが、西側でのロシア政府の起債は今や制裁で禁じられている。

 三番目に問題なのは、軍需に圧迫されて、経済が統制化、計画化の様相を強めていることである。10月19日、プーチン大統領は布告を発し、ミシュースチン首相を頭とする、軍需生産増強のための「特別調整委員会」を立ち上げた。詳しい権限・陣容は不明だが、要するに軍需生産を当面最優先し、そのためにはすでに議会が採択した予算案から外れた資金・資材の使い方を認めるということだろう。

 軍需生産は急を要する課題である。ロシアはこれまでの戦争で、現有戦車台数の3分の1に相当する千台弱を失ったし、砲弾、ミサイルも大量に費消したからだ。戦車は通常、年間100台程度しか生産されていない(7月7日付Jamestown)。これを短期で千台近く生産するためには、資材、資金、エンジニア、労働者の確保という問題に直面する。
 それでも、「指令で増産」をはかろう、というのが今回の布告のきも。各州にも同種の「調整委員会」が作られることになっている。そして地方レベルの「調整」をモスクワで「調整」するために、ソビャーニン・モスクワ市長を頭とする委員会が立ち上げられている。

統制は、経済への自傷行為

ソ連時代の、「問題があるなら委員会を作ろう」という悪い癖がまた出てきた。何が起こるだろう。まず、資金・資材は必ず浪費、横領される。戦車とかミサイルの外郭は作っても、半導体が足りないから使えない兵器が山積みになる。

そして、中央と地方の間で資金、資材の使い方をめぐって争いが起きる。州は既に、自分の予算で軍装備の一部を調達するよう求められているのだが、州知事は地元の選挙で選ばれているから、必ずしもモスクワの言うことを聞かない。「そんなことを要求するなら、地元で集めた連邦税はモスクワに送金しない」という知事が必ず出てくる。1991年末にも同じ問題が起きて、ソ連崩壊の大きな原因になったのだ。

そして中央の「特別調整委員会」を率いるミシュースチン首相と、地方を調整するソビャーニン・モスクワ市長は、2020年初頭、解任されたメドベジェフの後釜を狙って、ミシュースチンに敗れた経緯があるし、その後同年3月コロナ禍が激しくなった際にも、全国の対策の音頭を取ろうとして、上部に抑えられている。今回は、その後さして功績をあげていないミシュースチン首相に対して強気に出て、混乱を激しくするかもしれない。
戦時には経済は統制化・計画化の様相を強める。日本でも太平洋戦争の時にそうだった。今回ロシアの「特別調整委員会」は、戦時経済の経済司令部のようなものだ。経済を、ソ連時代の軍事化経済に戻していくだろう。

ソ連は第2次大戦終了後、直ちに冷戦に移行したため、戦時経済が継続した。「軍需工場」の指定を受けると資材が優先的に回されたから、企業はこぞって「軍需御用工場」の指定を求め、それによってソ連は鉱工業生産の70%が軍需関連と(大げさに)言われるようになった。今回も同じことが起きようとしている。西側の企業は、ロシアの「軍需企業」との取り引きを避けるだろうから、関係はますます難しくなってくる。

そして経済が統制化、計画化の様相を強めると、西側企業も含めて自由な生産活動は不可能になる。すべての資材を当局が抑えて、その配分を決めてくるからだ。1987年、モスクワで初めての私営レストランがオープンしたが、筆者がつきあっていたゴスプランの課長は言っていた。「自由化はなかなか難しくて。例えば私営レストランなど簡単だと思うかもしれないが、肉とか酒をどうやって計画の中から『はじき出しVybit'』ていいのかわからない」と。恋愛だけは自由だったから、みんな盛大に不倫にはげんでいたが。

最近のプーチンは冴えない顔をして、いろいろな会議を主宰している。11月25日には、息子を戦場で失った母たちをクレムリンに招待し、慰めにもならない慰めの言葉をかけている。要するに国の栄光のために犠牲になったのだから、もって瞑すべし、と言ったのだ。この会合に出席した母親たちは精選されているが、ここに招待されなかった「動員兵の母・妻の協議会」などは、全国ベースで抗議活動と停戦への呼びかけを強めている。

泣く子も黙るはずだったロシア、中国の統制体制を、マグマがひび割れさせ始めている。ロシアでは息子を奪われた母親たちが、中国では生活をコロナ規制で奪われた一般市民たちが、統制を恐れずに立ち上がり始めた。「恐怖の消滅」は体制の弔鐘となる。

時代遅れの国際暴力行為で、どこが最初に倒れるか。ウクライナかロシアか、あるいはエネルギー問題をきっかけに独仏間摩擦が激化したEUか、安心していられない歳末になる。我々がロシアについて意にしておくべきは、大きな政治・経済上の話しもさることながら、ロシアが制裁対象でない品目の輸出を求め、その内部から半導体を取り出して使用することが相次ぐだろうということだ。X社のエアコン用半導体で飛ぶミサイル、Y社の乗用車用パワー半導体で動く戦車等、いろいろ独創的な兵器が登場することだろう。こういうのは、「加工技術はなくても頭脳だけはある」ロシアのエンジニアにとってはお手の物なのだ。気を付けないと日本が米国に文句をつけられて、制裁されてしまうかもしれない。

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