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2022年10月13日

ロシア 部分的動員令 黙示録

(これは9月28日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第125号の一部です)

 9月21日、プーチンは「部分的な」動員令を発布した。「兵役経験と軍務上の特別の技能を持つ予備役兵」が対象。予備役は実に2500万いるが(ショイグ国防相発言)、今回の動員はその僅か1%ほどの30万名。学生、軍需産業で働く者は対象外・・・なのだそうだ。ウクライナ侵攻という錯誤を何とか支えるためにじたばたして、結局傷口を広げて退陣に至る・・・この動員令は、プーチン政権の黙示録を告げるトランペットとなりかねない。

 動員令の結果、何が起きたか? 社会はこれを「総動員令」だと受け取った。「近所の某にも昨日令状が届いた」という切迫感。役人がノルマをこなすために、上記の条件を無視して召集令状を乱発しているのだろう。

 その結果、何が起きる? 失業者は応召するかもしれない。今回のは薄給の徴兵ではなく、無職の者なら心が動く「契約兵」の待遇なのだ。しかしロシアはコーカサス地方を除いては、ほぼ完全雇用の状況。その結果、徴募されてしまうのは、国外に逃げる(近く出国が禁止されるが、カネのある者はあの手この手で出国する)カネとコネのない、あるいは学生証明書(偽造)や軍需企業勤務の身分証明書(偽造)を購入するカネもない貧困層、コーカサスなどの少数民族、遠方の地方住民に召集のしわ寄せがいくだろう
「今用務で国内出張中でつかまらない」ロシア人も急増する。すると議会は召集に一定期間以上反応しない者には罰則を設ける。すると警察が住民のアパートを訪問して、騒動が起きる。スターリンの頃と違って、公安が市民のアパートにずかずか踏み込めるご時世ではない。

 怒りと不満が社会に満ちる。少数民族地域、地方の知事、市長は、中央に物申さざるを得なくなるだろう。この機会に、中央からの交付金・助成金をさらにふんだくろうとする知事が必ず出る。中央がない袖は振れない、と言う。すると知事たちは、今年の税収はもう中央に送金せず、地元で全部使うと言って、地元での人気を何とかつなぎとめようとする。税収を失った中央政府は往生する――これは1991年末、ソ連崩壊直前に起きたことだ。

 ウクライナ戦争はこれからどうなる? 召集された兵士が大勢戦線に着くまでには、時間がかかる。そしてそれは「大勢」にならないかもしれない。
 ロシアの軍備はずいぶん破壊されている。現役戦車は全国で3000両程度だったのを、今回の戦争で既に800両以上失っている。残ったものも、「ロシアの戦車のエンジンは2000時間程度の稼働でオーバーホール、あるいは交換が必要」なのに、エンジンを多量に製造する能力はない。ミサイルも、増産しようとしても必要な半導体は西側が禁輸している。

 だからロシアはナポレオン時代の「大砲をうちまくってから、歩兵がつっこむ」式の戦術しか取れないのだが、肝心の大砲とその砲弾の生産能力も限られている。統計はないのだが、1999年のチェチェン戦争の場合(当時のプーチン首相が指揮した)、首都グローズヌイ等を砲弾で真っ平にしたあげく、砲弾の備蓄がなくなっている。

 今回、砲弾はロシア国内にまだ大量に備蓄されているだろうが、問題はこれを輸送する能力が限られているということだ。ロシア軍の輸送は鉄道に依存している。地図を見ると、ロシアとウクライナを結ぶ幹線鉄道は数が限られている。うちハリコフからロシアへ向かうものは、今回のウクライナ軍の攻勢で、ウクライナ側の手に落ちた。残るのは(地図を見る限り)あと2本。心細い。これを、ウクライナ軍の長距離砲(砲と言うが、実質的にはミサイルだ)で破壊されたらひとたまりもない。

 ドネツ・ルハンスクとロシアの間の鉄道を破壊されると、ウクライナ南部のヘルソンなどのロシア軍征圧地も防護できなくなるし、ウクライナが絶対奪還できないと思われていたクリミアが意外と脆弱な姿をあらわす。鉄道輸送(クリミアへは東部のケルチ海峡の鉄橋、北部のザポロージエ経由の鉄道がある)が駄目になると、クリミアの防護は難しい。

 ロシア海軍の揚陸艦の多くは、戦争の初期の段階で、ウクライナのミサイルであえない最期を遂げている。クリミア西部のセヴァストーポリ軍港に、海上経由で物資を運び込むこともできないだろう。セヴァストーポリ軍港の安全ももう保証の限りでないからだ。ここを基地としていたロシア黒海艦隊は、サポートする施設もない、黒海沿岸の港たちに分散駐留を迫られるだろう。

これを防ぐために、ロシアは原爆を使う? しかし、どこに? うっかりすれば、自分の領土と住民を原爆で攻撃することとなってしまう。ポーランドにあると言う、西側兵器の集積地を撃つ? そうなれば、核のやりとりのエスカレーションは免れない。
 
 プーチンはドネツ・ルハンスクなどで今住民投票を行っていて、その結果がどうであれ、住民が望んだとか言って、これらの地域をロシアに併合してしまうだろう。ウクライナ軍がここを攻めると、「ウクライナはロシア領を攻撃した。ついては・・・」ということで、反撃を強化する口実にしようというわけだ。

しかしこれは何か子供っぽいやり方だし、そもそももう時を失したのではないか? クリミアも、ロシアが「併合」したのだが、ウクライナ軍はものともせずに攻撃の構えを見せているし、これにロシアが「自衛だ」と言い立てて作戦を強化しようにも、追加投入できる兵力も兵器も足りない。

1853年からのクリミア戦争の場合、ロシアは今と同じく孤立していて、今と同じく後れた兵備で、それでも戦況は一進一退だったのが、途中の1855年2月、皇帝ニコライ一世が肺炎で死んでしまう。これは急死で、当時はクリミアでの苦戦で敗北を予期した皇帝が、寒中の行事にわざと薄着で出席して風邪をこじらせ、実質的に自殺したのだといううわさが広まった

後継のアレクサンドル二世は、1861年に懸案の農奴解放を実現。国内の改革へ向けて大きな一歩を踏み出したのだが(実際には大したことはせず)、1881年には急進革命派の社会革命党の分子に爆殺されてしまう。

 後継のアレクサンドル三世の時代は、保守と弾圧、そしてこれに対抗するテロの頻発で彩られる。警察元締めの内務大臣が2名、首相が1名暗殺され、地方知事、警察長官等多数がテロに倒れた。

 これは、今後のロシアで繰り返されるかもしれない。奇しくも11月4日にはクレムリン前の赤の広場で、「国民団結の日」の行事が行われる。そこにプーチンが薄着で登場したらデジャヴュ。ニコライ一世の急死に似たことが起きて、不思議でない。

その後は、公安当局が誰かを担いで――多分メドベージェフ元大統領当たりだろう――国内大弾圧を続ける。これに対して19世紀末のようなテロの波が起きるかどうかは定かでない。それは、外部からの資金等提供がないと難しいからだ。

 大弾圧が続いたとしても、結局はロシアは混乱の時代を迎えるだろう。エリツィン大統領による大混乱の後を継いで2000年、大統領になったプーチンは20年にわたる安定期をもたらしたかに見えるが、それは2000年以降の世界原油価格の高騰に助けられてのことで、ロシア経済に実力はない。

 ロシアは、ソ連時代の計画経済体制から市場経済への移行をはかろうとして果たせず、今回西側との関係を決定的に悪くしたことで、今後の発展のための資金と技術をほぼ完全にふさがれることとなった

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