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2022年9月 4日

台湾はどこも手詰まり

(これは8月24日発行のメルマガ「文明の万華鏡」第124号の一部です。同様のものをNewsweekに寄稿しました)


 ペロシ米下院議長の訪台への報復として、中国軍は台湾を封鎖する「演習」をして見せた。中国の共産党大会までは手荒なことを中国は控える趨勢だったのを、ペロシの蛮勇がひっくり返し、世界は未来の台湾情勢を今垣間見る羽目となった。

そしてわかったことは、日本がなんとも無力であること。殺された安倍元総理は、「台湾有事は日本の有事」と言ったけれど、それは台湾防衛に日本も加わるという意味ではなくて、「台湾有事で日本は無事であり得ない。だから有事だ」という意味なのだ、とお茶らかしたくなるほど。中国軍が日本の経済専管水域にミサイルを撃ち込んで、与那国島の漁民を脅かしても、日本は口頭で抗議をしただけ。

 つまり、台湾有事に、日本は与那国島をベースに、中国艦隊が台湾東岸で活動するのを止めるどころか、初戦の段階で与那国島を武力占領されるのを防ぐこともできないだろう、という情けない実態。与那国島に自衛隊は配備されているが、島民はそれをすんなり受け入れたわけではない。島民は、自衛隊が中国軍とドンパチ始めるのを許さないだろう。危ないから。島民にとっては、最初から投降するのが最も安全。

 「いや、日本は実は米軍とも示し合わせて、今回中国の肝を冷やすようなことをしたはず。例えば米海軍や海上自衛隊の潜水艦が東シナ海・南シナ海での中国の物流路を脅かす態勢を誇示すれば、中国はこれを深刻な警告と受け取って、台湾封鎖「訓練」を停止するだろう。日本は、ちゃんと台湾有事に備えていたのだ」という好意的解釈も可能。そうならばいいが、実際はそうではないだろう。
 
 日本政府が尖閣諸島の地権を買い上げた2012年、中国はこれを日本による尖閣の国有化、地位の一方的な変更と見なして、艦船を尖閣の領海内に頻繁に送り込むなど強硬姿勢を取った。これを指揮したのは、当時共産党総書記に就任する直前の習近平である。その後彼は、尖閣の領海内に中国の艦船が入り込むのを常態化させている。だから僕は今回、中国海軍が台湾封鎖体制を常態化させるのではないかと恐れた。

 しかし中国海軍は引いた。なぜだろう。一つにはもちろん、台湾有事に西側が中国に課すだろう制裁で、中国経済は干上がってしまうということがある。純軍事的に見ても、台湾東岸に出た中国海軍艦船は、南西諸島の諸海峡、そしてバシー海峡を封鎖されて、太平洋上で孤立する可能性があること。そして多分、米海軍が有事には中国本土の基地を含めて短時間に中国の戦力を殲滅できる配置を示しつつ、中国に演習を停止するよう強い圧力を加えただろうこと。などがその理由として考えられる。

 一方、台湾、そして米国の方も手詰まりなのだ
台湾の民進党政権は、中国を挑発して今回のようなことをさせれば、2019年習近平の台湾「恫喝発言」と香港の弾圧でそうだったように、反中機運が一気に高まって、2024年1月の総統選で勝利できる――という計算をしているのかもしれない。「台湾の民主主義は本物。台湾の人間は、この民主主義と自由を守りたいと思っている」と彼らは言う。何度か台湾に行っている筆者も、タクシー運転手やガイドなど普通の人たちからそうした声を聞いた。台湾は繁栄し、自由で民主的な社会だ。

しかし、だからと言って、台湾の人々も戦争の危険を冒してまで独立を守ろうとは思うまい。その理由はいくつかある。一つには、台湾の生活水準に中国の都市部の生活水準が追い付いてきたことがある。そしてその中国本土で台湾企業はいくつもの工場を建設・運営し、家族を合わせて80万人もの「台湾人」が常駐している。これはどういうことかと言うと、「台湾が中国に統合されても、自分の地位と収入は安泰」という感覚を彼らが持っているだろうということだ

2014年、台湾の青年の一部は国民党政権の中国寄り政策に抗議して議会を占拠までしたが、現在の台湾の青年にそれほど政治的な行動は見られない。中国では若年層の失業率が20%に迫っているが、台湾でも大卒者の8人に1人は就職ができない。中国との関係改善で中国の投資・観光客を呼び込み、経済を良くしたいことだろう

さらに台湾では2018年、徴兵制が廃止されたが、その後は青年たちは兵役に志願するのを忌避している。きつくて低給だというわけだ。更にあまり報道されることはないが、軍がどこまで台湾の独立性を守る気があるのか不透明である。軍の幹部には戦後本土からやってきた国民党軍幹部の子孫が多い。彼らは「外省人」であり、本土との一体意識がある。そして台湾軍には中国と通じている幹部の存在が時々云々されている。統合後の地位を保証されれば、寝返ることも十分考えられるだろう。

一方、中国の方もけっこう手詰まりなのだ。一つには、台湾を武力侵攻や通商路の封鎖で従えることは、けっこう難しい。ロシアが今回、ウクライナ南岸への上陸作戦で失敗していることが示すように、揚陸作戦は難しい。失敗すれば、習近平は党総書記の座から引きずりおろされてしまうかもしれない。通商路の封鎖は、米海軍に妨害されるし、それは中国の海岸諸都市のための物流路をも危険にさらすことになるだろう。中国の海岸諸都市は、中国経済の心臓部である。そして西側の制裁を食らうと、ロシアよりはるかに世界経済への依存度が高い中国は、経済的に成り立たないことになる。

だからこそ、中国はこの1年ほど、台湾に対して好戦的なものの言い方を控えてきた。2024年1月の総裁選で、向中的な国民党の候補当選を実現しよう、その上でじわじわと実質的な統合を進めていこう、という腹なのだ。今年の秋の一連の地方選挙では、天王山の台北市市長選挙で国民党の蒋万安が優勢にある。蒋介石の曾孫で米国留学の経歴、かつイケメンという長所を生かして、彼は2024年1月の総裁選に出馬するだろう。

しかし、中国のこの目論見もうまくいくかはわからない。蒋万安は総統になれば、けっこう台湾ナショナリズムを使うかもしれない。また台湾にいかに接近しようが、中国が喉から手の出るほど欲しい、TSCMなどが製造する先端半導体も手に入れることはできないだろう。これは米欧日の企業が生産を独占している半導体製造機械がないと生産できないので、米国はそれを梃に中国への半導体輸出を抑えてくるからだ

一方、米国も、台湾をいつまでも自分の翼の下で庇護していくことはできない。台湾は米国との経済関係でだけ生きているわけではない。中国との経済関係も、台湾経済にとっては大きな意味を持っている。また米軍が守ってくれないと、台湾の自由と民主主義は守れないことになっているが、米国の言う自由と民主主義はその正統性が疑わしくなっている。ネオコン系の言う自由と民主主義は外国の人間のためと言うより、自己満足のためのものだし、「自由と民主主義擁護」のために戦えば、無辜の台湾市民が何百万人も死ぬことになるだろう。ましてやトランプが大統領に返り咲けば、台湾はトランプの対中取り引きの取り引き材料にされるだけだ

また今後もし、国民党が政権に返り咲き、中国との関係は話し合いで進めるという政策をとった場合、米軍は出番がなくなる。台湾が守ってくれと頼んでもいない時に、米軍は出動できないではないか

以上、台湾をめぐる言説は、大きく変えるべき時にあるのではないか? ほとんど起こらないだろう、中国軍による台湾侵攻、米中両軍の対決を軸に話を進めるのはout of pointではないか。それよりもむしろ、現状を固定しつつ全当事者間の交流・協力を進める方向で、グランド・バーゲンをする、つまり1975年の全欧安全保障協力会議(CSCE)設置の際のヘルシンキ合意のような、大芝居を打つことも考えられるのではないか。それはまた、穏健路線の岸田政権に好適な路線であるように見える。
CSCEは、ドイツ、ベルリンの分割を固化し(境界線の変更は話し合い以外の手段では認めない)、その上で東西両陣営の間の信頼醸成、交流と協力の強化を定めたものである。

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