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世界はこう変わる

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2017年8月11日

徴兵制のない米国の軍隊は、国民から尊敬されても心配はしてもらえない

ワシントンの新アメリカ安全保障センターCenter for a New American Security(2007年にミシェル・フルールノア元国防次官とカート・キャンベル元国務次官補が共同で設立したシンクタンク)が、「戦争時代のアメリカ人-徴兵制なしの軍隊における戦士階級の台頭Generations of War: The Rise of the Warrior Caste & the All-Volunteer Force"」を発表している。
この報告書は独自の調査ではなく、既存の諸調査を総合したもので、米軍の組成(特に将校レベル)が南部・西部出身の白人に偏り、しかも父子代々の家業化していることを指摘、徴兵制が1973年に廃止されて以降、社会は兵役を「戦士階級」に丸投げする傾向があり、海外軍事行動にかつての厳しい目を向けようとしないと述べている。
これは、米国が以前より安易に海外での軍事行動を行うことを意味し得るので、日本にとっても大きな意味を持つ。まず報告書の論点を紹介する。

1)1973年、ベトナム戦争に絡んでの徴兵制への社会の反対により、米国は募集兵に完全に依存(All Volunteer Force, AVF)することになった。その結果、軍隊に応募する階層が南部、西部の白人男子に偏り、更に父子代々の家業化している。「戦士階級」が出現している。

2)米国軍は独立当初、民兵から成っており、今も憲法第1条の8節は、陸軍保持のための支出は2年以上にわたってはならないと定めている。戦士階級の出現は、軍隊の中の発想等の多様性を減じ、社会との遊離を深める。社会は、戦争を軍隊に丸投げし、名誉は与える一方で、軍隊の海外での活動には関心を減ずる。近年、小規模の特殊部隊による作戦が増えていることも、軍の海外行動を目立たないものにしている。これは、軍事行動に対する民主的な監視を減ずる。

3)軍人が特定の階層に偏り、しかも家業化する中で、将校の中にはエリート意識を高める者も見られる。米国では17-25歳の若者の70%が、体力、学力、健康の観点から兵役に適していないと見られることも、そのようなエリート意識を助長している。

4)(以下は、上記の諸点を裏付ける数字等。因みに本報告書は既存の断片的諸調査を渉猟した結果であり、自ら断っている通り、決して完璧な調査ではない)

・2015予算年度、応募将兵の45%は南部出身だった。1976年度は32%だった。2015予算年度、北東部から応募した将兵は全体の18.1%のみ。但し、将校クラスでは北東部出身者の比率がもっと高いと思われるが、統計はない。

・(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2017/04/13/6-facts-about-the-u-s-military-and-its-changing-demographics/によれば、2017年現在、白人以外の者が軍隊全体の40%を占めるが、)高級将校に昇進する者の過半数は白人男性である

・陸軍将校の21%、兵士の11%はキャリア軍人を親に持つ。白人将校の65%は、父親が軍人である。Facebookで調査した結果では、軍人の息子のうち軍隊に応募するのは4人に1人だが、それでも社会平均の5倍の率である。2007年の調査では、陸軍の将軍クラス304名のうち、180名の子息が軍人になっていた。他方、現役軍人のうち自分の子供に軍人になるのを勧める者は57%。軍隊に入る者の過半数は、入る前5年以上にわたって、軍隊に入ることを考えている。

軍隊が社会から遊離する現象は、9月11日事件以後顕著である。右事件以後、自分自身、あるいは家族が兵役に就いたことがある者は、全体の15.6%のみである。これは退役軍人が成人人口の15%であることと符合している。そして30歳以下の者は特に、知り合いの中にすら軍人がいない者が増えており、軍についての理解を持っていない。

・他方、9月11日事件以後、軍隊に応募する者には使命感の高まりが見られる。家族に軍人を持つ者の応募が増え、しかも軍人恩給・健康保険等の利益を求めてではなく、海外への派遣も厭わない。

「戦士階級」が出現したことで、社会は軍事行動を彼らに丸投げするようになった。口先だけで功績を称える、"thank you for your service"心理である。ハーバード大の調査では、ISISとの地上戦を18-29歳の青年の50%が支持したが、戦場に行ってもいいとする者は13%のみであった。

・兵役の経験のない者が大統領になることも増えた。海外での軍事行動が、米国内で政治・社会的イシューになることも少なくなった

・軍隊に入れる者は体力、学力、健康で他者に優っていることから、軍人が優越感、エリート意識を持つ可能性もある。これは、退役した後、過度の社会保障や、民間企業での高いポストを求めることにつながりかねない。そして、エリート意識が傷つけられた場合、彼らが米国のあり方に不満と恨みを持つようになる可能性がある

以上が、報告書の要旨である。以前から感じていたが、米国はまるで古代インドの「クシャトリア」のようなアングロ・サクソンの戦士階級がいて、これを古代インドの「バラモン」に相当するようなエリートが操っている国になってきた。一般国民は、ポピュリズムで煽って投票させ、何とかまとめていく。まるでインドのように、数が圧倒的に多い中から下の階級の票を狙うのである。これが意味するところは、いくつかある。

1) これまでは、「日米同盟の重要性について米国民の理解を得ること」が日本の対米広報の重要な柱であったと思うが、本件報告書は、一般社会に対して日本防衛の必要性を説くよりは、海外での軍事行動を決める少数派に広報の焦点を絞るべきこと、一般国民に対しては日本人、日本文化、日本の生活に対して好感を持ってもらえば十分であることを示している。

2) トランプ政権は、人材面で現役軍人への依存度を高めている。それは、文官の中でトランプ支持者が少ないためでもあるが、権威主義的手法で行政を行おうとするトランプ自身の性向に見合ったものでもある。国家安全保障問題担当大統領補佐官が現役軍人であるのは30年ぶりのことであるし、国防相に至っては現役軍人の就任は法律で認められていない(例外は1950年、ジョージ・マーシャルが現役軍人でありながら、特別立法で国防相に就任した時のみ)。7月28日には大統領首席補佐官までが軍人(但し退役)のジョン・ケリーになった。1973年アレクサンダー・ヘイグがウォーターゲート疑獄で揺れるニクソン政権の首席補佐官となって以来のことである(同人は現役軍人であった)。

今のところ立派な軍人がこれらのポストについているからいいが、この傾向が定着すると危ないことになる。American Enterprise Instituteの調査によれば(https://www.aei.org/publication/when-its-democracy-itself-they-disavow/print/)、米国の青年は選挙、議会等の民主主義の装置よりも、「強い指導者」による一元的な統治-軍人支配であっても構わない―を支持する者が増えている(現在30%程度)。政府よりも、「ものごとをよく知っている専門家」による統治を求める者は約50%に上る。

民主主義の老舗、米国で、権威主義的政治が進行しつつあるわけだが(このような傾向は、他の先進国や日本でも同様)、それは多民族化が進行し、格差が増大する社会の宿命なのであろうか。それとも、いつかの時点で揺り戻しが起きるのだろうか。
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