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世界はこう変わる

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2017年7月 7日

今の世界は 大空位時代 なのか

(これは、6月27日に発行したメルマガ「文明の万華鏡」第62号の一部です。全体をご覧になりたい向きは、http://www.japan-world-trends.com/ja/subscribe.php)にてご購読の手続きをお願いします。月間365円です)

時々、今の世界は「大空位時代」なのだという論調を見ることがある。大空位時代とは13世紀の神聖ローマ帝国で、皇帝の権力がことさら弱くなって、諸侯が皇帝の権益を恣に奪った時代のことを言う。戦後の、米国を核とする体制は、まだそこまでは行っているまい。

5月21日ニューヨーク・タイムスとワシントン・ポストは偶然だろうが同じ日に、トランプの弾劾を進めることが民主党にとっていい戦術なのかどうかに疑問を呈する投書、論説を掲載した。民主党にとっては、トランプを生かさず殺さず、常にそのボロを指摘しながら2018年秋の中間選挙に持ち込めば、トランプ不人気で議席を取り返せるという計算なのだ。そして中間選挙後も、同じような戦術を2020年の大統領選まで続ければ、大統領職も議会での多数も取り戻せるかもしれない。だがこれは、今の「小空位時代」が少なくともあと4年続くということを意味する。

この「小空位時代」は、いつ乱世になっても不思議でない。しかし北朝鮮、フィリピンのテロ、イランをめぐる緊張の激化などが、本格的な乱世をもたらす気配は今のところない。

これは、米軍が大きな勢力を世界中で維持し、介入能力を保持していることが大きい。世界全体の実に40%相当の国防費を費消する米軍は、中ロの追随を許さない兵器体系を有し、世界中に基地を展開、敏捷な機動能力を保持している。徴兵制を取っていないにもかかわらず、将校クラスが「家業」化の様相を強め("Generations of War", Center fo A New American Security May 08, 2017)、エリート階級として社会に確立しつつあることから、海外での作戦にも抵抗が少ない。そして諜報・公安関係の機関は、2001年集団テロ以降、ますますその活動を充実させている。

そして今は、トランプ自身が一つの大きなグローバルな抑止力となっている。オバマ時代は、米国が海外での軍事行動を忌避していることがあまりにも明白であったために、ロシアはウクライナとシリア、中国は南シナ海で傍若無人の行動を取ることができたが、トランプの行動は読めない。トランプが原則より取引と感情で動く人物であることが抑止力として作用する、奇妙な状況になっているのだ。

そして中国、ロシアとも、国内政治上大きなイベントを間近に控えているので、海外で余計な頭痛の種を作りたくない。中国は秋に、5年に一度の共産党党大会を控える。ここでは習近平による地盤の最終的固めと―李国克首相は更迭されるかもしれない―、「習近平後」への準備が主要な課題となっている。反習近平派に、対米、あるいは対日姿勢が軟弱だと批判されかねないような事態の発生はできるだけ避けたいだろう。

ロシアの力は近年、過大評価されている。それはクリミアの併合、シリアの爆撃以来顕著になったし、現在トランプ批判の材料として「米大統領選にロシアが介入した」ことが既成事実として独り歩きし、ロシアの力をことさら大きく見せていることも一つの要因となっている。

ロシアの経済は原油輸出に依存する性質を脱却できておらず、現在のGDPは韓国以下である。軍隊は100万人程度だが(中国は200万強)、そのうち実戦に投入できる者は40万人もいない。徴兵の期間は僅か1年なので、実戦には用いることができず、「契約兵」に依存しているからである。クリミア併合はロシアの領土拡張性向を示すものだと言われるが、プーチンに言わせれば、米国がウクライナ政権を転覆したので、クリミアのロシア海軍基地を守るための自衛措置だったのだし、シリア爆撃は準同盟国シリアのアサド政権を守るための行動で、いずれも領土拡張意欲の結果ではない。

クリミア併合で沸いたロシア世論も、今では生活第一に戻っているので、来年3月の大統領選挙では経済・生活が主要なテーマとなる。構造的不況に陥っているロシア経済を何とか活性化すること―それはおそらく不可能なのだが―、これがプーチンとその取り巻きの最大の課題となっている。

そして、米中ロシアの間の関係が小康状態であるもう一つの要因は、米国が「しかけ」ていないからだろう。オバマ政権は海外での武力介入は避けたが、旧社会主義諸国、途上国の野党勢力への支援は続けた。これら勢力は世論をあおっては大規模集会を組織、それによってウクライナやアラブ諸国で時には政府を倒す「レジーム・チェンジ」を実現し、ロシア、中国の指導部に警戒心を抱かせた。これがあったために、中ロは提携を強めるとともに、ことあるごとに米国と張り合うような発言を繰り返して、2008年世界金融危機後の米国の後退をことさらに印象づけることになったのである。

米国を核とする戦後の世界体制を支える装置は他にもいくつもあって、いずれも崩れていない。まず米国という国家の、政治的・経済的、そしてモラル上の根強さが最大の要素だ。現在のように大統領権力が空洞化しても、議会が税制・予算を審議、採択すれば、政府も軍も機能する。予算以外の分野でも、FRBが強い独立性をもって金融を調節し、雇用も支えている。そしてそのFRBは、2008年世界金融危機ではIMFの能力をはるかに上回るドル資金を各国通貨当局に融通して、世界経済の回転が止まるのを防いだのである。

しかしものごとは今回、米国のコントロールを外れるかもしれない。政治面では言うまでもなく、経済面でも2008年のような金融危機が起きる可能性がある。2008年金融危機は、諸国の経済、雇用情勢を悪化させ、ウクライナ、アラブの春、そして先進国におけるポピュリズムの台頭等「世界大乱」状況を現出させた元凶だと僕は思っているのだが、今金融危機が繰り返されれば、トランプ政権にそれに対処する能力はないと見なされ、世界はパニック的状況に陥る可能性がある。

大国を巻き込んだ戦争が発生する危険もある。トランプが北朝鮮に対して武力行動を取らざるを得ない状況に追い込まれる場合、中国も対応する軍事行動を取って、事態がエスカレートしかねない。シリアでは、米ロが協力してISIS勢力撲滅に成功すると、ロシア、シリア、イランは米軍をシリアから追い出して国内の反政府勢力の掃討、クルド人勢力の平定に取り掛かる可能性があり、その過程で米軍と衝突して事態がエスカレートしかねない。6月18日には既に米軍戦闘機がシリア政府軍戦闘機を「自衛のために」撃墜し、ロシア政府の「今後、米軍機でもロシア軍の対空ミサイルの照準を合わせる」という発言(ブラッフだが)を引き出している。

サウジ・アラビアも大きな不安定要因となっている。20日サルマン副皇太子が父親のサルマン国王によって、従兄のナエフ皇太子を追い出す形で皇太子を襲名したが、これはサウジ・アラビア国内で争いをもたらしかねない。サルマン新皇太子の性急な経済改革は経済をかえって混乱させるだろう。サウジ・アラビアの混乱は、世界の原油価格を急上昇させかねない。

安全保障面で心配なことは、サルマン新皇太子のイラン敵視が武力紛争に発展し、米軍も介入して事態がエスカレートすることである。それはイスラエル、シリア、トルコ、エジプトも巻き込んだ一大紛争に発展しかねないし、そうなれば世界の原油供給態勢は破綻するだろう。

そして杞憂に終わればいいのだが、現在の米国は「後期ローマ帝国」化、そして「ソ連化」の兆候を見せていて、このまま瓦解の方向に進むのではないか、ということがある。シビリアンの多くがトランプ政権で働くのを忌避していることもあり、ホワイト・ハウスの国家安全保障問題担当補佐官にはコリン・パウエル以来30年ぶりで現役軍人のマクマスターが就いている。国防長官も軍人のマティスでありー現役軍人が国防長官になるのは1951年のロバート・ラヴェット以来―、まるで後期ローマ帝国のように軍人が権力を握っているのである。そして6月6日、退役空軍中佐のWilliam J.Astoreという人がwww.tomdispatch.comで嘆いたように、過大な国防予算、監視カメラや電話盗聴などの国内監視体制は「ソ連化」の兆候をさえ見せているのだ。9.11集団テロ事件が、このようになってしまう大きなきっかけを作った。本当に残念だ。1970年代のリベラルな米国が懐かしい。
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