Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2016年4月20日

16年3月モスクワ紀行 その1 社会の実感

モスクワから帰ってもう一月経ったし、一月では情勢は随分変わり得るので忸怩たるものもあるが、その後変わったと思われることは注の形で挿入することにして、今年2月から3月初旬にかけて3週間ほどモスクワに滞在して得た印象を記しておきたい。例年のようにモスクワ大学ビジネス・スクールで集中講義をし(世界の企業経営の先進例を紹介、ロシアでも採用可能なものを議論)、モスクワ大学地理学科、国際関係大学、高等経済学院で東アジア情勢等につき講演、更にロシア人識者達と懇談して情勢認識をすり合わせた結果である。特に断らない限り、筆者自身の得た印象である。断片的であることをお断りしておく。

社会の様相

今のロシアでは、いくつかの相反するトレンドが同時に進行し、先行きの見通しを困難にしている。それは、ソ連の昔への回帰という保守的潮流と、一層の近代化・欧州化・国際化という前向き(?)の潮流の双方が精神分裂のように同時に進行、それに現下の経済困難が影を投げかける構造になっているということである。

(ソ連化)
ソ連化について言えば、モスクワ大学は建物の外観とかシステムの多くの点でソ連時代と変わっていない。寮の各階には寮母のようなのがいて、45年前から年を取っていないような感じの婦人たちが勤務している。逆に言えば、「ソ連的な」人間がいつまでも再生産されているということだ。
確かにビジネス・スクールなど昔はなかったし、他の教科でも教師や教え方は随分違ってきている。しかし得体の知れないよそ者を警戒・排除するソ連時代のシステムはそのまま。入構許可証がないと構内に入れない。しかもそれは学部ごとに別々の許可証なので、経済学部の食堂に行こうとしたら止められる始末である。

そして今回目立ったのは、地下鉄の長い長いエスカレーターの両脇にずらりとかかっていた広告ポスターが、今回いっせいに取り外されていたことである。これは、ソビャーミン・モスクワ市長の「汚らしいものは始末せよ」とのお声がかりで、昨年末だったか、ほぼ一夜で市内の露店、ポスターの類が撤去されたのである。中には契約期間中に撤去された広告もあったが、露店にしても1991年ソ連崩壊直後の無法時代に勝手に設置されたものが殆どなので、さしたる抗議の声は上がっていない。これから市当局は自分の手に許認可権限をがっちり握り、がっぽり儲けていく心算なのだろう。地下鉄の広告ポスターはそれぞれ意匠をこらしてあって、見ていて面白かったし、あたかもソ連という老婦人に資本主義の厚化粧を施したようなものだったのが、いっせいになくなって、ソ連時代の剥き出しの壁が延々と続くことになった。

ソ連化、西欧化に加えてイスラム化というトレンドもモスクワでは進行している。日本大使館近くには、欧州一とか言うモスクが完成。ロシア正教会に似た尖塔に三日月をきらめかせている。落成式にはパレスチナのアッバス議長等が参列したと言う。西欧、中東、アジアの文化が混淆するモスクワ。ごった煮的様相はますます強まっている。

(生活困窮・当局への恨み)
ロシア経済は、原油価格暴落を受けて昨年GDPが3,7%も減ったし、ルーブルが40%も下落したせいでドル表示でのGDPはメキシコ以下、インドネシアよりやや上の16位に落ちた(IMFによると、購買力平価で測ると相変わらず世界で6位だそうだが)。消費財の多くを輸入に頼るロシアでは、通貨が40%落ちれば価格は40%上がるわけで、昨年の消費は10%も落ちた。それはサービス産業にも不況をもたらし、リストラの波が諸方に吹き荒れている。大学でも非常勤は解雇され、常勤の負担は増えている。「年末までにモスクワだけで50万人が職を失うんだ」とある教師が青い顔をして言った。これは、何とか大臣が口走った片言隻句が既成事実として街をかけめぐっているのだろう。

あるタクシー運転手には運転中、娘から電話がかかってきた。聞いていると、父親にカネをせびっているらしい。終わったあと聞いてみると、「娘はこれまで週に4回仕事に出ていたのに、経済危機で2回に減らされた。これでまた脛をかじられる」と不平たらたら。もう60歳近くだと言う。彼に、「でもロシアもよくなってるじゃないか。カフェなんか、まるで北欧に来たみたいだ」と慰めたつもりが彼は怒りだして言った。「政治が悪いんだ。2017年は革命100周年。引きずりおろしてやる」
それを聞いて思った。ロシアはいつも、上下の綱引き。下積みは、「北欧的な」成功者に怒りを感じているのである。1917年のロシア革命の直前も、モスクワやペテルブルクの富んだ部分は華やかで洗練されて欧州的だった。

また別のタクシー運転手はこう聞いてきた。「プーチンは日本ではどう思われてる?」。筆者が「有能な指導者だけれど、国に経済力がないから息切れするだろうよ」と言うと、「そうなんだ。外ではうまくやっているかもしれないが、国内がめちゃくちゃだ。不正、汚職。」と答える。筆者が「そりゃプーチンのせいじゃない」と言うと、彼は「でも、指導者だろう」と答えた。プーチンには監督責任があるというのだ。

(インフレの感覚)
 市民はインフレにも追い立てられている。輸入品が上がれば、「輸入代替」で国産品が増えたのではないかとタクシーの運転手に聞くと、「『コクサンヒン』? ないよ、そんなものは」と冷たく言い放つ。1月に電力など公共料金が上がった。ガソリンはレギュラーで1リットル38ルーブル。ルーブル下落前は100円程度に相当し、今の日本と変わらない。日本より所得が低いから、むしろ高価だ。しかも4月には上がるという話しがある。
しかし、大学食堂の値段はあがっていない。スープなしで150ルーブル(今のレートでは250円ほど)。街では犯罪も増えていない。


(北欧的)
東京なら上野あたりに相当する場末「平和大通り」の少し高めのカフェに入ると、そのうちに気がついた。そこの穏やかで自然な雰囲気は北欧にそっくりなのだ。マフィア的、粗暴なところはない。ノルウェーくらいの感じだろうか。もともとロシア人の血にはスカンジナビアのバイキングの血も入っているので、北欧的になって不思議でない。

ある人から話を聞いて思い出したのだが、サンクト・ペテルブルクは街全体がこうなのだ。完全にヨーロッパになっている。こういうところでは、米国の国防増強だの、ロシア、中国の脅威だのがものすごく場外れに聞こえる。社会がソ連回帰傾向を強めている中で、ここにはソ連崩壊以来静かに進化してきたロシアのあるべき姿がある。社会は変わるのだ。

(日本より先取的)
 進化と言えば、アイフォンのアプリという点では、ロシアは随分進んでいる。ビジネス・スクールでの授業では、「ロシアでも十分できるビジネス」として米国のUBERとかAirbnbとかを紹介したのだが、どうも学生が食いついてこない。聞いてみると、UBERもAirbnbもモスクワでは既に普及していて、珍しくもないということだった。

日本では携帯で決済という簡単なことでも、クレジット・カード会社の抵抗でなかなか広まらない。ロシアではPaypalでも、ズベルバンク(ロシアの郵貯に相当)の携帯電話決済システムでも使える。数秒で送金できると、学生は言った。日本でホテル業界が抵抗しているAirbnbも、学生はちゃんと発音している。

タクシーに乗って、モスクワ大学にやってくれと言うと、運転手は窓に貼りつけたスマホに向かって「大学通り」と怒鳴る。スマホは反応し、女性の声で「ただ今、径路検索中」と答えると2秒くらいで「案内を開始します」と言ってくる。大学への行き方なんかわかってるだろうと言っても、運転手は「会社にこれを必ず使うよう、言われているんです」と言う。多分、営業記録を自動的に作っているのだろう。このカーナビはサムスン。どの国で作ったものか知ってるかと聞くと、運転手はそんなことは知らない、どうでもいいという様子。これが、ロシア人の製造業に対する態度なのだ。モノ作りなど奴隷のすること(確かにロシアでは19世紀半ばまで農奴がモノづくりもサービスもしていたから)、自分たちは奴隷の作ったものを使うのだ、という感じなのである。

もっと進んだ例では、路上駐車料金徴収システムがある。日本のようにメーターなど立っていない(立っているところもある)。スマホで全部すむ。アプリを押すと、今いる駐車場所の番号がでてくる。駐車する時間を指定すれば、料金は口座から自動的に徴収される。これをやっておかないと、見回りの車が時々回ってきて、3000ルーブルの罰金(ロシア人の実感では1万円)を課されるのだそうだ。これはカーナビと同じ技術。多分衛星を使って位置を特定しているのだろうが、そうするとロシアの衛星は自動車一台分を見分けるだけの精細さがあるということだ。日本人は作る方は考えるが、使う方は考え方が古かったり、既得権益に邪魔されたりで、アプリの面でもガラパゴスになってきた。

(国際化)
 日本との往復のアエロフロートでは、ロシアの面白い若者とよく隣り合わせになる。世界を舞台に人生を過ごし、ロシアにもよく帰っているような、そういった開けたタイプ。今回は30代の女性。こんな話しをしてくれた。
「父はアルメニアの軍人。母はロシア人。二人は父の勤務先で会って結婚、ロシア南部のある大都市に落ち着いた。自分は、地元の大学でビジネスと日本語を勉強。先生がよかった。諸国のビジネスを知っていて、理論ではなく、実際に即して比較してみせてくれた。今は、東京の大手企業で働いている。社長の夫人がロシア人のため、外国人も多い。それでも自分が係長になった時には、日本人の部下は戸惑っていた。今では問題ありません。自分の意志を押しつけないようにやっています。
モスクワの人間は傲慢で、南部の人間は穏やか。南部の気候は温暖、野菜、果物は自然の味でおいしい。トルコの野菜が(トルコがロシアの戦闘機を撃墜したために、トルコの野菜が禁輸になってよかった。これで、ロシア南部産の野菜が売れる。これまで野菜まで輸入していたから。
故郷の町からクリミアまだ40キロほどですけど、クリミアはどうでもいい。今は世界中、なにが起こるか不安。だから、ロシア南部の故郷にマンションを買ってある。これから外国で5年くらい経験を積んで、一旗上げようと思ってる。でも、ロシア人は一人一人が長で、自分が一番偉いと思っていてまとまらない。日本では組織がちゃんとしている。それに景色のすばらしいこと。狭い場所にこれだけ景観がつまっている国はない。いつまでたっても、新しい場所を見つける」

ロシア国内でも、日本と同じで「国際化」への努力は続いている。東西線に相当する地下鉄路線には、英語のアナウンスが今年から入った。しかし滑稽でちぐはぐなところもある。この路線には1905年のロシア第一次革命を記念して、「1905年」駅というのがあるのだが、ここにさしかかると英語のアナウンスは「1905」をロシア語で発音する。「次はトゥイシャ・デェヴァチソット・ピャーチ」駅と言われて、外国人はわかるだろうか? おもてなしの精神が足らない。

(生の声)
 社会のことは生の声を集めるにかぎる。ものごとは「実感」から出発しないといけない。ここでは、何人かのタクシー運転手の話しを紹介する。

1)タクシー運転手1
「本職はコンピューター・システム・エンジニアで、ロシア人。部屋代が12万円なので、自分の車でタクシーをしている。チェコのシュコダだ。いい車だろう。
本職の給料は4万ルーブル(6万円程)くらいで低いが、会社が気に入っている。家族みたいだ。日本もそうだろう? 時々超過勤務もある。特にソフトに不具合があると。
ボルゴグラード(昔のスターリングラード)育ち。そこではボルガ川は、幅2キロほどある。チェチェン人もやってくる。彼らはテロリストではない。ナショナリスト。テロリストというのは、シニカルで金で動いて、人の上に立とうとする者さ。
叔父が日本に行ったことがある。立派なちゃんとした人たちだと言っていた。地震の後も略奪しないし、騒がないし」

2)タクシー運転手2
アルメニア出身のアルメニア人で、モスクワ出身のアルメニア人夫人と離婚。彼女は美容院をやっている。長男を彼女に残してタクシー運転手になった。
「ロシアは何で世界で嫌われるんだ? 他国を襲ったことはないのに。いつも襲われていたんだぜ」と彼は言う。
「経済的魅力もないのに、他者を力で従えようとするからだ。ロシアも他国を襲ったよ」と僕は言った。
モスクワ大学の前にさしかかると、雪道の上を暴走族がSUV車で狂ったように、わざとスリップしながら走り回っている。
筆者が「なんて奴らだ。狂犬。なんであんなにアグレッシブなんだ」と言うと、彼はあくまでロシアを弁護した。
「若いんだから。それにちゃんとしたのもいる」

3)タクシー運転手3
筆者が乗るなり、彼はカーナビに「大学通り」と怒鳴った。行き方はわかっていても、必ずカーナビを使うよう、会社に言われている。サムスン製のカーナビ。筆者が聞いても、それが韓国とは知らない。
「30年間タクシーをやっている。その前は南極で飛行機から写真を取る仕事。あそこらへんの国、随分行ったぜ。タクシーやっていると、金はいつもあった。ソ連崩壊後の経済危機の時も。危機は関係なかった。
娘が子供を連れて出戻り。自分が養っている。
モスクワは南西地区の乗客が昔から好きだった。静かで教育があって。北西地区の連中は金はあっても、傲慢。東部は労働者が多く、人をだます。そして成金連中は男も女もひどい。しゃべる言葉からしてなってない。無教育」
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