Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2016年2月 6日

ロシアを見るにはタテ、ヨコ、ナナメ、サカサマに

(これは、「インテリジェンス・レポート」誌2月号に掲載されたものです)

 ロシアを論ずるには、ロシア、ロシアの今だけ、それも「プーチンの真意」だけ論じていては何もわからない。どの国を見る場合でもそうだが、複眼の視覚、つまりタテ(歴史)、ヨコ(現代の国際関係)、ナナメ(独創的な視覚)、サカサマ(ロシア人の側に立つとものごとがどう見えているか)の視点が必要なのである。

歴史の文脈でのロシア

 歴史の観点からは、ロシアについて何が言えるか? まず、ロシアは日本や英国やドイツなどとは違って、国民国家と言うよりは帝国であるということである。フランスや日本のような国民国家でも、異なる人種・民族を抱え、内戦を経て統一されたものだが、帝国の場合、そのスケールが異なる。国民国家では国民の同化が進んでいるが、ソ連は他民族を武力で制覇した名残りを強く残す帝国、多民族連邦国家であった。1991年8月のクーデター失敗でモスクワの権力が真空化し、モスクワとの関係で得られる政治的・経済的メリットも消滅した時、14の異民族共和国はいとも簡単に独立していったのである。ソ連人口約3億人のうち、ロシアに残った人口は1.4億人のみで、これは近世のオーストリア・ハンガリー帝国、そしてオスマン帝国の崩壊と並ぶ、壮大な地政学的変動であった。それはそれまでの「宗主国」ロシアのエリートに大きな喪失感・屈辱感を残し、独立していった少数民族諸国はロシアに巻き返されないよう、大国の庇護を求めて紛争要因をまきやすい。

ところがそのロシアも、それ自体の中に多民族連邦国家の性格を維持している。北コーカサスの諸共和国はイスラム圏で、ロシア内陸部のタタールスタン共和国等のイスラム地域と通ずるものを持ち、シベリア方面ではサハ人、ブリヤート人、トゥーヴァ人などトルコ系、モンゴル系の諸民族が共和国を形成、現地の人口数ではロシア人をしのぐなど、ロシアの縫い目もまたほころびやすいのである。

経済史の観点から言うと、ロシアは本当の意味での「産業革命」を未だに終えていない。ソ連時代、計画経済を敷き、投資よりも分配に専念したために、その工業は自律的な前進力を欠く。外国資本が入ってきても、サプライ・チェーンは不備、従業員は簡単に転職、賃金は上昇という環境では、規模拡大もはかりにくい。だからロシアはこの広い領土を、生活水準向上への夢より、軍・警察の力で抑えてきた。民主主義の基盤がなく、政府と個人の間はルソーのような社会契約観念よりも、取り締まりの観念で律せられる。

工業は富を効率的に創造するのに最適の手段である。これが不十分なソ連、ロシアは、石油などの資源を輸出して富を得ている。しかしそれは、1億4000万人の国民すべてに高い生活水準を保証できるものではない。だからこそ、ロシアは日本と人口がほとんど変わらないのに、GDPでは半分以下でしかないのである。しかもロシアの富の源泉である資源というものは、少数の人間に利権を牛耳られやすく、国内に不健全な利権構造を成立させやすいのである。

民主主義による政権交代が難しく、しかも富は偏在しやすい社会は、不満が溜まると暴動、あるいは「革命」で利権をガラガラポンで再配分、また歪んだ利権構造をこしらえて実力で不平を抑え込み、次の革命まで数十年それでしのぐ。つまりロシアは定期的にバラバラになっては、また別の図柄で生息を始めるアメーバみたいな存在で、自ら世界史を前に進めるというよりは、先進国文明の余沢を利用しながら何とか生存していく存在なのである。

今のプーチン・ロシアは、ソ連という帝国が崩壊した後の屈辱感に燃え、軍事力のみに頼って劣勢を巻き返している。クリミアの併合やシリアでのアサド政権擁護が示すように、その企ては見事に成功しているかに見える。しかし折しも原油価格は底なしの下落を見せ、プーチンの企ては経済面から瓦解する危険性をのぞかせ始めている。油価が1バレル25ドルになれば、それは2001年、GDPが僅か3000億ドル(現在の6分の1)だった時代にロシアを戻すかもしれない。財政赤字はまだGDPの3%弱だということになっているが、地方財政に丸投げした教育・保健などが生み出した負債は3兆ルーブルと推定され、これを足すと、政府の財政赤字額は倍増、GDPの約6%に達している。
日本はこのようなロシアと付き合っていかねばならないのである。

世界の中のロシア

ロシアは、日本と付き合うに当たっては、日本だけを見ているわけではない。国際政治の中に置かれた自国、そして日本を並べて、その力関係を測定、日本に強面で臨むべきか、それとも揉み手で下から出るべきかを計算している。

そして今、ロシアは世界における地位が上がるか下がるか、その分岐点にある。ウクライナやシリアについて米国との和解が成れば、ロシアはウクライナ情勢以前のように、OECDなど西側との一体性強化を目標とし、日本とも協力的な姿勢を持するだろう。もしウクライナやシリアなどで米国との対立が激化すると、ロシアの出方はわからなくなる。自分の実力を悟って静かに引き下がり、西側と和解の道を探るか、それとも感情的に暴発して「核を持ったISIS」のような危険な存在に堕してしまうかである。既に述べたように、30ドル台にまで下がった原油価格が今後数年どのようなトレンドを示すかも、ロシアの運命を決する重要な要素である。

 日本はこれまで、安倍・プーチン間の信頼関係を築き、それによって北方領土問題についても進展をはかるという路線で臨み、効果を収めていた。しかし日ロ関係は、日ロ両国間の関係だけで決まるものではないということは、ロシアのクリミア併合以後の米ロ関係悪化で如実になった。日ロ関係を進めることは、今の米国にとっては日本の抜け駆けに見えるのである。ソ連崩壊以来、米国が日ロ関係推進に水をさすことはなかったのが、トレンドは逆転したのである。

そうなれば、日本は迷うことはない。尖閣の防衛にしても米軍の協力なしには十分の抑止力を持てないという状況に鑑みれば、日ロ関係を犠牲にせざるを得ない。但しそれは、米ロ双方から軽蔑される行き方ではあるが。

 戦後の日米ソ、日米ロの関係は振り子のように揺れてきた。終戦直後、米国とソ連は日本の支配をめぐって水面下の力比べを続けた。日本によるポツダム宣言受諾の直後、スターリンはソ連軍が北海道の北半分も占領するのを認めるよう、アメリカに求めて、トルーマン大統領に峻拒されている。その後も占領行政に割り込もうとして果たさず、以後もソ連は社会党などを通じて、常に日米同盟、日本の防衛力の復活を妨害した。

 米国は、1955年北方領土問題の中途半端な解決でソ連との国交回復をはかろうとした鳩山政権に釘を刺したが、1970年代、ベトナム戦争の終結をめざしてソ連との緊張緩和をはかる時代になると、日本による「シベリア開発」を容認した。そしてゴルバチョフ末期以降はほぼ一貫して日ソ、日ロの関係改善を支持した。クリントンの時代にはむしろ、ロシアの民主化・市場経済化支援を優先的目標とし、日本には領土要求を控えてでもロシアを支援しろと言わんばかりの姿勢を取った。

 ブッシュ(ジュニア)の後期から日本では政権が頻繁に変わり、腰の据わった対ロ外交はできず、安倍政権になってやっと条件が整った。オバマ政権とプーチンは馬が合わず、プーチンは2012年、大統領に返り咲き就任早々から米国に食って掛かっていたのだが、その中においても安倍・プーチン関係の進展は米国に容認されていた。と言うか、米国はロシアをさしたる脅威ととらえていなかった。ところがウクライナ情勢が生起し、米国は対ロ制裁をしろと日本に強い圧力をかけ、安倍総理の対ロ外交も変調を来たすことになった。このように、日ロ関係は真空の中で進んでいるわけではない。米ロ関係や中米関係が及ぼす強い磁場の中で進路を曲げながら進んでいくのである。

日ロ関係は、日中関係、中ロ関係、米中関係の函数である。例えば米中関係が悪化すると中ロはくっつきがちになり、そうなると米国の同盟国、日本は中ロ双方からいじめられやすくなる。他方、日中関係が改善されると、日本に対するロシアの立場は弱くなる。日ロ米中の関係は、ヤジロベエのようなものなのである。

2012年、日中間で尖閣問題が先鋭化した時、ロシアは中立の立場を持し、中国の肩を持たなかった。これは、日本にとってはかなり心理的な救いとなったのだが、2015年9月北京で行われた「戦勝70周年記念式典」にはプーチン大統領は参列した。当時、すでに日本は対ロ制裁措置を取り、関係は滞っていた時である。参列はしたが、プーチン大統領は露骨な日本批判は避けた。つまり微妙に日本から距離を置きつつも、敵対はしないという位置に自分を置いたのである。
北朝鮮、韓国、台湾、ASEAN諸国、南アジア諸国は、日ロ関係に殆ど作用しない。それはこれら諸国に対しては(北朝鮮を除き)日本が緊密な関係を有しているのに比べ、ロシアはさして関係を持っていないためである。中央アジア、モンゴルでは鉱産物利権を中心にロシアは大きなプレゼンスを有しているが、それは日本に対するカードにはならない。日本は、ロシアに顧慮することなしにモンゴル、中央アジア諸国との関係を進めることができるからである。他方日本は、これら諸国でロシアと共同プロジェクトを進めることで、中国の影響力が中央アジア、モンゴルに過度に浸透することを望まないロシアに恩を売ることができる。

ロシアとは協力した時代もあったーナナメの視点

 ロシアと言うと、北方領土問題とかエネルギー資源を反射的に思い浮かべるのだが、戦前の日ロ関係・日ソ関係はもっと幅広いものを持っていた。その典型例は、満州をめぐる関係である。古い話だが日ロ戦争後、アメリカが満州の利権に盛んに参入しようとしたことがある。鉄道王と言われたエドワード・ハリマンなどは、友人のセオドア・ルーズベルト大統領とおそらくかたらって、一九〇五年ボストン近郊のポーツマスで日ロ和平交渉が始まるのとほぼ同時に来日し、時の桂首相にかけあった。「一億円――当時の一円を今の四千円相当とすると、四千億円ということになる――を払うから、日本がロシアからせしめる南満州鉄道会社を自分との共同経営(所有権を均等配分)にしよう」というのである。桂首相は同意して、文書に署名までしてハリマンを返したのだが、ポーツマスから帰って来た小村寿太郎全権代表はそれを聞いて烈火のごとく怒った。多分、ルーズベルト大統領が日ロ和平を斡旋したのは満州の利権狙いだったのか、日本人兵士の血でロシアの利権を奪わせ、それをカネで買い取ろうとしているのか、と思ったのだろう。彼は桂首相に強引にねじ込んで、ハリマンとの合意をくつがえし、そのことをハリマンはサンフランシスコに帰着した時知らされるのである。まあそんなこともあって、日ロ戦争後ルーズベルト大統領は日本への熱意を失い、極東、中国の利権を日本に取られることへの警戒心を口にするようになる。

ハリマンは憤懣をかかえたまま一九〇九年には死去するのだが、その娘婿ストレートは外交官として奉天に赴任し、満州の鉄道利権をものにするべく執拗な工作を展開する。そしてこの時、戦ったばかりの日ロはアメリカに対抗して協力したのである。すなわち、一九一〇年アメリカのノックス国務長官は、南満州鉄道の「中立」(要するに利権の公開化)を日本に提案してきたのだが、日本は同年七月ロシアと協約を結び、満州の北部はロシア、南部は日本の版図であることを確認したのである。これは一九〇七年七月に結んだ第一次協約を再確認するものであった。このように、日本は、ロシアと組んでアメリカに対抗した時もあったのである。強大な自前の軍備を持っていたからこそ、できたことである。

サカサマの視点-ロシア人から見た日ロ関係

 外交には相手がある。こちら側の思惑だけでものごとは進まない。相手の目には自分が、そして相手の周囲のものごとがどう見えているかを知っておくことが重要だ。ロシア人は、日本をどう思っているか? ピンからキリまで、あらゆるイメージが混在している。なかなかスポーツで勝てない弱っちい民族、しかも戦争で負けた連中だという思いがキリだとすると、生活水準が高く先端技術の国、未来の国、しかも洗練された神秘的な文化を持っている、そしてそれは村上春樹の小説やおいしいスシに彩られている、という理解がピンである。そして領土問題については、ピンもキリも極めて渋い。

 ソ連崩壊間もない頃、ロシア経済は疲弊を極めた。日本は人道援助を盛んに行うと同時に、北方領土問題についての広報に努め、ロシアのマスコミに頻繁に記事を載せた。当時はエリツィン政権も領土問題解決に前向きだったから、こうしたことも容認されていたし、ロシアの国民も日本の要求をかなり理解するようになってはいたのだが、ある日筆者のロシア人の親友は言った。「お前、本当に俺たちから領土を取っていってしまうのか?」と、悲しそうな、しかし非難がましい目で。ロシア人は、北方領土はロシアのものという教育を受けているので、これを日本に譲るのは、敗戦を認めるのと同じ屈辱感をもたらすものなのである。

 しかしロシアの大統領が慎重に国民を説得しながら、しかも見返りに日本から得られるものを説明すれば、北方領土も動くだろう。特にロシアの大衆レベルは、大統領に高い信頼感を持っている。日本の江戸時代や、ロシアの帝政時代と同じく、「自分達の生活が苦しいのは役人たちが悪いからで、皇帝に直訴すれば何とかしてくれる」という思いを潜在的に持っているからである。ロシアではソ連時代の社会主義経済の名残りがあり、都営住宅の類を安くあてがってもらう枠が相変わらず残っている。「お上」にかける思いは具体的、切実なのである。それだけに、ゴルバチョフ末期のように「お上に裏切られた」と大衆が思うと、その結果はすさまじいものになるのだが。

 気を付けるべきことは、ロシアの有識者の間で、「日本は貧しくなってきた」という認識が広がりつつあることである。円安によって日本の経済力がドル・ベースではぐんと縮小してしまったこと、そして中国の台頭などが、その背景にある。これは、1960年代以来の「日本の経済力のすごさ」に対するロシア人の認識を根底から変えてしまうもので、日本がロシアとこれからつきあっていく上では心得ておかないといけない要素である。これに対しては、真っ向から反論するのも大人げない。世界、アジアで日本の資金、技術が果たしている役割の大きさとか、日本人の実質所得は下がっていないこととか、生活水準、文化水準の高さを示す諸事象などをそれとなく示していく。そしてロシアが日本をあなどる行動を示したら、静かに報復しておけばいいのである。きゃんきゃんスピッツみたいに叫ぶのは、日本の品位をかえって下げるものである。

日本はどうする

 以上から言えることは、日ロ関係において日本は、ロシアだけ念頭においてどたばた、じたばたするなということである。北方領土はオホーツク海にある。オホーツク海はロシア海軍にとっては聖域的な意味を持つ。なぜなら、米国を標的とする長距離核ミサイルを積載したロシアの原子力潜水艦が、この海を主要な活動海域としているからである。北方領土を返還し、ここに米軍、あるいは自衛隊の基地が作られると、オホーツク海でのロシア原潜は行動を把握されやすくなる。米ロ関係が基本的に改善しない限り、あるいは北方領土を非武装地帯化でもしない限り、ロシアはおいそれと返還できない。ここでは、日ロ関係は米ロ関係の函数、いやそれどころか「一部」なのである。これは日本が「米国への服従を止め」ればいい、という問題ではない。日本は敗戦以来、一国だけではソ連、あるいは現在の中国に対して国を守る力は不十分、これからも不十分、抑止力を維持するためには米国との同盟関係が不可欠だからである。

 この基本的な枠組みの中で日本が対ロ関係で望むことは、領土問題を解決するとともに、ロシアに市場を確保し、ロシアからエネルギー資源を輸入したい、もしかしたら、ロシアは中国に対するバランス要因となるかもしれない、ということである。ロシアの方は日本に対して、領土問題で妥協することなしに、日本の資力、技術力を利用したい、そうすれば、アジア方面で中国にだけ依存することもなくなる、と思っている。加えてインテリは、日本の文化、そして平和主義に憧れを持っている。

 この基本的な構図の中で何ができるか。日本は、ロシアに市場を確保し、エネルギー資源を輸入することは既にやっている。日本の自動車はロシアではブランドだし、日本はロシアの石油、天然ガス、石炭を自国消費の10%弱、それぞれ輸入している。つまり、日本は領土以外、ロシアに望むものはすべて手に入れている。ロシアは、「日本と組んで中国に対抗」はしてくれていないが、これは日本の思い違いだ。なぜなら、極東方面ではロシアの力は経済的にも軍事的にも非常に弱く、中国に対抗するどころの話ではないからだ。極東ロシアはとても中国を抑止する力にはなり得ないし、ロシアもそこまで中国に歯向かう意志は全くない。4000キロもの国境を接する中国を怒らせないことが、極東ロシアにとっては至上命題なのである。

 以上をまとめると、領土問題があるゆえに日本がロシアから入手できていないものはない、ということである。それが何を意味するかと言うと、ロシアから石油を「売ってもらうために」、「中国に対抗してもらうために」、金を貢いだり、北方領土問題で殊更に譲ったりする必要はないということである。ロシアの方はどうかと言うと、領土問題を解決すれば日本から入手できるものはもっとあるだろう。脆弱な極東ロシアを中国から守るためには、日本の支援は貴重な要因だ。

 北方領土問題でロシアが譲る可能性は今のところない。領土問題というものは、人家の境界問題を考えてもわかるように、最も譲りにくい問題である。これを解決しないと自分の権力があやうくなる、というような状況に追い込まれなければ、どの政治家も自ら手をつけはしない。ソ連、ロシアは強くなると、「領土問題は存在しない」と言い、弱くなると、「弱いロシアと無理やり領土問題を解決しても、ロシア国民の心に禍根を残し、決して本当の解決にはならない。ロシアが日本と対等の立場で交渉できる時まで待ってくれ」とか言って引き延ばす。そして弱い時期でも、ロシアが呑めるぎりぎりの解決策は、北方領土の共同開発くらいでしかなかった。これは、北方4島の主権はロシアに属したまま、日本人は自分の資金を持って来れば、経済活動ができるようにしてやる」という程度のもので、要するに「自分の領土」を日本人に開発させてやろう、という虫のいい考えなのである。

領土問題に時効はない。日本が焦って、不要な譲歩をする必要はない。日本がやるべきことは、経済関係などは日本の利益になる限りは進め、領土問題は静かに要求を続けることだ。ロシアは北方領土の開発を進め、日本との話し合いを拒絶するだろうが、日本は自分の立場を国際場裡で常に明らかにし続ける。そして、折りに応じて領土要求を先鋭化させる。つまり、北方領土問題を日本外交の負債にするのでなく、カードとするのである。これは歴史問題を外交カードとして使っている中国や韓国の例にならえばいいのである。

 そして北方領土問題については、ロシアとの交渉のチャンネルは総理・外務省が一本化しておく。でないと、2島でいいとか3島でいいとか、もう要らないとか、いろいろ試案をロシアに持ち込み、それによって日本の立場を下げてしまう動きが絶えないからだ。

 ロシアは、シリアで新しい巡航ミサイルの威力を誇示した。カスピ海、あるいは地中海上の軍艦から、航空機から、あるいは地中海に潜航する潜水艦から、あらゆる種類の巡航ミサイルを僅か4日で100発余も発射し、今大増産中だ。これは、北朝鮮にも渡るだろう。巡航ミサイルは、探知と撃破が難しい。日本は防御手段開発を急ぐとともに、抑止力として使えるように自前の巡航ミサイル(通常弾頭)開発も行うべきだろう。

 外務省におけるロシア語要員も増強する必要がある。ロシア語能力が足りない者が多い上に、最近ではロシア国内の総領事館や旧ソ連諸国で人員不足が生じている。そして、外交官の卵は欧米にも留学させる必要がある。それは、日本社会で育ち、ロシアに留学するだけでは、リベラルな価値観を身に着けることができないからである。自立した人間の権利をものごとの基本に置き、教養と自由(自分の自由と他人の自由の双方)を重視する近代西欧の価値観は、世界の外交関係において依然として主流にある。ロシアのインテリも実は、このリベラルな価値観を日本人以上に身に着けている。これと対等に渡り合えないようでは、日本の品格が下がる。

 ロシア語要員は、ロシアにだけ特化していてはいけない。「世界の中での日ロ関係」、「世界の中でのロシア」が見えるよう、様々な国での勤務、本省での様々なポストを経験させるべきなのである。そして、これは政府全体について言えることなのだが、「キャリア」と専門職の間の差をなくすことが必要である。それは特に外務省において顕著で、両者の間では学歴、留学歴でほぼ差がなくなっているにもかかわらず、昇進で差がつく制度のままなのである。もちろん両者を統合したらしたで、別の問題は生じてくる。つまり昇進できない者、勝ち組と負け組ができて、組織の効率に大きな禍根を残す。

以上、まだまだ言い足りないことはあるが、それは近刊「ロシア皆伝」(イースト新書)でご覧いただきたい。

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