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世界はこう変わる

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2015年10月 7日

ローマ法王と米国大統領選挙

(これは9月29日発刊のNewsweekに掲載されたものの原稿です)

ローマ法王フランシスコは、九月十九日から二十七日にかけてキューバと米国を歴訪した。法王と言うとアイドルのように思う人もいるが、法王の率いるローマ・カトリック教会は西ローマ帝国なき後、中世西欧を束ねた往時の力こそないものの、今でも全世界に十二億人の信者を抱え、百八十の国と外交関係を有し、百六カ国に大使(nuncio)を常駐させている 。本年、米国とキューバは五十四年ぶりに外交関係を復活したが 、その過程でカトリック教会は自分の「外交力」を使って仲介の労を取った。

米国でのカトリックの力

しかし、米国・キューバの国交正常化、そして法王の訪米は、それ以上の意味を持つ。米国で、大統領選が始まっているからである。米国は、これまでプロテスタントが主流、カトリックは亜流の地位に甘んじてきた。それは、十九世紀になって大量に流入したアイルランド人、イタリア人等、比較的貧困な層の宗派と見なされ、現在は中南米からのヒスパニック系移民の宗派ともなっている。二〇一四年、カトリックは米国成年人口の二十・八%を有し、単一の宗派としては福音派の二十五・四% に次ぐものとなっている。

近年カトリックはヒスパニック系移民の大量流入にもかかわらず、米国総人口の中での比重を下げ(二〇〇七年には成人人口の約二十三・九%あった)、しかもヒスパニック系の間でさえ若年層を中心に福音教会等に宗派替えする例が増えて、信者の老齢化を招いている。そして米国のカトリックは単一の組織にまとまっているわけではなく、最近では高位聖職者の間で性犯罪の例も増えている 。ローマ・カトリック教会にしてみれば、ここらで米国のカトリック教会にテコ入れをしておきたかったことだろう。

カトリック信者の間では、民主、共和両党の支持者の比率が拮抗している 。民主党のオバマとしては、ここでローマ法王を自分の方に引き付けておく意味は大きい。オバマにしてみれば、自分の後の大統領が共和党になると、国民皆保険(オバマケア)などの業績をずたずたにされ、歴史という黒板から名を消されてしまうからである。

大統領選挙上の意味合い

法王はフランシスコはアルゼンチン出身でスペイン語を話す。米国のヒスパニック系の好感を得ることもできるだろう。ヒスパニック系は二〇一二年の大統領選挙では有権者の十%を占め、民主党支持者が共和党支持者を四十四ポイントも上回っていた 。そしてヒスパニック系は米国のカトリック人口の約三十五%を占める。

その中で、キューバは面白い要素なのだ。キューバ系移民は約百八十万人いて、うち百二十万人はフロリダ州に住む。フロリダ州の人口の七%弱がキューバ系移民である 。フロリダ州は気候が温暖なため全国から年金生活者が多数移住してくる。だから人口が多く、大統領選挙人の数も多い(全国五百三十五名のうち二十五名)。その上、民主・共和両党の勢力が拮抗しているので 、大統領選では時々決定的な役割を演ずる。二〇〇〇年の選挙では開票結果でブッシュ、ゴアが拮抗し、僅か五百三十七票の差でブッシュが勝った。逆転していたら、選挙人の数で五〇名分がひっくり返り、ゴアが大統領になっていたのである。

フロリダ州のキューバ移民は、共産主義から逃げてきたので、伝統的に保守、共和党を支持してきた。しかし、キューバ系でも若年世代の大多数は、キューバとの国交正常化を支持するようになっている 。共和党から大統領選に名乗りを上げたジェブ・ブッシュ(二〇〇七年までフロリダ州知事)とマルコ・ルビオ(同州選出上院議員。キューバ系)は、キューバとの国交正常化を旗印に掲げて、キューバ系移民の間での支持を固めようとしたのである。そこを、オバマがタカの如く、キューバとの国交正常化という油揚げをさらっていってしまった――こういう構図が見える。

かくしてローマ法王は、全く同時期に行われた習近平中国国家主席の訪米もすっかり霞ませ―ヴァチカンと中国には「国交」がなく、関係は対立気味――、颯爽とヴァチカンへ「帰国」していった。宗教は人、票にかかわる。法王の訪米は単なるお祭りではなく、「政(まつりごと)」だったのである。

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