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2015年3月11日

ユーラシアを理解するために3   ロシアについて

(2月25日に掲載したものの続き)

3.現代の中央アジアにおける主要Actor

次に現代に焦点をしぼり、中央アジアで動いている諸動因=Actorを列挙するとともに、それらの基本的な性質、及び相互の絡み合いぶりを、以下で考えてみたい。

(1)ロシア
  ロシアは経済力では劣るものの、これまでの関係の蓄積もあって、中央アジアではやはり随一の影響力を持っている。そのロシアのActorとしての基本的性質は、次のように集約できる。

 (a) 国民国家よりも帝国原理に基づく国家
  ロシアはもともと河川通商路の上にできた多数の都市国家がその起源であり、現在の広大な領土は中世に強大化したモスクワ公国がモンゴル帝国を駆逐するとともに、ウラル以東のチュルク系・モンゴル系諸民族を征服しつつ、19世紀半ばやっと沿海地方を編入するに至った植民帝国である。この広大な国家は経済力を欠くが故に、強権で維持するしかない。それを「垂直の権力」と称し、権力を大統領という1点に集中する。ロシア正教は、皇帝が教会の最高権力者を兼ねるというローマ帝国の伝統(ギリシャ正教)を継いでいる。
また大衆は19世紀半ばまで農奴としてすべての市民権を欠いた存在であったため、その裏返しとして現在でも「皇帝」的な絶対的存在に、正義とパンを求めて依存する傾向が強い。一部のエリートがそのような大衆の名を簒奪して利権を独占し、自由と民主主義を求める他のエリート、インテリを強権政治で抑圧するというのが、この国の基本的構造である。

(b)ヨーロッパでもアジアでもないロシア
  ロシア人の多くは白人であるため、日本ではロシアをヨーロッパ文明に属する国と誤解する向きが多い。しかしロシア人はそのメンタリティーにおいて、アカウンタビリティー、法治主義、契約遵守等を備えた西欧文明からはほど遠く、力と人間関係中心の、アラブに似た価値観を持っているのである。
  それ故に、かつてソ連に支配された東欧やバルトの諸国は今ではEU、NATOに加盟して、西欧文明への帰依を強く明確にしている。日本人は没価値であるため、この種の議論をなかなか理解しないが、キリスト教やイスラム教といった価値観が重要な意味を持つ地域においては、大きな意味を持つ要因である。

(c) 弱い下腹・特に弱い極東部
  ロシアの南部は、隣接国に対して脆弱である。特に極東部においては、日本、中国との力の差は歴然としている。ロシア極東部(元々清王朝を建てた女真族の居住地であったのを、ロシアが19世紀半ばまでに略取したもの)の人口が650万であるのに対して、中国東北部の人口は1億3000万、そして大慶油田から瀋陽の重工業まで、幅広い経済力を持っている。また北朝鮮と隣接する中国東北部には瀋陽を中心に中国軍の最大兵力(25万人以上)が置かれており、広大な全国に実質70万の兵力しか持たないロシアとの差は歴然たるものとなっている。更に、ロシア極東の物流の動脈であるシベリア鉄道は、中国との国境近くを通っているために、有事の地位は薄弱である。
 
(d) 中央アジアーーロシアの聖域?
  こうしてロシアの東部は中国、西部はEUからの圧力を受けているが、内陸部の中央アジアだけは旧ソ連の聖域であるかのごとく、ロシアの影響力が強いまま推移してきた。5カ国のうち東端のタジキスタンとキルギスタンは、石油製品供給(それも優遇価格で)をロシアに依存している。またその他の3カ国もソ連時代にロシア本土との分業体制に組み込まれていたため、国内での工業のためロシアから部品の供給を仰いだり、自国産品の販路をロシアに大きく依存したりする例が強く残る 。ウズベキスタンは国内でのエネルギー資源開発の一部をガスプロムやルークオイルなどのロシア企業に委ねている他、2013年には75億立米の天然ガスをロシアに輸出する予定で、中央アジアの中ではロシアに対する最大の天然ガス供給国となっている 。

   前述の如くロシア(そして石油景気で沸くカザフスタンも)は、中央アジア諸国(特にタジキスタン、キルギス、ウズベキスタン)の国民にとっては、貴重な出稼ぎの場である。2010年の国連人口基金調査によれば、ロシアへの出稼ぎは2008年240万人との公式数字があるが、実際にはその3倍はいるだろうということであり、この3分の2程は中央アジア諸国からのものと見てよかろう。モスクワ等大都市では建設労働などに不可欠の労働力となっている他、東端のウラジオストックでさえ、中国人や北朝鮮人をはるかに上回る人数のウズベク人が進出している。

   昨今、中央アジアへの中国の進出が喧伝されているが、経済以外ではそのマグニチュードは大きくない。植民地マインドと言えるのだろうが、中央アジアのエリートの間では未だに、ロシアを実質的な宗主国と見る傾向が消えないからである。その傾向は国毎に強弱があるが、「ロシアに留学する」、「モスクワに出張する」ということは、彼らにとってステータス・シンボルなのである。また中央アジア5カ国すべてにおいて、エリートの間では現地語よりロシア語の方が通用する。ロシア人の人口比率が多いカザフスタンでは、ロシア語は未だに一般に用いられているし、ウズベキスタンのような多民族国家においてもロシア語は標準語的な役割を果たす。大学レベルになると、多くの参考書がロシア語でしか存在していないという問題もある。ロシアは、「このあたりでは最も改革が進んでいてビジネスがやりやすく」、「中央アジア諸国と口をきいてくれる」存在なのである。欧米では中央アジア諸国は未だ認知されておらず、中国でも事情は同じであろう。

   また、中央アジア諸国の軍隊はいずれもかつてのソ連軍の一部で、将校の多くがロシア人である他、装備も編成もソ連にならっている。またロシアは旧ソ連の復活を狙って、軍事面でもかつてのワルシャワ条約機構の小型版、CSTOを結成している(後出)。ロシアに対して自立的な姿勢を示すことの多いウズベキスタンのカリモフ大統領でさえも、アフガニスタンでタリバンが復活した場合には、ロシア軍に安全保障を大きく依存せざるを得ないことを認めている。タジキスタンには前記の如く、ロシア軍1個師団が常駐している。

   そして中央アジア各国の諜報機関幹部の多くは、かつてソ連KGBの一員であった。そのため人脈、教育等を通じて、ロシア諜報機関は中央アジアの諜報機関、あるいは政府高官に隠然たる影響力を保持している。例えばウズベキスタンのカミロフ外相、ガニエフ対外経済相は、ソ連KGB出身である。
  
(e)逼塞した社会状況
  西側、特に日本におけるロシア理解は現実から10年は後れている。「ロシアは店には商品がないが、軍事力は強大な恐い国」という理解は流石になくなったが、「経済が崩壊し困窮した国」という1990年代のイメージは未だ残っている。そして現在のロシアに対するイメージは、やや分裂気味である。プーチンの印象が強烈なため、「ロシアは大国」という昔のコンプレックスが日本で復活しており、これがロシアの力の過大評価につながり、「領土問題など早く譲って、ロシアと共に中国に対抗しよう」という声をもたらしている。

実際にはロシアの政治・経済は閉塞状況を強めており、その有様は20世紀初頭のロシア帝政末期の心象状況に酷似するに至っているのである。ゴルバチョフは社会主義経済の再活性化を志して規制緩和と民主化を行ったが、それは既存の経済運営メカニズムを破壊し、エリツィンの台頭を許すことで終わった。エリツィンは共産党にすべての罪をなすりつけてソ連を解体し、性急な自由化・民営化・軍縮に走って、ロシア経済を破壊した。プーチンは最後に残った全国的な権力基盤であるKGB(現在FSB等)に依拠、かつ石油利権を国家に集めて財政基盤を拡充、折から高騰(2000年から2007年の間にドル・ベースで2.5倍)を始めた原油価格のおかげでGDPを5倍(同期間。ドル・ベース)にするという好運に恵まれた。現在でもロシア国家歳入の60%強は原油関連である。

  プーチンが大統領となった2000年は、1998年のデフォルトによる経済混乱が未だ尾を引き、給料未払い、企業間の決済の後れ、バーター取引などが常態であった。大衆は治安と収入を求め、プーチンはこの預託を受けた形で経済利権を専制的に独占、それを大衆に配分するという、かつてのソ連共産党と同様の政策を取るに至った。経済利権を牛耳る者達は与党「統一」に結集し、アメーバのように増殖しながら目ぼしい利権やポストを漁って社会を窒息せしめている。

  しかし2011年9月にはプーチン首相(当時)が、突如として大統領返り咲きの意向を公にし、これをメドベジェフ大統領が甘受する姿勢を示したことから、密室保守政治への不満が広がった。それは12月の総選挙の開票結果が「統一」寄りに操作されたという不満を引き金に、数万名規模の集会が大都市で相次ぐことで表面化した。参加者は「統一」の腐敗を批判し、プーチンの退場を要求したのである。ロシア正教会の僧侶におだてられて「ロシアの救世主」気取りでいたプーチンには、トラウマとなって残った展開だったであろう。

しかし、「権利に目覚めた市民」はロシアでは少数派である。職を持つ者の3分の1は政府予算で生きている ことも、運動の勢いをそぐ。「大衆」と総称される下級労働者達は「エリート」や「インテリ」と呼ばれる層にほとんど殺意を抱いていて、「権利」よりも公営住宅への入居圏、医療の改善を求める。そして、反政府運動はかつてのエリツィンのようなカリスマを有する指導者を持つに至っていない。政府の腐敗を摘発するブログを主宰して知名度をあげたナヴァールヌイが現在先頭を走っているが、2013年9月のモスクワ市長選挙で27%を集めて気勢を上げた後は、鳴りを潜めている。しばらく大きな選挙はないし、2月のソチ・オリンピックを意識して当局が一連の「政治犯」を釈放 するなどリベラルの方向に政策を振っていることが、反政府運動にとっては「のれんに腕押し」の状況を生んでいる。

(f)成長率の低下とインフレ高進
ロシアにとっての最大の懸念材料は、経済の停滞である。ロシア経済は2008年まで高度成長を続け、リーマン・ブラザーズ金融危機のあおりも乗り切って再び成長を始めていたが、2013年第3四半期は前年同期比の実質成長率が1.2%(2012年は3.4%の成長)と、停滞の様相を強くしている。2012年の大統領選をめがけて行われたプーチンのばらまき政策(年金引き上げ、公務員給与の引き上げなど)による一時的経済押し上げ効果が収束したことと、ロシアの貿易の48%(2011年)を占める欧州経済の不振、特に天然ガス輸入量とその価格の低下が響いているものと思われる。そしてインフレは公称6.5%であるが、食品等についての住民の実感は20%程度と言われる。

IMFは2014年には3%の成長を予測しているが、数字はともかく、ロシア経済については原油・天然ガス依存からの脱却が遅々として進まないことが、根本的な懸念材料である。天然資源輸出国は通貨が高値に張り付き、国内の製造業が競争力を失いやすいこと(「オランダ病」)、「国営企業を党官僚が運営する」という社会主義時代の遺産で、製造業を市場経済の原理に基づいて運営していけるだけの基礎条件 が致命的に欠如していることが、ロシア経済の停滞を運命づけている。国営企業を民営化することが経済効率化の必須条件なのだが、「利益を上げている国営企業は政府が売りたくない。赤字の国営企業は誰も買いたくない」という基本的ジレンマがある上、たとえ民営化したとしても、十分な管理職要員を確保できず、確保できても彼らをうまく組織できず、労働者は高給を求めて転職を繰り返すという状況なのである。ロシアも中国も、「経済国営化の罠」から脱するのは容易なことでない。

(g)迫られる「大砲かバターか」の選択
ロシアは核兵器の分野では依然として超大国であるが 、通常兵器の分野ではもはや軍事大国とは言えない。広大な国土に対して、兵力は公称100万、実際は70万程度と推測されている 。青年人口が減っている上、兵役忌避が激しく、しかも徴兵期間はわずか1年に短縮されたので、実際の戦闘に投入できる兵士は限られている。兵器はS300、S400(地対空ミサイル)、あるいはスホイ戦闘機のように、独創性と高性能を誇るものもあるが、米軍が統合・遠隔指令体制、無人・ロボット化を進めているのに対して、ロシアは決定的に後れている。海軍向け予算の多くは、対米戦略核ミサイル搭載原潜システムの維持・更新に向けられており、例えば極東艦隊の水上艦勢力は実戦にほとんど役立たない。

リーマン・ブラザーズ金融危機を一応乗り切ったロシアは、予算の上では大軍拡の構えを示している。2013年から3年で核兵器への支出は50%増加し、国防予算は2016年までに60%増加する 。これを受けて戦略核ミサイルでは近代化が目立つようになったが 、軍需工業が発達していたウクライナをソ連崩壊で失ったこと(但し一部はアントノフ輸送機工場のように、ロシアが資本支配を続けたが)、エリツィン下の軍需低迷で技術者が流出したことによる技術の喪失は顕著であり、例えば潜水艦発射用の新型戦略核ミサイルであるブラヴァーでは実験の失敗が続いている 。

そして上述のように経済成長率が顕著に落ちていることは、折角増強が予定された国防予算をめぐって「大砲かバターか」のジレンマを早晩もたらすこととなる。工業生産の過半を軍需に向けていたソ連時代とは異なって、ロシア市民は既に豊かな消費生活に慣れてしまっている。生活水準を切りつめてまでの軍拡は、世論の支持を受けられないであろう。

(h) 腐っても大国
  以上の如く、ロシアはこれからも、外国で経済力と軍事力を展開できる状況にはならないであろう。しかしロシアの国土は広大、国境は長大であり、かつロシアは国連安保理の常任理事国として拒否権も有しているため、ユーラシア大陸の広範囲にわたって政治的な発言力を有する。例えばイラン、シリア情勢などについても、ロシアの意向を無視して政策を展開することはできないのである。

  また天然資源以外に富を生み出す力を欠くロシアであるが、欧米の高い生活水準を模倣し、IT等技術革新の果実を活用することには長けている。従ってロシアは、原油や天然ガスの重要性が落ちない限りは、これからも大国としてその存在を続けていくだろう。

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