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2014年9月17日

メキシコ随想

8月13日から31日までメキシコ・シティのITAM(私立メキシコ工科大学。米国で言えばMITに相当するメキシコ随一のエリート養成校。社会科学関係も充実しており、外交官になる者も多い)で集中講義をする機会があった。メキシコは4度目であるが、これだけ長く滞在したのは初めてなので、感想を記しておく。
因みに、メキシコ・シティに前回行ったのは40年前。大気は今の北京並みに汚染されていた。今回行ってみると、空気はすっかりきれいになって、40年前とはくらべものにならなかった。しかし車が増えて渋滞は20年程前のソウル並み、どこに行くにも時間がかかって、ビジネスには不便である。

成田から

メキシコ・シティへの直行便は、メキシコ航空しかない。ボーイング787の新品で行ったが、太平洋の気流はこれまでで一番荒れていた。メキシコ航空は、機長のアナウンスがない。奇異な感じだった。そして乗務員の接客マナーがずいぶんナマな感じがした。
しかし、サービスの水準はグローバルに落ちている。出発の時、成田空港では何回もUnited航空がアナウンスをしていた。「座席数より7個、多くの券を販売してしまいました(オーバー・ブッキング)。つきましては、本日ご出発でなくても構わないお客様、御申出いただければ1年間有効のUnited航空券を差し上げる用意がございます。」だと。このアナウンスの甲斐もなく、乗客が座席にあぶれた時にはどうするつもりだろう。そして、このコンピューターの時代に、よりにもよってアメリカの航空会社がどうしてオーバー・ブッキングなどやるのだろう? ひょっとして、それが最近のアメリカでの常識になっているのだったら、もう使わない。

メキシコは大きい

メキシコと言うと、米国の南に橋のように細く伸びている地という印象しかないのだが、メキシコの面積は日本の5倍もある。中部のメキシコ・シティから北端のティフアナまでは飛行機で3時間もかかる。と言うことは、メキシコを南北に縦断するには北米大陸を横断するのと同じくらいの時間がかかる、つまり同程度の距離があるということなのだ。メキシコは大陸である。それは、ハイウェーを走ってみれば実感として会得できる。

メキシコの時間帯

メキシコ・シティでは、朝7時になってもまだ暗い。他面、夜8時になってもまだ明るい。朝早くから始動する人の多い日本では、こういう時間帯はあまり良くないのだろうが、夏でも夜6時には薄暗くなってくる東京の時間帯は僕には不便だ。標準時の経度を現在の明石付近から東の方に移動させれば、こういうことはなくなる。

メキシコは中南米の大国

メキシコ人自身は、「自分たちは北米の一部」という意識が強いようだ。南の隣国がグアテマラなので、どうしても北米の方を強く意識してしまう。しかしメキシコは、中南米諸国の中で一種のスタンダードを提供する国でもある。
まず人口が1億2千万で、4500万人のスペインをはるかに上回る。つまり、スペイン語の国としては、世界最大なのだそうだ。中南米のスペイン語は旧宗主国スペインの言葉と微妙に異なる。そして中南米諸国の間でも、スペイン語には微妙な差異がある。その中でメキシコのスペイン語は、中南米のスペイン語国にとっての標準語のような扱いなのだとメキシコ人が言っていた。これからスペイン語圏でのビジネスは重要になって来るが、そのためのスペイン語はメキシコで学ぶのが一番いい、ということになる。
そして学問の上でもメキシコは、アフリカにおけるエジプトのような中心国になっているのだそうで、たとえば日本研究で博士号が取れるのは中南米ではコレヒオ・デ・メヒコのみの由。

メキシコ人は内向き

メキシコ人は内向きである。まず安全保障上の問題がない。軍隊は麻薬利権との戦いを重視していて、国連のPKOには出て行かない。「外国のことには干渉しない」からなのだそうだ。経済でも、工業製品の輸出は外資に依存しているので、外国に対する積極的な関心がないのだろう。
メキシコは上部のエリートはスペイン系白人、中間層は混血の「メスティーソ」、下働きは中世以来の伝統でインディオという構造になっている。そのうちスペイン系白人は、昔ニュー・イングランドに移住してきたピューリタンと違い、自分でモノを作ると言うよりは、土地などの利権を分捕ったあとは現地人を安く使って利益を上げるビジネス・モデルで満足してしまう、或いは外資に製造業を「させる」というアプローチが目立つ。その意味では、米国以上に白人優位なところが感じられる。
もっとも最近の米国では上下の格差が開く一方、下働きはメキシコのインディオ系等「ヒスパニック」という点では、メキシコと区別がつかなくなってきているが。

スペインからの独立

「定本 想像の共同体: ナショナリズムの起源と流行」(ベネディクト・アンダーソン著、白石隆・白石さや訳)という本がある。これはナショナリズムとか国民国家の形体が現れたのは、西欧より南米の方が早かったとするものなのだが、(後述するが)若干南米を買い被り過ぎていると思う。ただこの本の中で、中南米について、一つの面白い問いかけが行われている。それは、北米が米国という大きな単位にまとまったのに対して、スペインを宗主国とした中南米の諸国はどうして一つにまとまらなかったのか、という謎々である。

これについて考えてみると、一つの理由は、中南米諸国の独立は、欧州でナポレオンが勃興し、中南米にとっての宗主国スペインを蹂躙して国王をすげ替えたことをきっかけにしているということにあるだろう。つまり中南米の地場エリートはそれまで宗主国スペインに権威を保証してもらっていたのが(北米のような自治ではなく、スペインの代官制)、そのスペインが転覆したため、自分たちの地場利権を守ろうとして独立を宣言した面が強いのだ。この時もし、本国スペインが中南米に軍を駐留させていて、これが独立鎮圧に動いていたら、中南米諸国もまとまったかもしれない。しかしスペインにそんな力はなかったし、中南米も米合衆国の元となった東部13州よりはるかに大きく(ベネズエラだけでも東部13州の総面積より大きい)、相互の連絡、経済的結びつきは薄かった。スペインの植民地は互いの交易を禁じられていたのである。それに比べて米国東部のボストン、ニューヨーク、フィラデルフィアを中心とする市場は相互に近接していたし、新聞などの言論活動が盛んだったために意識の統一が行われていたのである。

利権に安住する体質と格差

同じ本国からの独立でも、中南米と北米ではエリートの気質(エートス)が違った。スペインは中南米の金銀を収奪することで富を築いた国であり、そこからやってきて中南米を支配するようになった白人エリートも、鉱山や農園の利権に居座って、インディオや黒人を酷使して富を築くモデルを続けたものと思われる。
北米のニュー・イングランドでは、「手に職」を持つピューリタンが地道なエートスを社会の主流とした。そして彼らは、ジョン・ロックの自由思想など、西欧のブルジョワ思想を自家薬籠中のものとして、中産階級をベースとする民主主義国家を作り上げた。ボストンでも、実は奴隷商売で富を築いた商人たちは何人もいたのだが、主流は勤勉清廉ということになった。

メキシコやロシアのように利権構造が固定化し、しかもその利権が大きな経済成長を生まない場合(鉱業の場合などがそうである)、利権からの上がりで食える者の数は限られるので、格差は固定化する。ある経済学者は、メキシコでは人口の1%相当の特権階級が所得の20%を占め、階層間の流動性は非常に低い、その点ではアルゼンチンやチリよりひどい、と言っていた。僕の教えた大学のクラスの中で、インディオ的な顔をした者は2名もいたかどうか。メキシコの人口のうち25%がインディオ、14%が白人だとされるが、大学の人口構成はこれとは全く異なる。半分以上は白人で、しかも自分の車で通学する者が非常に多い。公共交通機関が不備、あるいは安全が万全でない等の理由によるのだが、ぴかぴかの外車が大学キャンパスに並ぶという点では、モスクワ大学などとそっくりである。

僕が滞在した豪邸に毎日掃除にやってくるインディオ達の、暗く諦めた眼差しは、同じ人種に属する僕としては忘れることができない。偉そうな顔をしている日本人に対する非難、あるいは期待、あるいは恥じらい、そういったものが混ざっている。1521年、アステカ帝国をスペイン人コルテスに滅ぼされ、奴隷にされて以来、約500年、彼らはこの境遇から逃れることができていない。北米のインディアンは隔離され、人口も減ってしまったが、メキシコのインディオは昔、国家を持っていたし、今でも社会の一部を成しているので、目に付くのである。
DSCN1717.JPG(スペイン人が銃と騎馬で征服した、アステカ帝国の首都ティノチティトラン。この廃墟の上にメキシコ・シティはそびえたつ)

メキシコは、一国の中に先進国から途上国まで様々の様相を見せる。メキシコに知的な欧州白人の顔を見て尊敬する人もいれば、途上国の顔を見て敬遠する人もいる。格差の大きな国、たとえば今のアメリカでもそうだが、邸宅の外の構えは立派でも、壁紙がめくれていたり、壁のソケットが斜めについていたり、細部はちぐはぐなままである。

何か社会の雰囲気がウズベキスタンやインドに似ている。メスティーソが白人と黄色人種の混血で、外見がウズベク人やインド人に似ているせいもある。そして、中間層が無責任で官僚的なところは、格差の大きな社会に共通した点だ。朝になると家の外を、パン売りのインディオがパン籠を頭に乗せて通り過ぎていくが、彼らの上げる声はまるでアザーンのようで、自分がサマルカンドにでも戻ってきたような気分になる。

経済は活性化するのか

メキシコのマクロ経済は、たとえばみずほ総合研究所の資料(http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/us140904.pdf#search='%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%80%81%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%A7%8B%E9%80%A0')あたりに詳しいが、産業構造を社会の利権構造とも絡めて分析したものは見当たらない。詳しく調べなかったが、おそらく石油が富の根幹を生み出し、そこからサービス産業を派生させてGDPを膨らませているのであろう。ロシア経済、そしてロシア社会に類似している。メキシコの場合もロシアと同じく、大きな消費財製造産業はなかったのだが、近来では自動車を中心として外資の進出が大きく、これがメキシコの経済成長に貢献を始めている。
石油生産が頭打ちになっていることが大きな問題になっている。これまで国営だけで、設備も老朽化していたのを打ち破ろうと、憲法を変えまでして、石油部門の民営化を可能とした。しかし今のやり方では、国営のPEMEXは有利な条件を外資に示さないであろう。従って、メキシコ経済の望みは、外資導入による製造業の振興と輸出の増大ということになるだろうが、手を汚してモノを作ることへの熱意は、白人学生からは感じられない。製造業への「オーナーシップ」の意識が薄弱だ、とでも言おうか。

エピソード1:メキシコと地中海経済圏の役者達

メキシコの金融界にはCitibank、香港のHSBC、スペインのSantanderと、いずれもユダヤ系と目されている外銀が強く入り込んでいる。またなぜかレバノン出身の大実業家が数人いて、興味のあるところである。Carlos Slimという実業家は携帯電話などで財を築き、今や世界一の資産家と目されている(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%AB)。彼はオスマン帝国時代、徴兵を逃れてやってきた者の子孫であり、他にも1975年のレバノン内戦の時に逃げてきたキリスト教信者系もいる。
レバノンは古代フェニキア人の故地。ユダヤ、フェニキアなどかつての地中海経済圏の役者達が、今でも世界中で活躍しているということだ。
 日系人では、カルロス春日氏が有名(http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2011/6/2/nikkei-latino/)。日本との文化交流など、この人のおかげで随分助かっている。

エピソード2:サボテンは糖尿病に効く

 食事に招待されて、サボテンを食べさせられた。サボテンの果肉で作ったTUNAという菓子。マシュマロに似た食感で、ほのかに甘い。しかし、芳しくはない。堅い種がたくさん入っている。種子無しのサボテンを開発したらいい。
サボテンは血糖値を下げるのにいいそうだ。日本に帰ってネットで見たら、中国製のサボテンが糖尿病に効くだの、メキシコ産の「ウチワ・サボテン」を錠剤にしたものがアメリカで売れているだの、いろいろあった。こういうのを軒並み試しているうちに、毎朝何種類ものサプリメントを50粒も飲むということになりかねないので、買うのはやめた。

エピソード3:メキシコの中国人

 メキシコでも、「中国人」は大変な話題になっている。大学は、中国人の留学生に沢山来てもらいたい、沢山授業料を落としてもらいたい、という姿勢を隠さない。他方、メキシコ経済の将来を担う製造業に対しては、中国からの直接投資は望めない。メキシコは、北米やEUと自由貿易協定を結んでいるため、北米・EUへの輸出基地になるのだが、その点では中国ともろに競合するのだ。そして中国の地場製造業は、まだ海外に直接投資できるだけの体力、技術力、経営ノウハウを備えていない。

それでも中国資本は、メキシコの石油開発、大農園経営には関心を持っているかもしれない。しかしメキシコの利権は白人が抑えている。豪州を相手にするのに似て、メキシコでは中国人も放縦な振る舞いはしにくいことだろう。中国大使館員には権威主義的で押し付けがましい振る舞いも見えるので、メキシコのエリートいには受けない。
日本人は、権威主義的ではなく、押し付けがましくないように振る舞えばいい。メキシコが輸出する自動車の半分以上は日系企業が生産している。メキシコ・シティから自動車産業の一つの中心地グアナフアトに向かう飛行機の乗客の3分の1以上は日本人だ。それも、物静かできちんとしたエンジニア風の人が多く、好感を誘う。

エピソード4:支倉常長と仙台藩の野望

1614年、つまり豊臣滅亡の1年前に、伊達正宗は支倉常長をメキシコ、そしてスペインに派遣する。地元で500トンの洋式帆船サン・フアン・バウティスタ号を短期間で建設、それでマニラを経由して太平洋を渡ったというから、咸臨丸以上の快挙だ。物好きなことをする大名もいるものだくらいに思っていたが、伊達正宗について知るにつれ、この人には多分、野望があったのだろうと思うに至った。薩摩藩は沖縄を経由して中国との密貿易を行い、それで富を蓄えて倒幕にまで至ったのだが、伊達正宗はメキシコとの貿易を夢見たか、それとも仙台藩の銀産出高を飛躍的に上げるべく、銀の先進的な精錬法をメキシコから取り入れようとしていたのだろう。

当時、スペインの植民地メキシコは、第三国との直接の交易を許されていなかった。その交易を可能とするには、スペイン国王の許可が必要だった。ところが支倉がスペインに着いてみると、スペイン国王は日本でのキリスト教弾圧に気を悪くしていたので、ローマ教皇のとりなしが必要だった。というわけで、支倉常長はいもづる式にローマまで行く羽目になったので、決して物見遊山気分で行ったのではない。
もし仙台藩がマニラやメキシコとの交易を実現していたら、倒幕運動は南の薩摩、北の仙台から起こり、会津は双方から挟み撃ちを喰らっていたかもしれない。

エピソード5:トロツキーの孫娘

ロシアの革命家トロツキーはスターリンと対立して、メキシコに亡命、メキシコ・シティでスターリンの刺客に暗殺されたのだが、その家は博物館になっている。塀にはなぜか裸の女性の落書きがされていたが。
DSCN1758.JPG
聞いたところでは、彼の孫娘がメキシコ・シティーにいて、その名はVeronica Volkow。詩人なのだそうだ。その作品は出版されている(http://www.amazon.com/s?ie=UTF8&page=1&rh=n%3A283155%2Cp_27%3AVeronica%20Volkow)。革命家は夢見る人間だ。詩人と似ている。違うところは、革命家は自分の理想を実現するためには他人の死を厭わないこと。アメリカのネオコンもそうか。

グアナフアトと日本の自動車

 グアナフアトというのは、メキシコ・シティから北方へ飛行機で1時間ほど飛んだところにある古い町である。銀山をくりぬいて作られた岩肌も露わな暗いトンネルが終わった途端、目の前には中世スペインの市場風景が繰り広げられる――という感じ。まるで中世を舞台としたオペラの舞台に立っているような錯覚に陥る。みんな明るい。魅力的な街だ。
DSCN1789.JPG(グアナフアトの街角)

夜ともなれば、金ぴかのオペラ座の前では、マリアッチ達が陽気な、あるいは哀愁に満ちた歌声をあげる。

 そのグアナフアト近郊にホンダとマツダの大工場がある。今回は、そのグアナフアトの大学で講演し、その後マツダの工場の見学に行ってきた。今年の1月に開業したばかりで、3000名を雇って、年間23万台を生産している。究極的には5000名弱を雇う計画。
その他いくつか教えてもらったので、差し支えないかぎりで書いておく。

・メキシコの工場は世界で唯一、マツダの単独現地法人である。但し初期投資の30%は住友商事が負担した。
・メキシコ進出に当たっては、北米、EU等44カ国とFTAを結んでいる点を評価した。メキシコは、ブラジルよりもその点でのポテンシャルが高い。

・メキシコに地場の部品産業はない。住友がメキシコで自動車部品を作っていたが、マツダの下請け企業に工場敷地内で操業してもらっている。
・工場労働者の30%は女性。よく働くし、定着率が男性より高い。
・長期雇用が目標で、退職率は年間1割にとどめたい。コア要員と見定めた者には、日本の正社員に等しい研修と処遇を与える。他方、一般要員でも、長期勤続者は処遇を上げる。米国では一般労働者は、5年で処遇の天井。
しかし、メキシコでは転社しながら昇進していくのが基本なので、定着させるには苦労する。

・労働者は律儀で、言われたことはやる。しかし、イニシャティヴは弱い。白人も然り。
他方、中国では、中国人は放っておくと自分勝手に手順を省いて、結果が同じならいいだろう、などと言う。上辺が同じなら、内容は問題でないのだ。それよりは、メキシコ人の方が安心できる。
・欧州文化の地では、エンジニアは現場の労働者と乖離する傾向があるので、マツダの工場では労働者をたたき上げてエンジニアにする。その方が、実際に合っていていい。

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