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世界はこう変わる

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2007年10月 8日

グルジア情勢がきなくさい

グルジアは2004年11月に行われた議会選挙の開票に不正があったとしていわゆる民主派勢力が騒ぎ、シェヴァルナゼ大統領を退陣させて翌年1月、大統領選挙の結果、現在のサーカシヴィリ大統領が当選した。早いもので、来年はもう議会選挙、大統領選挙なのだそうだ。
で、そのサーカシヴィリ大統領は一貫して親西側、親米路線をとり、NATO加盟の準備までちらつかせることで西側からの支援を引き出し、ロシアをいらだたせて国民の人気を得るという政策をとってきたが、最近情勢が少々きなくさくなってきた。

ダウンロードしたファイル
(地図はウィキペディアから)
グルジアは東部にアプハジア、西部にオセチアという別民族の住む地域を抱えているが(そしてそこにはロシア軍が以前から、「平和維持のために」駐留している)、それぞれは独立運動をしており、最近ではグルジア軍との間で小競り合いが絶えない。そうした状況の中で、8月には空からミサイルが落ちてきて、グルジアとロシアの間で口論が起きたし、9月末のある未明、オセチアでグルジア軍と独立派が武力衝突をした。グルジア側は「故意の襲撃」と言うが、オセチア駐留のロシア軍司令官は「どちらが先に撃ったかはわからない」と言い、まるで日中戦争が始まった時の盧溝橋事件のような様相を呈した。

これは大きな紛争には至らず、9月26日サーカシヴィリ大統領は国連総会で演説を行ったが、その翌日、グルジアの首都トビリシでは大きな事件が起きた。サーカシヴィリ大統領の以前の僚友で、内務大臣、国防大臣を歴任したオクラシヴィリという政治家が、野党結成を発表し、同時にサーカシヴィリについてよからぬことを言ったのだ。

それは、まだ大臣であった当時、サーカシヴィリ大統領から有力政治家数人の殺害を命令されたことがある、というのである。そういえばサーカシヴィリが政権について間もなく、彼と権力を分かち合っていたジュヴァニア首相が「炭酸ガス中毒で」で急死する、という怪事件があった。ジュヴァニアの家族は今になって、「死んだのは遺体が見つかったのとは別のところらしい」と述べている。

そこでオクラシヴィリはグルジアの官憲に逮捕され、サーカシヴィリは米国滞在を切り上げて急遽帰国したのである。

オクラシヴィリの背後に誰かいるのか? それとも一人なのか? サーカシヴィリの足を引っ張りたい国、人物はいくつか挙げることができる。例えば、ロンドンに亡命しているロシアの豪商ベレゾフスキーは反ロのサーカシヴィリに入れあげて、グルジアに時々やってきていたのだが、両者の関係は昨年春には決定的に悪化したらしい。

グルジアは反ロ姿勢をとっているが、実際はGNPの10%ほどをロシアとの関係で得ている(例えばロシアへの出稼ぎ者からの仕送り)し、オクラシヴィリが国防相を辞任せざるを得なかったのはオセチアに対してあまりに武断的な政策を取ろうとしてサーカシヴィリがそれを抑えたためであった。だから、グルジアをオセチアにけしかけさせたい勢力が、今回オクラシヴィリを担ぎ出したのかもしれない。

とにかくグルジア情勢が悪化すると、かなり大きな国際政治上のインパクトを及ぼすことになるだろう。

p.s. その後の報道だとオクラシヴィリは釈放され、直ちに外国に向けて出発した。
彼は06年3月、グルジアが南オセチアのロシア軍につきつけていた撤退要求の最終期限日に合わせて南オセチアを攻撃・占領しようとして、サーカシヴィリの同意を得られなかったことがあるという。
オクラシヴィリは今では、ベレゾフスキー(ロシアの豪商。プーチン政権成立に協力しながらその後コケにされたことをうらみ、今でも亡命先のロンドンからいろいろしかけている)に使われているのだろう。なぜなら彼が逮捕された時、ベレゾフスキーの右腕のグルジア人(同じくロンドン在住)パタルカツシヴィリがロンドンから駆けつけているからだ。
オクラアシヴィリは今では、モスクワ諜報機関からも支持されているかもしれない。親西側のサーカシヴィリを邪魔してやろうというわけだ。
なおかつてサーカシヴィリの同志で首相になり、その後自宅で「炭酸ガス中毒」で亡くなったジュヴァニヤは部屋ではなく、車の中で絞殺されたとの説もある。そりゃ炭酸ガス中毒だったでしょうね。

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