Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2013年11月 6日

ユーラシア情勢バロメーター(13年6月から10月)

ユーラシア情勢バロメーター(2013年6-10月)
ユーラシアというのはほぼ世界全体に近いので、「ユーラシア情勢」を語りだすときりがなくなる。僕の場合、主として旧ソ連諸国に焦点を合わせて記している。
 と言っても、各国すべてについて情勢をつぶさに書いてもしょうがないので、今回は大きなトレンドに集中したい。10月7日から1週間ほど、国際交流基金に派遣され、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタンを日本の現状について講演をしてまわってきたので、その時現地の専門家から聞きこんだ話しも盛り込んで。

(ユーラシアで地殻変動?)

ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの五カ国、そしてアフガニスタンをめぐっては、中国、ロシア、米国といった諸勢力がせめぎ合いを強めていて、それに各国指導者の交代問題がからんでくるので面白い情勢になっている。まあ、プレートが諸方から押し寄せてマグニチュード7の大地震を起こす(?)一歩手前になっている、ということだ。

その「プレート」とは、(1)ロシアが勧進元になってまとめようとしている「ユーラシア連合」、(2)EUが進めている「東方パートナーシップ」構想、(3)習近平・中国がついに明確にした中国主導の「シルク・ロード」構想、(4)2014年、アフガニスタンの米軍、NATO軍が撤退したあとタリバンが再台頭する可能性、といったところである。これを順次議論していくことにしよう。

(ユーラシア連合)

 プーチン大統領はエリツィンから権力を禅譲されたにもかかわらず、ソ連崩壊を「世紀の悲劇」と呼び、エリツィンを名指しにこそしないものの、彼のやったことに批判を隠さない。2000年の大統領就任以来、プーチンは原油価格の高騰に乗ってロシアのGDPを6,5倍にも伸ばす快挙を成し遂げ、今は国家の威信の回復という大事業に乗り出した。それは、かつてのソ連の栄光をせめて経済面だけでも取り返す「ユーラシア(経済)連合」構想として、今ロシアの官僚たちが内容は二の次に、とにかく設立条約を結ぶべく、しゃにむに突進して、周りから顰蹙を買っている状況である。

 「ユーラシア連合」とは何か? ソ連分裂後、「独立国家共同体」とか「ユーラシア経済共同体」とかが作られてはいたのだが、実質を伴ったものとはならず、2010年ロシア、カザフスタン、ベラルーシの間に関税同盟(三国の間は関税撤廃。但し肝心のロシア製石油製品などは例外。外部に対しては単一の関税率を適用)が成立してはじめて、ソ連復活への動きは具体的なものとなったのだ。

この関税同盟は2012年には「単一経済空間」という素っ気ない名称の集まり(メンバーは同じ三国)に名を変える。これは、関税同盟のようにモノの取り引きだけを対象にしたものでなく、ヒトやカネの行き来も自由にするという建前のものである。ロシアとか中国のような旧・現社会主義国がやるものは、建前や文書に書いてあるものよりも、実際に現場で何が行われているか、またはいないかを見た方が、手っ取り早いのだが。

プーチン大統領が2010年4月に言い出した「ユーラシア連合」とは、以上の「ユーラシア経済共同体」や「単一経済空間」を一つにくっつけたものである。その内容はかなり漠然としているが、いろいろの発言を突き合わせてみると、「バルト諸国を除く旧ソ連諸国を、EUのような経済連合としてまとめたい。EUのように超国家的なユーラシア連合委員会を作って、そこで圏内の経済・通商政策をできるだけ統一したい」、ということになる。
上記の「ユーラシア連合委員会」には、胎児とも呼ぶべきものが既にできている。「単一経済空間」のための「ユーラシア経済委員会」がそれで、ここではロシア人のフリスチェンコ元副首相が議長として働いている。EU委員会とは違って、どうしてもロシア人偏重の組織になっているようで、そこがロシア以外の諸国に警戒され、嫌われる原因にもなっている。

(EUの「東方パートナーシップ」とユーラシア連合の綱引き)

 ロシア政府の組織は軍隊的規律を持っている。「上官」の命令は絶対だ。そこでロシアの役人たちは、「2015年までにユーラシア連合を立ち上げる」ことを至上の課題にしていて、旧ソ連諸国に随分あこぎな圧力をかけている。関税同盟にさえ入ろうとしないウクライナにはすべての産品に厳格な税関検査をすると言って脅かしたり、アゼルバイジャンと領土問題で敵対するアルメニア(ロシアに安全保障を依存している)には、そのアゼルバイジャンに接近して見せることで大変な圧力をかけた。9月訪ロしたアルメニアのサルグシャン大統領は、下僚と相談することもなしに、プーチン大統領との共同記者会見の場でユーラシア連合加盟の意向を表明してしまったのである。そしてロシアはモルドヴァにも、内部のロシア人集住地域「沿ドニエストル」の分離・独立をほのめかして圧力をかけている。

 ところが、旧ソ連諸国のうちEUに近い国々は、ロシアよりEUが発する強い魅力の方に引き寄せられている。ヨーロッパこそはこれら諸国の文明的規範であり、高い生活水準の魅力は捨てがたい。ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンはEUと、「東方パートナーシップ」という集まりを2009年以来やっていて、将来加盟することを目標に「連合協約」(貿易の一部自由化、規制・規格の一部統一等)を交渉中だ。

11月28日にはリトアニアの首都ヴィルニュスでこの「EU東方パートナーシップ」諸国の首脳会議が開かれ、そこでこの「連合協約」が署名される手筈となっている。そうなれば、ロシアは元ソ連諸国をEUに奪い取られ置いてきぼりを食うのも同然、ユーラシア連合結成どころではなくなるので、これを妨げんとして大車輪、といった状況なのだ。

それに加えて今はEUと米国が自由貿易協定を結ぶべく交渉中なので、これができると「ユーラシア連合」の約14倍ものGDPを持つ大経済単位が西方にそびえたつ。1989年東欧諸国は軒並み西欧に雪崩を打って、ソ連圏から離脱したのだが、この背景にはマーストリヒト条約を結んで統合度を強めたEUが、大経済単位・文明単位としてソ連圏の西方にそびえるようになっていた、という事情があった。シリアの化学兵器問題で米国の鼻を明かしたかに見えるロシアだが、実は西では米欧、東ではTPP、そして中国に挟まれ、国内では財源不足、悩み多き季節を迎えているのである。

(東から「ユーラシアを統合する」鼻息の中国)

 中央アジアにも中国の経済進出が著しいことは先刻承知のことながら、今回現地に滞在してみると、中国の存在感はただものではない。キルギス人の多くは中国から消費財を運び込んではそれを旧ソ連諸国に転売して生計を立てているし、宿願の南北縦貫鉄道も中国のカネと資材で建設してもらおうとしている。タジキスタンはこれまで係争してきた領土の多くを中国に譲ってまで、約10億ドルの融資を得て国内にトンネルや道路などのインフラを中国に作ってもらっている。

カザフスタンの石油企業への中国の資本参加も増えており、推計ではカザフの石油企業に中国が約30%分資本参加している。トルクメニスタンの天然ガスの大半は、今や中国に輸出されている。9月に習近平国家主席は中央アジアを歴訪し、ウズベキスタンでは総額150億ドル分もの協力案件で合意した(まだ資金は動いていないようだが)。今の中国は、70-80年代の日本と同じ、カネが名刺の代わり、小切手で友好を買っている。中国人らしく、そこは採算無視の大盤振る舞いである。

だが、戦後の日本がいつも大国や周囲の意向を忖度しつつ、慎重に事を進めてきたのに比べると、今の中国は直線的に過ぎる。友好国を一つ作っても、それで中国を警戒する国が二つできれば意味はないし、その友好国も中国にカネがなくなれば直ちに去っていく。 
 
それにウズベキスタンやカザフスタンでは、大統領が70代半ばなので、そのうち権力継承の問題が起きてくるだろう。権力を争う者が複数出てきた場合、「あいつはロシア寄り」、「あいつは中国寄り」というのが中傷の道具となって、「中国寄り」の者が敗北した場合、中国との関係は大きく後退するだろう。特にウズベキスタンでその可能性がうかがわれる。

 そして中国の動きは、ロシアの「ユーラシア連合」結成の動き(旧ソ連諸国市場から中国を閉め出す意味を持っている)とそろそろ衝突を露わにする気配がある。9月初旬、キルギスで開かれた上海協力機構首脳会議の席上、習近平主席は域内のヴィザ相互免除を提案したが、これはロシアが「ユーラシア連合」で旧ソ連諸国を囲ってしまうことに対する牽制球だっただろう。中央アジア・コーカサス・モルドヴァなどの市民は、ロシアに出稼ぎに行くことで家計を立てているが、中国への出稼ぎが自由になればそれは中国の求心力を大いに高めるだろう。

そして10月中旬、人民日報は二つの記事を掲載し、「ユーラシア連合」に真っ向から挑戦した。10月14日付ロシアの独立新聞によれば、同記事は中央アジア・コーカサス諸国、欧州まで包含する中国の「シルク・ロード構想」なるもの(初耳だ)を宣伝し、「これはロシアの利益も害さず、米国の『新シルク・ロード構想』も包含する」と主張しながらも、「ユーラシア連合は中国構想の10~15分の1の市場規模しか持っていない。中国は上海協力機構のオブザーバー国も含めて(インド、モンゴル、パキスタン、アフガニスタン、イラン)、上海協力機構とEUとの協力を呼びかける」と大風呂敷を広げて、ユーラシア連合を上海協力機構の下部機関扱い、自らユーラシア統合を成し遂げんとする鼻息を示したのである。

中央アジアではカザフスタン等が、ユーラシア連合結成に向けてのロシアの性急な動きに鼻白んでいる。10月末にはベラルーシでユーラシア連合結成条約を議論する関係国首脳会議が開かれたが、キルギスのアタンバエフ大統領はドタキャンで第一副首相を代理に寄越す非礼ぶり(首相すら寄越さなかったのだ)。

ベラルーシのルカシェンコ大統領は「ロシアは関税同盟を作っても次から次に例外品目を作りだす」、カザフスタンのナザルバエフ大統領は「次から次に組織ばかり作っても仕方ない」等の批判的言辞をプーチン大統領にぶつけた。ナザルバエフは、「そんなことなら、シリアでも関税同盟に入れて、兵器とロバを無関税で交易すればいい」とまで言ったらしい。そして更に、「この前来訪したエアドアン・トルコ首相が関税同盟に入りたいと言っていた」と言う。これに対してプーチン大統領は、「いや、そう言えば、この前モスクワにやってきたインドのシン首相は、関税同盟と自由貿易協定を結びたいと言っていた」と応じ、ユーラシア連合はどんどん膨らむと同時に、内容が薄まっていく構えだ。

ナザルバエフは6月にはタシケントを訪問し、両国は戦略的パートナーだとして、ロシアに対抗する足場を作ろうともした。ウズベキスタンはこれに応じながらも、ロシアへの批判は控えているようで、結局のところロシアにナザルバエフだけを叩かせ、自分が中央アジアの中心国としてロシアと渡り合おうと考えているのであろう。中央アジア諸国がこのように振る舞えるだけの自由な環境を、中国の進出が作りだしていると言えよう。

だが、中国が中央アジアでやっていることをつらつら見ると、自分の利益のことしか念頭にないように見える。南北縦貫の鉄道を作る、トンネルを作る、東西縦貫の鉄道を何本も整備して欧州とつなげる、精油所や石油化学の工場も作る――これらはみな素晴らしいのだが、結局のところ「鉄道を作って資源を吸収、消費財を奥地にまで売りつける」という、かつて英国が植民地インドでやったやり方と大同小異なのである。かつてのジンギスカンのように、広いユーラシアを一つの市場に統一してくれる点では素晴らしいのだが、その市場はどうやら中国の、中国による、中国のための市場のようだ。

(アフガン要素)

 こうして、西では「EUの東方パートナーシップ」と米欧自由貿易協定、東では中国と言う大きな塊が、プーチン大統領の十八番アイテム「ユーラシア連合」に押し寄せ、締め上げようとしているのだが、ここにアフガニスタンという変数が加わって更に面白いことになっている。アフガニスタンには米軍、NATO諸国の軍がいるが、これが2014年に予定通り撤退すると何が起きるかが問題なのだ。

 米・NATOが撤退すれば「タリバン」が権力を掌握する、というのが常識になっている。米軍は、「撤退」後にもアドバイザーの資格などで一部が残ろうとしているが、米兵が犯罪を起こした場合の裁判権を米側が保持することに現地政府が同意しておらず、このままではイラクでそうであったように、この裁判権の問題で米軍は完全撤退してしまうかもしれない。

だが、「タリバン」は一枚岩ではない。イスラム教原理主義者もいる一方、物質的誘惑に弱い者もいる。「タリバン」発祥の地、パキスタンと強い関係を持つ一派もいれば、自律性の強い一派もいる。そして、アフガニスタンの地方でいちばん強いのは、集落を抑える長老たちだ。米軍撤退後のイラクで起きたように、各集落が武装して過激派を寄せ付けなければ、「タリバンが権力を掌握する」ということにはならないかもしれない。
撤退後のアフガニスタンでタリバンが急伸しなければ、中央アジア諸国は大した影響を受けない。もしタリバンが急伸しても、アフガニスタンの北部はトルクメン、ウズベク、タジクそれぞれの部族が集住し、かつてタリバン支配の時代にも「北部同盟」を形成して半分独立していた地域なので、中央アジア諸国との間の緩衝地帯となるだろう。そして、タジキスタン、ウズベキスタンとアフガニスタンの国境にはアム川が流れているので、アフガニスタンからの大規模な侵攻作戦は難しい。

なお、今後のアフガニスタンについては、中国というワイルド・カードがある。アフガニスタンと中国はワハン回廊という狭い帯を通じて国境を接している(ろくな道路はないが)。もし、タリバンが新疆のウィグル族過激派をかくまったり、新疆に放ったりすると、中国がアフガニスタンに介入してくるかもしれない。中国はパキスタンの准同盟国であり、そのパキスタンは主要敵インドに挟み撃ちにされることを怖れて、以前からアフガニスタンを抱え込もうとしてきた(そのためのタリバンである)。中国とパキスタンが手を組んでアフガニスタン制圧に動く――こういうシナリオもあり得るだろう。

かつて、過激派のポルポト一味が抑えるカンボジアからの挑発に怒ったベトナムは、1978年12月カンボジアに侵攻し、ポルポト政権を駆逐した(ポルポトを支援していた中国が、「制裁」として1979年2月にベトナムに侵攻し、3月には撃退されて撤退している。当時の中国軍の装備は旧式化していた)。中国がアフガニスタンに介入して、タリバン過激派を駆逐する可能性がワイルド・カードとして存在するのである。
インドはアフガニスタンに地歩を確保するべく、日本の約30億ドルに次ぐ20億ドル以上もの援助をアフガニスタンにつぎ込んでいるが、中国が進出してきた場合には何もできないだろう。

(麻薬)

 貧困地域においては、麻薬が内政・外交を大きく左右することがある。ユーゴスラビアが崩壊してできたコソヴォ、モンテネグロあたりは、今でも強い麻薬利権の存在が報道されている。アフガニスタンのタリバンは政権にあった時代、麻薬原料となるケシの栽培をほぼ撲滅していたが、現在のアフガニスタンは再び「世界の麻薬工場」となっている。ここでケシから精製されるヘロインは様々のルートでロシア、欧州に達しているのだが、タジキスタン、キルギス南部はその主要ルートとされている。そこでは、犯罪勢力ばかりか、中央・地方当局者の関与もうわさされる。
 2014年の西側軍の撤退後、ケシ栽培、あるいは流通ルートを差配する者には変更が起きるかもしれない。麻薬利権の変更は、多くの場合流血騒ぎを伴う。2010年4月キルギスでバキーエフ政権が倒れて2カ月後、南部のオシュで「大民族暴動」が起きたが、その時の主要動因の一つは麻薬利権の移動であったものと思われる。

(日本はどうする?)

 日本は中央アジアに切実な利害関係を持っていない。中央アジアは市場規模が小さい上に(人口は全体で約6000万人いるが、所得水準がまだ低い)、直接投資をするには閉鎖的でコンプライアンス遵守にも問題があり、海が遠いために運輸コストが高く、それやこれやで中央アジア諸国への経済進出には腰が引けている。ただ、これまで円借款等を用いてこの地には良質のインフラを築いてきているし、米国、EU、アジア開発銀行等が築いてきた道路等インフラを合わせれば、中国が建設したものを上回る。
中国、ロシアと中央アジアで争う要は毛頭ないが、日本、米国、EUは中央アジア諸国にとって魅力あるalternativeを示す存在であり続けることで、この地域に発言力を維持するとともに、中ロに対しても存在感を示すことができる。来年は米軍がアフガニスタンから撤退し、中央アジア地域の安定維持が世界的にも大きな課題となるので、安倍総理が訪問すれば大きな効果をあげることができるだろう。

(出張での印象)

〇タシケントの街の様子は、2年前と変わらない。ただ、ホテルなどでは10年程前、西側が投資したあとが次第に「ウズベク化」している様子が目に付く。僕の泊まったホテルでは、2日目の朝食のバイキングでパンやハムが出ていなかった。そして1日目は、スープの鍋が空だった。ウズベク人のマネジャーに聞くと、怒った声で、「毎日違うんだよ」。そのマネジャーは従業員を怒鳴り散らして、誰かお偉方の一杯のスープの差配をしている。いつも怒鳴っている。不快な男だ。
そして出発時、空港でラウンジを探し、長い廊下を歩いてやっとたどりつくと、「修理中」。

〇タシケントからアルマトイへの飛行は最高。機内食はまずいが、景色が素晴らしいからだ。落差50メートルはありそうな断層が山肌をはるかに縫い、向こうには雪の峰峰が連なる。緑の草原との対比がすばらしい。アルプスにも匹敵する眺めなのだ。

〇今回タシケント、ビシケク、アスタナと回ったが、ビシケクは約30年ぶりだった。当時のビシケクは森の中に街がある感じで、木陰の水路を清水が流れ、森の向こうには雪山がそびえていたのを覚えている。キルギスは1991年の独立後、経済基盤が弱いために二度も革命騒ぎに見舞われ、議会も諸利権が争う場だと聞いていた。そこでビシケクも殺伐として荒れた街だろうと思っていたのだが、あにはからんや、街路は整頓・清掃が行き届き、まるでソ連の地方都市といった趣だった。ただ30年前、豊かな清水が流れていた水路はただのコンクリートの溝と化している。

〇ビシケクではアフガニスタンについての国際シンポジウムにも参加したが(現役でもないのに偉そうな顔をして壇上で発言するのは、何となく詐欺をやっているようで面はゆい)、10年前と違って、旧ソ連の連中もこの手の会議に慣れてきたようだ。以前は「発言時間5分」と言われても、準備してきた原稿を20分間も読み上げることしかできなかったのだが、今では何とか5分で済ませる。もっとも4倍のスピードで読み上げるので、同時通訳は大変だろう。その点、中国外務省の若い感じのいい課長が3分間で草稿なしの効果的な発言をしてのけたのは立派なことだ。

〇カザフスタンは、ウズベキスタンに比べてロシアの影がめっきり濃くなる。ウズベクではロシア語をキリル文字ではなくアルファベットで記すので、わかりにくくて仕方ないのだが、カザフスタンではキリル文字。ウズベクのようにウズベク語を使わなければならないという無言の圧力はなく、テレビもロシア語放送のチャンネルが多い。
空港のターミナルでは、ロシアの第一チャンネルの音楽番組を流していた。ロシアの美女が踊り、グルジアの歌手が歌う。「ソ連人民芸術家」の肩書で。

アスタナは、世上一般に考えられているような、「砂漠に突然湧いて出た人工都市」ではない。大きな川があって交通の要衝、古くから砦もあった。ソ連時代から鉄道の結節点で、古い町(典型的なソ連の地方中小都市の趣)もある。とは言っても、新しいことは新しい。ホテルの椅子を引き寄せようと、肘かけを引っ張ったら、すっぽり抜けた。ではと持ち上げようとすると、下がすっぽり抜ける。レゴのような作りになっている。椅子というのは、実は非常に難しい細工物なのだ。
そして夜になると、電気が通じていないはずのエアコンがなぜか時々ばたばた音を立てる。それを突き止めるまでに時間がかかったし、プラグを抜こうとすると、高くて手が届かない。

〇大学で講演をしたが、カザフ人学生の質問は随分ソ連的だった。「日本は、ロシアから何を学びましたか?」とか、「ソ連はどうして崩壊してしまったのでしょう?」とか、「今ロシアのタタールスタン共和国でタタール人の民族主義が強くなっているようですが、これは同地の石油を狙った西側の陰謀ではないでしょうか?」の類。

コメント

投稿者: 望月喜市 | 2013年11月 7日 02:15

大変面白く読みました。大きな地殻変動のうねりが西部地域にあり、力(政治と経済)関係の変化がどうなっていくのか戦国時代のグローバル版を見る思いです。
中国のやり方は短期的な外交効果はあっても、内政面で崩れ、金の切れ目が縁の切れ目、になるとおもいます。
昨今の民族暴動と大気汚染問題で、中国共産党の統治能力に?が付いています。
 翻って我が国は、原発政策での小泉の反乱、TPPでの農業者の抵抗、オスプレイでの沖縄の反米闘争、米国主導の軍備・安全保障・秘密保護など、一口でいって衰退国家米国と心中しかねない状況にあると僕はみています。米国への隷属政策をやめ、核の傘から抜け、日本民族の英知を結集して専守防衛、自主独立平和の国家を築くべきと考えます。貴方のお考えをお聞かせ下さい。

1つ質問です:プーチンはTPPをどう考えていますか?
貴方の見解を教えてください。

投稿者: 河東哲夫 | 2013年11月 8日 09:47

望月様
おっしゃることは、日本一国で米、中、ロシア、韓国、北朝鮮すべてを仮想敵国とすることになりますので、戦前の繰り返しになると思います。そして米国は衰退していないと思います。

私の知る限り、ロシアはTPPをまだ本格的に論評していません。極東部で工業、農業力をほとんど持っておりませんから、TPPはbeyond any imaginationなのだと思います。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/2658