Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
ChineseEnglishRussian

世界はこう変わる

Automatic Translation to English
Automatic Translation to English
2013年8月 9日

2014年ソチ冬季オリンピック 再び国際政治の波間で翻弄?

米国の諜報機関NSAの派遣職員スノーデンが機密を持ち出し、ロシアに亡命を認められた件で、米国議会で反ロ主義が吹き荒れようとしている。オバマ大統領は、9月初めに予定されていた米ロ首脳会談をキャンセルした。昔だったら、おおごとだが、今では「ああそう」という感じで、みんな次の瞬間には忘れてしまう。ロシア専門家の僕としてはさびしい限りなのだが、このスノーデン嵐はこれで終わらず、多分エスカレートしていくだろう。既に米議会では共和党の議員達が、来年2月黒海沿岸のソチ(避暑地だが、コーカサス山脈が海まで迫っているので、雪もある)で行われる冬季オリンピックをボイコットすることを提唱し始めている。

1979年12月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したのを受けて米国は、1980年のモスクワ・オリンピックのボイコットを世界に呼びかけた。西ドイツ、日本等はボイコットしたのだが、1984年ロサンゼルス・オリンピックをソ連等社会主義陣営諸国などはボイコットしている。オリンピックとなると、米ロは意地の張り合いをしやすい。

冬季オリンピックはプーチン大統領自身が2007年IOC総会に乗り込んで招致をもぎとり(韓国を破った)、その後「史上最もカネのかかったオリンピック」と揶揄されながら資金をつぎこみ施設整備をしたものである。ソチ・オリンピックを成功させることには、彼の威信がかかっているのである。なお2014年6月には同じくソチで(大統領の別荘がある)、G8先進国首脳会議が予定されているのだが、米ロ関係が好転しないと、ここらあたりでG8は終焉し、もとのG7に戻る契機になるかもしれない。

ソチは他にもリスク要因を抱えている。ソチは、2008年にロシアが戦争をした相手のグルジアに隣接し、ロシア国内のイスラム・テロの巣窟、北コーカサスに隣接しているからである。あまつさえソチは、19世紀ロシア帝国が南下する中、原住のチェルケシ人(Circassians)との決戦の場となり、チェルケシ人はこれをジェノサイドと認めるよう主張しているという、因縁つきの場所なのだ。
 ソチ・オリンピックは安全に行うことができるのだろうか? 不安要因をひとつひとつ点検してみよう。

(北コーカサスのイスラム過激派)
 北コーカサスーー黒海とカスピ海の中間の地のうち北半分――は民族の坩堝で、微細な共和国に分かれているが、その多くがまた内部に少数民族を抱えて、利権、宗教の絡んだ内部抗争を続けている。ロシア内務省軍(国内鎮圧用に使われる本格的軍隊)が治安に関与し、自身でも多くの死傷者を出してきた。2011年には全体で約700名が死亡している。中でもダゲスタン、カバルディノ・バルカリアで最も事件が頻発している。

 1990年代のチェチェン戦争で有名になったチェチェン共和国は、首長カディロフの専制的支配の下でほぼ完全に平定・復興している。だがこれまでクレムリンでカディロフの後ろ盾となってきたスルコフ元大統領府副長官(チェチェンの血が入っている)が5月に失脚して以来、モスクワとの関係が揺らいでいる。これからソチがらみでも台風の目となるかもしれない。

 またカディロフに反抗して、反カディロフ、反モスクワ路線をかかげるイスラム過激派ウマロフ(この地域で地下にもぐっている)は最近、ロシア市民に対するテロ攻撃を「解禁」(これまでロシア市民が反政府運動を展開していることを理由に、市民への無差別攻撃を禁じていた)する声明を出しており、モスクワ等大都市ではこれから注意が必要になっている。ウマロフは、湾岸諸国の一部からも資金を得ているとの報道があるので、シリアのアサド政権を支えるロシアに反感を持つ湾岸諸国がウマロフへの支援を強化する可能性もある。

(チェルケシ人)
 チェルケシ人は19世紀までクラスノダール地方に集住していたが、南下したロシア帝国軍との戦いで(まさにソチで)大敗し、今ではロシアに70万人、トルコ、シリア、ジョルダン等の外国に400-600万人が散在している。
 19世紀ソチでの戦いをジェノサイドとして認めるよう運動している者、シリアのチェルケシ人(ダマスカス、アレッポ等に集中し、アサド系と見なされている)をロシアに引き取ることを求める者等、種々の要求は出ているが、いずれも穏健であり、これらを一つにまとめる組織もない。

(グルジア)
 ソチから約30キロ走ると、グルジアのアブハジア自治共和国がある。同共和国はかねてよりグルジアからの独立を求めており、2008年8月のグルジア戦争(南オセチア自治共和国の独立を防ごうとしてグルジアが攻撃、ロシアと戦争になったもの)の際に独立を宣言、ロシア、次いでニカラグア、ベネズエラ、ナウル、ツバルに承認されている。

 その後グルジアでは、ロシアとの関係回復を志向するイワニシヴィリが首相となって実権を握り、10月の大統領選でこれを固めようとしている。またアブハジアにはロシア軍が基地を置き、盤石の守りを固めているうえ、キリスト教信者が大多数でイスラム過激派はいない。更にアブハジアはソチ・オリンピックの建設事業で大いに潤っているはずなので、ソチ・オリンピックを妨害することは考えられない。

 なお、オリンピックの見物客がアブハジアに観光で行く場合、あるいはソチに近いアブハジアのガーグラ空港に「不時着」させられた場合、旅券にアブハジアの「査証」をスタンプされる等の問題が起き、米国・EUからの抗議を招くことは考えられる。
 
以上、ソチ・オリンピックに対する脅威は今のところ、北コーカサスに根城を置くイスラム過激派程度しか考えられない。本年4月ボストン・マラソンでのテロの犯人がチェチェン人であったことから、米国はロシアとテロ情報面での協力を必要としており、ロシアも在米のイスラム系ロシア人の動きについての情報が欲しいであろう。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.japan-world-trends.com/cgi-bin/mtja/mt-tb.cgi/2588