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世界はこう変わる

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2017年12月30日

Politico-militaryな世界情勢 第4号

Politico-militaryな世界情勢(長文です)
第4号

2017年12月周辺

これは、「安全保障研究ギルド "MKⅢ"(MK3を改名)」による定期的なニュースレターです。MKⅢのメンバーは次の4名。米国、中国、ロシア、欧州の専門家から成っています。この号は11月末メンバーが集まって情報交換をした成果に基づいており、だいたい7月中旬から12月上旬をカバーしています。


(同人名:あいうえお順)
河東哲夫 Japan World Trends代表(欧州及び総括)
小泉悠 未来工学研究所特別研究員(ロシア及び周辺)
近藤大介 講談社週刊現代編集員(中国、朝鮮半島)
村野将 岡崎研究所研究員(米国)

ギルド発足に当たって:

 冷戦終結以降、日本が世界を自分の目で見て、自分で生き方を決める必要性が益々増大している。そして世界は政治・経済・社会等、複眼的に分析するべきものだが、日本ではそのうち軍事的視点が特に弱い気味があった。安全保障を日米安保に大きく依存し、安保政策と言えば基地対策であった時代が長かったからである。
その弱点を補うべく、上記4名の同人がこの「Politico-militaryな世界情勢」を随時発行することとした。MKⅢ(エムケースリー)とは、以下の同人の頭文字を取ったもので、いずれからも補助金、助成金の類を受けていない任意団体である。 (2017年2月)

 
      
目次
冒頭言 3
――パックス・アメリカーナの中で米国はシェア奪回へ(河東筆)―― 3
1.この期間で目立ついくつかのトレンド(MKⅢ同人連) 4
1)米国が他国の「民主化」、「レジーム・チェンジ」を放棄 4
2)中国外交は硬軟どちらに向くのか? 5
3)「やわら式外交」ができなくなったプーチン 5
4)「特殊部隊」全盛時代 6
5)そして傭兵も 7
2.北朝鮮―汚れた手を隠して仲介者の顔をするロシア 7
3.日本の動き 8
1)日中関係改善の機運 8
2)北朝鮮の核ミサイルへの対抗手段 9
3)「汎用護衛艦」の建造 9
4)「いずも」、「かが」は空母になれるか? 9
4.米国の動き(村野担当) 10
1)米国防予算 10
2)核ミサイル近代化 10
3)空母運営戦術の変化 11
5.中国の動き(近藤担当) 12
1)第19回共産党大会における習近平の権力確立 12
2)「抑止」思想の不在 12
3)党中央軍事委員会の純化 12
4)台湾武力統一の文言はなし 12
5)中国外交のグローバル化? 13
6)米中のICBMは実はParity? 13
6.ロシアの動き(小泉担当) 14
1)装備費をめぐる軍と財務当局のしのぎ合い
2)ロシア製新型兵器の脅威 14
3)兵器はあっても人がいない 15
4)シリア、ウクライナからは次第に手を引く 15
7.欧州での動き(河東担当) 17
1)欧州でも「ハブ&スポーク」型に? 17
2)ロシアとの境界で揺れる国々 17

冒頭言
――パックス・アメリカーナの中で米国はシェア奪回へ(河東筆)――

トランプ政権については、ピンからキリまで評価まちまち。11月初旬のアジア歴訪でも、2週間という記録的な長期間を費やしながら、北朝鮮核ミサイルや南シナ海の問題ではパットせず、続くAPEC首脳会議や東アジア首脳会議(トランプはほとんどをドタキャン)では中国主導のアジアという印象ばかり際立たせた。シリアではロシアにはじき出され、エルサレムをイスラエルの首都と認定する問題では、米国内の都合ばかり考えて、中東の混乱を助長した。無責任、無能、その他、その他。いずれにしても、米国の指導力は地に堕ちた。多極化、または無極化の時代・・・これが今の世界の論壇での通り相場。

しかしちょっと落ち着いて考えてみると、別の図が見えてくる。世界は多極化したと叫んでいる張本人の中国、ロシアが、実はトランプ米国を怒らせまいと神経を使っているではないか。中国は、米国という市場を閉められたくない。米国への輸出は、2000年代中国の高度成長を支えた最大の要因。そしてロシアは米国にこれ以上の軍拡競争を挑まれたくない。それに米国に輸出できるものはないにしても、世界の資本市場、グローバルな銀行送金・預金サービス、石油技術の栓を閉められたら、国がやっていけない。
パックス・アメリカーナを支えてきた基本的道具立ては安泰なのだ。デジタル通貨が囃されているが、ロシアや中国その他の国民国家は、グローバル・デジタル通貨を認めることで、自分の金融政策の手綱を失うことは絶対望まない。だから国際通貨としてのドルは安泰。これに加えて、「内向きの」はずのトランプも、国防費は大盤振る舞いなのだ。
オバマは軍を海外から引き揚げ、トランプはCIAが海外で民主化を助けてはレジーム・チェンジをするのをもう止める。かくて米国は内に閉じこもってしまうように見えるのだが、実際には金融と軍事力で世界の根っこを押さえているものだから、各国とも米国の顔色をうかがわずにはいられない。

その中でトランプは、面倒な地域の紛争の解決は、その地域の諸国に丸投げする。と言うか、「幹事」を指名して(北朝鮮では中国、シリアではロシア)、うまくまとめなければその幹事国を「制裁」し、米国とその幹事国の間の積年のイシュー(中国なら貿易赤字)を解決する一助とする。つまり、座して一石二鳥の絶妙な外交なのだ。これが意図してやっているのだとしたら、トランプの言う「俺は世界一の取り引き上手」もまんざら嘘ではない。
シリアでも、米国が身を引いたことで、ロシアは解決への負担、非難を一身に浴びることになる。エルサレムの首都認定も、米大使館をすぐそこに移すわけでもなし、口先でそう言っただけでイスラエルに恩を売る。そしてサウジアラビアはトランプの最初の外遊先にして恩を売り、サルマン皇太子が国内の改革で手いっぱい、そしてイランに対抗するために宿敵イスラエルと秘かに手を握った時を見計らった。サウジ、カタール等、パレスチナのスポンサー国は、今回のエルサレム問題を大きく煽ることはできないだろう。
かくてトランプは、パックス・アメリカーナはがっちりと維持した上で、そのオーバーホールに乗り出す。戦後の政治・経済体制は、米軍・NATO・日米安保で世界の安定、GATT(今はWTO)、IMF、世銀で世界の貿易・金融・開発を差配するもの。英仏の植民地帝国が崩壊した後、米国はこれでグローバル市場を我が物にしたと思ったことだろう。

しかし、あにはからんや、戦後のGATT体制(自由貿易)は西独、日本、そして2000年代からは中国に利用され、米国が世界を自分の市場にするのでなく、米国の方が世界の市場にされてしまった。これを直そう、というのがトランプの壮大な企て。今や米国は、かつて自分が作ったGATT(今はWTO)にも後ろ向き、中国のAIIBがのしてきている中で、アジア開発銀行の理事も任命していない。

この中で、日本、EU、中国はイシュー毎に合従連衡。パックス・アメリカーナの中で、トランプ米国とパイの奪い合いを繰り広げる。トランプ政権はロシア・コネクション問題でまだすったもんだしているが、税制改革が通れば勢いがつき、バブルが崩壊しなければ中間選挙はまあまあの結果で通過、ビッグマックの食い過ぎで健康が崩れなければ、トランプの二期目も十分可能になるだろう。品の悪い、セクハラ気味のマッチョは嫌だと言っても、これは米国の地、それもトランプを大統領に担ぎ上げたキャスティング・ボートを握る中西部のプア・ホワイトの地なのだから。

1.この期間で目立ついくつかのトレンド(MKⅢ同人連)
1)米国が他国の「民主化」、「レジーム・チェンジ」を放棄

トランプは、9月の国連総会での演説で明言したように、他国の主権を尊重して民主化やレジーム・チェンジは行わない。戦後の米国が掲げてきた自由と民主主義を、他国に押し付けることはしないというのである。これでブッシュ政権がイラクに侵攻して、西側諸国に多国籍軍への参加を半分強要したようなことは起こらないことになった。
それは、「不必要な」紛争がもう起きないという意味では日本にとっていいのだが、他面、2,000年代安倍第一次政権の下での「自由と繁栄の弧」外交のように、日本が自由と民主主義の旗印を掲げて中国との差をつけ、かつ米国に対して点数も稼ぐという外交は、当面できないということを意味する。

2)中国外交は硬軟どちらに向くのか?
党大会で権力を確立した習近平は、国内で背後から刺される懸念なしに外交を展開できる。これまでの強面・復習主義的路線が周辺国を反中にするだけであったため、対日を含め宥和的態度に出てくる気配がある。

他方、日本では報道がなく当初気が付かなかったのだが、12月1日―3日、北京では、「中国共産党と世界政党の上層部対話」と銘打つ、世界諸政党の集まる会議 http://j.people.com.cn/n3/2017/1130/c94474-9299102.htmlが開かれ、120カ国から300もの政党が参加して、「北京イニシャティブ」を採択して閉会した。日本からは公明党、ロシアからは野党の共産党が参加しているが、その他の国は中国の息のかかった政党が多い。
演説をした習近平はその中で、「天下は一家である――我々は中国モデルを輸出する気はないし、他国に中国モデルを模倣することも要求しないが、4年あまりにわたって一帯一路という巨大な提携のプラットフォームを展開し、世界に貢献してきた」と述べている。
一見宥和的に見えるし、米国のような民主主義の押し付け、レジーム・チェンジはしないと言っているのだが、「一家」というところがミソで、ここには中国の伝統的な冊封体制、つまり「世界一家家父長制」的発想が濃厚なのだ。
そして、各国の野党も集めて国際大会をするというこのセンス。これは、戦前・戦後のソ連主導の国際共産主義運動、あるいは戦後の毛沢東主義を彷彿とさせるものがある。中国は建国後の1960年代、周辺諸国の共産党を陰に陽に支援、暴動等を起こさせて、遂には地元官憲による弾圧、中国との断交を呼んでいる。特にインドネシアでは1965年9月クーデターで、インドネシア共産党は壊滅、中国とはその後20年間外交関係断絶に至っている。
当面、中国指導部は宥和路線をとっている。しかし各国野党は中国の支援を当てにして、無謀な政権奪取をはかるかもしれない。中国共産党は抗日戦争の歴史だけでなく、自党の歴史ももう一度見返して見たらいい。

3)「やわら式外交」ができなくなったプーチン
プーチンは柔道(やわら)の名手。と言っても、押してくる相手の力を逆用して投げ飛ばす型。小型なので、自ら仕掛ける力はない。これまでウクライナでは米国の「民主化」に対抗してクリミアを占領、シリアでは反アサド勢力への小規模爆撃で、情勢を引っ繰り返してしまった。米国が押してきたのを、下がる気配を見せて巴投げ、米国を道場の壁にたたきつけた瞬間である。

ところがトランプはもう試合はやらないと言っている。ロシアはイラン、トルコ、サウジ、イスラエル、エジプト等の利害が相克する中でシリア情勢を収拾する任務を米国から丸投げされてしまった。ロシアは、これら諸国のいずれにも恨まれずに、停戦をはかれるのか? そしてシリアの戦後復興をはかるだけの資金はあるのか?

プーチンは、3月18日の大統領選に出馬を表明した。しかし「ロシアの政権を倒そうとする米国」を悪者として大衆の支持を掻き立てるやり方は、おそらく取れまい。トランプがそんなことはしないと言っているのに、米国をあえて敵視し、ロシアとの関係改善をめざしているトランプを敵に回すのは、プーチンとしてもやりたくない。何をセールス・ポイントとして選挙戦を戦うのか、経済状態もさして良くないので、プーチンとしては悩ましいところである。

4)「特殊部隊」全盛時代
   この頃は、米国もロシアも「特殊部隊」への依存が目立つ。冷戦が終わると正規軍同士の正面衝突はもう起きないということで、地域紛争やテロ対策を念頭に軍隊を師団(division。通常1万人)より小さい単位(例えば5000人程度の「旅団」。brigade)に編成替えすることが世界で流行った。そして今はそれより更に小さく、隠密で、議会・マスコミへの説明義務があまりない「特殊部隊」全盛の時代になっている。

米国ではオバマ政権が海外派兵をやめることを公約に当選しただけに、正規軍の派遣はアフガニスタンに止まったが、ビン・ラディンを海軍の特殊部隊SEALsが殺害したのを初め、2011年以来Special Operations Forces(SOF)員数を7万名に増強し、80カ国に8000名を配置している(10月30日付The Nation)。10月にはニジェールで米陸軍特殊部隊の隊員3人が現地武装勢力からの銃撃を受けて死亡したが、米国民はここに米軍がいることは全然知らされていなかったのである。特殊部隊の多用は、米軍の海外での行動を敏速、かつ隠密にしている。
ロシアでは特殊部隊と言う場合、参謀本部情報総局(GRU)の運用する軽歩兵部隊を指すのが一般的であった。最近ではこれに加えて、ごく少数の超エリート兵士から成る特殊作戦軍(SSO)が編成され、従来型の特殊部隊とともにクリミア併合作戦やシリア作戦に投入されている。エジプトからリビアに浸透していると言われるロシア軍特殊部隊も、SSOである可能性が高い。
そして最近では、「中国の特殊部隊」も話頭に上るようになってきた。12月1日のSVPRESSAによれば、つまりシリアでISIS掃討作戦が終了するにつれて、ISISに加わっていたウィグル人青年達(2000-5000名いるものと推定されている)が中国に回帰、テロを行う可能性が出てきたので、シリアに中国の特殊部隊が派遣された、というのである。俄かに信じがたく、おそらく連絡要員・情報要員が派遣された程度の話しなのだろうが、本当に部隊を派遣したという報道https://www.i24news.tv/en/news/international/161888-171204-commando-units-and-rice-the-chinese-are-coming-to-syriaもある。

5)そして傭兵も
傭兵は昔からの現象だ。30年戦争でのワレンシュタインが有名だが、もっと古くは紀元前331年アレクサンドロス大王がペルシャと戦った時、ペルシャ軍の中には多数のギリシャ人傭兵がいたのである。
現代の傭兵については、米国の「傭兵会社」がイラク戦争の時に多用されているが、当時名を上げたBlackwater社などは問題を起こして閉鎖され(その社長は最近まで香港所在の傭兵企業を率いていたらしいが)、その後新たにできた「企業」は目立たないようになっている。
代わって目立ってきたのが―ラヴロフ外相などは、「米国はウクライナに傭兵を送り込んでいる」と非難していたが―、「ロシアの傭兵企業」である。10月12日付のJamestownは、ロシアの傭兵企業Wagner社がシリアや東ウクライナに傭兵を送り込んでいる、この2週間ほどでシリアではロシア人兵士が100名ほど戦死しているのだが、その多くはWagner社の傭兵である、彼らの給料は月2500ドルで、会社の方は一人派遣するたびに政府から5000ドルを受け取っている、と報じている。
若年層人口の低下に(2012年には15ー29歳が3160万いて、人口の22%。2011年には3240万で23%、2009年には15-29歳の者が3370万人いたが、2012年には3160万に減少。10年先には2500万の予想-2013年6月18日付RIA)苦しむロシアは、兵力の補充にも四苦八苦している。10月9日にはプーチンが、海外での対テロ作戦には外国人を雇うことができるようにする布告に署名している。

2.北朝鮮―汚れた手を隠して仲介者の顔をするロシア

 ソ連が崩壊した時、ソ連の原子力専門家は何人も北朝鮮に雇われていった。そしてつい最近まで、ロシアの大学や研究所と北朝鮮の間の往来はツーカーで、北朝鮮は進んだ核技術をロシアからどんどん仕入れていたはずだ。
こうして北朝鮮を煽っておきながら、米国、韓国、日本が真剣な対処を見せると、「力での解決は良くない。」と諭すようなことを言って、北朝鮮に恩を売り、自分もええ格好をして見せるのがロシアの外交。北朝鮮の核開発を政府として意図的に助けていたわけではなかろうが、チャンスがあれば拾い上げて磨き上げ、外交で使えるカードにしてしまうのである。

しかし中国が米国との関係大事さに、北朝鮮への制裁をどんどん厳しくして、北朝鮮からの留学生も制限することを発表すると、ロシアはまずい立場に追い込まれた。米中が協力の構えをすると、ロシアは北朝鮮と二人だけで悪者にされてしまう。そこでプーチンは11月16日、北朝鮮制裁強化を発表、核・ミサイル開発計画を助けるおそれのある科学技術協力を停止した。

ところでミサイル技術と言うと、ソ連の時代にはウクライナが重要な役割を果たしていた。ロシアの主力ICBMは老朽化したSS-18だが、これはソ連時代にウクライナのYuzhmash工場で作られたもので、メンテもここに依存していたため、クリミア併合でウクライナとの関係が悪化したロシアは大いに困ったものだ。

そこで、ウクライナ人が北朝鮮の核開発を助けているかということなのだが、これについては情報がない。ただ、北朝鮮問題とは関係ないのだが、中国がウクライナの技術を全部吸い取る構えを示している。9月8日付のロシア独立新聞によれば、中国は陝西省に124平方キロの工場団地を作り、ここにウクライナのアントノフ、その他地域にMotor Sich、Yuzhmashなどの従業員を千人単位で家族ぐるみ誘致、兵器開発に当たらせている。どこまで本当かわからないが、本当だとしても、今のウクライナは国家の態を成していない。これは国家間の取り引きではないだろうから、ウクライナ政府に苦情を言っても、効果はないだろう。

3.日本の動き
1)日中関係改善の機運

こうした戦略環境の中で、日本について目立つのは、日中関係が改善の方向にあるということである。2012年、民主党政権による尖閣諸島の「国有化」がそれまで胡錦濤の訪日後上昇傾向にあった日中関係を一気に敵対関係に落としたが、日中はもともと互いに手を出すのを控えて共存している方が得な間柄。しかもトランプがいつ米中経済関係の方を重視するかわからない中では、日本は対中関係をよくしておいた方がいい。中国も、日本よりあらゆる意味で優位に立ったと判断した現在(経済・金融面では必ずしもそうではないのだが)、日本との関係を改善しておいた方がいいと思っているだろう。秋の共産党大会とトランプ大統領訪中を日本に邪魔されたくないため、国務委員の楊潔篪が5月に来日したのだろうし、11月APEC首脳会議の際には安倍・習近平会談が、続く東アジア首脳会議の場では安倍・李克強会談が実現し、来年は1月もしくは4月の日中韓首脳会談が日程にのぼってきている。
そして6日付日経によれば、日本政府は指針「第三国での日中民間経済協力について」をまとめ、習近平の一帯一路構想とは別に張り合わず、協力していけるところでは協力していくことで部内の意志を統一した。これは、中央アジアを自分の庭と心得るロシアを大いに不安にさせるものだろう。

2)北朝鮮の核ミサイルへの対抗手段
6日日経等によれば、防衛省は空対地の巡航ミサイルを保有することを決め、ノルウェー製のJSM(射程500キロ)を購入するための予算を追加請求することとした。また米国製のJASSM-ER(射程1000キロ)購入を検討するための調査費も追加請求することとした。これで、日本は侵略勢力の基地を叩く能力を獲得することとなり、その分抑止力が高まる。
他方、巡航ミサイルに核弾頭を搭載し、北朝鮮等による日本攻撃を抑止しようとするのであれば、それは潜水艦に配備しておくのが望ましい。本土に核兵器を置いておくことは政治的に無理だし、敵勢力からの先制攻撃を受けやすいからである。巡航ミサイルを購入するのであれば、核弾頭のついていないものでもいいので、潜水艦への配備を考えるべきである。そのための大きな改修は必要でないようだ。

3)「汎用護衛艦」の建造
自衛隊の護衛艦、イージス艦の多くはいずれも戦力がいびつである。米空母護衛を意識してなのだろうが、対潜・対空能力に重点がかかり、海上戦能力に欠ける。海上戦にも強い(つまり上と下だけでなく横にも撃てるということ)汎用の護衛艦をもっと多数建造する必要がある。それがあれば1隻だけでも公海上を遊弋することで、大きな牽制効果を生み、敵の戦力を分散させることができる。それは陸上でのゲリラ戦のようなものなのだ。

しかしこの点についても、自衛隊は手を打っていて、来年度以降、多機能護衛艦として10隻内外が建造されるだろう。

4)「いずも」、「かが」は空母になれるか?
「いずも」とその姉妹艦「かが」は排水量が2万6000トン、全長250米。外見からは堂々たる軽空母である。この2隻はヘリコプター空母として設計されているのだが、自衛隊が購入を始めた米国のF35Bは垂直離着陸可能な戦闘機である。甲板の耐熱仕様等を変えてF35 B を使えば、「いずも」、「かが」は軽空母となる。
但しヘリ空母としての能力とどのくらいの差があるのか、また空母を空から撃滅できる弾道ミサイルの開発が進む今の時代に、あえて空母を持つ必要があるのかは、今後の議論のテーマである。なお英国で進水した英国史上最大の軍艦クィーン・エリザベス(排水量6万5000トン、全長284米)は、当初からF35B を搭載する空母として設計されている。これをアジアで運用する話があるようだが、EUを離脱する英国は、自分の存在感を維持するために躍起である。日本と提携してもらってもいいだろう。

4.米国の動き(村野担当)
1)米国防予算

トランプは「内向き」と言われながらも、国防予算は増やそうとしている。この2つの間には整合性がないように見えるが、もしかすると核ミサイルの近代化、ミサイル防衛等、米国「専守防衛」用の予算を増やすだけかもしれず、さらなる観察が必要だ。10月から始まっている2018年度の予算案は未だ成立していないが、現状を抑えておこう。

5月23日の予算教書で大統領が議会に要求したのは6771億ドル。この中には646億ドル分の海外での行動分が入っているし、エネルギー省が担当する核ミサイル、NSAが担当する電波諜報も入っている。
オバマ時代に成立した歳出強制削減のための「予算管理法(BCA)2011」によるならば、2018年度の国防費歳出上限は5490億ドルで、大統領の要求額はこれを約460億ドル上回っている。
ところが議会は大統領の要求額以上の6921億ドルをつける構えであり(うち657億ドルが海外での行動分。11月9日の両院協議会報告書)、これは歳出上限を774億ドルも超過している。

2)核ミサイル近代化
それに加えてトランプ政権は、オバマの時代に冷遇された核ミサイルの近代化を推進している。まずサイロから発射する最も古典的なICBMであるミニットマン3(1950年代から開発)の後継を開発中である。GBSD(Ground Based Strategic Deterrent)と称している。
潜水艦から発射するSLBMのトライデントD5は引き続き使用する。また、弾道ミサイル用低出力核弾頭の開発を検討している可能性があり、これは付随被害を局限しつつ、即時かつ柔軟な打撃力を強化する目的がある。
加えて、新型空中発射型巡航ミサイル及び、これにオプションとして搭載できる新型核弾頭の開発が始まっている。前者は、日本の自衛隊が購入を検討しているJASSM-ERよりも更に射程が長く、超音速設計がなされると見られている。

1987年の米ソINF撤廃条約は、射程500キロ以上の「中距離ミサイル」の配備を禁じているが、これは陸上配備のものだけで、海上・航空機発射のものは自由である。(ロシアは既に射程1000キロの巡航ミサイルKalibr、及び4500キロのKh-101を開発ずみで、2015年12月にはロシア領内の軍艦から―陸上発射ではないという言い訳のために―シリアに発射している)。
核搭載の新型巡航ミサイルは、LRSO(Long Range Stand Off Weapon)と仮称されている。かつては現行トマホーク巡航ミサイルが核弾頭を搭載していたが、これは既に撤去・廃棄されている。核弾頭搭載の新型巡航ミサイルが太平洋軍に配備されれば、トマホークから核弾頭を撤去して以来開いていた核の傘の穴を補修する一助となる。

他方、ロシアのICBMの技術は進化しており、特に後記サルマートICBMの放つ極超音速滑空体(マッハ5以上で目標に激突)は未完成ではあるものの、米側はこれを撃破する兵器を持たない。またロシア等がもくろむ、ICBMを南極方面から回り込ませ、ミサイル防衛網の手薄な東海岸を直撃する体制が完成した場合には、これも米側の防御体制は不十分である。米国のミサイル撃破用ミサイルGBI(Ground Based Interceptor)は殆どがアラスカ(一部がカリフォルニア)に集中配備されているので、東海岸にも新たにGBIを追加配備することになれば、国防費のかなりの部分がそれに食われて、米国は本当に内向きになってしまう。

3)空母運営戦術の変化
米軍は11月、朝鮮半島沖に一時3隻の空母を集結させた。中東情勢も安定していない中、10隻しかない空母の使いまわしは難しくなっている。10隻あると言っても、修理などのために3分の1近くは稼働していないのが常態だからである。しかし、大型の強襲揚陸艦を改造して垂直離着陸のF-35B戦闘機を搭載すれば、軽空母が9隻誕生する。既に2隻が改造ずみである。

だが、ロシアに対しては米国はつとに空母を用いるつもりはなく(反撃体制が強く危険である)、中国に対しても空母は近づけられなくなりつつある。であれば、あえて揚陸艦を改造して空母に変えなければならない程、大兵力が必要となる事態は起きないだろう。もともと揚陸艦は、海兵隊等陸上兵力を上陸させるためにあるので、これを全部空母にされたら、日本周辺での抑止力も低下する。

空母は第2次大戦以来、海軍の華であり続けているが、それもいつまで続くだろう。ロシア、中国に対して用いないのであれば(牽制の道具、抑止力としては使えるが)、途上国の地域紛争で威嚇の手段として用いるくらいしか用途はなくなる。既に2015年9月17日RAND研究所はそのDefense Newsで、在来型の戦闘機部隊(航続距離が短いために、ある程度中国に近いところに配備せざるを得ないが、そうすると中国のミサイルの脅威にさらされる)や空母戦力を迅速に縮小し、遠方から攻撃できる海上航空戦力(艦船配備の巡航ミサイルの類か)の整備を急ぐよう提言している。こうやって、もし米国空母の運用法が変化すれば、海上自衛隊の装備・運用にも変化を加えなければならなくなるだろう。

5.中国の動き(近藤担当)
1)第19回共産党大会における習近平の権力確立

大会で習近平は「3段階の戦略目標」を提示。これによれば、2021年の共産党100周年までに豊かな小康社会を実現、2035年(習近平は82歳)までに社会主義の現代化を実現、2049年の建国100周年までに社会主義現代化強国を実現し、世界一の大国となるつもり。今回政治局常務委員が習近平の腹心で固められ、胡春華・広東省党委書記、陳敏爾・重慶市党委書記等の後継候補者が排除された。党大会後は全国的な習近平への偶像崇拝化運動が進んでいる。こうしたことに加え、今回初めて2035年という中期目標が定められたことに鑑みると、彼は2035年82歳まで留任するつもりではないか。

2)「抑止」思想の不在
   党大会では、2049年までに中国軍を世界一流の軍隊とする、戦争ができて戦争に勝てる軍隊にする、富国と強軍の双方を追求するという点が打ち出されたが、ここでは自衛、あるいは抑止という観点よりももっぱら、戦うことが強調されている。このままでは、戦って功を認めてもらおうとする将軍が輩出しかねない。

3)党中央軍事委員会の純化

人民解放軍のトップ機関である党中央軍事委員会は今回、メンバーが11名から7名に減らされたことで、ほぼ全員が習近平に近い軍人となった。その中では、海軍の代表が不在である(国家軍事委員会の方には呉勝利が残っている)こと、第二砲兵隊(ミサイル軍)の代表が2名もいることが目を引く。

4)台湾武力統一の文言はなし
党大会前には、習近平は台湾に対して強硬な路線を打ち出すとの観測が行われていたが、実際には「台湾独立勢力による分裂活動は、これを打破する能力がある」とは言いつつも、「両岸は一つの家族という考えに立って、大陸における発展の機会を台湾同胞と分かち合う」という統一戦線工作を強調することで終わった。だが人民解放軍は台湾周辺及び南シナ海での活動を強化しており、表面的には微笑外交を続けながらも、着実に台湾武力統一に向けて歩み出していると見るべきではないか。

5)中国外交のグローバル化?
これまでの中国外交はグローバルになったと言っても、グローバルにカネを配っている程度であったが、最近は軍も乗り出して、現地の安全保障、政治的安定にもじかに関わろうとする姿勢を見せている。これが、習近平体制が「ユーラシアの覇者」を目指して始動したということを意味するならば、中国は今後ロシア等、多くの国との摩擦を高めることになるだろう。

例えば11月10日には北京で、常万全・国防相がジンバブエのチウェンジア国防司令官と会談しているが、これは世界のマスコミに、ジンバブエはムガベ降ろしのクーデターに対して中国の了承を事前に求めたと報じられた。実際中国は南アフリカやジンバブエでは大きな経済的プレゼンスを持っており(それは現地政権が、中国のカネを組みし易しと考えて安易に飛びつくからだが)、空前のインフレに見舞われた後のジンバブエでは人民幣が通貨の一つとして国内で流通しているのである。

更に11月22日には北京で、李作成・連合参謀部参謀長がミャンマーのミン・アウン・ライ総司令官と会談し、ロヒンギャ問題への対応を話し合っている。
加えて、前記の如くISISに加わっているウィグル人が中国に帰ってテロをしないよう、中国特殊部隊が送られているという報道もある。これだけ世界中に手を伸ばすと、いつかは負担能力を超えることになる懸念もある。

6)米中のICBMは実はParity?
これまでは、ICBMのロケット数、弾頭数で、米国は中国をはるかに上回るものとこれまで思われてきた。ところが最近では、中国のICBMはこれまでの推定60基程度よりもっと多い75-100基程度あるのではないか、しかも中国のICBMの多弾頭化が進行し、最近黒竜江省に配備されたDF-41 は6-10個の弾頭を搭載できる、そうなると中国は最大400程度の弾頭を保有していることになり、米国のサイロ収納型ICBMのミニットマンのサイロ400基を第一撃で全滅させることができる計算になる、つまり中国は第一撃を放つ誘惑に駆られやすくなる、という意見が現れてきた。このため、米国が陸上配備ICBM(GBSD)をサイロ固定式から移動式にするということも理論上は考えられる。但し移動式ICBMの開発は、より多くの予算を必要とする。

6.ロシアの動き(小泉担当)
1)装備費をめぐる軍と財務当局のしのぎ合い

先号ではロシアの国防費削減傾向を指摘したが、装備費は安泰のようである。2018年に開始される新装備計画「2025年までの国家装備プログラム(GPV-2025)」は、一時期言われていた総額17兆ルーブルではなく、19兆ルーブルとなり、これとは別に国家親衛軍などの準軍事機関に3兆ルーブル、軍事インフラ建設費用に1兆ルーブルが支出されるという。10月26日付JamestownのニュースレターでFelgenhauerが指摘しているが、「シルアノフ財務相は、NATOの脅威を誇張する軍の国防費増強要求に負けた」のである。
但し、先号でも指摘したとおり、GPV-2025はあくまでも目安で、毎年の国防費がいくらになるかは各年度の予算折衝次第である。これまでもGPVでも予定された支出が完遂されたことはないことを考えると、今後実際の軍事支出がどれだけになるかは、政治に左右されるところが大きいだろう。この意味では大統領選後の新内閣において、軍事支出の増大に警戒的な経済リベラル派がどの程度起用されるかが一つのメルクマールとなろう。

2)ロシア製新型兵器の脅威
GPV-2025の重点項目は、a)戦略核戦力の近代化継続、b)精密誘導兵器の増強、c)人工知能やネットワークの活用、などとされている。
a)については、現在調達中のRS-24ヤルスICBMや955型SSBNに加え、新世代核兵器の登場が予見される。特に注目されるのは、製造及びメンテナンスをウクライナに依存していたRS-20V(SS-18)重ICBMに代わり、新型重ICBMとしてRS-28サルマートの開発が計画されている点である。ただ、その発射試験は度々延期されており、開発の難航がうかがえる。
また、サルマートは通常の核弾頭を多数搭載するだけでなく、米国のミサイル防衛網を突破できる極超音速弾頭(プロジェクト4202又はYu-71の名が伝わっている)を搭載することも視野に入れたミサイルであると見られる。ブースターが所期の性能を発揮するのであれば、南半球周りで米国のミサイル防衛網が手薄な方向を叩くという、かつてのFOBS(部分軌道爆撃システム)のような使いかたもできよう。
RS-24ヤルスの小型バージョンとして開発されているRS-26ルベーシュも極超音速弾頭を搭載すると言われる。ただ、米中とは異なり、ロシアの極超音速弾頭は今のところ核弾頭搭載型が念頭に置かれているようだ。極超音速通常弾頭によるグローバル迅速打撃構想のようなものには、ロシアはあまり関心がなく、あくまでも従来の核抑止戦略の延長上におけるMD突破能力の向上が主眼であると考えられる。
b)については新型ステルス戦闘機Su-57に搭載可能な各種小直径誘導爆弾・ミサイルに加え、シリアで初めて実戦投入されたKh-101巡航ミサイルの小型・廉価版Kh-50が開発・配備される見込みとされる。Kh-50のような小型巡航ミサイルが登場すれば、Tu-22M3のような中型爆撃機も長距離精密攻撃に投入することが可能となろう。
また、同じくシリアで初実戦を経験したカリブル艦対地巡航ミサイルもロシア海軍では標準装備となりつつあり、ロシア海軍の対地パワープロジェクション能力はにわかに向上しつつある。今後は3M22ツィルコンと呼ばれる極超音速対艦ミサイルの開発も予定されている。
c)については、軍用高速通信衛星網や戦場情報システムの整備といったネットワーク化の進展に加え、遅れ気味であった無人兵器(無人偵察機や無人戦闘ロボット兵器)の整備が今後の重点となろう。
ただ、厳しい予算状況の下であるために、兵器調達も一定の制限を受ける見込みである。たとえば鉄道移動式ICBMバグルジンは予算不足から開発が無期延期となり、海軍が期待していた新型空母や大型駆逐艦も当面は開発フェーズにとどまると見られる。空軍もSu-57の初期型エンジンの性能に不満があるとして、新型エンジンが実用化するまで購入を手控える見込みである。陸軍も旧式戦車の近代化改修を大々的に行っていることから、2015年の戦勝記念パレードでデビューした一連の将来型戦闘車両シリーズの大規模調達をかなり先送りにするつもりかもしれない。


3)兵器はあっても人がいない
2017年末に実施された国防省拡大幹部会議報告によると、同時点におけるロシア軍の契約軍人(志願兵)は38万4000人であった。これは5年前の水準(16万2000人)と比べて大幅な増加であるが、2016年末の時点と比べて増加が見られない。それ以前は毎年数万人ずつ契約軍人が増加していたことを考えると、軍人の徴募に困難をきたしている可能性もある。
一方、徴兵は毎年約30万人程度であったのに対し、2017年は24万人程度に留まった。プーチン大統領のいうように、長期的に徴兵制を廃止するという方針を反映したものか、単に徴兵の募集が困難になっているのかは判断がつき難い。いずれにしても、契約軍人と将校(20万人程度と見られる)だけで定数100万人のロシア軍を充足することは困難であり、当面は徴兵制を継続せざるをえないだろう。
そのような状況にあるために、前述のように傭兵企業が登場したり、海外での対テロ作戦では外国人兵士の雇用も認めるようになっているのである。

4)シリア、ウクライナからは次第に手を引く
クリミア併合、シリア爆撃は、プーチン外交の声価(ロシア国内での)を大いに高めるものとなったが、その賞味期限は切れ、世論調査では飽きの傾向が顕著、国民は今や西側との関係改善、そして生活問題に主要な関心を向けている。
シリアでは、プーチンは米国、トルコ、イラン、サウジ、イスラエルとの関係を固めた上で、11日アサドを訪問、ロシア軍の漸次撤退の意向を告げている。当面、シリア国内のイラン革命防衛隊勢力の残存、クルドの扱い、トルコとの国境近く(7月18日付Bild紙)、及びジョルダンとの国境近くのAl-Tanf付近に置かれていると言われる米軍基地(6月22日付Jamestown)の扱いが問題となる。

ウクライナでは、東ウクライナでそれなりのstatus quoが成立しているようで、ロシアとウクライナの貿易、人的往来は増加している。10月19日付ロシア新聞によれば、1-8月の貿易はドル・ベースで対前年同期比24,7%増加している(本年2月、跳ね上がりのウクライナ右翼が、東ウクライナへの交通路を遮断、そのため石炭・鉄鉱石の大産地である東ウクライナの石炭は、現在ロシア領を経由してウクライナに「輸入」されている。またルーブル・レートの上昇もドル・ベースでのロシアの輸出額を膨らませている)。ウクライナの輸入の13,7%はロシアからで、ロシアはウクライナの最大の輸入先である。ウクライナ人にとって、EU製品は高すぎることもある。そしてウクライナの輸出の9,5%はロシア向けである。また9月12日付Interfaxによれば、ウクライナからロシアへの旅行客は上半期270万人で56.1%増になっている。紛争は凍結されたのである。東ウクライナの経済はおそらくアフメートフ等のウクライナの財閥に相変わらず牛耳られ、それによって安定していることだろう。

従ってウクライナ問題の基本的な状況は、ポロシェンコが2019年3月に予定される大統領選挙も念頭に、東ウクライナ問題での妥協を拒否(武力奪還する力もない)しているのに対して、プーチンはもはや東ウクライナの併合は考えないも、名誉ある撤退をめざしてのらりくらりと対処しているということだろう。ロシア国民は、東ウクライナからは手を引くことを求めている。
9月、プーチンは東ウクライナに国連PKOを送ることに反対しないと述べたが、これも目くらまし作戦の一つである。この提案は、「東ウクライナにPKOを」というポロシェンコの提案に応えたかっこうをとっているが、実は両者は根本的に違う。ポロシェンコは、東ウクライナとロシアの境界にPKOを送れと言っているのに対してプーチンは、東ウクライナとウクライナ本体の境界にPKOを受け入れると言っているので、共通項はPKOという単語しかない。
なお9月15日付のKyiv Post紙は国家安全保障防衛協議会のTyrchynovの発言を引用、2016年ロシアは東ウクライナに60億ドルを費やしており、うち半分は軍事費であると報じている。公務員の給料・年金だけでも10億ユーロを支出している。東ウクライナの現地企業からは税を徴収しているものと思われるが、右数字はそれにロシア政府が上乗せしている部分であろう。
つまりロシアは東ウクライナを軍事的には制圧できても、東ウクライナ併合の政治的・経済的負担には耐えられないということである。

7.欧州での動き(河東担当)
長くなったので、簡単に。
1)欧州でも「ハブ&スポーク」型に?
NATOではバルト諸国、ポーランドの「東翼」、黒海周辺の「南翼」諸国がロシアの脅威を感じ、防衛強化を求めている。しかし5月30日Russia-insider.com(西側系)によればスロバキア、ハンガリーでは対ロ宥和・中立志向が強く、ブルガリアもロシアを過度に刺激することを避けたがる。
これもあり、バルト・ポーランドの防衛強化は一応NATO諸国が集団で担当しているが、ポーランド、ルーマニアへのミサイル防衛ミサイルの配備は、実質的に米国が単独でやっている。

ロシア軍は国防費増強を正当化するため「NATOの脅威」を言い立てるが、NATOは加盟29ケ国のコンセンサスがないと決定ができないクラブ的な存在に化している。だから防衛の実体は、上記ポーランド・ルーマニア配備のMDのように、米国が当該国と1対1で合意して、それにNATOの明示的あるいは「暗黙の」合意があったことにしてかっこうをつけるようなことが行われている。欧州でも、アジアでのような米国との"Hub and Spokes"体制ができてきたと言えよう。「トランプが内向きだから、EUはEUだけの軍事協力を強化する」という言説が行われているが、これまでと同様、実効性は持たないだろう。

2)ロシアとの境界で揺れる国々
旧ソ連・ソ連圏の国々は、ロシアとEU・NATOの間で揺れ動く。彼らはロシアとNATOに二股をかけ、双方から何かをせしめようとするのだが、ある時は失敗してウクライナのような股裂きの刑に会う。現在も、旧ソ連圏のセルビアも含めて、旧ソ連諸国のすべてが二股外交を続けている。安全保障面でロシアに依存しているアルメニアのみが比較的ロシアに抑え込まれているが、この国も11月24日にはEUとCEPA(Comprehensive and Enhanced Partnership Agreement。連合協約と異なり、FTA規定を欠く)を締結。2013年9月にはプーチンに強引につぶされたEUとの連合協約への夢をつないでいる。

この中で目立つのはモルドヴァとアゼルバイジャンである。モルドヴァはならず者実業家プラホトニュクがフィリップ首相以下の政府を牛耳っているのだが、ドドン大統領(直接選挙)はこれに対抗するためロシアに傾斜。EUに傾斜する首相・政府と泥仕合いを続けている。EU側はその内情を知っており、モルドヴァを取り込むのを急がずに、昔モルドヴァを領有していたルーマニアに扱いを一任している感がある。

アゼルバイジャンは、自国領内のナゴルノ・カラバフ地方をアルメニアに武力占領されているのを取り返すことを至上課題とし、アルメニアに師団を置いて共同演習までするロシアに抗議を繰り返す。12月には、ロシアがアグレマンも求めずに新任大使を任命したのに対して、受け入れ拒否の姿勢を示した。また兵器ではイスラエル製(2012年には合計15億ドルで防空兵器等を購入)を輸入しているし、パキスタン・中国製のJF-17戦闘機購入にも関心を示している。そして9月にはバクー、トビリシ、トルコを結ぶ鉄道を稼働、カスピ海のフェリーを使えばロシア領を経由することなしに欧州に行ける鉄路を中国に提供し始めた。

3)英国の新型空母はナンボのものか
 英国は排水6万5000トンもの大型空母「クィーン・エリザベス」を進水させた。同型艦もう1隻が建造中である。これはカタパルトを装備していないので、垂直離着陸のF35B運用を予定している。空母護衛のための付随艦が揃っているのか(原子力でないので給油艦も必要)知らないが、いったいどこでどういうふうに使うつもりなのかわからない。もちろんフォークランドにアルゼンチンが何かしかけるのを抑止する力にはなるが、平時には無用の長物。当面、アジアで運用すると言っているようだが、どうするつもりだろう。当面はインド洋で活動し、増大する中国海軍のプレゼンスににらみを利かしてもらいたい。
                             (以上)
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