Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2017年8月26日

パラダイムの変化2 「経済発展」、「進歩」の停止?

(これは、23日「まぐまぐ」社から発行したメルマガ「文明の万華鏡」の一部です。全文にご関心の向きは、http://www.japan-world-trends.com/ja/subscribe.phpで購読の手続きをお願いします)

日本では、1991年バブルが崩壊して以来、低成長の時代が続く。その割には都心は高層ビルの建築ラッシュだし――僕のような年寄りにとっては浦島太郎気分を助長するので、いい加減やめてほしいのだが――、バブル崩壊以後の新築住宅、マンションの質の向上は目覚ましい。それはやはり、日本の資本と技術が海外に出て、海外で稼いで、利益の一部を国内に戻していることが大きいのだろうし、デフレと言うが、実態は中国やASEAN諸国で組み立てられる日本企業の製品が安価で日本に入ってくるからそうなっている面も大きいだろう。日本自体は低成長でも、日本の資本は着々と膨らんでいく。資本主義のメカニズムが効かなくなったわけではない。

それなのに、「資本主義の終焉」のような議論が定番になっている。しかしそれは、日本国内の資本の動きだけ見ているので、海外における日本資本の動きも合わせて考えれば、有史以来の、「手元にあるものを投資して増やしたい」という人間の欲望は全然なくなっておらず、従って資本主義も安泰なのだ

この頃はまた、新手の問題が生じている。それは、ロボットがモノを生産する度合いが増えてくると(今でもロボットみたいなものが自動車を組み立てているが)、生産性がどんどん上がり、作られるものはどんどん増え、モノの値段はどんどん下がり、利潤もゼロに近くなっていく・・・ということになるのではないか、ということ。利潤がゼロだと、企業は技術革新のために投資する力がなくなる。図体は大きくとも、コモディティー化した旧式の製品を無限に作る会社ばかりになってしまう。

しかしそれは、例えばダイソンの掃除機、扇風機を見れば、懸念は解消する。英国のベンチャー、ダイソンがやったように、まったく新しい原理の掃除機や扇風機を作って、高めの値段で販売すれば、利潤も出るし、技術進歩も止まらない。

もう一つの問題は、ロボットは人間の職を奪うだろうということだ。今、経済論壇で流行の兆しを見せているのは、「最低所得保証」。職を失った人間達にカネを与えて、ロボットが大量に作り出すモノや食べ物を買わせよう、そうしなければ需要がなくなり、工場も、経済全体も止まってしまう、というのである。これはオランダやフィンランドで実験され始めている、最低収入保証――要するに失業保険の恒久化、あるいは年金の若年化なのである。

どこかおかしい。企業は利潤を維持するためにロボット、AIを導入し、人間を放り出す。そして企業は税金を払って、その税金で失業者にロボットが作ったものを買わせて操業を維持する・・・。おかしい。それだったら、ロボットの代わりに人間を雇い続けていればいいではないか。

最低収入保証を仮に実施するにしても、こういうことをやるだけの税収を政府は確保できるのだろうか。「いや、それは心配ない。ロボット、AIが生産力を飛躍的に拡大して、『欲しいものは欲しいだけ手に入れる』共産主義社会が実現するのだから。モノの価格はなくなり、だからカネを貯める意味もない。紙幣もデジタル・マネーもいらなくなるし、税もなくなるのだ」と、ふと思う。しかし本当にそうか?

大きな問題が残っている。それは、たとえモノやサービスの値段がゼロに近くなっても、そうはならないもの、つまり希少性があるものがこの世にはいつまでもあって、そこでは古典的な需要と供給の理論が支配し、価格もカネも意味を持つ、ということなのだ。その典型は土地である。ロボットのために失職した人達に、無料で土地や住宅を提供することはできないのである。

無料のものと有料のもの。この二つの範疇をどうやって一つの経済単位の中にまとめておくのか? カネは土地のような希少価値を持ったものの取引にだけ用いられるのか? 今でも空気は絶対的に重要だが、値段はついていない。それでも経済学はおかしくなっていない。しかしモノとサービスという、これまでも経済の大宗を成してきたものが、経済学の範疇から姿を消すということだと、経済学というより不動産業の業界景気だけの話しになってしまうのでないか?

この問題をグローバルに引き延ばしてみると、問題は更に深刻化する。つまり開発途上国や旧ソ連圏の人達はどうなるのかということ。

そして、仕事をしなくても生活できる人間が増えてくると、彼らの精神状態はどうなるのか? その時人間は向上心や勉学意欲を失って、動物化するのでないか?
以上、いろいろ考えると、頭がフリーズする。誰かケインズのような殊勝な人が、「ロボットと人間と資源に関する一般理論」でも書いてくれないものか


 

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