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2021年10月 4日

2020年のロシア経済

(これは平和安全保障研究所年報「アジアの安全保障」に掲載されたものです)

この1年、ロシアの経済は新型コロナ流行に大きく揺さぶられ、財政拡大から緊縮への転換等、いくつかの方向転換を迫られた。しかし2020年第2四半期には対前年比7.8%も下落した経済も、第4四半期には前年比1.8%の下落にまで急回復。20年のGDPはマイナス3.0%の減少で食い止め、日本のマイナス4.6%に比べればましな結果となった。

しかし2009年以来の成長率は年平均1.8%弱に止まり(日本は0.8%弱)、2014年のクリミア併合と原油価格の低落を引き金とする実質可処分所得の低落は、コロナ禍でまた勢いを増している。今年9月には総選挙を迎えるので、国民の間に不満が溜まらないようにしておかないといけない。

なお2020年ロシアは、OPECの一部に協調して原油生産をかなり削減した。化石燃料から脱却というグローバル・トレンドもあり、20年はロシアが原油依存から別の途を追求し始めた年として記憶されることになるかもしれない。20年4月採択された、35年に向けての「エネルギー戦略2035」では、水素生産で世界のリーダーとなるとの目標が掲げられている。

(マクロの数字)

20年のGDPは3.0%縮小した。これは先進国の中では良好な成績であり、また製造業が第4四半期には対前年同期比2.0%の増加を見せたこと、穀物生産が好調で世界一の小麦輸出国となり20年には農産品輸出で300億ドル強を稼ぐに至ったことも、救いである。20年4月にかけて原油価格が大幅に下落したため、20年の総輸出額は対前年21%減少したが、それでも920億ドルの貿易収支黒字、339億ドルの経常収支黒字をあげた。

21年第1四半期の統計は出揃っていないが、昨年第3四半期に見られたコロナからの回復傾向は第4四半期で足踏みし、そのトレンドが持ち越されているようだ。ロシア経済は、コロナ禍からはほぼ回復したものの、19年までの長期停滞トレンドに戻っただけだと言えよう。2009年~20年、ロシアのGDPは実質で19%増加したが、これは年平均1.8%弱の低率なのである。

(コロナ禍の影響)

プーチン政権はこの停滞から脱するため、2024年までに官民で25.7兆ルーブルの支出を予定する「国家的プロジェクト」12件を立ち上げ、その執行で手間取っていたメドベジェフ首相を20年1月、辣腕のミシュースチンに代え、いざジャンプ・スタートというところで、コロナ禍に陥った。プーチン大統領は3月30 日から5月11日までを「非労働日」とすることで、感染拡大を一時下火とした。これで経済活動が停止したわけではないが、第2四半期の鉱工業生産(原油等を含む)は対前年同期比で6.7%、小売売上は16.0%の下落を見た。

ロシアの大手企業の殆どは国営、ないし実質的に国営なので――そのため「コロナ救済措置」は他の先進国に比べて少額で済む――、「非労働日」による損失は特にサービス部門の中小企業にとって打撃だったと見られる。全国の失業率は20年第1四半期には4.6%であったのが、同第3四半期には6.3%に跳ね上がっており、大都市での実感はこれを上回った。但し、政府は中小企業の社会保障費負担を30%から15%に半減したり、諸手続きの合理化・削減を行うことで救済を図った。

20年2月から6月にかけて世界の原油価格が大幅に下落し、テキサスの先物価格はマイナス領域に落ち込んで話題となったが、ロシアの原油価格の指標であるブレント原油も4月に1バレル23ドル強に落ち込み、これにロシアがOPECの一部産油国に同調して約8.5%相当もの原油減産を実施したことから、第2四半期の石油・天然ガス関連国庫歳入は前年同期比で60%減少、国庫歳入全体も30%以上減少した。しかし原油価格は21年3月には65ドル強の水準に回復したし、政府内の資産の操作で20年全体では国庫歳入は対前年で増加を見せ、GDP0.8%分の財政黒字を上げることとなった。

他方、産油量は21年2月は対前年同期比マイナス13.8%の水準に下落傾向を強めており、減産のためにバルブを止めて凍結してしまったロシアの油井は回復が容易でないことを示している。

(緊縮政策への転換)

コロナ禍直前までは、長期停滞傾向を財政支出拡張と利下げで克服しようとしていたロシア政府は、21年には緊縮財政・利上げの方向に転換している。これは、2020年の国家歳入が実際には不振であったと思われること、また2020年末から一部品目でインフレが顕著となり――食品価格は6.7%上昇――、21年1月末にはバター、砂糖等にソ連時代のような価格統制を導入せざるを得なかったことも影響しているだろう。これまで利下げに努めてきたロシア中銀も21年4月末には、0.5ポイント利上げして政策金利を5%とした。また一律13%だった個人所得税に手が入れられ、21年からは年収500万ルーブル以上の高所得者の税率が15%に引き上げられたし、海外に本社を置くことでロシアでの節税をはかっていたロシア人の企業に対しては、その本社所在国との二重課税防止条約を破棄してまで、課税を強化した。

その上で政府は20年9月の閣議で、21年度予算では公共福祉に関わらない項目の予算は軒並み10%削減することを決定。それを受けて、21年度予算の歳出額は20年度に比べて6%削減となった。これに応じて「国家的プロジェクト」も規模縮小の方向が示された上、20年7月にはその完遂時期がこれまでの24年から30年に後倒しされた。24年はプーチン大統領の今の任期が切れる年であるので、この後倒しは内政上の意味合いも持つ。

(ロシア経済は言われている程悪くない)

ロシアの経済は、西側で言われている程には悪くない。世界での石油需要は当面続くし、天然ガスへの需要も今年はEUで非常に大きいものがある。石油、兵器に加えて、穀物等農産品が20年で300億ドル強と、大きな輸出品に育っている。財政は黒字で、外貨準備は約6000億ドル、石油輸出の超過利益分を積み立てた「国民福祉基金」は2019年から倍増して1800 億ドル強の水準にある。本年の総選挙、そして2024年の大統領選挙に向けてばらまきを行うための資金は十分ある。

このため、ロシアの株価は上昇を続けており、ロシアの国債も外国金融機関の間では人気が高い。西側諸国によるロシア制裁は、先端技術の輸出制限でロシアの兵器生産を阻害している他は、金融面も含めてロシアに痛みを与えていない。

ミシュースチン首相の行政能力は高い。彼が産業政策面での知見に欠けている点は不安要因なのだが、プーチンは20年6月のスピーチでIT関連企業の法人税、社会保険負担を大幅に削減することを約束しているし、前期のように35年に向けての「エネルギー戦略2035」では、水素生産で世界のリーダーとなるとの目標を掲げている。ロシアは、経済の構造改革にも取り組んでいるのである。

(対外経済関係)

 ロシアの経済は、閉じた体系ではない。耐久消費財の多くを輸入に依存しているだけ、天然資源等の輸出で外貨を得ることが重要だし、その外貨収入は海外で運用されることが多い等、金融面でもロシアは世界経済に組み込まれている。そしてロシアの政府・銀行は、旧ソ連諸国を中心に外国に低利融資を行うこともある。

ロシアの貿易相手国としては中国が第一位の座を占めているが、欧州を国毎ではなくEUとして括れば、ロシアの輸出の50%弱を吸収するダントツの貿易相手である。EUとの間では2014年、ロシアが逆制裁としてEUの食品輸入を禁じたことが、20年には食品価格の上昇となって跳ね返って来た。

なお、米国はロシアの天然ガスの対EU輸出を抑制しようとしているが、米国産シェール・ガスはロシア産に価格で劣ることもあり、EU側は譲る気配を見せていない。米国はロシアへの制裁を強化しつつも、自身はロシア産重油の輸入を急増させる等(20年は米国石油輸入の7%に達した)、言行不一致のところを見せている。総じて、ロシアと西側諸国との経済関係に大きな変化はない。

中国との貿易、特にエネルギー資源、海産物の輸出で対中依存が強まっていることには、ロシア国内で警戒する議論も見られるが、改まる気配はない。ロシアは米国に対抗するために中国との提携を強め、経済面ではドルを国際基軸通貨の座から追い落とすことを目標として、20年央には両国間貿易決済でドルの比重を50%以下に落とした。またロシアは保有する米国債を2017年には売却し始め、20年5月には僅か38億ドル分の保有(保有分を96%売却したことになる)になっていたが、以降買い増して21年3月には60億ドル強になっている。

なおコロナ禍で、中央アジア諸国等からの出稼ぎ者は数字の上では大きく減少。キルギス、タジキスタンを中心に、経済に大きな影響を与えている。

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