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2010年7月 5日

中央アジア情勢メモ[2010年3~4月周辺]

(5月周辺のものは東京財団のサイトをご覧ください)

3~4月周辺の中央アジアとその周辺の情勢をまとめてみた。主として露語、英語の公開情報に基づく。

1.概観
3~4月の中央アジアとその周辺の情勢で、トレンドとして把握しておくべき大きなものは次のとおり。
(1)米ロ関係の「リセット」さらに進む
ブッシュ時代こじれた米ロ関係を「リセット」していく上での大きな中間成果として、4月初旬新START(戦略核兵器削減)条約が結ばれた。双方で批准されるまで数年かかる可能性もあり、核のない世界が早急に実現するわけではないが、米ロ接近はユーラシア大陸情勢の基調の一つを成していくだろう。米国に対して強面に出たプーチンに比し、メドベジェフは石油依存の経済体質を改革したいこともあって歩み寄る姿勢を顕著にしていることも、そうした傾向を支えていくことだろう。

(2)NATOとロシアの間の関係
NATOは現在、「新戦略概念」を秋までに完成するべく作業中である。その中で、冷戦後、そして「リセット」の雰囲気におけるロシアとの関係が最大のイシューとして浮上している。そしてこれは、NATOの存在意義にかかわる。NATOに新たに加盟した中・東欧諸国は、「ロシア軍に対する備え」を声高に要求しているが、老舗の独仏にとってロシアはもはや現実の脅威ではない。第一次世界大戦にかけて合従連衡を繰り返した相手としてのロシアが、潜在的によみがえりつつあるのである。
3月8日付けドイツのシュピーゲル誌は、リューエ元国防相等の公開書簡を掲載、ロシアをNATOに入れるよう提唱した。その論旨は「米はアジアに主眼を置いている。米独同盟も以前ほど重要ではない」というものである。また1月には米陸軍大学戦略研究所のDick Krickusが、メドベジェフ大統領の欧州安保についての提案を解説した書籍を出版し、そのなかで「冷戦マインドを捨て、ロシアをNATOに入れる行程表(MAP)を作るべき時」と説いた由(centrasia.ru)。
ただNATOとロシア軍は、宇宙における物質と反物質の間の関係に似ている。両者が合体した途端、両者とも消えてなくなる運命に会いかねない。もしロシア軍だけ残れば、ロシアに有利な状況が現出するだろう。

(3)ウクライナ政権交代とロシアへの接近
ウクライナではヤヌコヴィチ大統領が誕生したが、彼は「EUとロシアの間で等距離外交」との一部の予想を裏切って、向ロシア的な政策を展開し始めた。天然ガス料金割引の代わりにロシアの黒海艦隊がセヴァストポリ港を使用する権利を、これまでの協定の2017年までから25年延ばし、これを国会で強行採決したのである。また彼の政権では諜報機関、そして天然ガス部門に親ロシア勢力の復帰が著しいことは、外交にも必ず影響を与えるだろう。但し5月プーチン首相が、ガスプロムにウクライナのガス・インフラを実質的に吸収合併するとの提案をしてきたのに対しては、慎重な姿勢が目立ち始めている。

(4)コーカサス方面のバランス変化
コーカサス諸国では、グルジアのサーカシヴィリ大統領がオバマ大統領から冷たい扱いを受けている。サーカシヴィリがブッシュ政権、マッケイン大統領候補に賭け過ぎていたこともその理由だろう。

それよりも大きなことは、昨年春以来続いてきたアルメニアとトルコの間の接近の動きが止まったことである。アルメニア人はオスマン帝国時代、トルコから虐殺されたことがあり、そのことに対する非難決議を米議会で通すべく長年ロビー活動をしてきた。米国でのアルメニア人は有力であるため、オバマ大統領は選挙戦中、そのような決議が通れば大統領として署名すると安請け合いをしてしまったものらしい。毎年4月末の虐殺記念日が運動の山になるので、アルメニアとトルコに圧力をかけ「外交関係設立」への動きを高めて、それを盾に虐殺への一方的な非難決議の採択を防ごうとしたのである。採択された決議に大統領が署名すれば、NATOの重要メンバーであるトルコとの関係が大きく悪化するからである。

だが、トルコとアルメニアの間の「接近」は多くの反発をよんだ。領内のアルメニア系飛び地「ナゴルノ・カラバフ」をアルメニアに軍事占領されたままのアゼルバイジャンは、トルコが自分たちと同族のアゼルバイジャンを裏切って、他ならぬアルメニアと接近を始めたことに恐慌をきたし、石油輸送などの面でロシアへの接近を強めた。これを見たトルコのエアドアン首相は、昨年末オバマ大統領との共同記者会見で、「ナゴルノ・カラバフの問題が解決しないかぎり、アルメニアとは・・・」と述べ、アゼルバイジャンとの友好関係を優先する姿勢を明らかにした。またアルメニア国内でも、サルキシャン大統領は野党からの批判を浴びることとなった。こうして虐殺記念日4月24日の2日前、サルキシャン大統領は「トルコとの外交関係設立協定の批准手続きを停止する」と述べ、コーカサスの政治地図を当面、以前のように戻したのである。

アルメニアはアゼルバイジャンとの対決を続けるにはロシアの支援が不可欠で、そのためこれまでも親ロシア政策をとってきた。今回、アゼルバイジャンの対ロ接近も明らかになり、トルコも第一号の原発をロシアに注文する構えである。こうしてコーカサス周辺の情勢は、ロシアに傾きつつ推移した。

(5)「キルギス革命」
4月初めの「キルギス革命」は、この期間で最大のニュースであった。しかしユーラシアにおけるバランスを変えた観点からいくと、上述のウクライナ、コーカサスでの事件の方がマグニチュードは当面大きい。それは、既に4月このサイト「ユーラシア情報ネットワーク」に掲載した「キルギス情勢について」で指摘したとおり、この「革命」には利権の奪い合いが基調にあるのと、ロシアが「革命」直後空挺団を現地に派遣までしながら、メドベジェフ大統領が米国との信頼関係を重視して、キルギスを牛耳ろうとする姿勢を示していないことが原因である。なおキルギスにおいては、バキーエフ前政権に食い込みを強めていた中国の影響力が暫時後退した気味がある。「革命」以降、中国は表面に出る動きを示していない。

(6)OSCE(欧州安全保障協力機構)盛りあがる
OSCEの由来についてはウィキペディアででもご覧いただくとして、長年NATOに比べて半端もの扱いをされてきたが(NATOのように武力をもたないので、平和について話し合うだけで終わってしまう、その事務局には東欧の旧エリートが天下っている等)、アメリカが経済復興に集中してロシアとの「リセット」、「民主主義を力で押し付けない」ことを唱えているなか、NATO以東の安定を維持するための装置としてOSCEが責任を丸投げされそうになってきた。

5月6日バイデン米副大統領はニューヨークタイムスに投稿し、NATO以東の紛争予防、紛争解決においてはOSCEを重視するべきであることを説いた。ウクライナ、グルジアにNATOを拡大することを強硬に押していたブッシュ政権にくらべてほぼ180度の転換である。但しこの記事の後、議論が盛り上がっている形跡はない。
カザフスタンは今年OSCEの議長国であり、ナザルバエフ大統領は首脳会議を久々に行うべく着々と準備を進めてきた。OSCEだけではなく、上海協力機構の首脳(つまりNATOやOSCEのメンバーに加えて中国、中央アジアもということになる)も招待しようというのである。日本とかインドだけが仲間外れを食うことになる。米国はバイデン副大統領が出席するのだろうか?

(7)警戒と協力――微妙・隠微な中ロ関係
中ロ関係はユーラシアの東半分における力のバランスを規定する最重要の要因だが、両者はこれまで米国に対するヘッジとして表面上友好関係を維持している。そうした状況はこれからも続くだろうが、中ロの力の差が加速度的に広がっている昨今、気流の揺れが少し大きくなっている。
4月5日付けロイターズによれば、ロシアのAlmaz Antei社は高性能で鳴る対空ミサイルS-300、15セットを中国に納入する契約を結んだ由。S-300とは陸上配備のイージス艦みたいなもので、1セットあたり4のトラックが各4基のミサイルを積んで機敏に移動する。飛来する敵のミサイル、航空機を撃墜するのが目的で、非常に高価なものである。イランがこれをロシアから購入する話を長年しているが、米国、イスラエルがロシアに圧力をかけて売らせないでいる。中国がイランにこれを引き渡す可能性も出てきたということだろう。
以上が、中ロ間協力の動きとするなら、反対の動きも表面化している。Centrasia.ruによれば3月、シベリア軍管区司令官に任命されたばかりのチルキン中将は、チタ附近の対中国境近くに2個旅団を配置したと発表した由。彼によれば国境の川の対岸に中国人民軍3個師団と歩兵旅団、戦車10台が配備されているための由。

2.NISでの動き
(1)中央アジア夢の横断特急

3月、中国鉄道部のスポークスマンは、中国・欧州を結ぶ高速鉄道を、北・南・西ルートの3本建設する計画であることを明らかにした。2025年には、北京ロンドン間を2日間で結ぶそうだ。
西ルートは新疆とドイツの間をカザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、パキスタン、イラン、トルコを経由して結ぶのだそうだ。だが、高速鉄道で貨物を運べるのかどうか。中国国内には6160億ドルもかかるとの声もある。

(2)関税同盟 
ベラルーシ、カザフスタン、ロシアの間の関税同盟は1月1日に発足したことになっているが、その後も交渉が延々と続き、やっと目鼻がついてきた。3月26日付けロシアのコメルサント紙によれば、同盟加盟3カ国の税関が徴収した関税は、国連の貿易統計に基づき、ロシアが87.97%、カザフスタンが7.33%、ベラルーシが4.7%で分配することに決着がついた。その配分率で4月1日から始動予定との報道だったが、実際に始動したとの報道にはまだ接していない。なお4月25日付けExpress-kによれば、三国の関税収入は計177億ドル、カザフスタンだけなら6億ドルだった由で、7.33%をもらえるならそれは12億ドルに相当し、これまでの実績を大幅に超えるのだそうだ。

ただ右Express-kによれば、関税率表の92%の項目はロシアのこれまでの関税率をそのまま採用しており、カザフスタンにとっては全1.1万品目のうち5千品目で関税が上がることになる。つまり国庫収入は増えるが、民間は負担が増えるという話になる。

ロシア紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」は日本の夕刊紙のような大衆紙だが、4月26日面白い記事を出した。それによればプーチン首相の天敵のようになっているロンドン在住の寡占資本家ベレゾフスキーが、相変わらずプーチン打倒の意欲に燃え、関税同盟の破壊を目指して策動中というのである。カザフスタンから100億ドルを持ち逃げしたと言われる銀行家アブリャゾフがナザルバエフ大統領の失脚、自身の復帰を狙ってベレゾフスキーと組んだとも書いている。またベレゾフスキーに雇われてきた英国の有名広報専門家チモシー・ベルが、ベラルーシのルカシェンコ大統領のイメージ・アップも助言しているとのこと。ルカシェンコ大統領がキルギスから追い出されたバキエフ大統領をかくまったのも、そのイメージ・アップ作戦の一環なのだそうだ。あまり効果があったとは思われないが。

(3)3月28日には、タジキスタンのラフモン大統領、アフガニスタンのカルザイ大統領、トルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領、イラクのタラバーニ大統領がイランに集まり、アフマディネジャドとともにイスラムの祭日ナブルスを祝うという面白い出来事があった(3月28日付けcentrasia.ruなど)。中央アジア、アフガニスタンはイランとは宗派の違うスンニー派イスラムで、狂信的でもないのだが、米国と対立しているイランをあえて訪問するというのは面白い。但し、タジキスタンはインフラ建設などでイランの大幅な援助を得ており、トルクメニスタンは大量の天然ガスをイランに輸出している。イランとつかず離れずの対応を維持してきたウズベキスタンのカリモフ大統領は、例によって孤高を保った。

(4)3月には米国司法部が、ダイムラー・ベンツ社がウズベキスタン、トルクメニスタンなど22カ国で、98年~00年の間に数千万ドルの贈賄を行っていたことを明らかにして、ちょっとした騒ぎになった。5年間で輸出倍増の目的を掲げる米国政権は他国のコンプライアンスに目を光らせている、という一つの証左だ。

(5)4月2日~6日にかけて、国連の潘基文・国連事務総長がトルクメニスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタンを歴訪した。アフガニスタンで作戦中の米国、世銀などが中央アジアを重視しているうえ、この地域にはスターリンが強制移住させた朝鮮人が数十万人もいるので、韓国としてもサポートしやすい事情があったのだろう。最近の韓国外交は上げ潮で、国際会議に出てもアジアについての種々の構想を熱をこめて語るのは韓国人、という構図になっている。日本人は内で手を縛られ、外ではたたかれで、すぐ歩留まりを読んでしまうので、最近盛り上がらないことおびただしい。

(6)カリモフ・ウズベキスタン大統領のロシア訪問(4月19~20日)
この訪問は、「キルギス革命」の直後であっただけに注目された。このキルギス情勢のようなときにこそ、集団安全保障条約機構(CSTO)はその平和維持機能を発揮して見せるべきなのに、ウズベキスタンはCSTO兵力を加盟国内部の情勢に用いることには反対してきた。バキーエフ・キルギス前大統領の勢力基盤はキルギス南部のフェルガナ地方にあるが、ここにはウズベク系住民が数多く、ウズベキスタンのフェルガナ地方の安全保障に直接の影響を与えかねない。だがこの訪問で、キルギスについて何が話し合われたのかはわからない。この後も、CSTO関係者が「キルギス情勢は同国の内政問題(だからCSTOは干渉しない)。今回の政変は違法であり、新政権が早期に合法的なものとなることを期待する」との立場を繰り返しているのを見ると、カリモフ大統領の訪ロが効いたかという感じもする。

また今回の訪ロは、メドベジェフ大統領が就任以来しっくりいっていなかった両首脳間の関係回復の意味も持っていたろうし、6月にタシケントで開催される上海協力機構首脳会議の事前打ち合わせの意味もあったろう。メドベジェフはカリモフを公邸でもてなし、最高の待遇をしたようだ。ただ外部に報道された成果(イタール・タス通信等)は曖昧模糊としており、共同声明には「戦略パートナーであることを確認」、「運輸などでのロシアの投資」、「中央アジアの電力、水の問題は国際法に則って解決していく」などの抽象的な文字がおどっている。

4月22日付centrasia.ruによれば、2010~12年の軍事技術協力に合意した由だが、これもどの程度の規模のものかはわからない。ウズベキスタン軍は中央アジアで最大の兵力を有するが、その兵器はソ連軍から譲り受けたもので老朽化が進んでいる。そのためにウズベキスタンはロシアから割引価格での兵器供与を求めてきたが、最近ロシアの兵器生産費は急上昇しており、ウズベキスタンにとってロシア兵器の魅力は下がってきているだろう。

なおロシアのマスコミは、ロシアに対して突っ張りがちなカリモフ大統領に対して冷たく、記者会見ではコムソモリスカヤ・プラウダ紙記者が「ウズベキスタンでもキルギスと同じことが起こりませんか?」と聞いて彼を怒らせた。

(7)ナザルバエフ・カザフスタン大統領のウズベキスタン公式訪問
3月17日にはカザフスタンのナザルバエフ大統領が久々にウズベキスタンを公式訪問したが、成果は低調に終わった。Jamestown資料によれば、ナザルバエフは中央アジアの水・電力争い問題解決を進めようとしたようで、両国が水源のキルギス、タジキスタンでの大型ダム建設に前向きに加わることで、中央アジア全体の水、電力コンソシアムを作るよう提案したが(以前から存在する構想)、カリモフ大統領は乗ってこなかった由。

またカリモフ大統領は、カザフスタン・ベラルーシ・ロシア間の関税同盟に加わることについても後ろ向きな姿勢を示したもよう。そのような次第で、この訪問の具体的成果は、双方が大使館建設用の土地を提供するという合意のみに終わったようだ。それでも、アスタナで上記のOSCE首脳会議を開くことについてカリモフ大統領が賛意を示したことは、ナザルバエフ大統領にとって前向きの成果となった。

なおcentrasia.ruによれば09年の両国間貿易は10億ドルで、カザフスタンは石油、小麦をウズベキスタンに、ウズベキスタンは天然ガスをカザフスタンに輸出している由。またウズベキスタンから約100万人がカザフスタンに出稼ぎに出ているというのも大きい。

(8)国連事務局・、CSTO(集団安保条約機構・かつてのワルシャワ条約機構の小型版)事務局、「協力についての共同宣言」署名
3月26日のロシア独立新聞によれば、3月中旬、潘基文国連事務総長はモスクワで、ボルジュジャCSTO事務局長と「協力についての共同宣言」に署名した。テロ、違法武器取引、紛争解決、非常事態等における協力を漠然と約したもの。同種の宣言は既に08年秋、国連事務局とNATO事務局との間で結ばれており、NATOと同格に見なされたいCSTOが国連事務局に強く働き掛けてきたものである。潘総長は4月初旬の中央アジア歴訪を控え、ロシアから強力な突き上げを受けていたのであろう。

注目するべきことは、こうして「事務局間外交」とも称するべきやり方が行われたことである。NATO本体の決定はコンセンサスで行われるので時間がかかる。事務局を前面に立てると、思い切ったことが速やかにできるのである。          (了)


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