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街角での雑想

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2009年07月28日

中国がGDPで日本を抜く時代――あわてずに安保の基本を再確認しよう――

(自衛隊の雑誌「修親」8月号に掲載されたもの)                       河東哲夫

今年は、ドルで計算したGDPで中国が日本を抜き、米国に次ぐ経済大国になる可能性が高い。元の対ドル・レートが急上昇したことが、その大きな要因だ。輸出が急減した中国がこれからも急成長を続けられる保証はないし、ODA、直接投資など海外での活動では日本に劣る。それでも、「中国が日本を抜いた」ことがトップ・ニュースとなる時、日本人は大きな衝撃を受けるだろう。

折しも米国は経済危機の最中で、ブッシュ時代「一極主義」と批判された強腰外交はもうできない。北朝鮮などアジアの問題については、時に中国に「丸投げ」する姿勢を見せるから、「米中G2による世界支配」とマスコミに書き立てられる始末だ。ソ連崩壊以降、日米は「台湾有事」を想定して備えをシフトさせてきたが、馬英九・国民党政権の誕生で武力衝突の可能性は当面退いた。今や日本や韓国自体の安全保障、周辺地域における力のバランスの維持が主要課題として明瞭になってきた。

ここでは「中国台頭」がもつ歴史上の意味、「中国」という国の特質を論じた上で、中国に対しては「協力と抑止」の二段構えで臨むべきことを論じてみたい。

中国・インドが世界経済の中心だった中世
中国は常に「停滞」とか「老大国」の名で呼ばれていたが、実際には十八世紀頃まで常に西欧の経済・文化的発展を時には数百年も先行していた。「リオリエント」という本を書いたフランクという学者によれば、一八二〇年に至ってもなお、世界のGDPの四十五%は中国とインドで生産されていたらしい。
英国は十八世紀、進んだ自動織機を開発してインドの綿織物の水準に追いつくと、これを大量生産して植民地インドに押し込み、中国にはアヘンを無理やり買わせることで、両国の地位を奪った。これ以降、世界は欧米文明の支配下に置かれたのである。今でも英国支配の名残は、われわれが知っている以上に根強く世界中に残る。例えば香港のHSBCは世界的大銀行だが、元をたどればイギリス植民地主義の先鋒をになった東インド会社だ。

中国では一九一〇年代、工業化が大きく進展したが、内戦と日本との戦争で大きく後れることになった。現在の中国の経済発展は、七〇年代大慶・勝利油田から得た外貨、ソ連より十年も早い一九七九年から進めた経済自由化、そして鄧小平が一九九三年から進めた外資の積極的導入、そして輸出収入を国内で回転させ住宅・インフラを加速度的に建設する現在の政策によるものである。

中国の急成長、インドの離陸開始は、アヘン戦争以来の欧米支配を相対的なものにしつつある。だがそれは、中国・インドが中心だった中世アジアへの単純な回帰を意味するものではない。日本は当時も、中国を中心とする服属同盟体制=「冊封・朝貢体制」に入らなかったが、現在ではさらに大きな国力を持つ。そして米国は政治・経済・軍事面で、実はアジアの最大の一員なのだ。

中国の国内事情、中国周辺の国際情勢
中国というのは面白い国だ。この国は実は多民族国家で、古来西域のソグド人(現在のウズベキスタン、タジキスタンあたりの農耕・商業文明地域)、ペルシア人、北から東にかけてのモンゴル系・トルコ系の遊牧民族などが、ある時は征服者として、またある時は皇帝の廷臣として行政を動かし、兵力を提供してきたのだ。秦の始皇帝も西域の流れと言われ、唐の時代に反乱を起こして有名になった安禄山はウィグルとソグドの混血である。「漢民族」と言うけれど、「アメリカ人」という人種がどこにもいないのと同様、「漢人」も相対的な概念だ。北京と上海では言語が互いに外国語であるかのように異なり、同じ両親なのに兄は漢人、弟はたとえば満人として登録している家庭も珍しくない。

中国では古来、新しい王朝は武力によって成立してきた(宮廷革命で成立した短命の王朝を除いて)。「善政」を敷けば官民ともに繁栄するが、インフレや天変地異などで生活が苦しくなると、デマゴーグが現れ大衆の不満をかきたてて反旗を翻す。共産党政権も今のところ右肩上がりの経済で国民の支持を得ているが、いつかは選挙で国民の信を得るシステムに移らないと、国民の不満が爆発した時、弾圧するしか手段がなくなる。もっとも、大きな格差を抱える社会で選挙をすると、この6月イランで起きたように既得権層、貧困層、知識・中産階級の間で流血の混乱をひきおこしやすいのも事実だが。

中国は、これまでの一子政策のために人口構成がこれから急速に老齢化する。二〇二五年には六十歳以上の国民が約三億人、人口全体の十八%に達することが予想される。老人や病人を支える体制を整えておかないと、社会は不安定化しかねない。中国の指導部は、「善政」を維持するためにこれからも大変な努力を要請されるのだ。

自由貿易と周辺の安定維持で中国は発展できる
中国指導部は「善政」の基盤として経済発展を政策課題の第一に掲げ、それを実現するためには国際協調と周辺の安定維持が最も必要だと言明してきた。だが、1840年のアヘン戦争をきっかけに半植民地化され、戦前は日本軍に蹂躙されたことは、中国人の心にトラウマとして残る。現在のように国力が急成長する時代は、抑えつけられていた誇りが噴出し、「もう二度と外国に辱められることのないよう、国家を近代化して『富国強兵』を実現し、アジアの盟主としての地位を復活するのだ」という気分が盛り上がりやすい。中国は、国際協調の必要性を頭では理解しながらも、身が震えるような高揚感も時に感ずる今日この頃ではなかろうか。

だが現代は、十九世紀の植民地主義世界とは違う。市場を武力で奪い合うことはなくなり、自由な経済競争で富を得られる時代になったし、中国はまさにそのおかげで急成長を遂げたのだ。経済発展のためには中国周辺の情勢が安定していることが必要だが、これも北朝鮮が冒険政策に出なければ実現されており、台湾の国民党政権が民進党時代のようにあからさまな「独立」政策ではなく「完全独立でも併合でもない現状」で良しとする姿勢を維持するかぎり、「台湾有事」が出来する可能性も低い。アジア太平洋地域では、米軍はこのような現状=Status quoの保証人となっており、イラク戦争のように自らが一方的な行動をすることは考えられない。

なのに、中国の軍事予算は既に日本の防衛予算を上回り、海軍関係者は空母艦隊保有への野心を大っぴらに語る。これは中国周辺諸国を警戒させ、軍拡競争を誘発して、かえって周辺情勢を不安定化させるものとなるだろう。中国軍は政府よりも中国共産党の指揮下にある。両者の発言の趣旨が異なることは、文民統制がとれていないからなのか、あるいは党内に分派があるからだと言われても仕方あるまい。

中国には協調と抑止で
日中がことさら事を構えることは、両国の益にならない。中国は日本にとって第一の貿易相手になったし、中国で活動する日本企業は中国の経済発展にとり不可欠の存在になっている。東アジア諸国にとっては、安定した国際環境の下で自由貿易の原則を奉じて豊かになっていくことが最も合理的なのであり、そのためには日中協調が必要だ。他方、日本としては、中国が将来軍事的優位を築き、それを政治的要求を通すために使おうという誘惑に駆られるのを防ぐため、抑止力を整備していくことも必要だ。

「友達でなければ敵」という二分法ではなく、両様の構えで臨む。それは自衛隊においては、尖閣列島等を守る防衛力を整備しておくこと、同時に中国軍関係者とは不断の交流を続け、相互の意図・能力をよく認識することによって不測の事態が起きるのを防ぐとともに、究極的には相互軍縮に持ち込むことを意味する。弱い者が一方的に軍縮を呼び掛けても、強国はそれに応じない。

だが核兵器を有する中国に対して、日本は十分な抑止力を持てない。極東全体でのバランスを維持するためにも、日米同盟を堅持していく必要がある。ワシントンでの大勢も、「中国が台頭すればするほど、米国は日本を必要とする」ということなのだ。

こんなことを書くと、「中国を刺激する」と言って心配する方もおられるだろう。だが外国では驚くほど率直な議論が行われているのだ。私は中国を貶めたり、軍拡競争を展開せよと言っているのではない。ここに書いたことは、古来合従連衡でやってきた三国志の国、中国の人々には十分理解をもって受け止められるだろう。それは日中両国の付き合い方のルールを明確にし、猜疑心とか誤算をなくすからだ。
「協調と抑止」――自衛隊はそのうち抑止を担当する。陸上自衛隊にもミサイル防衛、離島防衛などやるべきことは沢山ある。もし中国と張り合うのだったら、それは国連PKOへの貢献で競争すればいい。国際貢献こそは、先進国同士の戦争がほぼなくなった現代、それら諸国の軍隊に最も求められている仕事だからだ。

日本では現在、新しい「防衛計画の大綱」が作成されている。総選挙もある。この機会に、中国が台頭したアジアで日本の安全保障政策をどう組み直し、米国には何を期待するのか、そして日本は米国に何をするべきなのか、前向きで率直な議論が必要だ。太平洋戦争で日本は正しかったかどうか、内にこもった議論を続けるよりも、自分が今、何を守るため何をどうしようとしているのか、それを自衛隊の一人一人が納得していることが、自分たちの仕事に真の前向きの誇りを持たせることになるだろう。

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