Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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論文

2006年03月14日

中央アジアで日本は何をどうしたらいいか?

中央アジアで日本は何をどうしたらいいのだろうか。まず、各国の情勢を概説する。

1. 各国情勢

(1)ウズベキスタン

 ウズベキスタンには以前赴任していたが、現在は、公電を見ることができないので、情報源はインターネットを中心としている。アンディジャン事件からほぼ1年になるが恐れられていたような情勢の大きな不安定化は起こらずに、カリモフ政権も表面的には盤石であるように見える。アンディジャン事件の原因や背景については誰も分からない状況であり、一部でロシア軍の諜報機関GRUとウズベキスタンの諜報機関SNBがカリモフ政権を打倒するために共謀したという噂も流れている一方で、商権に関する利害関係があったという説もある。しかし、いずれにしても情勢は安定して推移している。

 内政面では人事の移動が起こっている。ウズベキスタンでは以前からタシケント・クランとサマルカンド・クランの対立が有名だが、タシケント・クランの有力者であり、第一副首相を務めた後タシケント州知事に任命されたトゥリャガーノフが解任される事件があった。一方、サマルカンド・クランの有力者であったアルマートフ内相がおそらくアンディジャン事件の責任に絡んで辞任した。その結果、クラン間の争いの勢いが鈍ったように思われる。アジーモフ副首相も大蔵大臣になって力を失い、孤児でタジク系というカリモフ大統領と類似した経歴を持つミルジヨーエフ首相にとってやり易い環境になっている。ミルジヨーエフ首相は、地方にいってそこの幹部を公衆の面前で告発させては解任するといった強権的な行動をとっており、今後の動きを注目する必要がある。

 内政的には一応安定しているが、強権的な政権に対して指導部内の不満が高まっているはずである。彼らがロシアと結びついてカリモフ政権打倒を試みるというシナリオも、頭の片隅においておく必要がある。最近ウズベキスタン上院でカリモフを終生の大統領とするという動議が出されたそうなので今後のことは分からないが、何も起こらなければ2007年に大統領選挙が行われる予定になっている。

(2)タジキスタン

 タジキスタンでは今年の12月に大統領選挙が予定されており、現在の情勢はこれをめぐって展開している。今のところ経済も安定して成長しており、野党も一部では不当な手段によって無力化されているが、西欧からの非難も目立ったものは見られない。タジキスタンは以前からラフモノフ大統領一人の独裁ではなく、彼を囲む3、4人のインナー・グループによって支配されている。有力野党のイスラム復興党では元党首の息子のヌリー氏とカビーリという人物の二人が有力者として浮上してきている。最近ではタジク人はアーリア人であり、欧米やロシアよりも優越しているというプロパガンダが政府によって広められている。

 タジキスタンは中央アジアの最後進国と言われているが、GDPに農業が占める割合が27%にとどまり、一方で工業が23%もあり、第二次産業の比重としては日本やアメリカと変わらないものとなっている。商業が20%、サービスが13%と小さいが、工業に関してはドゥシャンベなどに大規模な工場がある。

(3)カザフスタン

 中央アジアで最大のGDPを持つカザフスタンが、ウズベキスタンがロシア寄りに軌道修正をした後にどのように動くかは注目されるところである。外政面では大きな変化の兆しはない。内政面では、昨年12月の大統領選挙でナザルバエフ大統領が圧勝し、盤石に推移するかと思われていたが、野党の指導者サルセンバエフが何者かに殺されるという事件があった。カザフスタンの諜報機関が殺害に関与したということが判明したため諜報機関の長官が更迭される事態となった。国家の安定を揺るがすことにもなりかねない事件だが、しかしここ1週間ほど静かで新しいニュースも入ってこない。Centrasia.RUには、ナザルバエフ大統領の長女ダリガの夫で諜報機関の次長を務めていたアリエフが野心を疑われてオーストリア大使として左遷されたことを恨みに思って仕組んだことだという観測が掲載されていたが、その後それに追随する記事は掲載されていない。現在アリエフは外務第一次官を務めている。また、外務大臣に再任されたトカエフもカザフスタンの内政上大きな影響力を持つ人物であり、今回の再任は実質的な左遷だとみなす声もある。ナザルバエフ大統領の長女のダリガは、総選挙の際に父親の反対を押し切って「ダリガ」という自らの政党を設立しており、今後ダリガとアリエフがロシアに接近して思いを遂げるというシナリオも頭の隅においている。

(4)キルギス

 キルギスタンは、ギャングの跳梁するする国になってきている。2、3週間前、クーロフ首相がバキーエフ大統領に対して、バキーエフの右腕であるキルギスの諜報機関の長官がマフィアのボス、アクマトバーエフと結びついているとして解任を要求する公開書簡をつきつけるという事件があった。クーロフの下には警察がついているので、マフィアと諜報機関と警察が三つ巴になって大変な事態になるかと思われたが、最近沈静化している。一方で、アクマトバーエフの部下が次々と殺されている状況もあり、キルギスでは大統領交替によって利権が変わる旧社会主義国の典型であると見ている。

(5)トルクメニスタン

 トルクメニスタンに関するニュースは少ないが、ニヤゾフ大統領が病気だという説が流れる度に大統領がそれを否定して表に出てくるということが続いている。相変わらず永世中立国を標榜しているが、収入源であるガスのパイプラインに関してロシアに依存しているのでロシアには頭が上がらない状況になっている。この状況を打開するために、アフガニスタンを通ってパキスタンに伸びるパイプラインを作ることを模索している。2005年4月にはアフガニスタンとパキスタンの石油大臣がニヤゾフ大統領と会談してパイプライン建設の計画について確認しているが、今のところ実現したという話は聞いていない。因みに、カザフスタンと中国の間の石油パイプラインはほぼ1年で完成した。

 トルクメニスタンでは、憲法上2009年に大統領選挙が行われる計算になっている。しかし、大統領選挙の話は2009年まで凍結するという決議を議会で採択しているので、今後どうなるのか分からない。

2.中央アジアをめぐる大国の動向

(1)ロシアのカムバック?

 NIS全体を通じて見ると、ウクライナ、グルジア、モルドヴァなどがロシアに対抗しており、ロシアのカムバック一色にはなっていない。グルジアでは、ロシアに「占領」時代の被害やアブハジア独立を促したことによる損害に対する賠償を求める決議が議会で可決されている。また、ロシアとウクライナ、モルドヴァの三国の間では沿ドニエストル地域の扱いを巡って摩擦が高まっている。

中央アジアでは親ロシアに転ずる傾向が見られているが、それでもはっきりしない点はある。ウズベキスタンはロシア主導の集団安全保障条約機構(ODKB)に加入すると思われていたが、その後進展が見られない。ロシアが逡巡しているのか、ウズベキスタンが拒否しているのか、情報は錯綜している。ロシアが中央アジアにおける影響力を掌握しきれずにいるのは、カザフスタンが態度をはっきりさせていないためである。カザフスタンは、トビリシ=ジェイハン・パイプラインによってロシアに依存せずにトルコに石油を送ることができるようになったため、ロシアに対する依存度が減少した。

ロシアが中央アジアに対して使うことのできる道具は、安全保障と資金の二つである。前者に関しては、安全保障レジームによる保護に加えて、新型の兵器の割引価格による提供は兵器を買い換える時期にさしかかっている中央アジア諸国にとっては魅力である。後者に関しては、ルーク・オイル、ロスネフチ、ガスプロムなどによる開発プロジェクトを引き出すことをウズベキスタンは期待している。しかし、ロシアとの安全保障面での同盟は諸刃の剣として機能しうるしーーーロシアも、中央アジア諸国内部の政争に利用されるのを恐れているーーー、兵器の提供に関しても、ロシアからのライセンスを得た中国がロシアよりもさらに低価格で兵器を提供できるようになれば状況は変化するだろう。ロシアによるプロジェクトにしても、ロシアの案件執行能力が劣っていることを考慮に入れなくてはならない。

(2)米国の精神分裂?

 米国にとって中央アジアとの外交は死活問題ではない。米国内部にも、中央アジアに対する政策を巡って様々な潮流が見られる。中央アジアに深く関与して基地を使用させてもらうというのが一つの極だとすると、もう一つの極は、経済改革と人権問題の改善を図らない限り援助はしないというものである。その両極の間に様々な立場があるという状況である。例えば、ワシントンの政府の中央アジア政策に大きな影響力を持つジョンズ・ホプキンズ大学のフレデリック・スター教授は、人権問題を棚上げにしても経済発展を優先すべきだと主張し、ロビイングしている。そのような動きを受けて最近下院で成立した法律は、中央アジアへの関与を深めると同時に人権問題も見ていくというものだった。もう一つの極の例としては、共和党のマッケイン議員がいる。彼は、ウズベキスタンを、人権を無視する国と非難し、撤退することになったハナバード基地の未払いの使用料を払ってはならないという決議を可決させてしまった(実際には米国政府は使用料を支払った)。

国務省の中央アジア担当部局及び現地の大使は「エンゲージメント」でほぼまとまっている。しかし、国務省の人権局は中央アジア諸国に人権問題の改善を強く要求すべきだと主張する。また、アメリカで無視することができないのは、NPOである。様々なアメリカのNPOが中央アジア諸国において、民主主義の価値を広めるだけでなく、現地の組織を支援して野党を作っている。本来野党の基盤のない国で野党を作っても利権争いに発展して政情が不安になるという事態が起こっている。現地のアメリカ大使もこのようなアメリカのNPOの欠点を認識しているが、共和党や民主党の有力議員と関係のあるNPOに対して何もできない。

アメリカ側の中央アジアに対する態度は立場によって様々に分裂しているが、専制主義しか知らないカリモフ大統領から見れば、ブッシュ政権も、国務省も、NPOも一丸となって見える。一貫性を欠いた政策をとり続けることによって、アメリカは中央アジアを遠ざけてしまったと言えるだろう。

(3)走りながら考える中国

 中国は、エネルギー確保と影響力の拡大を目指して中央アジアで積極的に活動しているが、特にウズベキスタンでは十分に食い込むことができずにいる。カザフスタンやキルギスでは違うかもしれないが、ウズベキスタンで感じられることは、中国は十分に「徳」を積んでいない、つまり、資金援助を十分にしていないために相手にされていないということである。中国自身にとっても、中央アジア地域においては、政治的影響力を拡大することよりも経済的利益を確保することの方が重視されている。

 但し新彊地方のウィグル人と中央アジアの諸民族は言葉もほぼ共通だし、その観点から中国にとって中央アジアは政治的にも注意を払っておく必要がある地域である。

 日本の中央アジアにおける活動を中国が注意深く見守っていることは確かである。2年前に川口外相が中央アジアを歴訪した際には、人民日報の系列で発行部数数百万部の環球時報という新聞において一面トップで扱われた。中国の影響力を抑えるために行った、日本外交にしては先見の明のある「あっぱれな外交」と賞賛していた。

(4)EU

 EUにとって、中央アジアは死活問題ではない。彼らの中央アジアに対する態度を彼らの言葉で表せば、「あわよくばヨーロッパの勢力範囲にして経済的な利益を得てやろう。そのためには、人のいい日本でも使って中央アジアをヨーロッパ、アメリカの方に向かせてやろう。」とういことだろう。先日来日したEU委員会幹部は、欧米と比べて中央アジアの信頼を得ている日本に期待しており、人権や民主化の面でも中央アジアに一層の努力を促してくれないかと言っていた。

3.日本にとっての中央アジアの意味

(1)外交カードとしての中央アジア

 日本にとって、中央アジアは外交カードとしてどれだけの価値があるのだろうか。中央アジアがロシアに対して、北方領土問題の解決のために積極的に働きかけてくれることを期待する人もいるが、外務省では一貫してそのような考え方はしていない。シルクロード外交が発足した頃に重要な役割を果たした東郷和彦氏に聞いたところでは、北方領土問題を解決するためのシルクロード外交ということは全く考えていなかったそうである。当時の外務省の発想は、ソ連崩壊後に生まれた力の真空にEU、アメリカ、ロシア、中国、中近東諸国が進出する中で、日本も楔を打ち込んでおかなくてはいけないというものだった。しかしながら、中央アジアに対して日本が発言力を持っていれば、ロシアも中央アジア外交を展開する際に日本を無視することができなくなってくるだろう。また、ロシアの中央アジア席巻をくじくために、日本の中央アジアに対する影響力を使うこともできる。

 中国に対しても、中国の裏庭である中央アジアに日本が確固たる軸を持っていれば、心理的な圧力を与えることができるだろう。アメリカに対しては、日本の中央アジアに対する影響力は今のところ外交カードになっておらず、日本が中央アジアにASEANのような多極的な枠組みを作ることを提案しても、単独主義的な行動を好み外交でも二国間交渉を好む米国は関心を示さない。

(2)経済的利益?

 中央アジア地域が日本に与える経済的利益は、貿易面では微々たるものであり、唯一重要なのは石油・天然ガスである。とはいっても、石油の生産国カザフスタンでも確認埋蔵量で世界の約1%、生産量で世界の1.4%を占めるに過ぎない。天然ガスを生産するトルクメニスタンでも、確認埋蔵量で1.6%、生産量で2.1%である。しかし、カザフスタンは2015年には生産量を現在の3倍に上げることを目標としているので、単純に計算すると世界の5%を生産することになる。

4.何をどうするか?

(1)「中央アジア+日本」フォーラムは依然有効か?

 日本は川口大臣の歴訪以来、「中央アジア+日本」という枠組みを維持してきたが、最近になって中央アジアがロシアに傾き始めると、この枠組みについて考え直すべきだという声が出てきた。しかし、日本の中央アジア外交はロシアだけでなく中国に対するバランスも考慮して行っているものなので、中央アジアがロシアに傾いたからといって中央アジアに対する関与をやめる理由は全くない。むしろロシアと一緒になって中央アジアに関与していく局面もあると思う。外務省としては、今のところ「中央アジア+日本」という枠組みを放棄する予定はないようだ。むしろこの枠組みにアフガニスタンを付け加えていこうと考えている。中央アジアと南アジアを合わせて考えていくというのはアメリカ国務省の最近の動きに呼応するものでもある。

(2)米国、EUが発言力を失っている中、日本は何をするべきか?

 米国やEUの中央アジアに対する発言力は急速に弱まっている。ウズベキスタンにおいてはほぼゼロと言えるだろう。このような中で、日本だけで中央アジアをいい方向に持っていけるのだろうか。

 日本が中央アジア諸国に対してできることは2つあると考える。1つは中央アジアにおける力のバランスの維持である。日本は政治的大国でも軍事大国でもないが、日本がウズベキスタンやカザフスタンに対して持っている影響力は大変なものである。日本がもっと積極的に動けば、状況を改善することができるはずである。ロシアが圧倒的な影響力を持ち、上海協力機構が地域の安全保障を実質的に牛耳り、南アジアからイスラム過激派の影響が波及する脅威に晒されている状況を変えるためには、中央アジアの地域としての統合を促進していく必要があると、私見では考えている。上海協力機構よりもさらに包括的な地域協力機構を何年かかっても作っていくことが課題である。全くの私見だが、アジアのARFやヨーロッパのOSCEのような緩やかな協力機構を作るのがいいのではないか。このような話をEUのクービッシュ氏に話すと、中央アジア版のOSCEを作ることでOSCEの影響力が弱まることを嫌がっていたが、それは欧州のエゴイズムだろう。

 中央アジアの経済開発に関しても、日本のODAを中央アジアの統合を強める方向で使っていくべきだ。口で言うのは易しいが、行うのは難しい。例えば、中央アジア全体のためにダムと発電所を円借款である国に作ったら、その利用ぶりは地域全体で決定し、料金も払うようなスキームを作ればいいだろう。このようなことは世界銀行やアジア開発銀行でも既に実施しているのでこれらの機関と協力していってもよい。日本の外務省では今のところ、この方向での円借款はまだ行っていない。「中央アジア+日本」の外相会議の第二弾を開いて具体的な点を話し合う必要があるが、そのような会議をいつ開くかを決めるのが現在の課題である。

 最後に付け加えたいのが、日本で中央アジアについて関心を持ち、欧米が中央アジアに対してもっと客観的な政策をするために必要なのが、イスラム地域をめぐる無知と偏見を是正することだということである。一つは、イスラムは元々都市住民を基盤とした宗教であり、決して後進地域の宗教ではないということだ。もう一つは、イスラム法についてである。カリモフ大統領が反イスラムのプロパガンダとしてイスラム法には人の腕を切り落とすことと人を石で殺すことしか書いていないと言ったが、それは全くの誤りである。イスラムは判例の集積から成る法典を持っている。
以上

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