Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2007年04月16日

ロシアは過去に帰るのか? ソ連は復活するのか?

 4月15日現在、モスクワなどでのデモ弾圧が世界の関心をひいています。
ロンドンでは、現在のプーチン政権立ち上げの際、議会対策で功を挙げながらも、その後その野心を疎んぜられて国外逃亡した政商ベレゾフスキー氏が「俺はロシアで武力革命を起こそうとしているのだ」と発言し、ロシアは英国政府に彼を犯罪人として引渡すよう要請するに至りました。

 久しぶりの荒れるロシアですが、この国の底流で何が起きているのか、2月27日に日本対外文化協会(http://www.taibunkyo.com/news/bassui.htm)の第70回研究会で小生が行った講演の記録を以下に掲載します。

                          河東 哲夫 <元ウズベキスタン大使・東京財団研究員>


 ご紹介いただきました河東でございます。諸先輩の方々が目の前におられまして、お話ししづらいのですが、よろしくお願いいたします。
対文協の研究会は今回が70回ということですが、ソ連が崩壊した69(年)という数字を乗り切られたということで、そのような機会にお話し申し上げることができるのは大変光栄です(笑)。

 最近、世界ではまたロシアに少し関心が戻ってきて、われわれロシア専門家も喜んでいるのですけれど、日本ではどうしてもロシアというと領土問題か経済問題のどちらかに分かれてしまって、双方の間で言い争っている面があります。やはりアメリカやヨーロッパから見ているロシアと、われわれが見ているロシアはちょっと違うのではないかと思うのです。そのへんのギャップをうめる必要があるのではないかと思います。ですからきょうはロシアを包括的に、ロシアの現状を総括してみたいと思います。

 きょうのテーマは基本的には「ロシアはまた超大国になれるのか」ということですが、それを論ずる前に、ロシアないしソ連というのはどういう国であったのかというところからお話申しあげたいと思います。

 まずソ連のことからお話し申し上げます。私はブログをやっていますので(www.akiokawato.com)、ブログの読者からいろいろコメントがくるのです。その中に若い人から、この人は過去を知らないんだなと思わせるようなコメントがいろいろくるのです。たとえば、「最近の世界を見ているとエネルギー資源の取り合いが激しくなっていますが、そういう無用の争いというのは止めるのがいいと思います。われわれはもう経済成長はいらないから、必要なものは必要なだけ生産ができるよう、政府が按配してくれれば、それで不要な国際的紛争はなくなるでしょう。」といった書き込みがありました。

 そういうのを見ると、どうもわれわれはソ連的社会主義というものが、どういうものであったかということをちゃんと総括しなかったのではないかと思います。もっとも、ソ連経済がどうして成り立たなかったかということをここでお話申しあげるつもりはありません。

 またソ連とかロシアといいますと、いろいろイメージが分裂しています。われわれはロシアといわれると口角泡をとばして議論をはじめるのですけれども、どうもみなマスコミから聞かされたソ連やロシアのイメージに基づいて、自分達の思い込みを投げ合っている感があります。

 しかし実際のロシアは、一つのイメージではくくれません。大きく三つに分けてみます。一つは、やはりロシアの大衆にとってのロシアというのがあると思います。この15年間、とくにロシアの大衆は大変な苦しみを経てきたわけです。そのことは日本にいる豊かなわれわれは必ずしも認識していないのですけど、この15年間ロシアの大衆にとってはいいことはほとんどなく大変な時代でした。
それはなるようにしてなったと言えば酷なんですが、手元の富をすべて分け合い、将来へのろくな投資をすることなしに社会保障や軍備を支えてきたわけですから、その皺寄せ経済困難に陥ったのは仕方がないのです。ですからロシアの大衆に対しては非常に同情できるんですが、「助けてくれ」としがみつかれると、やはり「自分たちでやってください」と言って突き放すしかありません。

 それからソ連、ロシアにはエリートというのがおります。その中で、権力から外れているエリートというのは、世界でも最高の知識人で話をしていても面白いのですが、一方、権力の座にあるエリートの中には本当に嫌な人たちもいます。彼らは国民の大多数の福祉を放置して、自分のプライド、要するにアメリカと対抗すること、そして物欲、ダーチャや外車を手に入れることばかりに熱心で、少し暇になるとアフリカへサファリに行ってしまうのです。これは儒教的モラルからすると許せない人たちであると思います。これがエリートを対象にしてみたロシアだと思います。

 それから、世界にとってソ連はどんな意味を持った国であったかという視点があります。われわれはアメリカと同盟体制にあるので、ソ連というのは悪い国で邪悪な国であったと思うんですが、アメリカと敵対していた国々にとっては、ソ連はいわば「駆け込み寺」であったわけです。例えばパレスチナ解放戦線など、ソ連との関係を大事にしていました。つまり当時のソ連というのは世界の野党的な存在であって、与党であるアメリカの政策の代替政策を提供していたのです。ソ連の健在な時代にはアメリカもよく行いをつつしんで、自由とか民主主義のような価値観を自ら体現してみせようと努力していたわけです。

 以上が過去のソ連についてで、次にゴルバチョフのペレストロイカ以降のことについて短くお話し申し上げます。ゴルバチョフについて、彼はソ連を改革して資本主義、市場主義経済を導入しようとした、ということを言う人もいます。けれども、私はそのような見方はしておりません。ゴルバチョフがやろうとしたことは、ソ連の社会主義を再興する、ということだったと思います。ただ、それを実現する上において、いわば規制緩和のやり方を間違え、共産党から権限を過度に取り上げてしまったものですから、経済の運営がメチャクチャになり、その挙句にソ連をつぶしてしまったというのが、ゴルバチョフだと思います。

 エリツィンはポピュリズムにのって、「もっと改革をやれ、ゴルバチョフのやることは生ぬるい、改革で軍事費を削って皆さんに回すから、皆さんの生活は良くなるんだ」ということで大衆を煽り、大統領になったんだと思います。それでエリツィン大統領の時代、私もモスクワで勤務しましたけれど、それはいわゆる民主化の時代、実際には何でもありという時でした。

 エリツィンは民主主義を標榜はしましたが、現実にはそれは共産党の連中をつぶすために、過度と言える程まで推進されました。その挙句、98年8月には経済が完全にダメになりましたし、社会は混乱したままで秩序は一向に改善されなかったと思います。

 そこに現れたのがプーチンですが、プーチンの人気は当初から絶大でありました。プーチン大統領の担っていた課題というのは、まず犯罪をなくして国内の安全を回復する、そして経済を回復し政治的安定も実現する、さらにロシアの国際的威信を回復する。という三つであったと思います。
この三つこそは、当時のロシア国民の切なる願いであり、であるからこそプーチン大統領は70%以上と人気が一貫して高いんだと思います。もっとも彼の第2期では、ホドルコフスキーがその権力に挑戦したのがキッカケになったと思いますが、第1期で進めていた経済改革への動きが割と収まってしまって、秩序を強化する方向だけが目立つようになってしまいました。

 セーチン大統領府副長官など、いわゆるシロビキ(軍・諜報出身者)と呼ばれる人たちの権力も大分強まったし、そういう中でとくにテレビ局が報道の自由を奪われました。民放であるNTV(独立テレビ)も、実質的に当局の支配下に置かれました。ですから、権力にありついていない方のエリートたちは、今でも強い不満を隠しません。

 昨日も丁度日本にきているロシアの知識人と電話で話したのですが、彼は「ロシアの現状というのはテルミドールだ」と言うのです。テルミドールというのはフランス革命の後、過激なロベスピエール一派が潰されて灰色の保守化が始まった時代のことで、要するにロシアの現状はこれに似ているということです。プーチン大統領をナポレオンになぞらえることも可能であるということです。私の知っている別のロシア人には娘が二人いて、一人はアメリカ、一人はイスラエルで就職しております。なぜかというと、「ロシアでちょっと働いていたけれども、ロシアではビジネスはやりにくいから、外国に行ってしまったのです」ということでした。

 だから、現在のロシアの国内の雰囲気というのは、一般大衆の願いをかなりかなえてはいるのだけれど、体制側ではない知識人にとってはあんまり面白くない時です。もっとも、石油ブームのおかげで収入が増えているので、彼らもおとなしくしております。

 イラク戦争などで、石油価格が高騰しております。私はこの1月にウズベキスタンに行ってきましたが、タシケントの経済は割りと賑わっていました。ウズベキスタンについては、カリモフ大統領が権力の座に居座っているため、経済も沈滞を極めているというのが、西側の一般的評価なのですが、タシケントは車も多く賑わいをみせていました。なぜだというと、ウズベキスタンの人口は2700万人ですが、そのうち150万人ほどがロシアに出稼ぎに行っており、さらに50万人が隣のカザフスタンに行っているんだそうです。ちょっと計算してみると、出稼ぎの200万人から多分年間1000億円位がウズベキスタンに入ってきているのではないですか。であれば、やはりウズベキスタンの経済は潤うわけです。

 これはどこかで見た構図だなと思って考えてみたら、マーシャルプランだと思ったわけです。要するに第二次大戦直後のヨーロッパに対してアメリカがマーシャルプランをやった時の感じで、それをアメリカは意図せずして現在のロシアとCIS諸国、湾岸諸国に対してやっているのだと思います。
それでロシアはすっかり喜んでしまって、「ロシアは大国なんだ」ということを言い始めました。どういう大国かというと「エネルギー大国」なんだということで、ベラルーシへの石油パイプラインの栓をとめる、グルジアに対するガスのパイプラインを止める。こうして、自分の力を誇示しようとしているわけです。外交面でも、プーチンの第2期目ではアメリカの政策に唯々諾々とは従わない例が増加しています。

 そんな中で最近話題になったのが、2月初めにミュンヘンで開かれた国際安全保障に関するシンポジウムでのプーチン大統領の演説です。プーチン大統領はその演説で、NATOの拡大とか、チェコ、それからポーランド等へNATOがミサイル防衛施設を配備することを強く非難したのです。これが西側のマスコミですっかり話題となりました。

 プーチン大統領の言ったことは実は、これまでロシアの識者やマスコミが言ってきたことと変わらないのですが、このミュンヘン演説で初めてこのような言葉に接した人々は、ロシアが急に鎌首をもたげて西側に対してキツイ言葉を吐くようになった、怪しからん、と思ってしまったようです。

 しかしプーチン大統領は、西側と手を切るとは全然言っておりません。逆に、ロシアは西側と仲良くしたいのだが、そのためには西側も改めるべき点は改めてほしいという趣旨も述べています。ですから、ロシアは外交面で、簡単にはソ連にもどらないと思います。

 お手元の資料には、「ロシアがソ連にもどらない、100の理由がある」と書きました。まあ100もないのですが、とにかく現在のモスクワに行って感ずることは、これは絶対ソ連に戻らないだろうということです。それはロシアが大衆消費社会になったことだと思います。要するに以前のソ連経済というのは軍事によって大きく支えられていましたが、現在はそれと同じ位の比率の個人消費によって支えられているんだと思います。もちろん軍事がソ連時代GDPの何パーセントを消費していたかという正式な統計はありません。でも、鉱工業生産の70%位は軍事関連だったと多くの人が述べていますので、GDP全体の30%~40%くらいではなかったかと思います。

 現在では、ロシアのGDPの約50%が個人消費されております。これは別に西側先進国に比べてとくに多いわけでも、少ないわけでもなく、ロシアも西側並みの大衆消費社会になった、ということを意味しているのです。

 モスクワで飛行機を降り、シェレメチェヴォ空港からモスクワの市内に向かって行きますと、右側の方にスウェーデンの家具チェーン「イケア」の大きな店舗があります。建物も端から端まで歩くのに15分くらいかかりますが、500メートル四方くらいの大きな駐車場があり、そこに並んでいる買い物客の車を見ますと、ベンツとかBMWもありますが、大部分がロシアのモスクビッチとかジグリで、中産階級が乗っている国産車であるわけです。

 ようするに、普通の中産階級まで西側並みの消費社会が実現したわけです。ですから、ここでもってソ連時代のような軍備を築くから税金を上げるとか、消費を切り詰めろといわれたら、やはりロシア国民は嫌がると思います。これがソ連に戻れない第一の理由だと思います。

 それから第二の理由としては、社会から恐怖が消えております。もちろん恐怖というのはすぐ戻ってくるので、現在の日本でも戦前の恐怖を復活させようと思えば、すぐ出来ると思うんですが、当面ロシアの社会からは恐怖は消えております。例えば、外国人と付き合っても怖がることはないわけです。ソ連時代はものすごく怖がっておりました。

 私がやっているブログには、ロシア語のコーナーがありますが、それを見たロシア人の例えばナターシャという女性が私にメールを打ってくるのです。「あなたは誰か」と聞いてみると、「私はウラルの山の中の女子学生であります」という返事が返ってきます。(ロシアのウラルは山の中と言ったって、工業都市で農村ではないんですが)そこにいる普通の女子学生が全然逡巡することなしに、日本にいる、もしかすると諜報機関かもしれないような日本人と平気でメールをやり取りするような時代です。

 それからソ連に復帰しないもう一つの理由。これはCISの諸国がもうソ連の昔には帰りたくない、ということです。CISにもいろんな国があって、親ロ、反ロに分けることができますが、親ロのウズベキスタンに対して「あなたはそこまでロシアに安全保障を依存しているのだったら、またロシアの共和国の一つになったら」と言えば、皆烈火のごとく怒るでしょう。15年前に独立して地元の利権を自分たちで抑えてしまった以上、いかに親ロの政権であってもロシアの風下には立ちたくないわけです

 他方、反ロと言われている政権もございます。グルジアであるとかモルドバであるとか、それからウクライナ、そういった政権があります。われわれはグルジアとかウクライナは完全に民主化された国になったと思っているわけですが、実際には政権や利権を奪取するに当たって西側の支持を得るために「民主主義」と言うには言ったが、国内の権威主義的体質は変わっていない面もあるのです。少し脱線しましたが、ですからソ連というのは復活もしないけれど、他方旧ソ連諸国が急速に民主化するということもないんです

 それから肝心のロシア人がソ連邦の復活を必ずしも望んでいない、という点も重要です。1月のある世論調査では、ロシア人の30%以上がソ連邦に復活することを望んでおりません。なぜかというと、今石油価格が高いものですから、ロシア人の給料がどんどん上がっています。ソ連邦が復活するとCIS諸国を助けなければならず、そうすると自分たちの取り分が少なくなるということをロシア人は恐れているのだと思います。

 つい一カ月前、ヘラルーシとロシアの間で石油の価格をめぐって諍いがあり、ロシアはベラルーシに対して一時パイプラインを止めると脅かしたことがあります。その後、ベラルーシに対する支持率というのは、ロシアにおいては落ちたのです。それまではロシア人というのはベラルーシが好きで、かつて集団農園長をやっていた強持てするルカシェンコという強権的な人が好きだったのですが、この事件があって以来、ベラルーシでさえ嫌われてしまいました。

 一言で言えばロシア人は、芥川龍之介の書いた『蜘蛛の糸』のカンダタ、自分一人だけ天国にいこうとクモの糸を伝わって上っていったら、下から大勢の人がクモの糸を伝って上ってきたので、「お前降りろ」と言ったら糸が切れ、全員地獄に逆戻りしてしまったという、カンダタの心理があり、これもソ連が復活しない理由の一つだと思います。

 それから、いろいろ見回してみますと、やはりロシアというのは、西側主導、とくにパックス・アメリカーナと言いますか、アメリカ主導によって通貨安定をはかるIMF、それから自由貿易を維持するWTO、この二つに代表される体制に、ロシアもどっぷり浸かっています。もちろんロシアはまだWTOに加盟していませんが、切に希望しているわけです。なぜWTOに加盟したいかというと、ヨーロッパにロシア製鉄鋼製品などを制限なしに輸出したい、それにWTOに入れば、ロシア経済の信頼度が全体的に向上するから西側がもっとロシアに投資してくれるだろうという気持ちがあるからです。ですから、ロシアが時々アメリカに厳しい言葉を投げつけても、西側主導のグローバル経済の中に完全に組み込まれている以上、歩留まりがあるということです。つまり、この面でもソ連復活は難しいだろうと思います。

 それほどグローバル経済に組み込まれているなら、なぜロシアは仲間と見なされないのでしょう? ロシアは、西側で相変わらず信頼されていません。ロシアのエリートたちはそれを強く感じています。彼らはヨーロッパとかアメリカにどんどん行きますから、自分たちが信頼されないのを肌に感じ、怒り悲しむのです。「彼らの我々に対する態度は屈辱的だ」とさえ言う人がいます。そこでロシア人は、なぜか?と自問自答するわけです。

 今ロシアで流行している言い方は、「ロシアが再び立派な国になったから、西側は脅威に感じてわれわれを嫌うのだ」というものです。この見方は正しいでしょうか? 私は中央公論に「ゼロサム」文明と「プラスサム」文明について論文を出したことがあります。ゼロサム文明というのは、産業革命を基本的に経ておらず、付加価値を自分たちの手で大量に作り出せない文明のことです。ここでは金持ちになろうと思ったら、他人の富を奪ってこなければダメで、ゼロサムなんですね。これは重商主義の世界ですけれど、私はロシアは基本的にはまだこの段階にあると思っています。

 それから、プラスサムというのは、産業革命を経て付加価値をほぼ無限に自分たちで生産できるところだから、問題が起きれば新しい富を創造することによって、その問題を解決できるところがプラスサム文明です。昔アメリカの民主主義について書いた、トックヴィルという有名なフランス人がいます。彼は19世紀前半のアメリカを描いたのですが、(日経に猪木さんが書いたものを孫引きするんですが)その本に面白い個所があります。彼はオハイオ川を下りました。オハイオ川の北の方がオハイオ州で、南岸がケンタッキー州。この二つの州は19世紀の初めでも別の国であるかのような差があったのだそうです。オハイオ州というのは北部に属する工業州です。ケンタッキー州というのは南部に属する農業州。どうなっているかというと、その北部のオハイオ州は勤労の道徳があって、みな一生懸命働いて金持ちになろうとしている。ところが南部のケンタッキー州の人たちは貴族の如く奴隷を使って、自分たちは何もしない。南部で関心があるのは、農場と狩猟それからもう一つは自分の体を鍛錬すること。当時、ボディービルはなかったと思いますけど、何か肉体的な力に過剰な関心を示していたそうです。

 どこかで見たような図だなと思って考えたら、ケンタッキー州は現代ロシアの金持ちによく似ているのです。ロシアの企業主とかビジネスマンといわれる連中は、少し羽ぶりが良くなってくるとアフリカのサファリに行くのです。また彼らは空手とか柔道とに異常な興味を持っていて、ものすごくアグレシブルなわけです。ロシア人自身が、彼らのことを肉食獣だと言います。これは、19世紀アメリカ南部の農場主によく似ているなと思います。結局、双方ともゼロサム文明なのです。

 ゼロサム文明というのは割りと共通したところがあって、一つは権威主義。なぜ権威主義になるかと言うと、経済規模の小さいゼロサム社会では、利権が少人数の人の手によって独占されてしまいますから、皆がその人たちの鼻息をうかがって隷従するわけです。ですから、法治主義ではありません。ゼロサム社会は法を軽視します。それから一部の人の手に利権が集中しますから、腐敗します。ワイロによって富を築きます。それから、ゼロサム社会には通常、大変な格差が生じます。特権階級が富を独占してしまうからです。大衆無視の社会には、大体こういった四つの特徴があると思います。これがゼロサム文明です。ロシア人の大多数は、自分たちがこういった価値観の下に生きていることや、欧米や日本では別の価値観が支配していることを、どうも認識できないようなのです。

 私がまだモスクワに勤務していた頃、ある日シェレメチェヴォ空港で日本に向け出発する時、チェックインのため行列に並んでいました。私の後ろには、ロシア人の上品な婦人がいたのですが、彼女が何かモゾモゾしているのです。なにをモゾモゾしているのかなあと思っていたら、私がわきを見ているすきに彼女は私の横をすいと通り過ぎ、行列をとばして前の方に行ったわけです。私が彼女を呼びとめて、「行列の無視ですよ」と言うと、彼女はものすごく嫌な顔をして、日本人なんかに止められたという顔でシブシブ後ろに戻ったのですけれど、それから3分位して、こんどはスタスタと行列をとばしてカウンターで何かささやくと、チェックインして中に入っていってしまいました。入って行くときに、私の方をチラッと振り返って憎々しげなまなざしを送っていましたけれども、この貴婦人はいつまでも私に引用されて気の毒ですが、やはりロシアの特権階層のメンタリティーをよく表していると思うんです。こういう特権意識、法の無視、そういうところが嫌われて警戒されるのだということを、ロシア人は認識さえしていないのだと思います。

ロシアの経済
 次に現在のロシア経済がどうなっているかというお話しを申し上げます。結論から申しあげますと、現在は非常に繁栄しているように見えますけれど、石油に対する依存度が非常に強いので、自立成長をできる体質は備えていない、ということです。

 ロシアの経済は8年間でGDPが5倍になりました。現在、大体100兆円経済でカナダを抜こうというところです。ですから表面的にはG8の一員としての資格ができています。8年間でGDPが5倍、給料が年間約20%上がっているそうです。富の主要なものは半分位石油の輸出からきているのだと思います。石油の輸出量はサウジアラビアとほぼ同じです。ではそのロシアというのは「ヨーロッパのサウジ」と名づけてよいのかというと、サウジアラビアの経済規模よりは大きなものを持っております。GDPはサウジアラビアの2倍以上です。それは自分で石油以外にも何かいろいろなものを作っているし、人口もはるかに多いからそういう風になるのです。

 GDP統計を見ますと、いくつか気の付くことがあります。まず個人消費がGDPの50%になっていることは、まえに述べましたように、これは他の先進国とあまり変わりありません。投資が20%強、これも他の先進国とは変わらないのです。ただ中国と比べますと、投資の割合は半分位です。中国は非常に投資の多い国ですが、投資のかなりの部分は高層ビルの建設だと思います。ですから上海の高層ビルの数は日本全体の高層ビルの数よりも多いのです。中国は高層ビルを建設することによって高度成長を実現しているところがあって、ですからロシアは中国の投資よりは割合が小さいからダメなんだと、いうことに直ちにはならないと思います。

 ロシアの経済でやはり一番問題なことは、製造業があまり伸びていないということだろうと思います。そのことはプーチン大統領が、2月初めに主な企業家(ロシア産業・企業家同盟)との会談で自身から仰いましたし、その後イワノフ国防相を第一副首相に昇格させ、彼を産業政策の担当者に任命することによって、製造業を活発化させようとしているわけです。

 もちろん、ロシアの製造業は完全にダメなわけではありません、とくに自動車が伸びております。自動車が伸びているのはフォードであるとか外資がどんどん入っているからです。他方家電など電器機械は非常に低くマイナス。それから製造業の中でも鉄鋼が伸びております。このようにまちまちなんですが、製造業への投資が投資全体の僅か13%というのが一番の問題です。これがロシア経済の自主的発展を可能としない一番大きな要因と思います。

 製造業への投資をもっと増やさなければいけないのですが、なぜ伸びないかというと、それは製造業の利益率が相対的に低いからです。ロシアで利益率がいま一番高いのは、もちろんエネルギー部門、それから穀物部門などです。因みにかつてソ連は穀物の大輸入国でありましたけれど、現在は第一次大戦前のロシアと同じく、世界の穀物大輸出国となっております。1000万トンには達していませんが、毎年数100万トン輸出している、世界でも有数の穀物輸出国になっています。もっとも、これはソ連崩壊後、多数の牛を屠殺したために穀物が余っている、ということが基本にあります。

 製造業への投資が一向にはかどらないのは、一つには金利が高すぎるということもあります。いま金利は15%位と思います。預金が少ない上に、銀行がインフレ懸念を払拭しきれていないからでしょう。ロシアではインフレへの圧力が溜まってきています。今年12月に総選挙がありますし、来年3月には大統領選挙がありますから、人気取りで財政支出が拡大しております。これまでお金が回らなかったような教育、保健衛生、それから学問、そういったところに予算が数10%単位で増加されています。それから公務員の給与、軍人の給与も引き揚げられました。

 もう一つのインフレ要因、これは輸入が伸びているということです。昨年は輸入が50%伸びたということです。消費の伸びが止まらないから輸入の伸びがとまらない、そうして貿易黒字幅が縮小するとルーブル・レートが下がり、インフレ要因になるでしょう。また国内の電気、ガスの企業向け料金は、2011年には「市場価格」とすることが、最近決定されました。これからジリジリ、エネルギー価格が上がっていくのです。そういうわけでインフレ要因が高まっています。

 これまでロシア政府は、石油収入の急増によってルーブルが急上昇しないよう、企業が石油輸出から得たドルを大量に買い上げてきました。そのために、ロシアの外貨準備高は世界3位の3,000億ドルに達しています。他方、これによって市場に放出された大量のルーブルがインフレの原因とならないように、余分のルーブルは「安定化基金」に繰り込まれ、これは現在900億ドル相当分になっています。これは本来はただ帳簿にのっているだけのフィクションのようなものだったのですが、現在では外貨に転換され、外貨準備の一部と二重計算になっているようです。ともあれ、これだけ備えがあるわけですから、たとえ原油価格が暴落してもロシア経済はかなりしのいでいけるということになっています。

 ただ私が心配しているのは、クドリン財務相が一生懸命努力してきたインフレ抑制、これが底が抜けつつあるのではないか、ということです。どこから底が抜けてきたかといいますと、国民の消費欲の歯止めがなくなったのではないかというのが、私の仮説です。ロシアではここ1、2年月賦制度が急速に普及し、銀行に口座をもっているとそこをベースにして物を月賦で買えるようになりました。これによって輸入が50%増えたのです。

 銀行は消費者ローンをどんどん乱発しています。消費者の信用度を調査するシステムがないという状況の中で乱発しているわけです。そして金利がものすごく高いのだそうです。こうして、不良債権が増えています。しかも銀行は消費者ローンの原資をどこからとっているかというと、ロシア国内からではないのです。あまり預金が増えないものですから、外国から借りているわけです。

 現在350億ドル分の消費者ローンが、外国からの借金なのだそうです。民間の全体の対外債務は現在2000億ドル強ですが、そのうち20%くらいが消費者ローンということです。従って需要抑制の底が抜けたのではないか、インフレの要因になるのではないかというのが、現在私がもっている仮説です。選挙の年にインフレが亢進しますと、政治的に非常に危険なことになりますから、これに注目しているわけです。

 次に製造業に話を戻しますと、一部の統計によりますと、製造業の伸びはそんなに悪くありません。ただその中身がよく分からないのです。私の推測では、製造業の機械生産のうちかなりの部分はエネルギー関係ではないかと思っています。例えば石油景気に依存して、ドリル用の機器といったものが多いのではないかということです。それからもう一つ製造業といっても、兵器の割合が多いのではないかと思います。現在兵器がどの位生産されているかは、兵器の輸出統計からかなりうかがうことができるだろうと思いますが、それは今回してきませんでした。以上が、ロシア経済の現況です。

ロシアの軍備
 次に軍備について申しあげます。ロシアの国防予算はものすごく増えていて、これがソ連が復活するのではないかという論拠の一つにされているわけです。ちょっと点検してみたいと思います。一つはソ連の力を支えていた核ミサイル、これがいまどうなっているかということです。核ミサイルには、賞味期限があります。年が立つにつれどんどん性能が劣化するのです。ICBMは固体燃料なんですが、ロシアの固体燃料はアメリカの固体燃料に比べて劣化が早いそうです。核弾頭の信頼度もどんどん落ちるそうです。時々爆発実験してみないといけないのですが、アメリカは現在もその実験をコンピューターでやっています。

 経済困難に陥ったロシアは、劣化していく核ミサイルを新品で置き換える資金がないものですから、一計を案じました。つまり、アメリカに核ミサイルを共に削減しようではないかと持ちかけ(実は既に減っていたのですが)、2012年までにはアメリカ、ロシアとも核弾頭を各2200に削減するという協定を結んだのです。これは2000年に署名したものです。

 目標は2200なんですが、2006年1月の段階でロシアの核弾頭の数は4279あると、ロシアの軍人が発表しています。いまでもかなりあると思いますが、賞味期限が切れたものもあるでしょう。解体するのにお金がかかるため、一度には解体出来ません。ロシアは現在アメリカから資金をもらってミサイルを解体し、そこから取り出した濃度90%のウランを4%位に薄めて、自分の原発で燃やし、残りはアメリカに売っているのです。(これは余談ですが)

 核ミサイル削減については、最近少し風向きが変わってきております。なぜかというとアメリカがイニシアチブをとって、ポーランド、チェコにミサイルの迎撃設備を配備することを決めたものですから、これに対しロシアがむっとしているわけです。ロシアは「なんでそんな所にそんな設備を配備する必要があるのか、一体どこの国のミサイルがどの方向に向かっていくのを落とすつもりか」とアメリカに聞いたわけです。アメリカは「イランからのミサイルを防ぐためだ」と答えたのです。しかし、ロシアは疑心暗鬼で、アメリカはロシアのミサイルがアメリカに飛んでくるのが怖いから、途中で撃ち落すためではないかと見ているわけです。それがミュンヘンにおけるプーチン大統領の演説で表明されたのです。(但しロシアの軍事専門家アルバートフ氏は、ロシアのミサイルが米国に向かう時は、欧州上空ではなく北極圏上空経由で行く、と書いています)

 ですから1979年から80年にかけて、アメリカ・NATOが西ドイツにパーシングⅡという中距離ミサイルを置くかおかないかで、大論争が起きたことがありました。これはソ連がSS20という中距離ミサイルを先に配備したからで、これはヨーロッパを狙ったものです。これに対抗してNATOがパーシングⅡというソ連を狙う中距離ミサイルの配備を決めたので、大変な騒ぎになったわけです。結局、ソ連はSS20、アメリカ・NATOはパーシングⅡを、双方共ゼロにするという協定を結んだのですが、現在同じことが起ころうとしているわけです。ですからロシアは今年が選挙の年であることもあって、ものの言い方がきつくなっているのです。

 いまから一年前、バルエフスキー参謀総長は「もうロシアはアメリカと核ミサイルの数を同じに維持しようとはしない。核ミサイルの数での同等性を追及するためにパンツまで脱ぐようなことは、もうしない」と言ったわけです。ところがこの2月にバルエフスキーは全く違う発言をして、「ロシアをめぐる安全保障の状況が根本的に変わった。あらゆる隣国が(日本だけではないということ)ロシアから領土を要求している。新たな軍事計画をつくらねばならない。」と発言しています。

 それからイワノフ第一副首相は国防相時代、「パーシングⅡとSS20が相打ちしてゼロにした時の協定は破棄する必要があるかなあ。北朝鮮やパキスタンが中距離ミサイルを持つ時代に、露米だけが自分の手を縛っていることもないだろう」と口走ってみせたりしています。この舌戦といいますか、口先の争いがどこまで行くのか分かりませんが、核ミサイルをめぐってはそういう状況があります。ただロシアの核ミサイルについては、いくつかの問題があります。

 一つは15年間、予算が回らなかったキズあとが非常に大きいということです。現在ロシアは、ブラーヴァという潜水艦発射核ミサイルを開発しております。すでに4回実験を行い、うち3回失敗しています。実験すればするほどロケットが暴発するタイミングが早くなっているのです。これについて軍の要人の発言が新聞で報道されています。彼が言ったことは「これは仕方がない。われわれの兵器の製造技術が落ちてしまったからだ」と。これは15年間の空白の間に多くのエンジニアを失い、また工作機械の改善が一向にされなかったからであろうと思います。それから先ほど申しあげましたが、コンピューターの装備度がまだ追いついていないこともあります。

 次に通常兵力ですが、これも限界をかかえています。人口が減少していること、それから一人息子が増えてきていることは非常に大きな障害だと思います。兵役を逃れる人がどんどん増えている状況です。これから多分、中央アジアから傭兵を増やすものと思いますが。

 他方、軍事予算は急速に伸びております。2003年の公表予算が3500億ルーブル、本年度2007年の国防予算が8000億ルーブル、要するに5年で2倍以上になったわけです。8000億ルーブルというと日本円で4兆円、日本の防衛費が大体5兆円弱ですから、日本とほぼ同じです。ただロシアには秘密予算があると新聞に書かれておりました。秘密予算が6600億ルーブルあると書かれておりますが、これがすべて国防予算かどうかは分かりません。それに、右の金額をそのまま日本の防衛費と比べるのは不公平なのです。というのは日本の防衛費というのは60%が人件費、給与であります。日本の兵器の価格は、ロシアの兵器の10倍もするんだと思います。従ってロシアはこれから急速な勢いで、この15年間に老朽化してしまった兵器をどんどん更新してくると思います。

 極東においても軍備の更新は行われると思います。極東の軍備は主として中国、アメリカ向けでしょうが、日本は領海と領空を侵犯されることを防ぐことが必要で、その手当てをすることは必要になると思います。他方、ロシアの軍と日本の自衛隊との交流はこの10年間飛躍的に増進しましたので、これは絶対に維持する必要があると思います。

ロシアの外交 
 次にロシアの外交ですが、ロシアの外交は国力が落ちた中でよくまあ、あれだけやってこられたなあと思います。本当に口先三寸ながら、ロシア外交の存在感というのは、これまでもかなり大きなものがあったと思います。石油のブームが来て以降、ロシアの外交はいろいろイニシアチブを発揮するようになりました。もっとも初めのうちは、私のロシアの友人に言わせれば、「筋道のはっきりしていない痙攣みたいなもの」だったのですが、だんだん筋肉がしっかりしてきて論理的になってきたと思います。

 その一つの表れが、2月初めのプーチン大統領によるヨルダン、カタール、サウジアラビアの中東3カ国訪問です。これは非常に目のつけ所のいい、効果の大きい外交だったと思います。私はロシアの外交にだんだん論理性が出てきた、能動的になってきたなと思っています。

 もちろん、いいことばかりではなく、サウジアラビアを訪問した際、原子力技術の提供を約束したものですから、サウジアラビアはすっかり安心して、イランのシーア派に対して高姿勢に出るようになりました。プーチン大統領のサウジアラビア訪問は、かえってアメリカを利する結果に終わったわけです。

 ロシア外交であまり気づかれていない弱点が一つあります。それはロシアの外交官に、空白の世代があるということではないかと思います。1991年ソ連が崩壊してから、外務省入省希望者がぱったりとまりました。給料が安すぎたわけです。われわれサイドからみていますと、ロシュコフ大使、そして今度のベールイ大使、この世代が今のロシアの外務省を支えていて、その下というと日本関係ではサプリンさん、クリフツォフ、イワノフさん、ガルージンさんなどがいるのですが、その下の年代との間隔は10年から15年位あるのではないかと思います。ソ連時代の巧妙な外交術の記憶が失われるのではないでしょうか。これはロシアの外交にとって非常にマイナスだと思います。

 ロシアの外交はアメリカに対してとみに独自性を主張するようになりましたが、その主張を最後まで貫く力はありません。グローバルな経済にがっちり組み込まれているからです。反米で最後まで付き合ってくれる同盟国、友好国もありません。ヨーロッパも中国も、アメリカと張り合うためにロシアと組んでは見せますが、早い段階で下りてしまいます。しかもロシア人は中国が怖くてしょうがないのです。

 最近、北京で中国共産党の幹部と話し合ったロシア人に話を聞く機会がありましたが、彼は中国人に大変いやなことを言われたと、すっかり消沈していました。中国の要人が彼に言うには「おい、これまでは中国を弟のつもりで付き合ってきただろう。だけどこれからは中国の方がお前の兄だからそう思え」とハッキリ言われたということです。もっとも、ロシアと中国はそんなに簡単には離れません。

 それから欧州ですが、欧州はロシアにとってどうかというと、これは先ほど申しあげたとおり、ミサイルを撃ち落す設備の配置の問題、これは悪くするとアメリカと欧州を離間させることになるかも知れません。他方、ロシアがあまり欧州を脅かすと、ヨーロッパの方が本当に怯えてロシアから離れていくかも知れません。

 ロシアはイランについては、アメリカとは距離をおいた姿勢を維持していますが、イランのブシェル原子力発電所に対する核燃料の供給を3月初めだったのを半年延ばしました。商談上のもつれに過ぎないのかもしれませんが、最後までアメリカに盾突くことはしないと思います。

 次に露米関係に話をうつしますと、最近アメリカとロシアとの間で対決的な論調が目立ってきております。昨年11月29日付の「ウォールストリート・ジャーナル」の社説を見てびっくりしましたが、「プーチン大統領を米国の敵と言うべき時が来た」と書いてあるのです。「プーチン大統領のやることは、最近とみに反米的になってきた。アメリカに盾突いてばかりいるではないか、アメリカの敵ととらえるべきである」ということでした。それから人権重視派のマッケイン上院議員は「ロシアをG8からはずすべきだ」と主張しています。アメリカもロシアも選挙が近く、選挙を念頭にキツイものの言い方をしている面もあると思います。

 われわれがロシアを考えるときに、やはりロシアもこの15年間、西側からものすごい圧力をうけてきたんだということを念頭におかないと、不公平になると思います。ソ連が崩壊して、NATOがバルト諸国まで拡大されるとか、ポーランド、ハンガリーとその他東欧諸国が軒並みNATOに入ってしまう。それからウクライナ、グルジアまでNATOに入りたいと言っているということになると、ロシアは非常に悲しいし、怖いわけです。

 70年代、80年代、ロシアのインテリは、自由とか民主主義を切に欲していて、アメリカが大好きだったのです。しかし、いまではナショナリスティックな言辞をろうしているわけです。最近、アメリカがロシアに仕掛けてくることは、ロシアの権利を軽視して傷に塩を塗るような風に、彼らには見えています。彼らはアメリカが好きですが、アメリカに裏切られたとの気持ちがあるのです。しかしアメリカとロシアの対決には、歩留まりがあるでしょう。

 第一に、肝心のロシア国民があまりのってこないのではないかと思います。反米的論調、それから「アメリカからくる脅威」とかのプロパガンダにのってこない、ということです。最近、「イズベスチヤ」にアルハンゲルスキーという若い記者が論説を書いていましたが、「いまのロシア国民はステータス・クオ、現状維持、これが一番良いのだ、外からの脅威があるなんてことは感じていない」と書いていました。これは今の雰囲気をよく現しているのではないかと思います。いまのロシア人というのは、給料がどんどん上がるし、政治とかはどうでもよく、完全に無関心になっていて、家庭で園芸とか盆栽をやっていればいいのです。そういう感じがします。

 それから政党ですが、いま与党の「統一ロシア」が選挙綱領を作成しています。有識者による諮問委員会に委託し、ナショナリティックな方向ではなく穏健な路線での綱領を作ろうとしています。

 アメリカの方をみますとアメリカはイラク、イランで手をしばられていますから、ロシアとの関係を悪化させる余裕はないと思います。ただ論争が高じエスカレートするとどうなるか分からない。アメリカがロシアに依存する点はほとんどないので、それは歯止めが効かないということを意味しているからです。アメリカはロシアから原油をほとんど輸入していません。ブッシュは大量にロシアから輸入したいと言っていましたが、アメリカには輸入する余力がないのです。というのは精油所が新設されていないからですアメリカが経済面でロシアに依存しているのは、鶏肉の輸出だけです。ロシアはアメリカの鶏肉の輸出先としてはナンバー1か、ナンバー2で、年間100万トン弱輸出しています。以上がロシアの外交についてです。

ロシアの社会 次にロシアの社会について申し上げます。ロシア国民はソ連の復活を希望しているか、ソ連の復活を許すかということですが、ロシア国民はあらゆるイデォロギーやプロパガンダを信じません。日本政府が北方領土返還は歴史的、法的に正しいのだと言っても、プロパガンダだということで信じません。他方、秩序のほうが民主主義よりも重要だというのが、国民の3分の2を占めております。ここらあたりは、かなりソ連的です。

 他方、西側諸国に対して幻滅と恨みを持っているところは、ソ連時代、特にその末期と異なるところでしょう。自国の政府だけでなく、西側諸国に対しても幻滅と恨みを持っています。つまりすべてに対してシニカルになっているのです。ソ連の末期は、リベラルな知識人、それから学生たち、彼らはみんな例外なく、警戒はしていたけれど西側が好きだったのです。一日も早く自分たちがアメリカやヨーロッパみたいになったらいいと思っていたのです。

 ところが現在、彼らはものすごくアメリカ、ヨーロッパ、とくにアメリカに対して憎しみを持っています。愛憎相半ばして、またこれが愛情に変わるかも知れませんが、当面われわれはロシア世論における足がかりを失ってしまったということです。これを繋ぐことができるのはビジネス、ビジネスから生ずる利益、これがロシア人の関心を呼ぶことができる唯一のものではないかと思います。ただロシア人というのは政府に対して無関心になったのですが、その割には政府に過剰な期待を潜在的に寄せているところがあります。そこが矛盾しているところであります。

 世論調査をしてみると、これから5~7年間、国民は毎年36%収入が上がると思っているそうですが、これは政府にとってはたまったものではないと思います。新聞のイズベスチヤの初任給は1200ドル、私がモスクワに在勤していた98年から2002年頃のイズベスチヤの初任給は120ドル位でした。僅かな間(7年位)に10倍になっています。過去4年で給料は2倍以上になっていますから、これは過剰な期待を呼ぶに決まっています。ですから国民の政府に対する依存心は変わりません。この面ではソ連的なものはロシアからなくなっていないのです。しかしソ連そのものは復活しないと思います。

 それからソ連的なものとしては不正と汚職、これは構造的に相変わらず残っています。ソ連の時代も不正と汚職はものすごくありました。面白いのは大体企業活動のコストの10%がワイロに消えているという調査結果があります。これは西側でいう手数料と同じではないかと思いますが、出来れば定価表でも作って透明にしたらよいと思います。

 このように経済、国民の状態をひっくるめていいますと、ロシアはゼロサムの文明から抜け出していないと思います。自立発展ができる体制になっていないということができると思います。

大統領選挙 
 次に大統領選挙(2008年3月予定)ですが、これはもうかねてからの問題なので、新聞等をご覧になればお分かりと思いますが、現在の主要な候補者は国防相から昇格したセルゲイ・イワノフ第一副首相とドミトリー・メドベージェフ第一副首相が2大候補となっております。それから最近政府の官房長官から副首相兼任になったナルイシキンがおります。彼がダークホースだとのうわさも出ていますが、これは持ち上げすぎでしょう。

 現在イワノフさんとメドベージェフさんとの間で面白いことが起こっています。1月26日にスイスのダボスで、世界の主要な人たちが集まる世界経済会議が開かれました。このダボス会議にロシアから派遣されたのがメドベージェフを団長とする代表団でありました。当初ロシア国内ではこのダボス国際会議はそんなに重要な会議なのか、代表団を送る必要があるのかという論争があったようです。

 メドベージェフ一行がこの会議に出席してしたことは、ロシアのイメージを回復することでした。どっちの方向で回復したかといいますと、ロシアは西側の価値観にコミットした国であるとし、資源大国ロシアの国力復活を強調しました。そしてその前後のロシアの新聞はメドベージェフの記事で埋まりました。これを見る限り、メドベージェフが大統領候補の先頭を切っているように思ったわけです。もっともメドベージェフは、ロシアのマスコミに資金を出しているガスプロムの会長を兼ねていますから、こうなることも当然ではあるのですが。

 ところがはてなと思ったのは、メドベージェフがダボス会議で、ロシアの内政を差配しているスルコフ大統領府副長官を批判したことです。スルコフさんは1年半にわたって、ロシアのイメージを維持するために「主権的民主主義」という言葉を使ってきました。ロシアにも民主主義はある。ただそれは西側の民主主義とは違う「主権的民主主義」であると言っております。では主権的民主主義とは何かというと、一つは主権を守る国である。それから権威主義的な国でも民主主義なのだ、というわけです。要するに現在のロシアは民主主義なのだ、というのがスルコフさんの意見です。

 メドベージェフはダボスで、主権的民主主義という言葉をハッキリ引用してかなりきつく批判しました。彼は「民主主義には形容詞はつかない、民主主義は一つしかない。ロシアはその唯一の民主主義を行っているのだ」と述べ、権威的民主主義という言葉は間違っていると、言い過ぎるくらいスルコフを批判したわけです。

 先週ロシアで内閣改造があり、セルゲイ・イワノフさんが国防相から第一副首相に昇格、後任の国防相にはサンクトペテルブルクで靴の販売を手広くやっていたセルデュコフ氏が就任しましたが、この人事に軍人が怒っているということです。この人事はプーチン大統領自ら発表したそうです。またこの発表を報じた新聞を読んでいましたら、滅多にないことにプーチン大統領は何か慌てていたということです。また、セルゲイ・イワノフの第一副首相の人事を発表するに当たってプーチン大統領は書面を見ていたとも書いてありました。

 これはダボス会議でメドベージェフがスルコフを批判したことと関係があって、それによって恐慌を来たしたのはいわゆるシロビキといわれる大統領府の中の諜報機関出身者で、あわててイワノフ国防相をもっと目立つ第一副首相の地位に持ち上げたのかなとも思いますが、シロビキも一つにまとまっているわけではないので、ここはよくわかりません。とにかく、「メドベージェフで次の大統領はきまりだ」ということになると、プーチン大統領の周囲からは人が離れてしまいますので、そういった事態はとりあえず防いだということでしょう。
 
 イワノフ第一副首相は、武器製造や宇宙、原子力産業など現在のロシア経済にとって一番重要な部門を差配することになりました。メドベージェフさんは教育、社会政策、労働政策それから保健衛生など目立たない、苦労ばかり多い(文句ばかりいわれる)部門を担当させられたままです。新聞ではイワノフさんの記事が増えているという感じです。しかし、まだ大統領選までは1年ありますから、この先何があるか分かりません。この二人以外の人が大統領候補になるかも知れません。

(注:その後の発展として最も注目されることは、急速に第2党にのし上がりつつある「正義のロシア」党の党首ミローノフ(上院議長を兼ねる)が最近唐突に、「憲法を改正してプーチン大統領の三選を可能とするべきだ」と発言したことの意味合いでしょう。
私もこの発言を当初は重く考えなかったのですが、今は少し注意して見ています。というのは、彼の発言は、プーチン大統領の権威にぶらさがってしか権力を維持できない一部側近の意向を反映している可能性があるし、ミローノフの政党「正義のロシア」が「プーチン三選」をマニフェストに掲げて12月の総選挙を戦うと大勝ちするでしょうから、それはまるでプーチン三選の国民投票をやったと同じ結果になって、三選を本心から望んでいないプーチン大統領も押し切られてしまう、という可能性があるのではないかと思い始めたからです。
多くの富、資源、権限が「上御一人」に集中しているロシアでは、どの組織でもトップが代わる際には大変な憶測と抵抗を呼びます。多くの者の生活が現在のリーダーにかかっているわけで、ロシア国民の大多数はプーチン大統領に代わって欲しくないでしょう)

 今まで申しあげたことをまとめさせていただきますと、ソ連が復活するかということですが、国際社会でロシアがソ連のような存在になることはないだろう、計画経済に戻ることもないだろう、但し国内の雰囲気からいうと、ソ連的なものが戻っても大衆は一定程度受け入れるだろう、ということだと思います。自由が割りと制限された、管理が厳しい社会が続くことは十分あるだろうと思います。一口で言えばピノチェト大統領時代のチリのような、開発独裁的な政体、但し腐敗と官僚主義の重みで開発が思うように進まない国になるのではないかと思います。

 ただ経済面では、グローバル経済に完全に組み込まれておりますから、アメリカと決定的な対立をすることはないと思いますが、国内的にはソ連的な要素は少し戻ると思います。しかし、外交的にはもうソ連は復活しないと思います。ではどういう国かというと、その時の石油価格に見合った国力を備えた国という風にしかいえないでしょう。要するに経済ではグローバル経済の中で泳いでいくこと、政治的にはプライドを確保すること、この二つ、特にアメリカの干渉を防ぐことに重点を置き、そのために自国をめぐる力のバランスを有利に導いていくだろうということです。このロシアの性質と政策は大統領選後もそれは変わらないと思います。

日露関係
 では日本はどうするかということですが、ロシア人は信用できないという面があるかも知れませんが、やはり付き合っていかざるを得ないと思います。最近はとくにビジネスと北方領土の兼ね合いが問題になっております。いまどんどん日本の企業がロシアに出て行っていますが、これがいいのかということです。しかし、やはり日本に利益になる経済関係はやる方がいいと私は思います。

 とくに政治の面から言いますと、モスクワに勤務していて一番強く感じたことは「親日ロビー」というのがモスクワにいないことなのです。モスクワにはドイツロビーというのもいます。フランスロビー、アメリカロビーというのもいます。それぞれの国とロシアの関係を良くしようと一生懸命走り回っているのです。そういう人たちは経済利益を受けているからやるわけです。ところが、日本についてはそういう人は皆無です。やはりそういうロビーが増えないと困るので、日本の企業がロシアに出たら政府にも頼んでロシアの要人をどんどん日本に呼ぶなどして、日本ロビーをどんどん作っていただきたいと思います。

 それから経済関係でいいますと、日本から企業がどんどん出るようになりましたが、ロシアからは日本にあまり出てこないのです。ロシアからは大手のビジネスマンが結構来るには来ているようですが、彼らは空手をやりに来たとか、スキーをしに来たとか、すしを食べに行きたいとか、どうも日本をまともなビジネスの相手としてみていないのではないかと思います。ロシア人は対日ビジネスにもっと真剣になってもらわないといけないと思います。ただ現金を豊富に持つロシアの企業は、最近西欧などでM&Aを盛んに行っております。日本でも、このような動きが起こるかどうかについては、注意してみていく必要があります。

 それから領土問題についていいますと、今は領土問題を動かすべき時ではないと思います。むしろ、最悪の時と思います。それは現在ロシアの力が頂点にありますし、選挙の年ですから、「領土問題」で日本に譲歩するということはあり得ません。日本にとっては対米関係、対中国関係、対ASEAN関係を固めるのが一番いい時だと思います。中国に対してロシアカードを使うということを言う人もいますが、ロシアはあっちにヒラリ、こっちにヒラリですから、とても対中カードにはなりません。日本は外交の王道でもって中国と正面から関係を改善すればいいのだと思います。

 2008年には日本でG8が予定されています。2008年というのは、ことし12月の韓国の大統領選挙に続いて、3月にはロシアの大統領選挙と台湾の総統選挙、8月になると北京オリンピック、11月になるとアメリカの大統領選挙とつづき、世界が大きく変わり、ものすごく不安定になる年であります。しかもロシアの大統領にとっては3月に選ばれて、やっと各分野からのブリーフィングを頭に入れて、初の外交のヒノキ舞台がG8になるわけです。このためロシアはいまから神経質になっているわけで、領土問題が解決していない国でのG8に新任の大統領が行って大丈夫だろうかというのが、ロシア側の心配です。

 中期的なことを申し上げると、領土問題を協議する時には極東全体の安全保障問題の枠組みの中でやるのが、ロシアにとっても国民への説明をよりやさしくする面があります。極東の安全保障全体がロシアにとって改善される一環として、戦後未確定だった領土問題を解決した、ということにすれば、ロシア国民が理解しやすいということです。

 次にビジネスですが、ロシアにおいては土地の50年ほどの占用権が認められており、実質的には土地の所有権に近いものであり、売買もされます。従って地価というものが生じているはずであり、ロシアに進出した日本の企業にとっては、これが会計上の要素になってくるのではないかと思います。
ロシアでは軍事予算が増え、軍備が拡張されます。ココムは復活しないとおもいますが、アメリカはロシアへの軍事関連技術の輸出に非常に神経質になると思います。とくに日本企業が工作機械をロシアに輸出する場合は、気をつけてやらないと危なくなってくると思います。工作機械、コンピューター、素材等です。いろいろととびましたけれど、この辺で終わらせていただきます。(拍手)

(質問)ロシアと上海協力機構の関係についてお伺いします。ロシア、中国と上海協力機構との関係の現状と見通しについてコメントいただければ幸いです。

[河東] 上海協力機構は2001年にでき、その後ウズベキスタンが加盟、さらにインド、パキスタンがオブザーバーとして入り、昨年当たりから注目されるようになりました。これはかつてのワルシャワ条約機構の現代版であるとか、権威主義的な国が集まって、自分たちをアメリカから守るためにつくった機構だとか、いろいろ論評がされています。
通常6月ごろに首脳会議が開かれ、関連する記事がたくさん出ますが、会議が終わると関連記事はパタッととまり、以後1年間何も報道されないというのが上海協力機構の実態です。最近事務局長が替り、中国人から、これまで在京のカザフスタン大使をやっていた方が事務局長に就任したようです。この人は優秀なのですが、上海協力機構は構造的問題もあり、事務局は活性化しないと思います。
 構造的問題というのは、中国とロシアは基本的に上海協力機構をもりたてない、ということです。上海協力機構というのは、やはり経済援助をしないと中央アジアの諸国にとってはそれほど有り難くもない機構なのです。そして当面、安全保障はやらないことになっています。
ところが、中国が今中央アジアに対して行っている900億円の融資、これには上海協力機構の上(シャ)の字もついていないのです。他方、ロシアは上海協力機構を出来るだけ自分の影響下に置いておきたいので、中国がこの機構の名前を使って経済援助をしないのは、むしろ都合がいいのではないでしょうか。基本的にはそういう構造があるので、上海協力機構というのは、これからも多分盛り上がらないだろうと思います。

[司会] どうも有り難うございました。長時間にわたってキメの細かいお話を有り難うございました。きょうはお忙しいところ大勢の方にご出席いただき有り難うございました。これで第70回の研究会を終わらせていただきます。有り難うございました。

コメント

投稿者: 杉本丈児 | 2007年04月17日 14:50

期待どおり大変わかりやすい内容でした。
全般的にスラスラと違和感もなく読み進めることが出来ました。
とりわけ、ロシアの軍備や対中国関係について初めて目にするニュ-スや話題におもしろさを感じました。
当然のことながら日露関係については、丁寧に時間をかけ読みました。なかでも親日ロビ-が皆無であることや領土問題に関する現状認識についてなるほどと説得力ある展開に一層関心を強く持ちました。
次回のレポ-トを心よりお待ちします。

投稿者: 勝又 俊介 | 2007年04月18日 17:53

河東先生が3つに大別してくださったロシアのイメージのうち、「大衆にとってのロシア」は、その変動要素の多さ・大きさ含めて、最も注目を要する点なのではないかと思います。
プーチン大統領の強力な後ろ盾となっていた国民の高い支持率」についても、この間の政府の動きを眺めていると、一歩間違えば急速に陰りが見え始める、などというシナリオを想定することも難くありません。

どんなにアメリカがスーパースケールになったとしても、もはやアメリカ単独で解決できるものなどほとんどないと言ってもいいグローバル社会において、なにをもって「超大国」と言うのかを突き詰めれば、そうした言葉そのものが
古いものになってきているのではないかとも感じます。
個々の価値観が多様化したように、国のあり方に対する理想も、多様化してきているのでしょうから。

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