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世界はこう変わる

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2009年03月15日

不況でロシア政局は荒れる? 09年3月のモスクワ2

2000年から2007年にかけてGDPを5倍にもした(と言うより、そうなってしまったのだが)プーチン大統領の功績に泥を塗るな、というわけで、「経済危機」という言葉はロシアのメディアでタブーになっていたのだが、僕が今回モスクワにいた2月末には、ラジオも新聞も(テレビが部屋になかった)「危機」どころか「危機のためにプーチン首相が早期退陣するかどうか」までおおっぴらに議論するようになっていた。
で、ここでは経済危機がロシアの内政に与える影響について、見聞きしたことをまとめておく。
                                             河東哲夫
1.メドベジェフ大統領は最近、独自色・積極性を強めようとしており、本来プーチン首相が担当している経済問題についても積極的に発言するようになった。
彼は国営テレビで毎月2~3回を目標にレギュラーなインタビューを開始し、2月15日の第1回目には「経済危機についてはオープンで率直な議論を」呼びかけた。

そして「シラビキ」と言われる諜報機関出身者に大きく依存していたプーチン大統領第2期目との差異を強調するかのように、高級官僚にふさわしい人材の「100人リスト」、「1000人リスト」などを作っては公表を始めた。100人リストの場合、170名ほどのオピニオン・リーダーに依頼して自分の知人の中からふさわしいと思う人材を推薦してもらった由。「シラビキ」はこの中には少なくて、実業家などが随分入っている。
公職につくことに尻尾を振る者ももちろん多いが、実業家の中にはこれを嫌がる者も多いだろう。

だがメドベジェフ大統領については、相変わらず「自分のチームを作れていない」ことが、彼に対する真剣な評価を妨げている。中立系の世論調査機関レヴァダによれば、2月下旬彼への支持率は39%にしかなっていない(プーチン首相は48%)。「真摯で知的で」だけでは、時には鉄の政治力を良しとするロシア人には物足りない。

2月中旬には「地元民の生活向上が不十分な」知事4名を更迭したが、知事の人事を起案するのは大統領府のスルコフ第一副長官で、後任知事の中にはプーチン首相の朋友の息子が入っていたりしたから、メドベジェフ大統領がその腕力を発揮したものとは受け取られていない。

2.プーチン首相への支持率は、経済危機の結果、下降気味だ。前期レヴァダの調査では昨年2月の62%から14%下がって48%になっている。だが同じ調査で、「プーチンがかなりの権力を保全している」と見る国民は45%もいる一方、「メドベジェフが真の権力を保持している」と見る国民は12%しかいないからたいしたものだ。それはまあその通りで、メドベジェフ大統領はかつてのプーチン・チームの上に乗って仕事をしているようなものなのだ。

プーチン大統領がエリツィン大統領に代わった2000年は、大統領府長官こそエリツィン時代のヴォローシンを受け継いだものの、その他はかなり代わったことに比べると、今回の変化の乏しさは際立つ。もっともプーチンもメドベジェフももともと同じチームに属しているのだから、あえて変化を求める必要はない、と言われればそのとおりだが。

今回驚いたのは、プーチン首相が経済危機の責任をとって、あるいは大きなダメージを負う前に早期辞任して次期大統領選に向けて力を温存しておくべきではないか、というようなことがマスコミでおおっぴらに議論されていたことだ。メドベジェフ側がしかけているとは思わないが、「オープンで率直な議論が必要だ」という彼の言葉がマスコミの大胆さをあおっていることは間違いない。

プーチン首相が早期辞任すれば、後任はやれシュヴァーロフ第一副首相だ、セルゲイ・イワノフ副首相だ、クドリン副首相兼財務相だ、セーチン副首相だ、或いは全くのダーク・ホースだと議論が喧しい。
その中で財務省と経済発展省には公金横領、あるいは監督不足の疑いで、それぞれ異なる捜査機関が捜査を始めていて、やれ大臣を経済危機の人身御供にするつもりだとか、やれ歳出をしぼりがちなクドリン財務相追い出しの陰謀だとか観測されている。

.経済危機が政治・社会の安定性に及ぼす影響―――その歩留まり
僕もこうしてモスクワに着いた直後は、ロシア政局もまた面白くなってきたかと思ったものだが、3月8日帰国する頃にはその熱気も冷めてしまった。考えてみれば、次のような事情があるからだ。

①98年8月金融危機ではルーブルが4分の1にもきり下がり、インフレは80%に達したが、政治情勢は荒れなかった。それに最近3年も続けて給料が30%以上も上がったのは原油価格暴騰によるものであり、いつかは崩れる日が来るというのは、ロシア国民全体が共有してきた感覚である。国民はこの1月にインフレが激しくなる前のまとめ買いをしたり(だから消費が増えている)、その後は生活を切り詰めたりして節約・耐久モードに切り替えている。いざとなれば、郊外のダーチャで野菜を作ればいいのだ。

②そして野党も含めて、今の支配・利権構造に安住している者が大半だ。

③経済悪化を利用してのしあがる力量を持つポピュリスト政治家が目下いないことも、「灰色の安定感」を助長する。国民も、エリツィンを熱狂的に支持したあげく、あの90年代の大混乱に投げ込まれたことをまだよく覚えている。

④広大なロシアでは、経済が荒れるとすぐ、「地方の知事が独立傾向を強めるのではないか」という懸念を皆持つが、ロシアの地方は「独立」しようとしても、中央からの補助金なしにはやっていけないところが大半なのだ。それに今の知事は、プーチン大統領に実質的に任命された者が圧倒的多数だから、その面でもモスクワに頭が上がらない。

4.だから・・・
だから、モスクワの雰囲気は盛り上がらない。今の日本と同じで方向感が感じられない。
「まるで灰色のゼリーの中をいつまでも泳いでいくみたい」という女性がいるかと思えば、「今のロシアには国はあっても国家がない」と吐き捨てる男性がいる。
地方は大統領府、首相府のどちらを向いたらいいのかわからないでいる。

「プーチン政権もメドベジェフ政権も、戦略家と言える人物がいない。状況に反応し、資金を配ってきただけだ」と極論を吐く者もいた。「もう『戦略』など語っている余裕はない。いまやどうやってサヴァイヴァルするかが、問題なのだ」と新ハムレットばりの言葉を吐く友人もいて、これがまあ(全世界的に)正しいのだろう。


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