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世界文明

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2019年6月22日

経済学 なるものの本質

(これは、5月22日発行のメルマガ「文明の万華鏡」に掲載したものの一部です)

経済学というものは、科学なのか、独断と偏見の集まりなのか、よくわからないところがある。いろいろ数式を書いて素人を威嚇するが、その数式なるものの多くは考え方、論理の筋道を記号で表しただけのものであることがあり、具体的数値を欠くから、計算できない。数値が入っていても、それが大まかな推計値であったりすれば、計算した答えに何の客観性もない。

またある時には原因A(景気が良くなる、とか)と結果B(インフレ)の因果関係を間違えて、「インフレにすれば景気は良くなる」という奇妙な理論を生んだりするのだ。屁理屈、誤解の全てに「何々理論」という名がつくから始末が悪い。

最近ではMMT(Modern monetary theory)とか銘打って、ガマの油よろしく世界の指導者に売り込む米国の学者が現れた。これは「自国通貨を発行できる政府は、通貨を限度なく発行できるので、デフォルトの心配なく政府債務の膨張が可能で、財政赤字がいくら増えても問題ない」という、眉唾もの。中国叩きで株価が下がらないよう、連銀に野放図な緩和政策を強制している、トランプの目論見にぴったりはまった「理論」。しかも日本銀行の「異次元緩和」を模範としているから、こそばゆいような。

実のところ有史以来、国家の経済政策に新しいものはない。それは紙幣増刷の放漫財政で景気を一時的によくするか、緊縮政策を取るかのどちらかの選択しかない。中国の元王朝、宋王朝は紙幣を野放図に発行して大インフレを招き自滅した。ゲーテのファウストでは、ファウストがどこかの王国の重臣となって、紙幣増発して海岸を埋め立てる大事業を展開する。彼を助ける悪魔メフィストフェレスは、ファウストの破滅も近いと見て墓穴を掘り始めるのだが、盲目になっていたファウストはそれを海岸埋め立ての公共事業のつるはしの音と聞き間違える。彼は自己陶酔に陥って、遂に「時間よ、止まれ。お前はなんと美しい」と叫ぶのである。現代の先進国の指導者にとっては、身につまされる話し。現代のメフィストは、「何々理論」をひっさげた似非経済学者だろうか。

日本を見ると、戦国時代を収拾した豊臣秀吉が、戦争という稼ぎ場を失った農家の次男、三男の扱いに困って、各地で大規模な城を建設させ、余剰労働力を吸収した。それでも吸収しきれなかった者達は、現代の中央アジアの青年たちが中東のISISに「出稼ぎ」に出たのと同じく、東南アジア諸国に傭兵として送り出した。野戦司令官の中で名を上げたのが山田長政。現代のドバイの如く、当時の貿易のハブとなっていたマニラでも、「勇猛な」日本人傭兵の存在感は大きく、スペイン人総督は彼らによる暴動をいつも心配していた(新版「雑兵たちの戦場」藤木久志)。もっともそれが祟ったのだろう。現代のISIS要員と同じく、江戸幕府の鎖国で、日本人傭兵は帰国の道を閉ざされる。今、欧州や中央アジアへの帰国を阻まれているISIS要員と同じ境遇だ。

そして現代、第1次大戦後の不況を打開するべく、英国の経済学者ケインズは「一般均衡理論」とか言う難しげな本を出版。「カネを使って景気を刺激する」という古来の政策に、「ケインズ理論」という立派な名を与えたのだ。知的所有権の濫用ではないか?

景気が悪くデフレ気味になった時は、国内で行き場が無い余剰資金を国債で借り上げて、財政支出を拡大して景気を良くするのは、悪いことではない。海外から金を借りたり、財政支出に歯止めが効かなくなるのがいけないことなのだ。そしてこの歯止めが難しい。だから財務省はすぐ増税だと言うのだが、これは景気を冷やして税収を減少させる悪循環を起こす。縮小均衡を招くだけで、家の中に貧乏神がいるようなものだ。

それならば、景気が回復するまでは国債を多用、景気が良くなり税収が増えたと見て取ったら、政府はプライマリー・バランス・ゼロに向けて国債発行額を減らすことをアナウンスして実行すればいいのだ。今も、景気回復で税収が増加したので政府は国債発行額を減らしている。国債発行に依存してきたこの数年も、円に対する国際的信用は揺らいでおらず、常に円高圧力にさらされてきたので、今回特にアナウンスする必要もないだろうが。

以上、経済政策の基本は古来変わらない、というような、知ったかぶりをしてみせたが、最近の文明の転換とも言える新たな状況では、本当に新しい経済理論が必要だろう。たとえば、「金融緩和の行き過ぎは、通貨と財の間のバランスを破壊し、ハイパー・インフレにつながる」というのがこれまでの定番だったが、最近ではバブルの崩壊はインフレよりデフレにつながっている

と言うのは、先進国の企業はモノの価格が少しでも上がれば生産・供給を増やすからだ。ロボットで生産性が上がった現在、供給が追い付かないためにインフレがどんどん進むことはもうないだろう。バブルの崩壊はむしろ土地や株の価格急落を招き、それによって銀行への返済が滞るから、銀行は新たな融資を控え、それによって景気が冷える、つまりデフレになるのである。

もう一つ、金融緩和がインフレを生みにくい原因の一つとして、格差の増大があるだろう。米国ではリーマン危機後の回復でGDPが増加した分のほとんどは、人数で1%の富裕層の手中に収まっている(2013年New American Policy No.7338)。この少数の金持ちは、これで食品やスマホの消費を増やすわけではないので、消費者物価は上がらない。上がるものは高級ヨットとか骨董とか高級不動産とか、消費者物価指数には入らない、大衆にとってはどうでもいいものだけなのだ。大衆は、金融大緩和のおかげて少しは良くなる景気、雇用の余沢を受ける。高級ヨットを買えなくても、ハッピーなのだ。

ここで起きているのは可笑しなことだが、金持ち達が意図せずして、余剰な通貨を不胎化――つまり余剰な通貨を吸収して、インフレなどの悪さをさせない――しているのである。

まあ、こうしたことも勘案して、誰か新たな時代の「一般均衡理論」を書いてくれないだろうか? それがModern Monetary Theoryだ? いや、それではちょっと物足りない。

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