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世界文明

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2015年12月20日

海を詠った漢詩はあるのか

ある日ふと気がついた。そう言えば、高校で習った漢詩(受験勉強の中で唯一、息抜きのできるオアシスのような時間だった)の中に、海についてのものはあったっけ?

漢詩と海を合わせてググると出てきたものは僅か2つ。王維が安倍仲麻呂の帰国に際してうたった長たらしい詩。そして李白が安倍仲麻呂海難の知らせを聞いてうたった短い詩。

どちらも発想が型にはまって抽象的で、自ら海を見たことがあるとは思えない。
やはり漢詩の主流詩人による海の詩は少ないか、ほとんど皆無なのか? 

歴代の王朝の都が内陸部にあったこと、明の時代からは鎖国政策「海禁」で、海浜部は疎開立ち入り禁止状態になったことが大きいのだろう。

日中両国民は人種的にはほとんど違いがないだろうに、感性は違う。この海に対する想いなどもその一例だ。日本の和歌や俳句には、海がごく自然に登場し、抽象的ではなく、共感と感性を持って描かれる。

まあ、もっとも日本人、中国人、どちらの方が発想のスケールがでかいかと言うと、それはやはり中国人。陸が海原の代役を果たしているのだろう。
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コメント

投稿者: 岡林みどり | 2015年12月20日 16:45

ご無沙汰しております
以前講演会に参加したことがあります。
この問題は
海というより塩焼きという基盤産業を必要としてこなかったのが中国なのではないでしょうか。
それに、黄河でも長江でも波浪は立つのですが、長安までのぼると涙河というのは想像も出来ないのではないでしょうか。
反対からいうと倭人にとって、瀬戸内海というのは洋というよりは越すに越されぬ涙河であったのではないかと考えられます。
小学生のときにミシガン湖岸に立って、波が押し寄せるのを見た驚きは忘れることができません。
敬具

投稿者: 河東哲夫 | 2016年1月 2日 02:16

面白い視点、ありがとうございます。

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