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街角での雑想

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2013年11月23日

トレーニン氏の北方領土解決案

22日22時、NHK・BS1の「ワールドWトゥナイト」放送にドミートリー・トレーニン氏(米国のシンク・タンク、カーネギー財団のモスクワ支所所長。ロシア人)が出演、北方領土解決案を述べた。今すぐ歯舞、色丹の主権を日本に引き渡すとともに、北方4島には特別の法を適用して日ロ双方が差配(administer)することとする、50年後には国後、択捉の主権も日本に引き渡すが、特別の法を適用して日ロ双方が差配する体制はその後も50年間続ける、というものである。

これは、彼が既に昨年12月、同センターのサイトで発表していたものなのだが、NHKで紹介されたことで日本でも広く知られるようになるだろう。僕は、この案の作成や宣伝に関わっているわけではないが、トレーニン氏の最新作「ロシア新戦略」を翻訳(他に2名)したこともあるので、感想を述べておきたい。

まず彼の提案そのものだが、原文(英文)はhttp://www.carnegie.ru/2012/12/11/russia-s-pacific-future-solving-south-kuril-islands-dispute/et6t にある。アメリカ人の若い研修生との連名になっているが、トレーニンから聞いたところでは自分で考え自分で書いたものである。

彼の解決案は、次のようなものである

①1956年の日ソ共同宣言で合意したように、ロシアは歯舞と色丹を直ちに日本へ引き渡す。
(注:共同宣言では、平和条約を結んだあと歯舞と色丹を引き渡す――つまり2島だけで終わり――となっているが、トレーニンの案では平和条約への言及がない)

②日本は、島々とロシア極東・シベリアに、政府資金で投資を行うとともに、日本民間企業の活動を助成することによって、これら地域の経済成長を促進する。

③日ロは、(北方領土)4島すべてにわたる共同経済地域を設立する。この地域には特別の経済的・法的体制を構築し、日ロ双方当局が差配(administer)するものとする。
(注:これは法的には非常に曖昧な書き方である)

④当該全地域は「非軍事化」する(注:日ロ双方及び第3国の軍事施設を置かないという意味だろう)。国後、択捉ではロシアが当面主権を行使し続けるものとするが、50年後には日本の法・主権の下に移行するものとする。

⑤その後も50年間、日ロ共同経済体制は続けるものとし、ロシア人住民は島での居住を認められるものとする。

(トレーニン氏の動機)
これは、米国の財団で働くトレーニン氏の個人的なアイデアであり、ロシア政府との連携プレーではない。「プーチンの誘い球」だとか「変化球」だとかなんとか勘ぐるのは、意味がない。

トレーニンの真情は、「極東・シベリア部のロシアは、人口でも経済でも中国に圧倒されつつある(注:ロシア極東部の人口は600万。隣接する中国東北部の人口は1億2000万で人口500万を超える都市はいくつもある上、この地方は経済的・軍事的にも非常に強い。他方、ロシア軍は全土で100万を切っており、極東部での守りもすかすかの状況にある)。ロシアはこの中国と絶対争ってはならず、現在の緊密な関係を崩してはならないが、中国の意にいつも従うような子分的存在に落ちないためには、他の国とも関係を進めることが重要だ。そこにおいては日本との関係が非常に重要である。現在膠着状態にある北方領土問題をなんとか揺り動かしてみたい。自分の提案を一つの材料として、日ロ両政府に何とか歩み寄って欲しい」ということにある。

これはbalance of powerとかconcert of powersとかの言葉で呼ばれる「力の均衡」思考の典型で、日本ではどうしても理解してもらえないのだが、中国の昔の合従連衡とか、19世紀西欧の協商外交とかと同じこと。要するにドラえもんで言えば、一人ではとてもジャイアンにかなわないのび太も、ドラえもんがいるのでジャイアンと対等につきあえる――これが「力の均衡」戦略なのである。

(この提言をどうする?)
これは、トレーニン氏のまったくの私案である。彼の提案するところは、日本政府が求めてきたものに及ばず、またロシア政府がこれまで言及してきた「平和条約を結んだ上で歯舞、色丹のみ引き渡す」の域を超えている。従って、このトレーニン氏の案は参考にはなっても、日ロいずれかの政府が自分の提案として他方に提示するところとはならないだろう。

日本では、「中韓はもう相手にならない。あっ、ロシアがあるではないか。プーチンが誘っているし」ということで、ロシアに過度の期待がかけられている。しかし、ロシアはいくら中国を怖れていると言っても、それで日本にベタ下りするほど追いつめられてはいない。北方領土問題交渉を柔道にたとえれば、まだ襟や袖の取り合いが始まったばかり。プーチンは「引き分けで」などと言っているが、最初から引き分けをめざす柔道の試合はないだろう。

交渉ごとは何でもそうだが、日本での議論は相手に筒抜けであることを忘れてならない。大使館の仕事のひとつは、相手国の論調を丹念にフォローして本国に報告することなのだから。「効果が取れればいいぞ!」などという声が日本選手に飛べば、ロシアの選手はかさにかかって一本取りに来るだろう。

しかしそれでも、日ロ両国政府はトレーニンの提言を無下に却下するべきではない。「私的な提言ではあり、多くの不明確な点があるが、その前向きの姿勢は評価できる」とか何とかむにゃむにゃ言いながら、歩み寄りのための道標として使えばいい。           (河東哲夫)


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