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街角での雑想

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2011年6月23日

菅騒ぎを乗り越えて 日本の症状と療法2

全ての権威が地に引き摺り下ろされた日本社会
日本にはもともと、「絶対的な権力」というものが稀にしか存在しなかった。平安時代は天皇と貴族、鎌倉時代は天皇と公卿と武士、江戸時代は武士と商人という具合に、いくつかの柱に分有されることが多かった。

明治政府は植民地主義・帝国主義時代に伍するため、中央政府に権力を集中したが、ここでも天皇は絶対君主ではなかった。江戸時代の将軍・老中体制が引き継がれたかのように、天皇に指名されたり、国家試験に合格した高級官僚達が、天皇の威を借りて権力を行使したのである。帝大、高等文官試験、陸軍・海軍士官学校を経たエリートが日本を統治するという体制が作られた。

そして戦後、軍が消えた代わりに米軍・米国政府が日本の安全保障の根幹を支えることになり、日本政府では米国との調整を行う外務省と、国内の資源配分を決定する大蔵省が重要な部門となった。政治家は選挙と党内政治に忙しく、総理の座を狙う者以外は大体が官僚の振り付けに従い、花だけ持たされていた。外交や金融政策の大元は米国から枠をはめられながらも、国民は限りない賃金の上昇に夢中になって、そのような社会の正当性をあえて問おうとはしなかったのである。

バブル崩壊以降の日本で起きているのは、明治以来連綿と続いてきたこのような体制の虚偽が露わにされてきたということである。1985年のプラザ合意で米国から経済的に突き放された日本は6年後にはバブル経済を破裂させ、失われた20年に突入する。

リストラが吹き荒れる中、国民はこのような事態を招いた者は誰なのか、犯人探しを始めた。1991年ソ連崩壊直後のロシアも同じような状態で、6000%ものインフレの中、大衆は全ての悪の根源を、かつての共産党のお偉方、あるいはガイダール首相代行に求めたのである。

日本では、マスコミがこのような大衆の心情を一層あおり、ある時は政治家、ある時は大蔵官僚、またある時には外務官僚、通産官僚を血祭りに上げては、減る一方の販売部数を何とか下支えしようとした。マスコミも、実は戦後日本の権益構造の中で生きており、その重要な構成要員であるにもかかわらず、他の要員に致命傷を与えてでも自分だけは生き残ろうとしたのである。

その結果、日本では政策を作り上げ、実施するメカニズムが麻の如くに乱れた。明治以来、政策を作り上げては政治家に採用してもらってきた官僚は、政策を作ってはいけないもののように罵られ、その権限は「政治家主導」というあやふやな言葉の下に政治家に渡された。

だが、多くの政治家にその能力と暇はなかった。今の民主党は、黄泉の国から追ってくるイザナミをまくために櫛だとか何だとかを次から次に後ろに投げ捨てるイザナギに似て、国債を片にして作った予算をちぎっては投げ、ちぎっては投げして、選挙民の追及を逃れようとしているだけだ

戦後の権威というもの、つまり米国、日米関係を支えてきた日本のエリート、政治家、国会、官僚、「三権分立」、その他全ての者、そして装置・制度の信用が地に落ち、国を動かせなくなっているのだ。理由があり、それに代わるものがあるなら、それでもって瞑すべしだが、そうではなく、ただ苦しい生活の意趣晴らしにちゃぶ台をひっくり返しているだけなら、ご飯が食べられなくなるだけの話だ。

さりとて、大衆の意をそのまま政策にできるはずもない。複数政党を伴う代議制民主主義に代わる統治メカニズムはまだない。いくらインターネットがあると言っても、国民のすべてが四六時中画面にかじりついているわけではないから、インターネットを使っての頻繁な国民投票など直接民主主義的な政体も絵に描いた餅でしかない。マスコミも、インターネットのミニコミも「世論」に似たものを一時的に作り出すことはできても、それは本当に社会の多数を代表するものなのかはわからない。それに、事実を伝えることよりも、ニュースを「売る」ことに汲々としているマスコミに、世論形成の重責を委託していいものだろうか?

社会は星雲状態になっている。以前いわゆるインテリ階層の意見を形成するのに力のあった総合雑誌のいくつかは、もう店頭から消えた。店頭にあったとしても、その言説の弱さは末期的症状を来たしている。世論形成の舞台はツウィッターとかフェースブックなどに移ったかに見えるが、これとてまさに空中楼閣で、安定的な政治力にはならない。まさに五里霧中だ。この行き詰まり状況は、先進国の中では日本がいちばんひどい。日本がともすれば上からの目線で見ようとするロシアと、それはいい勝負なのである。――続く

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