Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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街角での雑想

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2010年9月 4日

日本経済自縄自縛からの脱出 ⅩⅢ デンマークの模倣より独自策を 

これまでデンマークと日本の経済、社会保障体制を比べてきたが、デンマークと日本では事情がかなり違うので、デンマークがやっているのと同じことを日本ができるわけでもなく、また同じ効果を生むわけでもないことをわかっていただけたと思う。デンマークのことも参考にしながら、結局は自分でできることをやっていくしかない、ということだ。そこで、いくつか試案を提示してみたい。

(イ)経済成長確保のために
①需要面での政策をしっかりしてほしい。

日本の経済が盛り上がらない第一の要因は、内需が増えないことである。これについては「人口が減るのだから仕方がない」ということで皆諦めている感があるが、本当に内需は増えないのか? 政府は生産と雇用を増やすことに重点を置いているようだが、内需をまず増やす算段をしておかないと、結局輸出頼み、円安頼みになってしまう。
もちろん需要=消費は個人の裁量権に属することなので政策であれこれ誘導するべきでないとも言えるが、成長率増幅効果の高い消費(消費が投資・生産を誘起し、それが賃金増加を通じて更に消費を増やす、良循環を生むようなもの)が増える方向で社会を誘導し、その条件整備のために予算を振り向けるのは、政府の役目だろう。

②個々人が、「自分はこういう生活がしたいのだ」というモデルを持つ日本人の戦後の生活では、当面のモデル、目標があった。第一に戦前の都市中産階級の生活レベルを回復すること、次にテレビ、電気冷蔵庫、電気掃除機、電子レンジ、クーラーを買って、近所と同等になり、ピアノと車を買って隣を抜き去ることなど。
今、何のかのと言っても、多くの人が現在の生活に満足して(あるいは妥協して)しまっていることが、日本における需要不足の大きな原因になっている。ヨーロッパ諸国(すべてではないが)の住宅水準、田園・都市景観、社会保障の水準と比べてみると、差は歴然としているのに。日本は第2位の経済大国と言われながら、その中産階級の居住環境を世界でも低位の方から救い出せていない。

別の言葉で言えば、毎年作られる富のフロー、つまりGDPでは日本は世界2位の座を張ってきたのに、生活水準を演出する資産=蓄積がまだまだ足りないのだ。消防車もろくに入り込めない路地が入り組んだ乱開発住宅地、その上をクモの巣のようにはりめぐらした電線、味気のないコンクリートの電信柱―――日本人の住宅環境は多くの点で、韓国はおろか中国人のものにも劣るようになっている。西欧は産業革命が一段落して社会の水準が様変わりになった19世紀末、街の景観という大事業に取り組み、今の落ち着いた街並みを作り上げたのだが、日本はこれをあまりやっていない。

冒頭既に述べたが、広いリビング、家族成員のための個室、客室をそなえた住居、そして交通を妨げ、景観を害し、カラスをはびこらせる電柱・電線のない落ち着いた景観、人口は少なくても十分ある経済の活気、人口が少ないゆえに生ずる住みやすさ(渋滞がすくない、交通機関がすいている、託児・介護サービスが充実している等)などをわれわれが目標として共有し、それを実現する方向で政府や個人のカネを使っていったら、これまでのようなバラマキではない、消費が更なる消費と投資を呼ぶ、意味のある需要喚起ができるだろう。家が大きくなれば、そこに置けるモノも増えるので、需要は恒常的に高いレベルに移行するだろう。

このような目標、モデルは、政府が上から与えるものであってはならない。商業主義が絡んでもかまわないので、「それがエチケットで、皆さんそうしています」という雰囲気を社会にみなぎらせればいい。そうすれば日本人は動き出す。

③「卒業後は自立」を徹底させる
今の公立教育は、生徒を平等に引き上げることに主眼を置いているようだ。公立なのだから、これは当然のことだ。
だが平等性に重点を置くあまり、「助けてもらうこと」、「平等性を確保してもらうこと」に馴れた人間を社会に送り出すのはやめるべきだ。インターネットの投書など読んでいると、「みんなの所得水準が同じになるように、足りない人の所得を補充するのは政府の役目。それが民主主義なのだ」と言わんばかりのものがある。

「社会に出た時、自分で生きていけるように、学校は皆に教える。教えるのは平等にやる。だが学校を卒業したら、あとは自力でやる」のが社会のエチケットなのだということを、学校、マスコミで徹底してほしい。強権で平等を実現しようとすると、それはかつてのソ連のように不正と腐敗と無気力を社会にはびこらせ、全員の生活水準を低下させるだけのことになる。それを承知の上で、過度の平等を訴えては票をかせごうとする政党には、何らかの対抗措置を考えておかなければならない。

④勤労意欲を持つ女性・高齢者を支援する体制を
少子化とか人口減で、将来への希望を失ったり、外国人労働力の移入を大幅緩和したりすることは必要ない。日本では、人口が減ることに異常な恐怖感を持っているが、終戦直後の人口は7200万人だったことを忘れていないだろうか? 人口が減れば地価も下がる。大きな家を買えるし、通勤電車ももっと人間的なものになる。
製造業においてさえも、女性労働力をもっと導入するべきである。自分が会った東大阪の金型製造企業の社長は、昨今の若年男性が草食化していることに厭気をさし、金型製造に女子を終身雇用することを真剣に考えていた。

そして女性が勤務しやすいように、社会習慣化している残業を減らし、保育サービスを拡充するのである。保育サービスが決定的に不足しているのに、子供手当のばらまきでその予算を食ってしまうのは、選挙目当ての選挙民買収行為、女性を家にしばりつけたままで恥じない一時代前の思考の産物、と言われてもしかたないだろう。

今日、60代はまだ十分勤労可能である。この労働力を活用しない手はない。ただし官庁、企業においては、60代には幹部ポストから退いてもらい、若手のエネルギーをフルに発揮させるべきである。60代の人たちはラインではないスタッフ的な仕事、外務省だったら例えば情報の分析・評価、あるいは翻訳など――そういう仕事で大いに働いてもらうのだ。

⑤労働分配率を上げる
法人税を下げる、下げないに関係なく、雇用者の賃金は上げ(労働分配率を上げる)てもらいたい。まず個人の取り分を大きくしないと日本では需要が十分生み出されず、従って投資をしてももうからないので、銀行から資金を借りる企業も少なく、銀行は徒に国債を買いこむしかないという、情けない現実が今でも日本を支配しているのである。

日本では1994年以来、人件費総額が伸びていないのに対し(名目GDPが伸びていないのだから仕方ないが)、2000年代になると配当性向の上昇が目立つ。07年度における、金融・保険を除く全企業統計では、当期純利益が25兆3728億円で、うち配当に14兆390億円を支払っている(「円は沈むのか」中尾茂夫)。外国人は日本の株の約30%程を所有しているから、5兆円ほどの企業の利益が海外に流出している。

この20年間、日本の企業は賃金水準を上げないことで、中国などの低賃金に対抗してきたが、中国での賃金水準は昨今のストライキ続発に見られるように急速に上昇している。元が切り上がれば、その水準はますます高くなる。
これを書いている2010年8月現在は円高で大変になっているが、日本が賃金水準を上げても競争力を失わない時がまた近く来るだろう。その時には労働分配率を上げて個人消費を拡大し、それによって投資増加も招く良循環を作り出したい。

⑥高年層から現役層への貯蓄移転を促進する策
日本における個人の貯蓄は高年層に集中している。これを国債で吸い上げて消費に回すようなまわりくどいことをするよりも、高年層がこれを自ら使えば有利だ、と思うような環境を創れないものか? 今でも生きているうちに贈与しておけば相続税が割安になるとか、いろいろ手は打たれているが、国民の大多数は知らない。政府にしてみれば、減収につながるようなことをあえて知らせたくもないのだろうか? 
そこは総理とか厚生労働大臣が自ら説明、あるいは子供の世代に家を贈った高年者には医療の自己負担分を大きく軽減するなど新しい措置を加えるなりして、「みんながそうしているのだ」という雰囲気を社会に創っていくべきだ。

⑦地方経済の活性化
中国の経済成長を今支える大きな要素に、インフラの建設がある。日本も「土建国家」と言われるほど公共投資に依存し、それが政治家の利権と票田になっていたから、小泉政権が鉈を振るったのだが、これで地方経済は大きく沈み、シャッターを下ろした商店が目立つ状況になってしまった。政権交代も終わったのだから、公共投資を少し復活させてはどうか。

不要な道路、ダムを作り、海岸線をコンクリートで固めるようなことをするより、既存のインフラの修理、改善がこれから大変な需要になってくる。それに都市乱開発のあとを再開発し、住みよい環境を創るための投資も必要だ。
そしてこうしたことの多くには、地元住民の創意、知事・市長のマニフェストを重視することで、地方レベルで自らやる意欲をかきたててもらうのだ。そのためには、中央諸官庁から地方への出先諸機関を県に移管することも必要だろう。

農産品、地場産品の輸出は、ほとんど進んでいない。輸出しろと言われても、量が安定し、利益があがり、集金がしっかりしていないと、農民も業者もとても本腰を入れられないし、何よりも今のやり方で十分食べていけるので、面倒でしかもリスクのあることはやりたくない。後継の世代もない。

従って、農産品輸出を最近落ち目の農協が支えることをやってはどうか? 農協が地元をまとめ、融資も行う。そして商社などと提携して、農協が慣れていない外国での仕事をやってもらう(商社は外国だけでなく、日本の地方でも活動しているから、両者を結び付けられる)。商社も人手は足りないので、県などが金を出して商社のOBなどを嘱託とし、海外の商社事務所などに出向させる体裁を取る。

(ロ)「社会保障を充実させて内需を拡大」は可能か?
社会保障を充実させることで内需を拡大するのは、もちろん可能だ。介護などは大いに雇用を創出する(青年たちが介護職につくのを好まない場合には、外国人の出稼ぎばかり増えて所得は国外に漏出する)。

だがこうしたサービスだけで経済を拡大するには、限界がある。サービス部門が膨張し過ぎた経済は貿易赤字に陥りやすい。サービス部門の雇用者が得た所得が消費にまわると、国内でのモノの生産が追い付かない分、輸入が増えるからだ。それは円のレートを下げ、インフレ要因になるだろう。インフレになれば、サービスでいくら所得を得ても、その価値はどんどん下落していくことになる。

それに(既に述べたが)経済を拡大するためには、社会保障以上に効率的な公的投資の対象があるだろう。たとえば戦後営々として構築されてきた社会インフラはこれから修理・更新の時期を迎える。小泉政権以来敵視されてきた不要不急の公共投資とは異なって、これは待ったなしの対応を必要とする。そして建設というものはやはり多くの雇用、そして資材への需要を生み出し、それを通じて投資・消費の双方を盛り上げる。地方においては、与党への票集めもしてくれるだろう。
他にも、社会保障以外で効率性・乗数効果の大きな投資対象はいくつかあるだろう。

(ハ)社会保障体制の合理化
ここまで述べたことを一言でまとめると、「社会保障体制整備のために増税」という、経済を縮小させてしまうような政策を取るより前にまず、国債を使ってでも「生活水準・住み心地の向上による経済成長⇒ 税増収による社会保障体制の整備」を考えてほしい、ということだ。
もし社会保障への支出増をどうしてもやるのなら、その前に次のことをやってほしい。

①現役世代への保障強化
現在の国民年金制度は、若年層に不当な負担がかかっており、改革が必須となっている。年金受給層のうち、一定水準以上の年収を有する者は、国民年金受給を一時停止する等の制度を設けるべきである。その場合、所得に対しては税率を下げてもらいたい。

②公的部門の労働組合の財務・活動の透明化
社会保障システムに勤務する公務員・半公務員には、きちんとした待遇が与えられるべきである。しかし数年前に表面化したように、労組が前面に出てコンピューター画面に向かう時間を制限しようとしたり、民間企業にくらべて明らかに楽な待遇を求める場合には、人事院、国会、マスコミ等で議論されてしかるべきである。政治家、官僚にならって、組合幹部の収入もガラス張りにされるべきである。

③社会保障の一部を民営化
日本の社会保障は、金額ベースではおそらく世界一か、少なくとも3位以内にはあるだろう。人口がわりと多く、所得水準は高いからである。
そしてそのような巨大な給付システムを、役人が業務として行うのはある意味では滑稽になってきている。

なぜなら英国が17世紀後半から急速に国民国家としての体裁を整えた時、何がその過程の本質だったかというと、それは欧州でも一番高率の物品税を丹念に徴収しては数え上げる官僚体制を作り上げ(官僚の数は飛躍的に増大した。そのあたり、「財政・軍事国家の衝撃」ジョン・ブリュア 名古屋大学出版会 大久保桂子訳に詳しい)、その金で世界一の海軍を作って植民地を広げるということにあったからである。つまり国民国家とその司祭としての官僚機構は、戦争のための徴税・徴兵機構としての側面を強く持っていたのである。

戦争をやる必要がなくなった現在の先進国家は、当時からの惰性で徴税を続けているが、その多くは社会保障として国民に再び戻している。産業革命の結果、社会が中産階級化して民主主義が広まったことで、政治家は選挙で勝つため社会保障を次から次へと拡充するようになったからである。だが税を国民にまた還元するくらいなら、最初から徴収しなければいいではないか、今の時代なら「政府」と称するメカニズムの殆どは民間企業に任せてしまえばいいではないか――このような議論が出て不思議でない。

もちろん身障者のような人々のためには、政府が金持ちや企業から徴収した資金を回す必要があるのだが、自分で十分稼いでいる人間のために、政府が莫大な人員と費用をかけて国民皆保険、国民皆年金のようなことをやる必要はあるのか?
既に医療・介護の現場はほとんど民営化されている。あとは年金事務・失業保険等の現場を民営化するのが適当かどうか、ということだ。生命保険各社は、利益率の高い生命保険ばかりでなく、年金・失業保険もやったらいい。

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