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街角での雑想

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2011年4月17日

2011年3月アメリカの印象11ーー日本、アジアの安全保障とアメリカ

今回懇談した安全保障問題専門家たちは、いずれも日米同盟を基軸としてアジア太平洋の安全保障体制(と言うか、安定維持体制)を構築していくことを奉ずる人たちだった。日米同盟を基軸にして、そのまわりに種々の二国間、多国間取り決めを積み重ねることで、マルチの安定維持体制を作るのだそうだが、その具体像はまだ誰も明らかにできていない。もう3~4年、その点進歩がない。複雑すぎるし、いろいろ組み合わせしてみてもその効果のほどが確かでないからだろう。今回、ある学者はこう言っていた。

①「中国の軍事力の脅威が最近話題になっているが、米軍はまだ強い。中国軍は海軍艦艇が出航してもほとんど訓練をしない等、示威にとどまる面がある」

②在日の米軍基地は、外部からの攻撃に対して脆弱な面がある。しかし在日の米軍を襲撃することは米本土を襲撃したのと同じこととなり、米軍の本格的反撃を招くので("trapwire理論")、敵国は無暗に手を出さない、という抑止効果が働いている。

③在日米軍基地は危ないから豪州西岸に移したらどうかという議論も耳にするが、地図を見れば明白なように、兵力を豪州西岸から東アジアに急派するのは非常に難しい。だから、米豪関係は日米関係の代替になり得ない。

④(僕の方から質問した。
「昨年、米国は核弾頭搭載の巡航ミサイル『トマホーク』を太平洋方面から撤去しました。これによって太平洋における米国の核は、グアム島配備の爆撃機B-52に搭載されたもの、そして原潜に搭載された戦略核ミサイルだけになりました。爆撃機は敵の反撃に脆弱ですし、さりとて原潜搭載戦略核を発射すれば空から見ているロシアがこれをロシア向けのものと誤認して対抗手段を取りかねないでしょう。
核搭載トマホークに代わるものとして開発中の通常弾頭装備の巡航ミサイル(Conventional Strike Missile, CSM)では、核抑止手段としては不十分でしょう。つまり核搭載トマホークを引きあげたことで、日本に対する米国の核の傘はその有効性を大きく失ったと言えるのではありませんか?」)

こう正面きって聞かれると、アメリカの専門家たちも答えに窮する。今回の専門家もこう答えた。

「核抑止力というのは、すぐれて心理的なものですからね。相手が脅威と思うか思わないかで、その有効性は決まるのですから。おっしゃるような、短距離核ミサイルを重視する行き方は、冷戦の時代西欧で用いられていた『梯子』理論に基づくものですよね。

つまり戦争ではいきなり米ソが戦う戦略核のやり取りにはならないだろう、同盟国同士、または米ソのいずれかと相手の同盟国との間の戦闘から始まるだろう、その場合、通常戦力を使っての戦闘でどちらかが形勢不利になってきた場合、相手の通常戦力を一気にたたく戦術核を用いるだろうし、その次は相手の都市を狙う中距離核ミサイルを用いるだろう、米ソが戦略ミサイルをやり取りするのは、こうして戦闘が『梯子』のように段階をのぼって拡大し、最終段階で起きることだ、米ソが直接戦うことは世界の終わりを意味するので、そうならないないように途中の『梯子』をよく整備し、それぞれの段階で力のバランスが成立しているようにしないと、有利な方が戦争に訴える誘惑にかられやすい」という極めて複雑な、その実ナイーブな想定に基づいたものなのです。

冷戦後期、西側はこんな考え方をしていましたが、ソ連も同じ考え方をしていたかどうかはわかりません。ただ西側の兵力配備に対抗していくうちに、ソ連もおのずから「梯子の理論」にかなった兵力配備になっていったかもしれませんが。

ですから1970年代末、ソ連が中距離核ミサイルのSS-20を配備したときには、これに対抗する中距離ミサイルを持っていなかった西ドイツは(戦術核は米国のものが西ドイツ領に多数配備されており、有事には西ドイツ政府と共同で使用の是非を決定することになっていた。Dual keyと言って、今でも戦術核はドイツ領に配備されている)大いに憂慮して、青年たちによる反対運動を押し切ってPershing-2の配備を実現したのです。

当時、SS-20の脅威は極東方面においても問題とされました。日本では、三沢基地に配備されたF-16は核兵器搭載能力を持っているのではないかとの議論が起きましたが、それもこの『梯子』の理論に関連しているのです。

冷戦が終わった今、『梯子』の理論が有用かどうかはわかりません。こちらが『梯子』の理論を奉じていても、北朝鮮や中国はそんなものは知らないかもしれません。抑止の理論をそれほど精緻に組み立てる必要はなく、北朝鮮の場合であれば、米本土からのミサイル攻撃でも立派に抑止として機能するでしょう。抑止はすぐれて心理上の問題です」

――アメリカはこんな気持ちでいるようだが、北朝鮮の核の脅威に直接対峙している韓国では今、「アメリカの核の傘が十分ではなくなった。何とかするようアメリカに働きかけるべし」という国内的圧力が高まっている。まあ、韓国政府もアメリカ側の事情はよく心得ていて落とし所をすでに考えてあるのかもしれないが。

他方、アメリカの核の傘が十分でないということになると、日本では自主核武装論がいつかまた必ず出てくることだろう。インドのように例外的に扱ってもらうことになる。民主党政権は平和主義だから核武装などやらない、と言う人がいるだろうが、一端核の脅威や核による脅迫を経験すれば、日本の世論は豹変して「核武装のために今まで何もやってこなかった政府」を糾弾するようになるかもしれない。民主党は世論をそのまま政策にしようとする性格が強いから、民主党だから核武装はやらない、ということにはならないのである。

ただこんなことを机上で言っていても、今回のように「日本人は原子力をちゃんと扱えない」というイメージが確立すると、核武装などと言っても端から相手にしてもらえないことだろう。プルトニウムを大量に保有していることも、これまでは例外扱いしてもらっていたが、今後は日本には持たせておけないということになるかもしれない。
また、日本がもし原子力発電をすべて止めてしまうことになると、核についての知見はますますなくなるから、原子力発電を止めることは自主核武装の可能性も捨てることなのだということは、承知しておく必要がある

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