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論文

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2006年11月25日

ロシアの再台頭が意味するもの 06,7 世界週報掲載

「ロシアの再台頭」が意味するもの
                         2006,7 
                           河東哲夫

 BRICsの一員としてのロシア経済の成長ぶりが話題にのぼって、既に1年以上経つ。しかしこの頃世界の論壇を賑わせてきたのは、ロシアが政治大国、しかも民主主義や市場経済という価値観を共有しない異質の大国として蘇ってきたのではないかということだ。ロシアは原油価格の投機的な上昇に助けられ、2002年には僅か3,500億ドルだったGDPが、今やカナダを凌ぎかねない1兆ドルに達しようとしている。1998年頃には100億ドル台だった外貨準備は、もうすぐ2,500億ドルに達する。
 1991年ソ連が崩壊して以来、グルジア、ウクライナがNATO加盟の意向を示すなど、まるで宇宙のビッグバンのように遠心力が止まらなかったが、中央アジアでのロシアはその回復した経済力と軍事力を背景に、地歩を回復してきた。ウズベキスタンは民主化を迫る米国を嫌い、9・11集団テロ事件以降ハナバード空軍基地に駐留を認めてきた米軍を追い出した上、ロシアを盟主とする集団安保条約体制に復帰した。そしてロシアは、原油の輸出では世界2位、天然ガスの輸出では世界1位の力をバックに「エネルギー大国」を自称し、ロシアからのエネルギー源輸入への依存度の高いEUさえも牽制しようという構えを見せている。
ソ連崩壊以降の15年間、ロシアはいわゆる「西側」世界との合体、民主主義と市場経済の定着をその目標とし、西側、日本もそれを助けてきたのだが、サンクト・ペテルブルクでのG8サミットはロシアでの改革完成をG7諸国がこぞって祝賀するものと言うよりも、アメリカと同等に振る舞い、アメリカとは違ったことを言えるロシアをプーチン大統領が内外に誇示してみせる場となってしまった。かつては米ソの核兵器削減交渉にも加わったことのある、ロシアの老練な外交・軍事専門家ドミートリー・トレーニン氏は「フォーリン・アフェアーズ」の7月号で、ロシアを西側社会に組み込むという企ては破綻し、ロシアは自分を中心とする別個の体系を作り上げるに至った、と書いている。
筆者がモスクワで勤務していた90年代の初頭、ロシアのエリート達は経済崩壊と国の威信の喪失に苦しみながらも、自由主義と市場経済に基づいた西側的社会を作り上げる理想を捨てていなかった。しかしペレストロイカの旗手だったトレチャコフ氏(元「独立新聞」編集長)も今では、中央アジアをロシアの「勢力版図」として確保するべきであると主張し、エリツィン時代は西側リベラルの側に立っていたカラガノフ氏(外交防衛評議会幹部会議長)は、ロシアを窒息させようとする西側の企てに対して警鐘を鳴らすかの論文を書くに至っている。彼らが本心からこう思っているのか、政府やスポンサーからの資金目当てに言っているのか、それはわからない。しかし字面だけ追うならば、理念よりもエゴイスティックな利権のためにアメリカにたてつき、アメリカの足を引っ張ることを旨としていたソ連の亡霊が復活したかのようなおぞましさがある。
こうして、ポスト冷戦の世界は新しい章を迎えた。アメリカが絶対的優位を誇る状況は変わっていないが、EU、中国に加えてロシアやイランもパワー・ゲームの主要なプレイヤーとして加わってきたのである。そしてこの中ではロシアとイランが最もアメリカとの経済的関係が薄く、故に容易に反米路線の取れる国なのだ。一体ロシアで何が起きたのか? 

権威主義圏の誕生
ソ連が崩壊した時、筆者はモスクワで勤務していたが、当時のロシアではリベラルな若い世代が多くの組織で台頭していたものだ。彼らは「西側の一員」となることを切望し、西側からの支援で民主主義や市場経済を短期に建設できると思い込んでいた。だが6,000%のハイパー・インフレに晒された大衆は、「改革」や「市場経済」を声高に呪った。身内で自由にものを言っていれば十分な彼らにとっては、インテリの言う「自由」の意味はわからず、それよりも治安と生活水準の向上の方がはるかに切実な問題だった。そして今でも、そのような保守的世論が、プーチン政権がたとえ秘密警察の力に支えられたものであっても、それへの高支持率を維持させている。世論調査によれば、今でもロシア国民の80%は「民主主義より秩序を」望んでいるという。ロシアを「非民主的」だとして非難すれば、ロシアの大衆を敵に回し、殻にこもらせるだけの話である。
こうして大衆から拒否されたリベラルなエリートは、西側がNATOを旧東欧圏のポーランドやハンガリー、そしてあまつさえ旧ソ連のバルト3国に拡張したことで、今度は西側からも突き放されたと思い込んだ。当時またモスクワで勤務していた筆者に対して、ロシアの識者は口々にこうした不満をぶつけてきたものである。この頃から、彼らの西側への愛は、懐疑と恨みと憎しみに変わっていった。ロシアは上も下も、ゴルバチョフ以来の改革が何もいいことをもたらさないのに対してきれたのだ。
西側はロシアに対して、たたみかけ過ぎた。ブッシュ大統領とプーチン大統領は良好な関係にあるが、共和党や民主党にも支えられたアメリカのNPOは、旧ソ連圏を民主化しようとする動きを強化する一方だった。それらNPOの関与もあってグルジア、ウクライナの政権が倒される有様を見ていた中央アジアの指導者達はアメリカに対する警戒を強め、中でもウズベキスタンのカリモフ大統領は国内の強権支配を維持するために米軍を追放し、ロシアに歩み寄った。
6月15日上海協力機構(メンバーはトルクメニスタンを除く中央アジア諸国、中国、ロシア)は発足後5年目の首脳会議を上海で行い、民主主義を外部から強制する動きを批判する声明を出した。国内を強権で治める諸国が集い、かつての共産圏を髣髴させる「権威主義圏」を形成した趣がある。ユーラシア大陸の東半分では彼らの勢力が強く、中央アジアの安全保障問題については第三者の容喙を許さない。資源開発などの利権を獲得する上でも、西側の企業はロシア、中国に比べて不利な立場に置かれるであろう。そしてロシア、中国は、このような立場を背景に、東アジアの安全保障、経済協力問題についての発言を強化するだろう。但し中国を筆頭に、西側との経済的結びつきは冷戦時代とは比較にならないほど強いので、権威主義圏と自由主義圏が冷戦を復活させることにはなるまい。
いずれにせよ、世界は権威主義圏と自由主義圏、そして開発途上諸国の3つに大別されようとしている。権威主義を奉ずる国はほぼ例外なく、「集団所有」の国でもある。ロシアや中央アジアにおいては、生産手段の大半は相変わらず国の手にある。農村共同体による土地の集団所有の名残を強く残しているのである。ここでは大衆が公平な分配を求めるために、人と違ったことを考える者、実行する者、他人より多く稼ぐ者は強権をもって無理やり平準化されてしまう。そして強権を司る一部特権階層は、特権を濫用して私利をはかるのである。
欧米は「個人所有」を大原則に、産業革命を成し遂げた。彼らの社会は、格差を認めることで、資本家による蓄積、そしてそれを使った投資を可能としたのである。資本主義国に生きる者にとって集団所有は、自分達の工場や財産を取り上げられることを意味するもので、それ故彼らはソ連を敵視した。集団所有と個人所有、分配と競争、そのいずれがいいかは個人の趣味の問題でもあるが、この対立は産業革命以後ずっと続いている。
だが現代の「権威主義圏」は、かつてのソ連圏ほどアグレッシブにならないだろう。ロシア外交の主要な舞台はヨーロッパであり続ける。ここではロシアはエネルギー面においてはヨーロッパの手強い相手となるが、国際政治面ではアメリカに対抗する上で都合の良いパートナーになり得る。他方アジア方面では、アメリカ、日本、中国の隙間を縫って、ロシアが政治・安保面で存在感を発揮できる余地は殆んどない。ヨーロッパはエネルギー供給でロシアに大きく依存しているが、シベリア以東のエネルギー資源埋蔵量はさほど大きくないようだ。ロシアの兵器は安価であってもメンテナンスに問題があると言われており、アジア方面におけるロシアの魅力はかなり限られている。ロシアのできることは、北方領土問題で日本に強持てに出てくることくらいだろう。

張りぼての世界
ケインズが出てきて以来、大恐慌はなくなったが、世界経済はモノやサービスの価値総量をはるかに上回るカネの自己増殖に支えられる、ヴァーチュアル性を日に日に強めている。だが、今の繁栄が砂上に築かれた楼閣である点では、ロシアの右に出る国はあるまい。GDP成長率や輸出の60%強、そして国家歳入の半分強が天然資源の生産、精製・加工、販売、輸出関連で生み出されている。エネルギー・原材料部門に比べて利益率の低い製造業には、投資資金が向かっていない。資源の世界市況に対して非常に脆弱な経済体質になっている。
その中で国防支出は年10%程度も増加を続け、既に2兆円以上の規模を有するようになった(06年度国家予算は約16兆円相当)。イワノフ国防相は最近、兵器調達額を数年で2倍にすると言明したので、この数字は更に膨らみ、ロシア経済の軍事化とヴァーチュアル性を一層強めることになるだろう。それに加えて、官僚の腐敗、民主主義の欠如に対する不満は鬱積している。現在の石油、天然ガスの鉱床の埋蔵量も長くはもたないが、新規鉱床の探鉱と開発は遅れている。
このような経済・社会の状況は、ゴルバチョフの登場した1985年を髣髴とさせる。1970年代の2回にわたるエネルギー危機と石油価格の上昇で、ブレジネフ政権は国内の改革を後回しにした経済運営を続けることができたが、85年原油価格は1バレル10ドル以下にまで暴落して、ロシアに財政赤字を生じさせ、ゴルバチョフによる一連の改革へとつながっていったのである。しかも当時と比べると核ミサイルの数では米国にはるかに劣り、外貨準備の半分近くは米国政府国債で運用しているもようである。現在のロシアは1985年のソ連よりもはるかに脆弱な病み上がりの体なのに、ワールドカップに出ているサッカー選手みたいなものだ。
 天然資源だけで「大国」になった国は、世界史上ない。商品を顧客に圧力を加える手段として使ったりすれば、元も子も失うのである。従って、ロシアの力にはこれからも限界がある。西側はロシアをなだめつすかしつ、そのプライドを不必要に傷つけないようにしながら、いい方向へ持って行くべきだろう。ロシアにも、自分達の特権意識や腐敗性がなぜ西側に異質視され疎外されるのか、よく考えてもらわなければならない。日本にとっては当面、北方領土問題の解決は遠のくだろう。当面は、アメリカや中国、韓国、ASEANとの外交を強化し、戦前ソ連にされたように日米、日中の間を割かれることがないように注意しなければならない。経済面では、日本にとって利益のある案件は淡々と進めていけばいいだろう。                              (

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