Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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論文

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2005年12月 1日

今、日本の周りで起きていること-日本はどうやって生き延びるか

(2005年12月 拓殖大学での講演)           

世界に日本の居場所はあるのか

 僕は35年間外交官をやっておりました。外交官というと華やかな存在のように思われておりますが、実際には大使の生活などというものは毎日オリンピックに出ているようで、非常に肩の荷が重いわけですよね。レセプションに出ていても、いつも日本の存在を皆にそれとなくプレーアップしなければならない、日本が不当に批判されれば反論しよう、主要国の大使が集まっていれば「外され」ないようにすぐそこへ行こう、そして席次などで軽んじられることがあってはならない、と気を張っているからなのです。

 そういう時に困るのは、日本の場合、「自分の定席、あるいは『選挙地盤』がない」ということです。どういうことかと言いますと、例えばヨーロッパの国であれば、EUであるとかNATOであるとか、そういったものをベースにして彼らは毎月集まって情報交換しているわけです。それから、アメリカの大使であればみんなが周りに寄ってくるし、それにNATOとかそういったものの集まりに顔を出しています。それから、ロシアの大使であれば、昔のソ連諸国の大使を集めて自分の地盤にしている。ところが、日本の場合はアジアの大使に集まってもらえばいいのですが、日本ばかりがそれをやっているわけにはいかない。最近は中国もそれをやりたい、韓国もやりたい、シンガポールもやりたいということですから、なかなか日本というのは定席がありません。そういう感じがします。

 僕は今から15年前、モスクワで勤務していました。1991年8月、ある朝起きてみたらクーデターが起きていて、それから半年たってソ連という世界で2番目の超大国が本当になくなってしまったわけです。我々は日本にいるとものすごく安心しちゃって、日本というのは絶対なくならないと思っています。日本の官僚も、日本の政府がなくなるはずがない、国民が税金を払わなくなるなんてことはあるはずがないと思い込んでいます。しかし実際には、この世の中には何も確かなものはないのです。僕の目の前でソ連という国がなくなりました。なくなる前の半年くらいは、地方からの税金がいわば横領されてしまい、国庫に入らなくなったのです。

 というわけで、冷戦後の世界では何でもあるのだ、ということをまず頭においていただきたいと思います。

日本の置かれた地政学的位置

 では日本は今、どういう世界の中にあるのかということからお話ししたいと思います。1番大きなことは、ソ連が崩壊することによって冷戦が終わったということだと思います。冷戦ではソ連の核兵器という恐怖はありましたが、他面で冷戦は日本にとって実は非常にぬくぬくとした心地のいいものであったわけです。何故かといいますと、1つにはアメリカとヨーロッパはソ連が怖いがゆえに、日本をものすごく大事にしてくれたわけです。例えば第二次大戦が終わったときに、日本は本来であれば連合国であるとかアジアの諸国から大変な賠償金を求められても仕方がなかった状況にあります。というのは、それが勝った者の権利で、そういうのが前例だったからです。だけれども、冷戦がひどくなったものだから、アメリカはアジア諸国であるとか連合国に呼びかけて、日本から賠償金を取り立てるのはやめようじゃないか、もう平和条約を結ぼうじゃないか、ということを言いました。そういうことで結ばれたのがサンフランシスコ平和条約です。こういう風に、冷戦は日本に対してプラスに働いたのです。

 それからもう1つ、冷戦の時代、日本は大変な輸出をすることによって経済を伸ばしましたけれども、それを余り問題にすることなしに欧米が受け入れたのは、1つには冷戦があったためだと思います。というわけで、その冷戦がなくなってしまったということは、日本にとっては非常に大きな意味を持っていると思います。

 冷戦が終わったことによって、世界は新しい枠組みづくりの時代に入っているわけですね。マージャンで言えばすべてのパイが崩されて、今、机の上でガチャガチャかき回して自分の前に積もうとしているときです。別に自分の前にたくさん積まなくてもいいのだけれども、今の時代は自分の前にたくさん積もうとしている時代。そういう世界の新しい枠組みをつくろうとしているときです。ですから、我々はぼやぼやしていると自分の前に1つもパイがないというようなことになりかねないという時代だと思います。

 ここで、日本が世界地図で見るとどんな地位に置かれているかというのを見てみたいと思います。太平洋は大きくアメリカは遠いように見えますが、政治関係、軍事関係、経済関係からいくと、アメリカは心理的にもまた実際の移動にかかる時間から言っても、非常に近い位置にあります。ですから、日本はアメリカ、中国、ロシアという3つの大きな国に囲まれているのです。これは、ヨーロッパのある国にものすごく似ている。それはどこだと思いますか?それはスイスなのですよ。スイスの上の方がドイツ、左横がフランス、右横がオーストリア、下がイタリア、4つの大国にスイスは囲まれているのです。

 では、日本もスイスみたいに永世中立国というふうに宣言して自分の中にこもればいいのではないかと思われるかもしれませんが、周囲の人たちが我々を見ている目というのはまた違います。各国のGDPをベースにして国の大きさを調整した地図を見ると、アメリカは相変わらず大きい。ただ、日本もものすごく大きいのです。アメリカのGDPの40%が日本ですから非常に大きい。2003年の中国はGDPで日本の4分の1です。ところが世界の人たちは、中国はもう日本よりもはるかに大きいという心でもってアジアを見ているから、そこがちょっとおかしいのですけれどもね。それからロシア。ロシアは2003年だと日本のGDPの10分の1です。それから韓国。韓国が非常に大きくて、ロシアを上回っているわけです。でも、日本の大体7分の1。それから、台湾も大きい。台湾は、後ほど申し上げるように現在の中国の急速な発展をもたらした張本人だと思うのですけれども、経済が中国にどんどん流れていってしまったおかげで中国との差が随分ついてしまいましたが、それでもやはりまだ中国の4分の1から5分の1の規模を持っているわけですね。日本は経済でいくとこういう世界的な地位にあります。こんな大きな国が永世中立だなんて言ってみても、そんなおかしなことはないので、むしろ永世中立をこの中で唱えたいのは台湾だろうし、ロシアであるかもしれないわけです。ですから、日本というのはアジアにおいては永世中立を唱えられるような国ではないので、日本が動けば、これはアジアの情勢全般に大きな影響を及ぼすプレーヤーの1人なのだと僕は思っています。

歴史を振り返り、「己を知る」こと

 日本はこういった世界的地位に置かれているのだけれども、そういった中でどうやって、またどんな新しい枠―――つまりアジアの安定と繁栄を保証するような体制作りのことです―――を作っていくかという問題についてお話ししたいと思います。その場合、日本はやらねばならないことがある。まず、自分はどういう国であるのか、どういう地位に置かれているかという点について、正確な認識を持たねば成りません。そうでないと、過度に萎縮してしまうとか、あるいは逆に夜郎自大になってしまうのです。そういう観点から今の日本を見ると、いくつかの未解決の問題があると思います。

 1つは、第二次大戦の総括が国民レベルではまだ行われていないのだと思います。国民レベルというのは、国民のある程度のコンセンサスが得られるような感じの。第二次大戦の総括について、国民の意見が分かれているままではないかというふうに思います。第二次大戦というのは2つの性格を持っていて、1つには欧米の植民地勢力に対抗して日本が戦おうと思ったらやられてしまったという、日本が被害者であるという面。それからもう1つは、欧米の植民地主義にやられないように頑張ろうとしているうちに自分自身が植民地主義になっちゃって、アジアの諸国を植民地にしたり、侵略してしまったという、日本が加害者であるという2つの面があると思うのですが、日本の国内の議論というのはどちらかの面ばかり見ていて、なかなかかみ合わないところがあるのだと思います。ここについては議論をもっと尽くす必要があると思います。

 それから、我々が明治維新以来150年間一生懸命欧米に追いつこう、植民地にされないように頑張ろうと思ってやっているうちに、我々の意識から中国が完全に消えてしまったと思います。特に、それは太平洋戦争で負けて以降中国との関係が途絶して、中国が我々の認識から完全に消えてしまったということはものすごいマイナスだと思います。ですから、我々は相変わらず欧米志向のまま、いつも欧米と比べてどのくらいになったということを考えているのです。で、中国と言うとすぐ「怖い」という反応が返ってきます。「あの国は大きくなった。怖い。」それだけ。そういうことではいけないのだと思うのです。

 册封(サクホウ)体制という言葉があります。この言葉、僕自身2年前に初めて知ったのですね。朝貢という言葉は皆さん御存じだと思います。朝貢というのは、中国の周りの国々が中国に恭順の意思を示すと、中国が愛い奴じゃと。じゃあ、おまえと交易してやろうということで特許状を出してくれるというのが朝貢貿易です。册封体制というのは、それを政治面、安全保障面に引き伸ばしたものです。これもやはり中国の皇帝に対して周辺の国が、私は小さな国だから中国に服属しますというふうに誓うと、中国の皇帝が愛い奴じゃと。おまえはどこどこの皇帝ではないけれども国王に任命してあげようということで金印なんかくれたりして、それを後漢の光武帝が漢の倭の奴の国王にくれた金印が日本に残っているわけですよね。これは、日本が册封体制に入っていた印です。こういった中国を中心にした同盟体制、例えば、古代アテネを中心にしたデロス同盟であるとか、現代でいえばソ連を中心にしたワルシャワ同盟機構、そういったものに等しいのが册封体制です。
 日本は聖徳太子の直前のときに册封体制から脱して、その後、基本的にはほとんど册封体制に属していない、東アジアで唯一の国です。これは、日本海があるおかげでそういうことをできたわけなのだけれども、我々はそのことを覚えていなければいけないと思います。それから、册封体制を最終的に壊したのも日本です。これは、日清戦争で勝って朝鮮半島を自分の影響下に治めることによって、日本は册封体制を食い破ったわけです。中国人はそのことを覚えているでしょう。

 このように、日本の歴史というのは僕も最近初めて認識したのだけれども、中国の影、中国が投げかける影の中で常に生きてきたわけです。例えば、白村江(はくすきのえ)の戦いというのがありますけれども、これは皆さん御存じのとおり、663年、朝鮮半島の白村江というところで日本の軍と、中国の唐、それから朝鮮の新羅が組んだ海軍が戦って、日本がこてんぱんに負けた戦いですよね。これを契機にして、百済を足がかりに朝鮮半島に影響力を維持していた日本の地歩は朝鮮半島から完全に失われたわけです。このときの日本の国内の危機感というのは大変なものだったらしくて、日本は瀬戸内とか九州とか、そういったところの海岸地方に土塁をめぐらしました。その土塁というのは今でも残っているそうです。それから、万葉集の中にある防人の歌。あの防人というのは、唐の海軍が来たときに備えて海岸を守っていた人たちですよね。

 けれども、中国というのはそういった脅威の面と同時に、文化を日本にもたらした大変な存在です。我々は日本の文化というと非常に独特なもので、室町時代に独自の伝統文化を打ち立てたなんていって、僕なんかも外国でそんな講演して威張ったりしていましたけれども、よく見ると大きな部分が中国・朝鮮からやってきているわけです。例えば水墨画。これは南宋の方からやって来たものであるし、それだけではなくて、平安時代は平仮名文化で『源氏物語』なんか書かれた時代ですが、実際の文化の主流は漢文ですよね。漢文、漢詩。それから、そういった漢文、漢詩の素養というのは江戸時代の末期に至るまで侍の教養の主要な部分であったわけです。ですから、我々は明治維新までは中国が投げかける影の中で生きてきたのだということをもう1回思い出さなければいけない。これからは中国と一緒に生きていかなければいけないのですから、もう1回漢文の素養を思い出して、漢文だけではなくて現代の中国語も勉強しなければいけないと思います。

世界に伍してやっていく前になすべきこと


 世界に伍してやっていく上で、日本が抱えている問題としては、自分自身のことを良く知らないという以外にもいくつかあります。一つに、明治維新以来の官僚主導国家からの転換をどうするかということがあります。我々はまだ本当は改革の中途であって、現在行われていることはただ官僚たたきをやっているだけですよ。じゃあ、官僚を完全におとしめてしまってそうなった場合、本当に政治をやる人たち、行政をやるところはどこであればいいのかと。それから、行政と立法と司法の間の三権分立、これは日本において有効なのかと。有効ならば、もっと三者の間のバランスをとるべきではないかと。そういうような議論は全然行われていないわけです。国のあり方がいい加減な国が世界の枠組みづくりに参加するのは、おかしなことではありませんか?

 それから、日本は明治維新以来欧米に追いつくということでやってきて、もう追いついちゃったと思っている人たちがほとんどだと思うですけれども、僕はまだ全然追いついていない面が非常に多いと思います。例えば、経済が発展するとだんだん個人の権利が拡大してきて、いい意味での個人主義というのが成立するのですが、日本の場合、個人主義みたいなものは成立しているけれども、例えば個人情報の保護とかあるのだけれども、ヨーロッパの個人主義とは全く違うわけですよね。ヨーロッパの個人主義というのは、ルネッサンスとか宗教改革とかそういったものを踏まえて数百年にわたって権利と義務を伴って発展してきたものなのです。日本の場合はまだ自分の中に閉じこもって、国家の権力とかほかの人の干渉を絶対はねつける。そっちの方ばかりに重点がいっちゃっていて、まだ原始的な個人主義だなという感じがします。だから、民主主義の成熟度もヨーロッパには劣っています。例えば、北欧なんかに行きますと、総選挙での投票率が80%を常に上回っている。そして、彼らの政治に関する議論というのはかなり成熟しているのです。我々の選挙というのは、投票率この前上がっちゃって70%に近かったのかな。それでもって大変だ大変だと言っているわけですから、これではいけないと思います。

 それから、日本は世界でナンバー2の経済大国だといって、そのプライドにばかりしがみついているのですが、じゃあその内容はどうかと見てみますと、やはり製造業が主なわけです。別に製造業が悪いというわけではないし、経済の根本だとは思うのですけれども、その他のいろいろな国力のインフラが日本の場合、まだ整っていないと思います。例えば、世界の世論に影響を与えるだけのマスコミというは日本にはないですよね。アメリカはCNNを持っている。それから、イギリスはBBC、エコノミスト、そういったものを持っている。日本人は何を言っても何を書いても『Foreign Affairs』には載せてもらえないし、CNNには何をインタビューで言ったって彼らの都合のいい断片しか放送されない。そしてNHKが何を英語で放送しようが、だれも外国人は見ないわけです。我々もCNNをほとんど見ませんけどね。そういった国際的マスコミを我々は持っていません。アジアも持っていない。

 それから、金融力で我々は完全に欧米に押さえられております。外交力でもそう。軍事力については、もちろん言うまでもない。アメリカの1人勝ちで、今の時代、どこの国の軍隊もアメリカ軍と本当に共同行動できないほどアメリカの軍隊はIT化されてしまって先進化しちゃったわけです。ですから、イラクではほかの国の軍隊というのはアメリカ軍と一緒ではなくて、ポーランド軍の指揮下に入ったりしているわけです。

 それから、もう1つの問題は、日本は新しい枠組みをつくるのに参加するといったって構想力があるのかということがあります。これは、もちろん外務省の考え方が硬直していて、なかなか新しいトレンドであるとかそういったものに本格的に取り込むのに時間がかかるわけですよね。やはり役人というのは安全性を重んじますから、新しいトレンドなんていったって本当にそうかと。それを総理にリコメンドして、新しいトレンドに基づく政策を総理に推薦して、実際に実行して失敗したらどうなるのかということを考えますので、なかなか新しいトレンドに応じるのに時間がかかるわけです。それから、外交というのは外務大臣だけでなくて、本当は総理大臣が外交をやる面がものすごく大きいわけです。これはどこの国でもそうなので、アメリカでは大統領が外交の最終的な責任者だし、1番大きな力を持っているわけです。けれども、日本の総理は外交に十分の時間と関心を向ける時間がないわけですね。

 日本の外交というのは、1つには国会が開かれていますと総理、それから外務大臣、ほかの大臣、すべて国会に縛りつけられてしまうわけです。質問が出たときに答えられるようでないといけないということなのですね。ですから、余り日本をあけていると、特に野党の方からこれは何だと、国会軽視だということで抗議が来ますので、そうすると日本の外務大臣が外交できるのは、例えば5月の連休であるとか夏休みであるとか、それから1月の初めであるとか、そういったことになっちゃって、僕は連休外交、週末外交と名づけているのですけれども、これは相手国にしてみるとものすごく迷惑な話なのですね。そういったような問題。それから、日本は軍事力を自分の外交の後ろ盾として使えませんから、要するに、日本がイニシアチブをとっても担保のない借金みたいな話でね。なかなか日本のイニシアチブを信頼してくれる国は少なくなるのだと思います。

 それから、もう1つ日本の大きな制約というのは、日本の本当のパートナーというのは世界の中でアメリカしかいないということが大きいです。ですから、日本がイニシアチブをとって成功した例というのは、例えばASEAN諸国の経済発展、それからカンボジアの選挙と和平、そういったいくつかがあるのですが、それにはアメリカは余り参加しませんでした。だけれども、アメリカが反対すると、やはり日本は動けなくなるわけです。例えば1997年、アジアの経済が経済危機に陥ったときに、日本はアジア版のIMFをつくろうとしたのですけれども、これはアメリカが中国を引き込んで米中並んで日本の案に反対してきたわけですよね。ですから、パートナーがアメリカしかいないと。アメリカに反対されるとイニシアチブをとれなくなってしまうという問題があります。

思いこみではない、世界の理解を

 世界の枠組みに参加するためには自分についてだけではないので、世界に対しても正確な理解を持っていないと間違った戦略を持ってしまうのだと思うのです。ところが、日本の世界についての理解には誤解と思い込みがものすごく多いのです。これは日本だけではないので、どこの国でも思い込みだらけなのですけれども、そのいくつかについて申し上げますと、1つはヨーロッパに対するコンプレックス。ヨーロッパは昔から先進地域だったのだというふうに我々も思っているし、ヨーロッパ人自身もそう思って威張るのですけれども、そんなことは全然ないので、西暦900年ごろは今のヨーロッパ人というのは深い深い森の中で槍を持って走り回っていたと言ったらちょっと大げさなんだけれども、そういう感じですよ。ヨーロッパはギリシャやローマから直接つながっているわけではないのでね。それをその後、農業技術の革新であるとか、それからイスラムがギリシャ・ローマ文明を保存していたのですけれども、アリストテレスの書いた難しい哲学の本とか、そういうのは全部イスラムの国々の図書館に保存されていたわけです。それをヨーロッパのイタリア人やゲルマン人たちが一生懸命勉強して、これが俺達の「ルーツ」なのかと。あのうるさいカトリック教会からは解き放たれた自由な人間精神というものがあったのだなと、思ったわけです。それがルネッサンスですけれども、その後アメリカを見つけて、アメリカ大陸の金と銀を全部ヨーロッパ大陸に持ってきちゃって、それから次にはアジアなんかを植民地にして、そこに産業革命でつくった綿織物であるとかあらゆる商品を売りつけて、それでどんどん大きくなって、同時に衣食足りて礼を知るで、「市民社会」なるものを作り上げたのがヨーロッパですからね。ですから、昔から先進地域であったわけではないのです。もちろん、ヨーロッパに我々が学ぶべきところはたくさんあるとは思うのですけれども、余り威張らないでいただきたいと思います。

 それから、中国は世界でも最も古い単一民族国家と我々思っているのですよね。だから、中国人を前にするとへなへなとなっちゃって、何となく劣等感を感じちゃって、この人たちは4,000年前から生きている人たちなのだとか思ったりしてね。日本の文化はすべてこの人たちから来たのかもしれないなんて思うと大変な劣等感を持っちゃうのですけれども、実はそうでもないと思うのですよね。中国は多民族国家だと僕は思います。このことは最近日本の中でもいろいろな学者の先生達がおっしゃられるようになって、だんだん定説になりつつあるわけです。例えば、中国が初めて統一されたのは紀元前200年ごろかな。秦の始皇帝ですけれども、言い伝えによりますと、清の始皇帝の目の色は青かったというふうに言われております。これは現代の映画の「SAYURI」のチャン・ツィイーの目が青いのとはちょっと違うので、チャン・ツィイーはコンタクトレンズをしていたから青いのですが、清の始皇帝は、これは西からやってきた遊牧民族の流れだったから目が碧かったのです。

 それから、唐の時代、西暦755年に安禄山の乱というのがありました。楊貴妃という美人に皇帝が入れ込んで国が乱れて、それで安禄山という軍人が反乱を起こします。その安禄山というのが何人だったか御存じでいらっしゃる方いると思うのですけれども、いわゆる漢民族ではなかったわけですよね。「安」というのは姓なのですけれども、これは大体中国では中央アジアから来た人たちに「安」という姓をつけるのだそうです。それから、「禄山」というのは、これは中央アジアの方の言葉でいうと「ロクシャン」、光という意味なのだそうです。ですから、安禄山というのはウィグル人、今の新疆地方にいた民族ですけれども、それからソグド人、ソグドというのは今のサマルカンド、ウズベキスタンの方です。その混血児だったのだそうです。ですから、中国というのは漢民族だけの国ではありません。遊牧民族、それからペルシャ人、これがいつも中国の歴史の中では兵力として、それから商人として、大きな役割を果たしていたそうです。ですから、我々は中国というのをもっと別の目で見ないといけないと思います。1つのアジアの共同市場みたいな性格を持っている国です。

 もう1つの我々の思い込み、これは、中央アジア、中近東というのは後進地域であるというふうに思っているのですが、実はそうではないですね。僕のつけているネクタイ、これは日本の錦織に似ているのですけれどもそうではないので、これはトルコのイスタンブールで買ってきたネクタイです。トルコというのはイスラム文化の1つですよね。それから1カ月後ぐらいに、今度はインドに行ったわけです。インドのガンジス川のほとりのベラナシという、ガンジス川でみんな沐浴する町ですけれども。ベラナシという町は、これはインドの綿織物産業の一大中心地で、テキスタイルデザインの一大宝庫なのですよね。ですから、小さな路地に入っていくと織物屋がたくさん並んでいて、置いてある品というのは床から天井までうず高く積んであるのだけど全部違って、それもすばらしいデザインなのです。その中にこういうデザインのものがたくさんあるのです。錦織みたいなものが。同じようなデザインというのは中央アジアにもあるし、ということは、中央アジア、中近東というのは1つのオリエント文化という言葉にくくられる文化の先進地域であったわけです。織物は、当時の先端技術であったのです。

 それからアメリカの性質についても、我々は複眼思考が必要だと思います。我々はアメリカ人というのはアングロサクソンの白人が中心で、それに黒人が少々いる国だというふうに相変わらず思っているのですけれども、実際には随分アメリカは違ってきています。現在、白人は70%、黒人が13%、ヒスパニックという、これはメキシコ人であるとか南米からやって来た人たち、これが14%、黒人を抜いたところです。それから、アジア系が5%。この中で日系はほとんどいなくなっちゃっているのですけれども。しかも、白人が70%いるといいますけれども、この中にはいろいろな白人がいますからね。アングロサクソンといったら絶対少数になってしまったのだと思います。これが将来、2050年になりますと白人は50%以下になるというふうに予想されていますから、そうなるとアメリカ人の持っている価値観であるとか政治行動であるとか、そういったものに影響が出てくるかもしれない。我々はそれをじっと見ていかなければいけないのだと思います。そういったいろいろなことをすべて踏まえないと、日本として正しい戦略をとることができないのだと思います。

日本を囲むアジアの情勢―――「現状維持」志向

 では、日本にもっと近いアジアは現在どうなっているかということについてお話し申し上げたいと思います。アジアはこれまで韓国、香港、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、そういった国々を中心にして発展してきたわけです。以前、ドラゴンと言われたこともある、そういった国々が発展して引っ張ってきたわけです。1974年、田中角栄総理がインドネシア、タイを訪問したときに反日暴動というのが起きています。これは単純な背景を持ったものではないのですけれども、これを現在の中国と比べてみるとおもしろいと思います。要するに、インドネシア、タイで反日暴動が起きたなんていうことはもう忘れている人たちが多いのだと思うのですが、今から30年前に起きているわけです。ということは、中国も今から30年あるいは15年たつと、今とは全く違った親日的な国になっていたって不思議ではないということです。

 ASEANの場合、何でこんなによくなったかというと、1つには1977年、福田総理がASEANを訪問して「福田ドクトリン」というのを発表しました。この「福田ドクトリン」、要するに、日本はASEANを重視して支援していきますというのが1つ。それから、ASEAN諸国とベトナム、当時はベトナムというのはアメリカと戦いが終わったばかりで非常に鼻息が荒くて、今にもタイに攻め込んでくるかという感じでしたから、我々はASEAN諸国とベトナムとの関係をよくしようということを意識的にやったわけです。現在のASEANにはベトナムも入っちゃってどんどん発展していますけれども、これは日本の外交、日本の経済援助の成功例の最たるものだと思います。

 現在アジアで起こっていることは、中国の力が急進しているということですね。現在、日本の経済力の4分の1ですけれども、明日には3分の1になり、明後日には2分の1になりと思ったら、元を2倍に切り上げて日本と同じになっちゃったという感じですからね。ものすごい急進です。その原因なのですけれども、やはり中国がどんどん伸びてきたというのをみんなが言い出したのは1994年ぐらいだと思います。僕がモスクワにいたころ。何でだろうと思っていろいろ調べて、1つには仮説をたてたんですけれども、これは多分台湾のお金が大きな役割を果たしているのではないかと思ったわけです。それで、調べた。1991年ぐらいに中国の鄧小平が、これは1989年に天安門事件という民主化失敗の事件が起きて、中国は西側から制裁をくらって大変な状況になったわけなのですけれども、1991年ぐらいに鄧小平さんが外国の投資に対して中国を開放しますということを宣言したのです。ほぼ同時に、台湾の総統が中国本土に対する台湾企業の投資を解禁しますということを言いました。これがものすごく大きかったみたいですね。翌年(92年)、中国に対する全世界からの投資が2倍半に伸びています。110億ドルになりました。その翌年(93年)、さらに2倍半になりました。275億ドルになりました。約3兆円のお金が1年間に外国から流れるようになったわけです。これがやはり中国の急速な発展をスタートさせたのだと思います。このときに台湾のお金、それから香港を通じて入ってきた台湾のお金、これを合わせてみると、1992年、中国に入ったお金のうち、僕の推測では55%くらいが台湾のお金だと思うのです。それから1993年には66%くらいが、台湾のお金ではないかと思います。これは日本のODAを除いての、民間の投資のことですけれども。ということで、中国はどんどん急成長を始めました。

 では、中国経済の地盤は盤石かということですけれども、これはそんなに盤石ではない。まだ脆弱な面を持っております。ちなみに、日本が高度経済成長をやっていたときも、アメリカ人はやっかみ半分に日本の経済成長というのは非常に脆弱なのだと。いつ壊れてもおかしくないというので、ブレジンスキーという偉い学者が『Fragile Blossom JAPAN』とかいう本を書いた。『もろい花、日本』という本を書いて有名になったのですけれども、そんなことはもうだれも覚えていないでしょう。だから、中国だって現在もろいのだけれども、あと10年20年たったらはるかに盤石になっているかもしれないですよ。現在どうしてもろいかというと、それは政治面では共産党が独裁を続けているというのは、これは非常に脆弱な面があると思います。何故かというと、経済が成長を続けて大多数の人がいい暮らしができている限りではみんな共産党を支持するけれども、生活がよくなってくると今度は権利意識も育ちますからね。ある日突然生活が悪くなってきたということになると、みんなが共産党を批判し始めるわけです。共産党が批判されると、それに代替するものが何もないのです。共産党というのは中国ではただイデオロギーをやっているだけの政党ではないので、これは経済もおさめているし経済政策も決めているし、言ってみればスーパー政府みたいなものですからね。だから、これが否定されると中国は無政府状態になります。そういうもろさを持っています。それから、経済では共産主義時代の国営企業がまだほとんど残っていますから、国営企業というのは幼稚園もやっている、病院もやっている、それから文化ホールもやっているというので赤字になるのです。赤字になると、共産党が地元の銀行に命じて、おい、おまえ、あそこの●●という企業に融資をしてやれ、赤字だから、というわけです。その融資は絶対返ってこない。これは今、不良債権として中国の銀行にたくさんたまっております。ですから、中国は経済成長率が下がったりとまったりすると非常に危ないのです。そういった面を持っております。

 というわけで、中国は現在怖い面と、それから親しみを持てる面の両方あります。怖い面はもちろん軍事力がどんどん育っていって、それから我々の大使館に時に石か何か投げてくるから怖いのだけれども、親しみを持てる面もたくさんあります。これは実際に中国においでになった方は御存じだと思うのですが、例えば上海から杭州、あそこに行く電車があるのですけれども、これは日本の一昔前のこだまとかあんな感じとそっくり。時速150キロメートルぐらいで突っ走るのですけれども、4人がけの座席になっていて、4人のうち3人ぐらいおばさんたちが占領していて、この人たちは杭州の西湖に観光に行くのですよ。ピクニックに行くのですよね。新しく買った携帯電話か何かお互いに見せびらかしてものすごい大騒ぎで、あそこら辺は温州みかんの本場だから、みかんの皮をむいたりしてみかんの匂いが車内にたちこめたりすると、もう日本の電車と全く同じになってくる。せんべいの匂いはないのだけれども。4人のうちの1人が若い労働者風の男で、そいつがもう必死で、おばさんたちがうるさいものだから両手で耳をふさいで、一生懸命窓際に英語の教科書を広げて英語の勉強をしているのですよね。だから、こういうのを見るとものすごく親しみを感じちゃって、それから重慶という町に行くと日本の温泉が大変に評判になっていて、「温泉」という看板がかかっているそうですね。これを日本の温泉としてみんなの人気を博しているみたい。そういうのを見たり聞いたりすると親しみを持つわけです。そういう両面を持っています。ですから、都市では中流の社会が成立しつつあるということは言えると思います。

 我々は新聞なんか見ていると、アジアというのは危ないのだと。いつ戦争が起きても不思議ではないと。10億人か12億人の中国人がみんなで日本に向かって石を投げてきたら、1つぐらい届くかもしれないなんて思っちゃうのですけれども、中国とか周辺の国々を回ってみるとそういう状況にはなっておりません。みんなが現状を維持したいと思っている。まず、中国が現状を維持したいと思っているのですよね。何故かというと、これは自分達の生活、中国の経済をよくしたいからです。経済をよくするためには戦争なんかしていられない。周りが落ち着いていた方がいいわけで、これは彼らははっきり言います。だから、現状を維持するためには日米安保があった方がいいので、日米安保がアジア太平洋の平和を維持してくれていることは我々も重々承知しているというふうに僕に言います。

 ですから、朝鮮半島についても、中国は北朝鮮が安定して存在していた方がいいのですね。これは、韓国にいるアメリカ軍と直接対峙するような状況を中国は恐れているわけです。それから、韓国は北朝鮮と1日も早く統一したいかというと、そうでもない。韓国の人たちの話を聞いてみると、いや、実はそうじゃないのだと。ドイツがこの前統一したでしょうと。1990年に。あのとき西ドイツは大変な財政赤字になって、今も苦しんでいるでしょうと。ですから、我々も計算してみたのだと。計算してみたら、北朝鮮と一緒になると韓国人の生活水準というのは30%下がるという計算ですと。だから、統一なんか急ぐことなしに、だんだん交流を深めていけばいいのだと思いますということを言う人が多かったです。ですから、朝鮮半島は現状維持。

 では、台湾はどうかと。新聞を見ていると、台湾の現政権というのは、現在の政権、民進党の政権は明日にでも独立を宣言したがっているということになっているのですけれども、これは民進党の人たちの意見を聞いてみてもそんなことはないので、民進党は1年前の総選挙で負けましたから。独立を唱えて。ですから、今は独立を求める論調をトーンダウンしているわけですね。何故下げているかというと、台湾の国民の大半の人たちが完全な独立を望んでいないからです。もちろん、心の中では望んでいるのだけれども、完全独立を宣言すれば中国が攻めてこざるを得なくなるということをよく知っているわけです。ですから、台湾の国民も現状維持がいい。それから、中国の人たちもそうなのですよね。台湾をめぐって戦争をせざるを得ないような状況が生じないでほしいと。アメリカが台湾を今のところ抑えてくれていると。台湾さんよ、そんなに早く独立するなんて言うんじゃないよということをアメリカが台湾に言っているわけです。ですから、中国は日米安保はいいじゃないかと。それから、アメリカがアジアにプレゼンスを持ってくれていることはいいじゃないかと。台湾の現状を維持しようということをはっきり言うわけです。ですから、アジアではあと10年ぐらい、こういった現状維持を望む声が大多数だと思います。

 こういった中で将来の希望を持たせるものは、東アジア諸国の生活とか文化がだんだん似てきたことです。以前は、アジア諸国というのは全然違うから経済共同体なんていうのは作れないし、EUを作ることができたヨーロッパとは違うのだということを言われていたわけなのですが、今、欧米に行ってあそこに日本人がいると思って近寄っていくと、実は台湾の人、香港の人、北京の人、上海の人、タイの人、どこから来たかもうわからなくなっているのですよね。服装はほとんど同じだし、それから、青年になるとジーパン、ジージャンで、道端でキスなんかしたりしちゃって、本当にみんな似てきているのですよね。それから、中国にいってもJポップというのは人気ありますし、それから、中国の書店に行きますと村上春樹の翻訳本がたくさんあります。それから、渡辺淳一の『失楽園』もありますけれども。それから、映画でも共同制作なんていうのは増えていますよね。そういうわけで、東アジア文明みたいなものが起きてきたのかもしれません。そういうのは『アジアバロメーター』という非常におもしろい本をご覧になれば、数字をもって認識することができます。

この難しい世界でどうやって生き延びるか

 では、こうした世界で日本人の安全と生活を守っていくにはどうしたらいいかという難しい問題についてお話ししたいと思います。お話ししたいと思いますなんて言ったって、実はみんなどうしていいかわからないでいるのですけど。でも、いくつか試論のようなものはあります。1つには、こんな難しい世界だといつまで考えていても仕方がない、いつまでもアメリカの言うことを聞いているのもしゃくだ、じゃあ、いっそのこと自主独立してしまえというふうにやけになって叫びだしたくなるわけですよね。でも、よく考えてみる。例えば、周辺国と紛争が起きたときに、それが武力紛争になったときに、日本は自分の要求を貫けるかと。1人だけで。自分の国が守れるかということを考えてみる。通常兵力だと、日本は今のところまだ大丈夫だと思うのです。ですが、相手が核戦力を持っている国だと、日本は直ちに旗色が悪くなるのです。核で脅されたらば、日本は困るのですよね。じゃあ、日本も核を持てと。ミサイルはすでにあるではないか、と。日本のロケットというのは非常に進んでいますからね。大陸間弾道ミサイルに転用可能なのですよ。後は小さな核弾頭を開発して、方向を誘導するジャイロを開発すればいいだけなのですから、それをやったらいいじゃないかということを言う人もいます。だけど、よく考えてみると日本というのは小さいのですよね。日本というのは核爆弾5発ぐらいで麻痺してしまうと思います。だから相手の領土が広いと、核でもっても日本は守ることができなくなります。ですから、自主独立というのはちょっと早まった考えではないかと思います。

 じゃあ册封体制、中国に従属を誓って、中国の暖かい羽の下で守ってもらうかということになるのですが、やはり日本と中国の社会というのは若干似ているところが出てきたといっても随分違っていると思うのですね。やはり、日本は150年間にわたって経済発展してきたし欧米からいろいろ取り入れたから、アジアの中で突出していわゆる近代化された社会ですよね。特に、自由。個人の自由。それからマスコミの自由、すごいですよね。ひどいと言ったらいいのかな。だから、そこら辺は中国と一緒になるというのは無理だと思います。我々の社会の自由を守ることができないと思います。けれども、中国を敵視する必要は全然ない。

 ということで、今のところ1番現実性があるのは、やはり「日米安全保障条約」、これを急いで変えたりなくしたりする必要は全然ないし、そんなことをしたらアジアは大乱になると思います。力が真空状態になります。ただ、日米安全保障条約だけでいいかというと、やはりもう1つ必要ではないかと僕は思います。それは「東アジア共同体」、別にこの前12月14日にあった東アジアサミットで問題になった東アジア共同体でなくてもいいのですよ。例えば、もう成立しているAPECとか、それからアジアで安全保障問題を長年にわたって議論しているARFというのがありますけれども、ここでもいい。要するに、フォーラムの名前なんかどうでもいいけれども、とにかくアジアの安全保障に関係のある国々が定期的に集まって問題を話し合う場があればいいんだと思います。何故あればいいかというと、そこには必ず日本、アメリカ、中国が出て行くはずだと。例えば、アメリカが絶対的な軍事的な優位をいいことにして、どこかの国の政権を変えようとしたりする。そのときには日本と中国が一緒になってアメリカを説得することができるではないかと。中国が何か変なことをしようとしたら、今度は日本とアメリカが組んで中国を思いとどまらせることができるだろうと。それから、日本が国内のナショナリズムを押さえることができずにどこかに軍隊を派遣しようなんていうことになったらば、今度はアメリカと中国が組んで日本をとめることができるのだと思うのですよね。これは言うはやすしで、実際にそんなことが起こればもうとまらないのですけれども、やはりそういう集団的な場があった方がいいのだと思います。

 というのは、アメリカがイラク戦争を始めたし、それから日本の総理が靖国神社をずっと訪問しているので、日米がアジアの中でだんだん浮き上がってきた面があるのですよね。この前ASEAN諸国を回りましたけれども、ASEANの方は靖国についてはそんなに言わなかったのですが、むしろ彼らはイラク戦争の方を言って、アメリカはちょっと怖いということを言っていましたね。だから、日米同盟が孤立することがないように、集団的な枠組みが必要だと思う。それから、アメリカの次の大統領選挙で民主党の政権になると、今度は中国と専ら話し合ってアジアのことをアメリカと中国だけで決めていこうというふうになるかもしれないですよ。そうしたら、やはり集団的な話し合う場があった方がいいのだと思うのです。

日本のトレードマークを

 ですから、こんなところが日本の基本的な安全保障戦略になるべきではないかと思うのですが、今度は、じゃあ日本のトレードマークとしてどういうものを掲げたら効果的かということを考えてみました。これは主にアジア諸国における日本の魅力を高めるためにはどういうトレードマークが、ロゴがいいかということなのですけれども、1つにはやはり自由、民主主義、これを日本のトレードマークにするべきだと思います。これは何故かというと、ここが中国との違いをアジアの諸国に対して強調できるところだからです。それから、中国の青年もそうですし、ほかのアジアの諸国の青年もそうだし、自由と民主主義というのはすべての国の青年が求めるところだからです。それからもう1つ、格差の小さな公平な、しかし、活力も抑圧しない社会、こんな社会はあり得ないのですけれども、日本はこれに1番近いのではないかと。これも日本のトレードマークとして掲げるべきだと思います。ですから、この2つが日本の魅力、ソフトパワーとして打ち出すべきものだと思います。

 それから次に、開発途上国の経済発展を無私の姿勢で系統的に支援する。これがまた非常に重要な日本のトレードマークだと思います。中国は最近アジア諸国にどんどん融資をするという姿勢を見せ始めましたけれども、日本のODAの場合、もっと無私の姿勢が強いのですよね。相手の国の経済を発展させてあげると。相手がもう援助もいらなくなるように、自分で発展できるようにしてあげるというのが日本の援助です。要するに、アメリカとかヨーロッパとか中国の援助というのは魚をあげるのですけれども、日本のODAというのは釣りざおをあげるものだというふうに我々はいつも説明しています。ですから、日本のODAというのは相手の国の経済のインフラ、例えば港をよくしてあげたりとかコンテナ基地をつくったりとか鉄道をよくしたりとか、そういったものに大半のお金が使われております。これでアジアは発展したのだけれども、まだ日本の支援を本当に必要としている国が残っています。これはベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、それから南西アジア諸国ですね。インド。インドは日本の円借款を受ける国としてはもうナンバーワンになっちゃいましたけれども、インド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、それから、もちろん中央アジア。こういった国々は日本のODAをまだ切に欲している国が大半です。ものすごく歓迎してくれる。彼らは日本のODAというのが割と系統的であることをよく知っています。

 それからもう1つ、日本のスローガンとして重要なのは、これは本当に重要なのだけれども、安全保障にかかわることです。これは、日本はアジアの現状、ステータスクオを壊そうとする国ではないのだということを口を酸っぱくして言っていかなければいけないし、行いをもって示していかなければいけないのだと思うのですよ。これこそやはり1番効く宣伝といったら言葉は悪いのだけれど、本当なのです。これが1番効くトレードマークだと思います。何故かというと、中国もそうですが、彼らがよく日本では軍国主義が復活しつつあるなんていうことを言うのですけれども、それは日本がアジアの現状を第二次大戦の前と同じように壊そうとしてくるのではないかという恐怖が残っているからです。日本にちょっと来てみれば、そんなことは全然ないことがわかってもらえると思うのですけれども、日本の夜の民放テレビでも見ていただければ、本当にそんなことができる国民ではないということがわかっていただけると思う。だけれども、そこをちゃんと説明していかなければいけないと思います。日本は憲法を改正しようとしていますが、ちゃんと説明して、日本は変なことをしないということを憲法にもちゃんと書いておかなければいけないと思います。例えば、自衛隊は海外に出るけれども、それは国連の旗の下でのみ派遣するのだというような趣旨を憲法なり関連の法律なりで、そこで明確に書いておく必要があるのだと思います。インドネシアだったかタイだったか忘れましたけれども、そこの専門家が言っていましたけれども、憲法を改正するのだったらば、そういうことをはっきり書いておいてくださいというふうに僕に言いました。

 そういうところで、これで講演にかえさせていただきます。ありがとうございました。

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