Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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2019年3月 2日

2019年ハノイ寸描 

2月27日、メール・マガジン「文明の万華鏡」第82号をまぐまぐ社より発行しました。以下はその冒頭部分、兼ハノイ紀行記です。JTBパックで3泊、一人6万円程度。

私共夫婦は、18日から3日間、ハノイに観光で行ってきました。これは偶然で、米朝首脳会談がハノイで開かれることが決まるはるか以前から計画していたものです。私が前回ハノイに行ったのは11年前。街に高層ビルがちらほら建っていた時です。今回、さぞかし変わっただろうと思って行ったところが・・・・・

 確かに高層ビルの数は増え、まともな設備を持つホテルも増えましたが、その他は殆ど変わっていない印象。街をウンカの如くバタバタとエンジン音を響かせながら無秩序に走っていくモーターバイク。これは東西南北、いずれの方向からも現れ得るので、道を渡る時は一苦労。ただ11年前に比べると、ガソリンの質が良くなったのでしょう。かつてのソ連的な排気ガスのにおいは街から消えましたし、地方からやってくる行商人達が街頭で垂れ流す糞尿が乾いた悪臭も消えました。

タクシーもありますが、細かいところに入っていくには人力車が便利。これが変わっていて、ベトナムの人力車は、自転車の先にリヤカーをつけ、そこに吊るしたハンモック状の布に客が深々とかけて走っていくのです。まるで客をバッファーに、あるいはいけにえにして混雑の中をかきわけていく風情。運を天に任せるしかありません。そしてインド、中国などに比べるとけた違いの料金を請求してくるのです。と言うか、乗る前の言い値を1単位上げて請求してくるのです。「間違えた」とか言って。それも仕方ない面があって、なぜかと言うと、1ドルが約1万ドンなので、紙幣にはやたらゼロがついていて、数えにくいのです。

これから生活水準が上がって、このモーターバイクや人力車が自動車に代わると、ハノイの都市機能はストップするでしょう。道路は狭くて、とても多数の自動車をさばくことはできません。地下鉄を縦横無尽に作るか、新都心を郊外に作るか、どちらかしかないでしょう。

 そしてかなり立派なホテルでも――私共の泊まったホテルはArmy Hotelと言って(JTBのパック・ツァーです)、まさに軍が経営しているものでした、隣は1キロ四方はあろうかという広大な国防省・軍の敷地――英語ができる要員が本当に少なくて、これは学校教育の問題だろうと思いました。たとえ話すことができても、子音を飲み込む発音をする人が多くて、聞き取れないのです。米朝首脳会談で世界から何千人と記者達が押し寄せていることでしょうが、インターネット回線が遅いことも合わさって、阿鼻叫喚の状況を呈していることでしょう。

まあ、初めてハノイに行った1976年頃は、日本の大使館も開かれたばかりで、市内に2軒しかないというホテルの一つに間借り、大使館員は合宿状態で、確か朝食も一緒にしていたように記憶します。一人だけ夫人を連れてきている館員がいて、朝食の場では他の館員からいやらしいやっかみ、妬みの視線を浴びていました。私は西湖のほとりにキューバが建てたとかいう、バンガロー風の「タンロイ・ホテル」に泊まりました。(この40年間のベトナムの変容については、私のブログhttp://www.japan-world-trends.com/ja/cat-3/post_60.phpに書いてありますので、ご覧ください。今から見ると、随分面白いものです)

今回一番面白かったのは、鉄道見物。11年前日航ホテルの窓から街を見ていると、民家が密集している中から、警笛とともに大きな列車がのそのそ現れ、道路を横切ったのです。鶏がその前を走り抜けました。たまげて聞くと、この鉄道は、日本で言えば東海道線に相当する国の大動脈――南北縦断の幹線――なのだそうで。今回、11年も経てば、さすがにもうないだろうなと思って聞くと、まだあったのです。

ホテルのフロントで、「鉄道を見るには、このあたりがいいかな?」と地図を示すと、「まさにそこです。カフェもあって、みなさん写真を撮りに集まっておられます」ということで、嬉しくなって、徒歩ででかけました。決して現実と符合することのないハノイの地図と格闘しながら。

苦労してその地点にたどり着くと、江ノ電の両脇の民家を更に線路にくっつけたような情景が数100米続き、軒先は少し洒落たカフェになっています。たむろしているのは、こういうゲテモノ観光の好きな欧米の白人達。汽車が来るまで1時間以上も待ちました。そして何の合図もないのに、カフェのおばさん達が、「どけて。どけて」と言いながら、レールまで張り出した小卓をばたばたと畳み、客達は直立不動で民家の壁にはりついたと思った瞬間、民家群の向こうの夕空を黒い大きな怪物が突然塞ぎ、目がくらむようなライトを煌かせ、吠えながら容赦なく突進してきました。自転車が高速で通り過ぎるくらいのスピードですが、すぐには止まれないことはありありとわかる、何かあれば容赦なくひきつぶされてしまうという状況で、列車が30センチ(若干大袈裟に言うと)目の先を吠えながら通り過ぎていきます。その前を走り抜ける鶏は、今回いませんでした。多分、この11年間に全部轢かれてしまったのでしょう。横で鶏の胴体をくりぬいたロースト・チキンを売っていました。
(このあたり、写真があるのですが、アップする方法を忘れてしまいました)

というわけでハノイは面白かったのですが、この鉄道と言い、ウンカの如きバイク群と言い、ベトナムの経済開発が中国の場合よりも明らかにテンポが遅いのはどういうわけか、興味のある点です。おそらく、中国ほどには外資が入り込んでいないのでしょう。ベトナム戦争で戦った相手の米国と外交関係を設定したのは、1995年。中国の市場開放とそれほど時期的な差はないのですが、西側企業にとっては中国の方が直接投資先としてはるかに大きな魅力を持っていたのでしょう。

今は、「中国に代わる直接投資先」が求められ、ベトナムはその有力な対象となっています。でも、これからハノイが高層ビルとコンクリートののっぺらぼうの近代都市になり、あの「幹線」鉄道も多分地下にもぐってしまうのは、残念な気がします。それも、外国人の身勝手な要求でしょうが。昔、同じことを欧米の連中が日本について言っていたのを思い出します。

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