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世界はこう変わる

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2011年11月 6日

当面のロシア情勢 見えない外交の方向

プーチン首相の大統領選出馬表明後のロシア情勢について、少しまとめてみた。

(1)プーチン首相の大統領選出馬表明――知識階層の反発と大衆の受動的支持
プーチン首相の大統領選出馬表明に対し、ロシアの知識階層はほぼ一様に冷たい目を向けた。ロシアでは自由な選挙が行われている建前となっているが、なぜか当局の欲するシナリオ通りの結果になることが多く、そしてその当局の描くシナリオはもう4年前からできていたということが今回明かされたからである。つまり彼らには、これは密室政治と見えたのである。

しかし10月17日のテレビ・インタビューの中でプーチン自身が言っているように、「そのような反応については、自分も知っている。しかし大衆は自分を支持している」という冷厳な現実がある。ロシアでは、知識階級・中産階級は常にマイノリティなのだ。10月7日のイタール・タス報道はレヴァダ世論調査センターの調査結果を引用し、プーチン大統領復帰を歓迎する者は31%、否定的な者は20%、無感動な者(黙認)は41%、そしてプーチン大統領になれば生活が良くなると期待はしていない者が52%に上る、それでもプーチンへの支持率は68%に上ると報じている。

(2)プーチン大統領、世界の顔役に?
「プーチン大統領」返り咲きに対して、西側マスコミの多くも否定的な反応を示した。2000年から04年までの第1期には税制改革、企業関係法規の整備など多くの改革を成し遂げたプーチンだったが、08年までの第2期には石油資本家ホドルコフスキーをシベリアへ送るなど国内の締め付けを強めたばかりでなく、NATO拡大、米国のMD欧州配備などに対して強面の反発を示して遂にはグルジア戦争まで起こした「保守反動」の権化とされているからである。

しかし彼に自ら貼り付けた保守反動というレッテルに怯えてこちらの政策を振ることは、可能性の幅を自ら縮めることとなろう。改革について言うならば、彼は10月17日の主要テレビ局に対する長時間インタビューの中で、「(1999年エリツィンから権力の禅譲を受けた時は)野心があって引き受けたわけではない。しかし一度引き受けた以上はやりぬく」として、ロシア改造への意欲を見せている。

そして少なくとも2012年は、大国のなかでロシアが比較的強固な国内的・国際的立場を享受する可能性がある。大国の中でロシアは経済力で最も劣るだろうが、EU、米国は経済危機からの回復過程、中国は来年秋の権力交代を控えている中で、プーチンが旧ソ連圏への指導力回復など大胆な動きを見せる可能性もある。メドベジェフ大統領をまともに扱わなかった旧ソ連諸国も、プーチン大統領となれば対応を真剣なものとし、そのことはロシアの立場を強化するであろう。プーチンはかねて、エリツィンが解体したソ連の復活を究極の目的としている。それは関税同盟の強化、「自由貿易地帯」の設置[1]、関税同盟をさらに発展させた「経済共同体」の発足[2]「ユーラシア連合」[i]構想の推進、集団安全保障条約機構(CSTO)の強化等を通じて推進されるだろう。

なおプーチン首相は、上記「ユーラシア連合」構想をイズベスチヤ紙上で打ち上げたあと、10月11日訪中したが、これは毎年恒例の首相級協議を行うためであり、「ユーラシア連合」を中ロ主導で実現しようとしたものではない。ロシアは中国の技術水準で十分として、これからの経済近代化を中国に依存することにしたとの報道もあったが、ロシア国内には中国はそこまで信用できないとする声も根強く残っている。

(3)当面はレームダック化――特に外交で
しかし少なくとも12月4日の国家院選挙までは、ロシアは政権のレームダック化現象に悩まされることとなろう。たとえば11月に予定される東アジア首脳会議には、メドベジェフ大統領は選挙運動で忙しいとして出席せずラブロフ外相が代理出席するようである。これまでこの首脳会議に参加するべく必死の努力をし、来年秋にはウラジオストックでAPEC首脳会議を主催しようとしているロシアが、初めての東アジア首脳会議参加のチャンスをあっさり袖にするのは、この会議を主宰するASEAN諸国にとっては頬を打たれた感じがするだろう。

そして来年5月20~21日にはシカゴでNATO首脳会議が予定される。NATO首脳会議では、首脳級のNATO・ロシア評議会も開かれるのが恒例なのだが、ロシアは米国によるMDの欧州配備をめぐってNATOとの関係を完全には正常化できていない。しかもプーチン大統領が出席するということであれば、それは5月初旬に予定される大統領就任式のほぼ直後であり、米国に対する朝貢外交の印象を与えかねない。

行くのであれば、「ユーラシア連合」形成にめどをつけ(既に存在するロシア・ベラルーシ連合、ユーラシア経済共同体、関税同盟、自由貿易地帯などをまとめれば、「ユーラシア連合」のかっこうをつけることも夢ではない)、ユーラシア連合とNATOとの関係構築をこれから模索していく、という形でも取れないかぎり、プーチン新大統領の訪米は難しかろう。だが訪米しないとなると、メドベジェフ大統領の始めた対米関係「リセット」は過去のものとして葬られかねない。

つまりプーチン大統領は大国の中でも最も経験と能力の高い指導者の一人として君臨することになるかもしれないが、悪くすると世界の主流から外れたところで一人力んでいるだけのodd guyになりかねないリスクもあるのである。

米国では大統領選挙が11月にあった後、1月末の新大統領就任式までの現職大統領は抜け殻のようになる。今のロシアの場合、そのような状態が「プーチン大統領」の就任式である来年5月初旬まで続くのであろうか? メドベジェフ大統領が辞任を表明するなどして大統領選を若干前倒ししても、「抜け殻」の期間は米国の場合以上になるだろう。大統領選挙法は、選挙前最低90日前の公示を求めているからである(法律を改正すれば別の話)。せめて閣僚を早期に大幅に入れ替えて(プーチン首相の人事の特徴として、これまで大臣級の人事異動はほとんど行われてこなかった)2013年度の予算作成に冒頭から携さわせるべきである。

(4)社会に広がる停滞ムード
ロシア社会は、石油への完全な依存など経済面での将来性の欠如、世界政治・経済における間断なき地位の後退、90年代ソ連崩壊の混乱のなかで主要ポストを独占した世代が居座っていること、などから生ずる停滞感に悩まされている。多くの世論調査が示すところでは、青年は外国移住を夢見、モスクワ市民は閉塞感に悩まされて攻撃的になっている[ii]。

そして与党の「統一」は、そのような停滞の象徴とされている。実際に「統一」の党員は既得権益層から成っており、国内のあらゆるポストに入り込み、しがみついてしまう藤壺のような存在と見なされて、毛嫌いされている。12月の選挙でも、「統一」は憲法改正に必要な三分の二の議席はとても取れないことだろう。そのような情勢なので、「統一」の選挙候補者リストのトップに据えられたメドベジェフ大統領だけでなく、「統一」の党首であるプーチン首相も、時にはメドベジェフ大統領と連れだって選挙運動にいそしんでいる状況である。

(5)改革の見込み薄――経済
プーチンの頭の中には保守と改革の両方が同居していて、それは「ロシア国家の強化」という目的を共通項としていると思うのだが、問題はその改革についての理解が、彼の出身であるKGBの要員に特徴的な思考法――命令体質・市場無視と市場への無知――に彩られていて、有効な経済政策を打ち出せないところにあるだろう。

2012年度予算は選挙を目当てに作られたバラマキの色彩が強い。警官・軍人の給料を倍増し(そのために国防、治安関係予算が全体の60%に達している)、道路建設を10年間で倍増させるという。国内の生産基盤が整っていない中でのバラマキは、中国のような高度成長は生まず、インフレのみをもたらすこととなろう。

つまり、プーチン大統領就任早々は他の主要国が選挙、政権交代で多忙であることもあって、ロシア先行の感を呈する可能性もあるが、いずれインフレを中心に国内問題に忙殺されていく可能性があるということである。クレパチ経済発展省次官は、(国内での製造業が振るわない中で輸入だけが急増する現在の傾向が続けば)、ロシアはあと2年で経常赤字に陥るだろう、と述べている[iii]。

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[1] 10月18日、サンクト・ペテルブルクに、旧ソ連諸国からアゼルバイジャン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、バルト三国を除いた諸国の首相が集まって、結成で合意。

「関税同盟」には入りたくないとしているウクライナを取り込むための仕掛けであろう。

[2] 2012年1月からを予定。連携を関税だけでなく、労働力移動の自由等にまで拡大したもの。これは主権国家間の取り決めであるが、後出の「ユーラシア連合」は超国家機関としての国際委員会を設立することまで予定している。

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[i] http://www.tkfd.or.jp/blog/kawato/2011/10/post_217.htmlを参照願いたい

[ii] 9月23日「自由プレス」によれば、社会学研究所の調査では、「人々は行き詰まりを感じ、生活、子供の将来への不安を持っている。このために市民は攻撃的になっている。人口の40%は今の国の進路は行き詰りであり、自己実現ができない、社会の流動性がない、と感じている。90年代は国内にチャンスがあったが、その時全てのポストは取られてしまった」と感じている由。

[iii] 9月15日 RIA Novosti

コメント

投稿者: 若林 喬 | 2011年11月 7日 18:11

((初めてコメントします。本メルマガを読んで成る程と納得したことから、一筆します。

ロシア社会が そう言えば、何となく動きが鈍いと私には感じられていました。自由主義の仲間入りして、プーチンより、更に若い大統領の下に若い社会の誕生
の期待感みたいなものが,いつの間にか感じられなくなり、何となく早くも停滞感が外国人の私にも感じられていました。 ロシアの内に住む若者達はもっと深刻に感じている筈なのは当然ですね。

社会の停滞感の原因は、エリツイン時代の到来時に、新社会の変革を遂げる筈の絶好の機会に、既存機関や企業の主要ポストを軒並みに占めたのは、当時の共産党の幹部連中であったのを、当時 新生ロシアの地方に駐在時に目の当たりにして、違和感(一種の嘲笑感みたいな)を感じていましたが、やはりそれからざっ
と20年余たっても 未だその連中が若い世代にポストを譲らないことから来るとの本誌の分析を読んで、成る程と知りました。

そう言えば、最高のポストである大統領職の世代交代もまた新世代に引き継ぐ訳ではないですね。果たして、新時代に糞詰まり感を更に助長することにならなければ良いですね。

アメリカの1%の富裕層の社会の停滞に抵抗する99%の人達の不満の騒乱を プーチンは人事と批判している場合ではありませんね。

          九十九里/若林 喬 ))


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