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世界はこう変わる

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2011年9月28日

プーチン大統領 再登場 その意味

「プーチン大統領」再登場がほぼ確実になった[i]。言葉だけで実行が伴わないと言われるメドベジェフ大統領と、原油依存でばらまき政策を続けるプーチン首相の組み合わせ、そして汚職の蔓延は、社会にいきづまり感覚をもたらし[ii]。これまで根強い人気を誇ったプーチン首相の支持率までもが、最近では下降し始めていた。プーチンは出馬表明によって世論を凝集させ、統治力の維持を可能にしようとしたのだろう[iii]。

いずれにしてもこれでプーチンが、今後12年はロシア大統領として君臨する可能性が出てきた。前回の8年間と合わせると20年、スターリンの約30年には及ばないものの、ブレジネフの18年は上回る。プーチン大統領新版の下でロシアはこれからどうなるかについて、いくつかの仮説を短く列挙することにする。

国内政治

(1)大統領選挙前倒し?
 来年3月の大統領選まで、メドベジェフ大統領はレームダックのまま勤務するのか? 議会選の12月に同時選挙が望ましいが、それが不可能なら、右選挙で「統一」の議員に当選するだろうメドベジェフ大統領が辞任を表明して(議員との兼任はできない)直ちに大統領選挙の準備に入るという線がある。

(2)「保守的・強権的政権になる」?
○「プーチンは保守的、強権的」というのは、西側マスコミがやや過剰に打ち上げたステレオタイプの見方である。彼も、2000年からの第1期目には一連の経済関係の法律整備、土地民営化や所得税制の一本化など、大いに改革を進めたことがある。

従って結論を言えば、プーチン新政権は必要なかぎりにおいて改革政策を進めようとするだろう。但しそれは、①既得権益層の利益を大きく害しないこと、②国民生活の悪化を伴わないこと、という条件つきだろう。また実行の手段は税制やマクロ政策による間接的なものより、ソ連時代に根付いた直接的な指導と介入、特には税務捜査をちらつかせての脅迫といったものだろう。ロシア人の大多数はそのような経済運営のやり方しか知らず、「神の見えざる手」が最適資源配分を実現するなどとは毛頭思っていない。

更には、メドベジェフ大統領が真剣に始めるかに見えた汚職摘発運動におびえ始めていた官僚たちは、プーチン新大統領の下に「結集」する可能性がある。彼らは如何なる改革も腐ったものとし、輸血のそばで出血が続いているような状態を現出するだろう。また議会での政党は、ソ連時代の東欧諸国におけるように、「野党」を標榜する翼賛政党化する可能性大である[iv]。

プーチン新版政権がどのようなものになっていくかは、主要ポストに誰が座るかによって、随分左右される。特に注目されるのは、①セーチン第一副首相(プーチンの右腕。政府に残っても、大統領府に移っても、メドベジェフ首相との関係はうまくいくまい。現在石油、天然ガス等エネルギー部門を牛耳る)、②クドリン財務相(均衡財政派で原油輸出税収を貯金しておくことで、ロシアを世界金融危機から救った功労者だが、メドベジェフ首相の下では働きにくいと公言して、27日更迭された。プーチンに親しく、よもやリベラル陣営に走りはしないだろうが、今後の処遇が注目される)、そしてパトルーシェフ国家安全保障会議書記(プーチン第1期、第2期政権においては、KGBの後身FSBの長官として内外政でプーチン大統領を補佐)である。なお、日本の観点からはラブロフ外相の去就がやや気になる。但しロシアでは外交は大統領の権限が大である。

○西側は、「ロシアで育っている中間層」がロシアを民主主義でリベラルな社会にしていくことに期待しているが、そのような中間層は未だ多数派ではない。多数を占める大衆は、中間層、知識人たちに対して、嫉妬から来る強い憎悪を隠しておらず、「政府が金持ちを抑え、自分たちに分け前をくれる」ことを切に期待している。彼らにとっては、メドベジェフ大統領のリベラルなポーズよりも、年金や給料を引きあげてくれるプーチン首相の方が、はるかに頼りになる存在なのである。そしてロシアの勤労者の実に3分の1は、政府予算から賃金を得る公務員的存在で、政府への依存性が強い[v]。

経済政策

○ロシアは世界金融危機を乗り切ったが、その後の成長率はまだ以前ほどには回復せず、4%台を推移している。そしてその成長も、原油価格の上昇に大きく依存し[vi]、製造業は外資による自動車生産を除いては、プーチンが言う「近代的産業の創出」にほど遠い停滞状況にある。

従って消費財は輸入にその多くを依存し[vii]、投資は不振のままで、本年上半期は対前年同期比2.7%伸びたのみ、金融恐慌前の2008年上半期より実質で16%低い由。

○24日統一党大会における演説でプーチンは、次の重点政策を披露した。それは

①経済成長を年間6~7%に引き上げ、5年後にはロシアをGDPで世界の5位以内に引き上げる。

②製造業、特に新しい近代的な産業の創出を重視する、そのための税優遇措置をもうける。

③ビジネス環境を整備する、改革を率いるのは経営者層である。

道路建設を10年間で倍増する、年金引き上げと、警官・軍人の給料倍増

⑤食糧自給を達成するとともに、5~10年で軍備を更新する。

⑥教育、保健、住宅部門への予算支出増。

⑦富裕層への課税を強化(特に固定資産税)、等である。

(なおプーチン大統領は2008年2月8日、あたかも次期大統領に託すかのように、「2020年までのロシア発展戦略」を公表した[viii]。これもあわせて参照していくべきである)

○2011年は資本の海外への流出が目立っているが、一部ではそれはプーチン大統領復活による政策の保守化を危惧して、中小企業を中心に資金を外国に退避させているための由。これはルーブルのレートを下押しする要因になっているが、高度のインフレを起こすほどのものにはなっていない。
23日の「統一」党大会を前にしてモスクワ株式市場RTS指数は1310以下にまで急落していたが、プーチン大統領復活が明らかになったあとの26日には1355に急上昇、そのあと緩慢な下降を再開している。先行きが明らかになったことで資金がロシアに戻るのか、それとも「悪い将来」がこれで明らかになったとして、資金流出がひどくなるのか、まだわからない。

外交

2012年は、米国で大統領選挙があるほか、中国での指導者交代等、主要国ではほぼ軒並み指導者の交代、あるいは選挙が予定されている。この中でいち早く就任するプーチン大統領は、しばらく世界で大きな発言力を行使するだろう2012年の11月頃にウラジオストクで予定されるAPEC首脳会議は、彼にとって格好の舞台となる。その成否はロシアにとって非常に重要な政策課題となり、日本にも協力を求めてくるだろう

○プーチン大統領になると、メドベジェフ時代の対米「リセット」外交が退潮し、プーチンの強面外交が戻ってくるのではないかとの観測がある。しかし、2008年のグルジア戦争での勝利、そしてその後西側の方がロシアにすり寄ったことで、ロシアは西側に対する留飲を下げているし、プーチンの言う「先端技術を使った近代的産業を創出」するには西側の協力が不可欠である。また中国方面からロシアが感ずる圧力は日増しに強まっているに違いない。従ってロシアと西側は、基本的には協力関係を続けようが、プーチンの方が外交上の駆け引きはメドベジェフよりはるかに厳しいものを持っているだろう

それは上記重点政策でも言っているように、「5~10年で更新する軍備」誇示を厭わないものになるだろう。また原発を放棄したドイツで既に明らかになってきたように、天然ガス輸出上の優位を利用してドイツ発電部門の利権も強引に入手しようとするような動きに出てくるだろう。

プーチンのやり方は柔道に大きく影響を受けているようで、押されている時は引き下がるようでいて、相手の力を利用して反撃に出、優勢になれば一本を取るまで容赦しないのである。

ロシア外交においては、世界政治・経済の主要な舞台になったアジアに対する戦略が明確ではない。中国に対しては安全保障面での守りは固めながらも、米国に対してはできるだけ共同して対抗し、経済関係においても利益を得る政策を続けるのだろうが、ロシアが自分の裏庭視している中央アジアにも中国の影響力伸長は著しいし、シベリア・極東方面における両国国力の差は、甚だしいものになっている。ロシアにとって、意味のある対アジア政策の策定が待たれるところである。

対日関係

2012年ウラジオストクでのAPEC首脳会議、極東・シベリアへの中国の風圧等は、ロシアにとっての日本の意義を高めるものである。メドベジェフ政権はこれまで日本をことさら無視する姿勢を取ってきたが、新プーチン政権においては日本の方から協力を呼びかければ乗ってくるだろう。プーチンはKGB出身で冷たい男と一般には思われているが、義理堅く、特に困っている時に受けた好意は忘れない一面を持っているように見える。

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[i] 9月24日の政党「統一」の大会の場で、冒頭に登壇したプーチン首相(党員ではない)は、「12月の下院総選挙においては候補者名簿のトップにメドベジェフ大統領を推薦する」と唐突に述べ、これに応えて登壇したメドベジェフ大統領が「来年の大統領選挙には、プーチン氏を候補として推薦する」と述べると、そこで1万人を越える会場の大喝采を浴び、「それご覧なさい。プーチン氏が大統領としてふさわしい資質を持っていることはもうおわかりでしょう(から自分からは説明しません)」と述べて降壇した。

すると、隣席のプーチンは彼を抱擁し、わざとらしく笑った。次に再登壇したプーチン首相はこれまでの功績と今後の抱負を1時間近く述べ、最後の方に「メドベジェフは若い内閣を率いて仕事をすることができるだろう」と付け足しのように述べた。普通の者になら耐えられないだろう屈辱的な芝居である。

[ii] イェゴーロヴァ連邦移民庁次官は、この3年間で14万5千人のロシア市民が国外に永久移住したと述べている。この数字には、留学、あるいは一時の出稼ぎと称して出国したまま帰ってきていないロシア人は含まれていないから、実際に「移住」してしまった者はもっと多いだろう。これらの中には、ロシア人の中でも最良の資質と能力を備えた人が多いはずである。

[iii] 「統一」の党大会が始まる前の23日には政府系イタールタス通信が、「大統領候補の決定は12月総選挙まで棚上げ」になるだろうという報道をしていたほど、今回の決定の秘密は保持されていた。

[iv]与党「統一」はどんどん翼をひろげている。ナショナリスト層を代表する政党「祖国」のロゴージン(NATO向けの大使)はプーチン出馬表明を知っていたかのように21日、自党に「統一」の大衆支持団体である「全ロシア人民戦線」に入るように呼びかけ、これは直ちに実行されている。

[v] 2008年2月8日プーチン大統領演説

[vi] ばらまき政策で財政支出を拡大してきたため、原油価格が1バレル110ドル台にないと予算は均衡しない。原油価格の伸びが頭打ちの現在の状況は、ロシア経済に大きな問題を投げかけている。

[vii] クレパチ経済発展省次官は、「あと2~3年でロシアは貿易赤字になる」と言っている。

[viii] 2月8日プーチン大統領は国家評議会で「2020年までのロシア発展戦略」と題して演説し、次のとおり2020年までの国家目標を示した。

①人々の暮らしを第1に考える。

②格差是正。但し昔の悪平等には戻らない。

③エネルギー輸出依存から技術革新経済へ転換。生産性を最低4倍とするため、設備を全て入れ替える。

④教育、医療、住宅、人口対策重視⇒個人、法人の教育・医療費を免税に。

⑤政府は方針を決定するだけで細部に介入しない。

⑥地方を、中心都市を中心に自立的経済単位にまとめる。

⑦軍人の待遇改善。軍備近代化。

⑧ロシアは国際社会の一員。グローバルな問題の解決にも参画。そのためにも平和が必要。

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