Japan and World Trends [日本語] 日本では自分だけの殻にこもっているのが、一番心地いい。これが個人主義だと、我々は思っています。でも、日本には皆で議論するべきことがまだ沢山あります。そして日本、アジアの将来を、世界中の人々と話し合っていかなければなりません。このブログは、日本語、英語、中国語、ロシア語でディベートができる、世界で唯一のサイトです。世界中のオピニオン・メーカー達との議論をお楽しみください。
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世界はこう変わる

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2011年8月26日

失われた意味を求めて 第一話:「国」とはいったい何なのか?

外交官を辞めてもう7年。その間いろいろな大学で(純心女子大学、多摩大学、東京大学、天津の南海大学、モスクワ大学、早稲田大学)、今われわれが生きているこの時代はどういう特徴を持っているのか、世界史全体から見るとどんな段階にあるのか、これから世界はどこへ向かおうとしているのか、ということ(もちろん僕の試論に過ぎない)を学生たちに話してきた。その間調べたことも随分増えたし、ものごとを筋道立って考えられるのもあと何年あるかわからないので、ここらでそろそろ講義の内容を書き留めておこうと思う。

一口で言って、これまで先進国の歴史の原動力となってきた産業革命、近代主権国家といったものが、大きな転換点にさしかかっているということだ。自由、民主主義、市場経済といった価値観も、以前ほど絶対的な響きはもう持たない。先進国は価値観を語る前に、まず国民の雇用を確保することに懸命である。

アメリカは言うまでもなく、ヨーロッパももう単一民族国家ではなくなっている。日本でも、長期滞在の外国人は200万人に達し、職場では同僚や上司に外国人が増えている。

だが「転換点にさしかかっている」と言っても、これまで一体何がどういう風に起きてきたのか知らないと、今が転換点だとは思えないだろう。歴史を知らなければ、「今は今」でしかない。だがそれでは、これからどのようになるかもわからないだろう。

だからこのシリーズではまず、近代国家というのはどういうもので、ヨーロッパではどういう経緯をたどってほぼゼロの状態から生起したかということを話してみたい。そしてそれが終わったら、われわれの豊かな生活を可能にしている産業革命というのは、どのようにして起きてきたのか、経済成長を可能とした条件は何だったのか、今中国との関係で起きているのはどういうことなのか、などについて議論を展開してみたい。では、

第一話:「国」とはいったい何なのか? いちばん偉いものなのか?

 僕が中学、高校の時代、漢文は必修で、みんな嫌がっていたが、僕にはすごく面白かった。味気ない受験勉強のなかで、ここには李白とか陶淵明など素晴らしい詩や、血沸き肉躍る歴史があったからだ。その歴史、十八史略に、「鼓腹撃壌」という文章がある。何千年もの昔、民情視察で街に出た堯皇帝は、老人が腹をたたき、地を打って拍子を取りながら唄うのを聞く。「朝になれば働き、夕になれば一休み。井戸を掘って水を飲み、田を耕して飯を食う。皇帝の力なぞ自分には関係ない」というのだ。経済がうまく回っていれば、政府なぞいらないかもしれない、ということを示す逸話だ。

 ところが、日本ではもう20年、経済がろくに成長していない。その中で団塊世代が引退したから、社会保障にかかる金は増えるばかり、その負担は人数の少ない若年世代にしわ寄せされる。そうやって日本が沈んでいくように見える一方、中国は日本の資本、技術を受け入れて輸出を増やし、税収も増やして軍備を増強、1895年から日本が正式に統治している尖閣諸島を、自分のものだと言いたてる。そして2011年3月には未曽有の地震と津波で福島の原発が破壊され、放射能が飛散する有様だ。「国はなにをやっているのだ」、「自分を守ることのできない国は・・・」といった見出しが、週刊誌にならぶ。

 つまり国や政府というものは、生活がうまくいっている時には見向きもされず、厄介者扱いをされるのに、問題が生ずるとすぐ血走った怒りの目を国民から向けられる哀れな存在なのだ。まるで召使扱いで、汚れ仕事はすべて「国にやってもらわないと」ということになる。財源がないと言うと、「財源? そんなものは役人の首をきってかき集めろ」と言わんばかり。これでは、ろくな者が役人になろうとしないだろう。

 かと思うと、「国」なるものをなぜか知らぬが床の間に上げて、神聖なるものとして崇める人たちもいる。命まで捧げて国を守ろうとするのは立派だが、他の人の命まで捧げようとされると、そこはちょっと待ってくれと言いたくなる。
 
 国は、人間たちが作ったものだ。召使でもなく、神でもない。われわれ日本人はとりわけこの日本列島に固執するが、中国人も、ロシア人も、インド人も、ごく当たり前に別の国に移住する。だから、この世で最も大事なものは国ではないだろう。国がなくても経済がちゃんと回って治安もよく、ゴミ集めもきちんとされるようなら、それはそれでいいのである。この世でいちばん大事なものは、「国」というどこか知らない雲の上の存在なのではない。自分一人一人が、そしてその家族がみんなにとって一番大事なものなのだ。国は皆のために安全と治安を確保し、経済活動のためのルールを定め、通貨の価値があまり変動しないよう見張っているためにある。

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