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世界はこう変わる

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2011年8月22日

ユーラシア情勢バロメーター 5月

(東京財団に毎月出しているメモ。5月分)

       ――旧ソ連圏を中心とする動き――
                         
5月、旧ソ連圏を中心とするユーラシアでの動きのうち目立ったものは次のとおりである。先月の分http://www.tkfd.or.jp/eurasia/russia/report.php?id=261を参照しながらご利用願いたい。

1.ビン・ラーディン殺害の影響
(1)アフガニスタンの米軍撤退計画は、7月に予定されるオバマ大統領演説で明らかになるだろう。米国としては、このユーラシア大陸の「天元」に相当する地に兵力とまでは言わずとも何らかのプレゼンスを維持しておかないと、南アジア、中央アジア、あるいはイランに対する外交がやりにくいこととなろう。
他方、米国はアフガニスタン政治の安定化を急いでおり、タリバンを政権に取り込むべく、話し合いのペースを高めているようだ。21日付ロシアの独立新聞は、ホルブルック特使亡き後の後任者グロスマンがサウジアラビア、インドを合意の保証人として引き込むことをもくろんで既に訪問しており、またイランとさえ仲介者を通じて連絡を取っていると報じている。

(2)ビン・ラーディン殺害で面子を失ったパキスタンと、米国の関係は一時的に冷却化した(11日に予定されていたオバマ大統領のパキスタン訪問は延期された)。しかしアフガニスタンで作戦を続ける限り、米国がパキスタンと手を切ることはない。パキスタンのザルダリ大統領は6日にロシアを、ギラニ首相は17日に中国を訪問して米国への当てつけとしている (5日には中国の楊外交部長が訪ロしている。ザルダリ大統領来訪を前に立場を調整した可能性がある)。
だが、ロシア、中国とも米国を押しのけてまでアフガニスタン、パキスタンとの関係に本腰を入れる姿勢は見えない。パキスタンはグワダル港を中国の海軍基地とすることを持ちかけたと伝えられるが、インド洋の制海権をインド海軍に握られている以上、中国は何もできまい。

(3)訪ロしたザルダリ大統領に対しロシアは、パキスタンをインドとともに上海協力機構の正式メンバーとする可能性に言及した。しかし中国はインドの加盟に反対である。そしてインドが加盟しないかぎり、パキスタンの加盟は認められないであろう。ロシアもその辺を十分心得た上で、外交辞令として言及したのであろう。

2.米ロ関係の「リセット」は続く
(1)米ロ関係の「リセット」は続いている。ビン・ラーディン殺害についても、以前のロシアであれば対米批判を行ったであろうが、今回のクレムリンの反応は「国際テロに対する大きな勝利である」というものであった(11日付ロイターズ)。
リベラル路線に軸足を置き、西側との関係に依存して経済近代化をもくろむメドベジェフ大統領にとって、米国との「リセット」は来年3月の大統領選に向けて是非とも下ろせない旗なのだ。

オバマ大統領にとっても、第一期の外交面での成果が少ない中では、ロシア方面からの脅威の減少は数少ない成果として強調したいであろう。現に米国務省発表データによれば(6月2日付ロイターズ)、ロシアが配備している戦略核弾頭は2月5日現在で1537に減少しており、これは今年早々発効したばかりの米ロ戦略核兵器削減協定"新START"が定める「2018年までに米ロ双方とも1550以下に削減する」との義務を既に達成しているのである(米国は1800を未だ配備) 。

(2)オバマ大統領とメドベジェフ大統領は26日、G8首脳会議の際に二国間会談を行った。それはかつてなく具体的成果に乏しいものであり、NATOにおける米MDの配備、NATOとロシアの戦術核兵器削減についても、何ら進展はなかった 。
米ロ両国首脳は双方の大統領選挙までは、「リセット」の親善ムードを確認していれば十分なのであり、それが今回首脳会談の低調さの一つの背景となっている。

(3)NATOはリビアへの対応で手いっぱいであろう。アフガニスタンについては、米軍の撤退計画決定を待つしかあるまい。ロシア及び旧ソ連諸国との関係についても、大きな動きはない。

3.アラブの春
(1)「アラブの春」は、旧ソ連諸国に目立った影響を及ぼしていない。5月下旬にはグルジアで、野党が組織した反政府集会が暴徒化したが、これは民主化を求めるものというよりむしろロシアの後ろ盾を得ての反サーカシヴィリ運動であった。
ウズベキスタンにおいても「野党」を標榜する向き、あるいはイスラム勢力が反政府運動を呼び掛けているが、これらの背後にはあるいは西側のNPO、あるいはロシアがいる可能性があり )、これも民主化運動とは言えない。

(2)4月下旬、中国が呼びかけて、上海で上海協力機構諸国の軍参謀長会議が行われた(ロシアもウズベキスタンも参加)。具体的決定は行われなかったが、分離主義、原理主義、そしてテロとの戦いについて意見が交わされた。参加者は習近平・共産党中央軍事委副主席とも会談している(4月27日付ロシアの独立新聞)。近年の中国は、上海協力機構に軍事同盟の性格を与えようとするロシアに抵抗してきたのであるが(対米関係の悪化を避けるため)、今回このような動きに出たことは面白い。アラブの春で、国内の民族主義が刺激されるのを極度に恐れているのであろうか。

4.旧ソ連内の統合強化の動きとその停滞
(1)ロシア、特にプーチン首相は旧ソ連の統合性復活を悲願としている。「エリツィンがもたらした混乱の収拾」が彼の第一の政策目標なのである。そして5月は、昨年12月の大統領選挙で過度のばらまき政策を取った挙句、財政難、通貨危機に陥ったベラルーシがロシアの標的となった。ルカシェンコ大統領はその権威主義的政治を米・EUに嫌われているために、ロシアしか頼れるところはないのである。ロシアは30億ドルの支援と引き換えに、ベラルーシの石油化学等ドル箱部門を接収するべく、ベラルーシに迫っている。

(2)しかし他の面では、統合強化へのロシアへの動きは抵抗を受けている。19日ミンスクで開かれた旧ソ連諸国(NIS)首相会議の際、ロシアはNIS・FTA協定を結ぶ声明を出そうとしたが、ウズベキスタンのミルジヨエフ首相が2国間非関税障壁をマルチの場で仲裁することに反対して抵抗し、これにトルクメニスタンも加わった(23日付ロシアのコメルサント紙)ため、挫折した。

5.旧ソ連諸国の安定性
(1)ロシアで進む選挙準備

ロシアでは、来年3月の大統領選挙にメドベジェフ大統領、プーチン首相、あるいはダークホースのいずれが出るのか明らかになっていない。しかし12月の総選挙へ向けての準備はピッチが上がってきた。支持率が激減している与党「統一」を下支えするため、支持団体として「全ロシア人民戦線」が瞬時に結成され、当局の統制が利くリベラル政党として「右派事業党」の強化がはかられて、御用実業家プロホロフがその党首の座に送り込まれた。そしてかつて共産党の票を食うべく作られた「公正党」は、3月の統一地方選で与党「統一」の票を食ってしまったが故に、その党首ミローノフは上院議長の座から強引に引きずりおろされてしまった。

 「統一」の強化をもって、プーチン首相が大統領選出馬への意向を固めたと見ることは拙速だろう。足場を固めたプーチン首相は大統領になるよりもキング・メーカーとして君臨を続けて行くつもりではないかとの見方もマスコミでは示されており、4月に国家安全保障会議の書記(大臣級)の権限が軍・諜報・警察等「力の機関」の全てを所掌するものに引きあげられたのも、黒幕としてのプーチンのために準備されたものなのかもしれない。

(2)中近東情勢の膠着
中近東情勢は「アラブの春」、イラン国内におけるアフマディネジャド大統領とハメネイ最高指導者の間の確執、あるいはトルコで6月12日予定される総選挙などのために膠着状態に陥っている。しかし、これは旧ソ連諸国にとっては大きな要因ではない。ロシアはリビア、シリアを中心に発言権を維持しようとしているが、成功はしていない。イランとは、ブーシェル原発を稼働させることで、地歩を維持している。

(3)チェルケス人問題
グルジア議会は20日、「ロシア帝国によるチェルケス人のジェノサイド」を認める決議を採択した。チェルケス人はロシアの北コーカサスを中心に分布する少数民族で、2014年には冬季オリンピック開催が予定されるソチ周辺を故地とし、1864年にはまさにそのソチでロシア帝国軍から大量虐殺の憂き目に会ったとされている。グルジアはそれを煽ることによって、ソチ・オリンピックを妨害しようとしているのだ。
 しかしチェルケス人の勢力は分裂している上に、大部分は反ロではないようだ。今のところソチ・オリンピック目がけてチェルケス人が大きな騒ぎを起こす兆しは見えない。

(4)タジキスタンのログン・ダム建設への前進
17日、カザフスタンのアルマトイで世銀の肝いりの下、タジキスタンの「ログン・ダム」建設に関係する6カ国(タジキスタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、ウズベキスタン、アフガニスタン)の代表による第1回の会議が行われた。このダム建設をめぐってはタジキスタンとウズベキスタンの間に長年の確執がある 。今回、世銀の介入でこの話が動き出したのであれば、それは歓迎されるべきことで、日本もこの話し合いには加わっていくべきだろう。


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